3-1
「どうぞ。狭っ苦しくて、汚い場所だけど・・・」
久方ぶりの客を我が家にお招きし、決まり文句のように発した、私の一言に・・・
「・・・本当に汚いな」
と素で返された。
「そ、そんな引くことないでしょ!アンタのために気を利かせてあげたっていうのに!」
「・・・この下着、いつからここにあるんだ?」
「ぎゃあああーーー!!!」
私はデュランが露骨に顔をしかめながら摘まんでいたソレを取り上げると、洗濯籠の中に放り込んだ。
一体どこにあったのだ!無くしたと思っていたのに!
よりによってこんな時に見つかるだなんて!
「いいから、アンタはココに座ってなさい!そして一歩も動くな!」
「そうする。下手に動くと、何を踏むか分からない」
「ホントにちょっと黙ってろ!」
私は早急にお茶を沸かすと、出来上がったソレを急いで運ぶ。
指定された椅子の上で、借りてきた猫のように大人しくなっていたデュランを見て、変なコトはしてなかったであろうことを確認し安堵した。
そもそも彼女は基本的に礼儀をわきまえている人間だ。
私との初対面の時のように、場合によっては慇懃無礼と受け取られてしまうことも少なからずあるが、それでも最低限の筋は通すし、恩を仇で返す様なこともしない。
・・・なら、あの下着は一体どこから出てきたのだろうと一瞬考えたが、この部屋の惨状を踏まえれば、どこから出てきても不思議ではない。
そして、私の友人の視力が人並み外れていることを鑑みれば、そういった物を見つけてしまうことなど造作もないのだろう。
「次の休みには絶対掃除しよ・・・」
「それがいい」
「だから黙ってろ!」
と、今は私の部屋の状態に難癖付ける為の時間では無い!
私は机にカップを2つ置くと、自らの尻の納め所を探す。
この部屋に一脚しかない椅子はお客様に譲ってしまったので、私はベッドに腰掛けることにした。
すると、デュランの座っている椅子の向かいに位置する机には、もう完全に手は届かなくなってしまい、たった今沸かしたばかりのお茶にはありつけなくなってしまったことに気付く。
だが、何となくもう一度腰を浮かせるのは億劫だったし。それに、水分は酒場で十分摂取できていたので、そもそも飲みたいと思ってもいない。
私は所詮、形だと割り切ることにした。
今度の休みは掃除をして・・・それから椅子を買いに行こう。
私はそれだけは決めると、早速、本題に入った。
「で、アンタの話したいコトって何?」
「・・・予め言っておきたいんだが、このことは他言無用で頼む」
「そりゃ、わざわざ酒場から場所を移したくらいだから、誰かに話して欲しくないってコトくらいは分かるわよ」
「誓ってくれるか?」
「はいはい、誓う誓う」
「・・・軽い」
「・・・面倒くさいわね。私、マリアはこれから見聞きする一切を他言しないことをここに誓います!これでいい?」
「じゃあ今から念書を書いてもらおうか・・・」
「おい!」
「流石に冗談だ」
日頃からその手のジョークを口にしない奴が、急にその手のことを言い出したら、受け取る側は困惑する。
さては、本当は大した話ではないのかもしれない・・・と思いながら、私はデュランの顔を見た。
すると・・・どうしたことか、彼女の顔は真っ青になっていた。
「ち、ちょっと!?どうしたのよ!?」
「・・・い、いや、なんでもない」
「何でも無いってこと無いでしょ!顔真っ青・・・っていうか、真っ白よ!」
血の気が失せた顔とは、正にこの状態を言うのであろう。
私は彼女にお茶を飲み、落ち着くように勧める。
「すまん」
「いや、謝られても・・・。一体どうしたの?」
「実は、私は人に悩みを打ち明けたことが無いんだ」
「・・・それって、ここに来てからってコト?」
「いや、物心ついたときからずっとだ」
「・・・1度も?」
「おかしなことだろうか?」
おかしなことだろう。
「・・・でも、今、現在進行形で恋愛相談の真っ最中な気がするんだけど」
「・・・そうだな、それが初めてだ。だから、今回が2度目になる」
そんな馬鹿な・・・と思ったが、少なくともここに来てからの彼女に、私以外の人間との友好があったとは思えない。
そして、そんな私も、今改まって振り返ってみると、彼女から、その手の話を聞かされた覚えが無い。
酒場や安宿で飲む時のことを思い出すと、話題は常に私が持ち寄り、デュランはそれに合いの手を入れることに徹することが殆どで、私に会話の種が尽きると、解散するか、そのまま夢の世界の住人になるまで、2人黙って飲み続けるのが常だった。
私は彼女と2人で飲んでいるときに唐突に訪れる沈黙が嫌いでは無かったし、常に1人で酒を嗜むデュランには、そもそも、静寂=気まずいという感覚が無いようだった。
なので、今の今まで、悩みを打ち明けられたことの有る無し以前に、彼女から彼女自身の話を殆ど聞いたことが無いことに気付かなかったのだ。
「・・・私は友人失格ね」
「・・・?どうした、急に?」
「結局、私は今まで、自分の話したいこと話していただけで、アンタのことを知ろうともしてなかった。その癖、何となくアンタのこと分かった気になって・・・友達になった気になって・・・」
自らの情けなさに涙ぐむ・・・そんな私にデュランは、
「だからだよ」
と言う。
「なによ、だからって?」
「だから、お前になら話してもいいかなって思ったんだよ」
「・・・どういうことよ。意味が分からない」
「お前は、いつも私にお前の色々なこと話してくれるじゃないか。最も、殆ど全部、私にとっては興味の無いことではあるが・・・。それでも、お前は、私に対して何を隠すことなく、自らのことを曝け出してくれる。私は、そんな奴になら・・・自分の秘密を打ち明けてもいいかと思ったんだ」
「・・・デュラン」
「マリア、私はな・・・臆病なんだ。失うことが怖くて怖くて仕方ないんだ。だから金以外の物を求めず、人を寄せ付けず、独り生きていこうと、ある時決めた。そんな私の心の中に、お前は土足で入ってきて、無理矢理自分の部屋を作ったんだ。それまでは、私の心は私だけのもので、私だけの家だった。だけど、そこにお前は勝手に出入りしては、空き部屋にガラクタ同然の物を置いていく。すると何でかな・・・それ自体には何の価値も無いはずなのに、ふとした時に、それが視界に入ると、それだけで少し寂しい気持ちになるんだ。今の私にとってマリア・・・お前はそういう存在なんだ。だから、そんな奴に私のことを少し知ってもらいたい・・・そんな気持ちになったんだ」
「・・・・・・・・・」
「・・・?マリア、聞いていたか?」
「・・・っ!大丈夫よ!大丈夫!」
全然大丈夫じゃなかった。
こんなの、もう愛の告白では無いか!
今まで男から、色々な文言を聞かされてきたが、今私は、そんなものらとは比べものにならないほどの衝撃を受け、一瞬、本当に頭が真っ白になった。
頭が真っ白になるとは、てっきり例えだとばかり思っていたが、本当になるものだとは思わなかった。
そんな状態の私は、どうにか平静を取り繕って言う。
「ったく、急に真面目に何言うかと思ったら・・・。それだけ小っ恥ずかしいことを平然と言えるならもう大丈夫ね」
「小っ恥ずかしいとは何だ!私は真剣に言ったんだ」
「そんなことが真剣に言えるのなら、きっと秘密もすんなり言えるわよ!」
「それが出来れば苦労しないんだが・・・」
「デュラン」
私は友の肩を抱き、こちらを向かせる。
そして、彼女と目を合わせると、私は改めて言った。
今度は真剣に・・・心を込めて。
「私、マリア=フォーベルは、私の無二の親友、デュランがこれからする話を終生他言しないことを誓います。また、これから先、何時、いかなる時も、あなたの助けになることを誓います」
「・・・流石に何時いかなる時もは重くないか?」
「こうでも言っとかないと、アンタ相談してこないでしょ」
「それはそうだが・・・」
「じゃ、話してくれるわね」
「ああ・・・分かった」
私はようやくデュランの肩から手を離すと、元の位置に腰を下ろす。
そして、デュランがお茶で口を湿らせ、改めて覚悟を決めている時、私はこう思った。
私も、生まれてくる性別を間違えた・・・と。




