2-5
「ちょっと先に行って待っててくれ、野暮用を済ましてから行く」
奢りの約束で連れてこられた酒場にて、かれこれ1時間近く待たされる私。
これが数年前なら10分もしないうちに、男から声を掛けられ、良くも悪くも暇を潰せたのだが、デュランとの出会いの回想を滞りなく終えることが出来たのは、私の魅力が曲がり角に来ているのかと妙に不安になる。
きっと、偶然ね・・・。
と私は妙な慰めを自分に掛けて、気持ちを落ち着かせる。
さらに、酒をグイッと呷り、視線を正面に戻すと、ようやく待ち人が現れた。
「・・・ホント、綺麗」
「・・・なんだって?」
「・・・ッ!何でもないわよ!にしても、遅かったじゃない。こんな場所に1人で置かれる身にもなってよ。侘しいったらないんだから」
「そうか?私はよく1人で来るが・・・?」
「アンタと一緒にしないでちょうだい」
彼女の遅刻を問いただすことで、どうにか不意の本心を隠すことができた。
あの、ドラゴンの一件から、もう7年以上か・・・。
デュランは本当に綺麗になった・・・と思う。
まあ、あの時からその片鱗は見えてはいたから、これに関しては別に驚くようなことではない。
が、あれから幾人かの男性と男女の関係となった私と比べ、彼女にそういった相手が今まで現れなかったことは予想外だった。
まあ、彼女の生活を鑑みれば、それも納得せざるを得ない。
ひたすらダンジョンに潜り、傷だらけで帰ってきて、その場にいる冒険者を呆れさせると、基本1人で酒を飲み、安宿で就寝。
明け方直ぐにギルドに現れては、めぼしいクエストを探す・・・その姿を見られて、また呆れられる・・・その繰り返し。
男からすれば、いくら器量が整っていたとしても、こんな姿ばかり見ていては、萎えてしまうのも仕方ないのかもしれない。
綺麗な肌にも、日々、傷は増えていくし、筋肉の隆起も月日が経つごとに目立っていく。
そして、男顔負けの偉業を次々と成していく・・・。
きっと、こんな女が側にいると、それだけで、男はさぞかし居心地が悪いに違いない。
ホントにコイツは・・・生まれてくる性別を間違えた。
「アンタが男なら、私がモノにしたっていうのに・・・」
「おい、仮定の話でも変なことを言うな」
・・・いや、多分本気でアタックしていただろう。
あの一件以降・・・男性に対して、あまり色気を感じなくなったのは、きっとこいつのセイだ。
ドラゴンの首を引き、威風堂々と現れた彼女。
その混じりけの無い『強さ』の片鱗を目の当たりにして以来、外見を取り繕い、高そうな香水をふんだんに身体に振りかけて、私に近づいてくる男共が、ハリボテにしか見えなくなってしまった。
一夜を共にすることはあっても、それ以上、関係を発展させようと思わなくなった。
私は思う。
きっと、あの時に、コイツに心を持っていかれてしまったのだ・・・と。
自分の財産を全て明け渡して、これ以上ないほどに強引に仲を深めようとしたのも・・・きっと、そういうことだ。
自分にとって本当に・・・本当に・・・特別な『友達』
そんな彼女が恋をした。
複雑だ、とてつもなく。
でも、応援したい気持ちは嘘じゃない。
私は彼女に知ってほしい。
毎日生傷を増やすような生活を、当たり前だと思っている友達に・・・。
傷を作ることだけが人生じゃ無いと・・・。
アンタにも、普通の幸せを得る権利があると・・・。
「で、話したいことっていうのは彼のことでしょ?何か分かったの?」
「ああ。それなんだが・・・」
デュランは、ここ数日で得た、トールの情報を披露した。
彼と一緒にいた女性の正体が母親だったこと。
たった2人で力を合わせ、あの場所を綺麗にしたこと。
そして、そこで身寄りの無い子供達を集めてお世話していること。
デュランの調査に対する力の入れように若干引きつつも、どこか楽しそうな彼女の話を聞くにつれ、気がつけば、私の目には涙が浮かんでいた。
「・・・良い人じゃない。トール君は」
「・・・ああ。とてもいい人だ」
「良かったわね、彼がいい人で」
「・・・・・・・・・ああ」
「ちょっと、どうしたのよ?急に落ち込んで」
「いや・・・」
「・・・煮え切らないわね。何?早く話しなさい」
トール君の人となりを、やたら嬉しそうに話したかと思ったら、今度は急に落ち込む。
恋愛が絡むと、人は自分でも知らない一面を見せる・・・それは、最強と言われる冒険者でも同じようだ。
普段は威風堂々と振る舞い、雑音なんかには耳を貸さず、自らの意思を絶対に曲げない彼女。
そんな友人の一喜一憂する姿を見るのは、とても新鮮で・・・。
そして、その振り幅の大きさが、彼女の彼に対する思いの大きさや真剣さを表しているんだな・・・と考えると、少し寂しい気持ちになる。
デュランは暫くの間、話そうか話すまいか悩んでいたみたいだが、やがて私の顔を見て、1つ頷くと、彼女は腰を上げ、こう言った。
「場所を変えないか?」
「えっ?」
「ここじゃ話したくない」
・・・・・・・・・。
この時、私はちょっとだけ、不満を覚えた。
いくら酒場に来たとはいえ、その理由は友人の恋愛相談に乗ること・・・。
だからこそ、彼女を待っていたこの時間・・・私は、酒は唇を湿らす程度に、食事も眠気を誘発しない量に控えていたのだ。
この会話に一区切り付けたら思う存分食べよう、飲もう!
そう思って、空腹を水で誤魔化してきたのだ。
だから、その気持ちが一瞬、言葉や表情に表れそうになってしまった。
しかし、自らの口が開く・・・その直前に私の目に映った、彼女の真剣さと申し訳なさが混合したような表情。
それが、私の矛をそっと納めさせた。
「分かった。奢りはまた今度ね」
私はそう言うと、彼女に続き腰を上げる。
「・・・ありがとう」
「いいわよ。で、どこに行くの?」
「出来れば、絶対に人に聞かれない場所がいい」
そっか。
デュランは私に、何か秘密を打ち明けようとしてくれているんだ。
自分のことは殆ど話さないデュランが。
そっかそっか・・・。
「♪」
「何だ、急にニコニコして」
「別にぃ。うーん、そうね。じゃあアンタの家は?」
他者に知られたくないことを打ち明けるには絶好の場所だと思い、私は常識的な提案をしたつもりだった。
しかし、それに対する彼女の返答は芳しいものではなかった。
「それは駄目だ」
「えっ・・・なんで?」
距離をとられたように感じた私は、一瞬悲しい気持ちになる。
しかし・・・
「アソコでは、誰かに聞かれる恐れがある」
という発言に、私は耳を疑った。
「アソコって・・・アンタの家でしょうが。一体誰に聞かれるっていうのよ?」
「・・・住み込みで働いている奴らだよ」
「住み込みって・・・あっ・・・そういえば・・・」
思い出した。
この国で只一人の超級冒険者である彼女は、今や、とんでもない豪邸に住んでいるのだ。
王都でも5本の指に入ろうかというほど大きな屋敷。
今や、彼女はそこの主なのだった。
もっとも、デュランがそこに住み始めたのは、つい最近だった為、私は失念していた。
それ以前の彼女は、シングルベッドと机、それに2脚の椅子しか存在しない簡素な宿に、はした金で住んでおり、その時は、たまにお邪魔になっては、宿に見合う安酒で、他愛の無い話に興じていたものだ。
まさか、そんな場所で誰もが知る名うての冒険者が日々寝起きしているなんて思わないのか、それとも、この宿の評判が宜しくない故に、人が寄りつかないのか・・・。
理由は定かではなかったが、その宿の主だった腰の曲がったお婆さんと、それにうり2つの、これまた頑固そうなムスメさん以外に、この宿内で人を見かけることは殆ど無く、その為、壁の薄さなど関係無しに、誰に憚ること無く、2人して思い思いのことを話すことが出来た。
まさか、誰もがうらやむ豪邸に引っ越したが故に、安宿ですら出来ていたことが出来なくなるなんて・・・。
「ねえ、デュランは本当にあんな屋敷が欲しかったの?」
私の問いを、彼女は・・・
「馬鹿言え」
一蹴した。
「お前は知っているだろう。私には屋根と寝床さえあれば他には何もいらん」
勿論知っている。
今や、彼女は一般市民である私には想像もつかないほどの金額を所有している。
あれから日々、困難なクエストやモンスターに1人で立ち向かっていったデュランには、それに見合った報酬が支払われている。
親しき仲にも礼儀あり。
プライベートな情報を詮索することは出来るだけ慎んでいる私ではあったが、ギルドの職員として働いている以上、否応なしに、彼女のそういった部分を知ってしまうときがある。
だから、私は彼女が、もう冒険者家業など引退して、左団扇で一生暮らしていけることを知っている。
だが、そんな状況になっても、デュランの生活は何ら変わることは無く、命を預けることになるオーダーメイドの武器や防具意外に、彼女が散財している様子はない。
ダンジョン探索以外、これといった趣味が無いのも、かつての殺風景な部屋の様子を見れば、一目瞭然だ。
なのに何故、彼女はあんな屋敷に住もうと思ったのか・・・。
「その辺の事情についても教える。が、ここでは人目が気になる」
「・・・そう、じゃあ私の家でいい?」
「ああ、頼む」
使い切れないほど金を持ち、あんなにデカい家に住んでおきながら、友達一人呼ぶのにも苦心して・・・
実はこんなに美人なのに、彼氏一人作ることにも難儀する。
何でも持っているようで・・・本当に大切なものは何も持ってない。
デュランは・・・幸せを知らない。




