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7.村人の心、アシュレイの壁

あの日、私が作り出した拙い浄水フィルターは、アッシュベリー村に確かな変化をもたらした。濾過した水を飲み始めた人々、特に子供たちの顔色が目に見えて良くなり、苦しそうな咳も少しずつ減っていったのだ。もちろん、完治したわけではないし、依然として村全体には疲弊の色が濃い。それでも、「水が飲める」「少し楽になった」という事実は、人々の心に希望という灯を再び点してくれた。


そうなると、私を見る村人たちの目も、以前とは明らかに変わってきた。最初は「よそ者」「魔女かもしれない」と囁かれていたのが、今では「不思議な力を持つ娘」「水の巫女様(ちょっと大袈裟だけど、そう呼ぶ人もいた)」なんて呼ばれるようになったのだ。道ですれ違えば、ぎこちないながらも会釈をしてくれたり、「ありがとう」と声をかけてくれたりする。特に、子供を抱えた母親たちからの感謝は、とてもストレートで温かかった。


「シオリさんのおかげで、この子、夜も少し眠れるようになったのよ。本当に、ありがとうねぇ」


「あのフィルター、すごいわねぇ。もっとたくさん作れないのかしら?」

もちろん、フィルターの量産は大きな課題だった。私のMPには限りがあるし、【型式決壊】で一度に作れるのは、やはり不格好なフィルター一つが限界。リオや村の若者たちが材料集めを手伝ってくれるようにはなったけれど、それでも村全体の需要を満たすには、到底追いつかなかった。


「すみません、MPが回復したら、またすぐ作りますから……!」


MP切れでふらつきながら謝る私に、村人たちは「いやいや、無理しないでくれ」「シオリさんが倒れたら元も子もない」と逆に気遣ってくれるようになった。以前の刺々しい雰囲気が嘘のようだ。その変化は、私の心にもじんわりとした温もりを与えてくれた。


そんな日々の中で、私にとって一番の心の支えになってくれていたのは、やはりリオだった。彼はフィルター作りを手伝ってくれるだけでなく、私が村で孤立しないように、いつも気にかけてくれた。


「シオリ、こっちの畑仕事、少し手伝ってもらえねぇかあ、もちろん、無理のない範囲でな!」


「この道具、壊れちまったんだが、シオリの力で、何か代わりの部品とか作れたりしねぇか?」


彼は、私が持つ力を自然な形で村の役に立てるように、さりげなく橋渡しをしてくれた。私が【型式決壊】で農具の小さな部品(これも歪な出来だったけど)を作って修理を手伝ったりすると、他の村人たちも「おお、助かる!」「シオリさんは器用だな!」と喜んでくれた。そうやって、少しずつ、私はアッシュベリー村の一員として受け入れられていくのを感じていた。まるで、乾いた大地に染み込む水のように、ゆっくりと、でも確実に。


休憩時間には、リオと二人で話すことも増えた。彼は、亡くなった親友のこと、医者がいないこの村で自分がどれだけ無力感を味わってきたか、そして、だからこそ、どんなに時間がかかっても一人前の医者になりたいという夢を、訥々と語ってくれた。

「俺のダチはよぉ、本当に明るくて、いい奴だったんだ。村の皆からも好かれててよぉ……。でも、あの病気にかかって、あっという間に…。俺がもっと知識を持ってりゃ、何かできたかもしれねぇのによぉって、今でも思うんだ」


彼の話を聞いていると、私まで胸が苦しくなった。そして同時に、彼がどれだけ強い意志を持って医術を学んでいるのか、その理由が痛いほど伝わってきた。彼の言葉の一つ一つに、失った友への想いと、未来への決意が滲んでいた。


「リオさんは、すごいです。諦めずに、ずっと努力して……。きっと、あなたの親友さんも、今のリオさんを見て、誇りに思っているはずですよ」

私がそう言うと、リオは少し驚いた顔をして、それから、照れたように笑った。


「……ありがとな、シオリ。アンタにそう言ってもらえると、なんだか、すごく嬉しいぜ」


その笑顔を見ると、私の胸も温かくなる。リオは、本当に優しくて、誠実な人だ。彼のそばにいると、心が安らぐのを感じる。……そして、時々、彼の真っ直ぐな瞳に見つめられると、妙にドキドキしてしまう自分に気づいて、慌ててしまうのだった。


(い、いけない! リオさんは、あくまで協力者で、友達で……! いや、友達って言っていいのかな? うん、友達だ! それ以上は……今はまだ……)


自分の気持ちに蓋をするように、私は村の子供たちと遊んだり、お年寄りの話し相手になったりして、気を紛らわせた。子供たちはすっかり私に懐いてくれて、「シオリおねえちゃん、遊ぼー!」と駆け寄ってくる。その無邪気な笑顔を見ていると、この村を、この子たちを守りたい、という気持ちが自然と湧き上がってきた。


一方で、気になるのは、やはりアシュレイのことだった。

彼は相変わらず、村の外れにある大きな木の根元を定位置にして、村とは一定の距離を保っていた。私が時々様子を見に行っても、その態度は変わらない。

「アシュレイさん、調子はどうですか? 村の人たちも、少しずつ元気になってきましたよ」


「……そうか」


「あの、これ、リオさんがくれた薬草なんですけど、疲れが取れるって……鑑定したら安全でしたから、よかったら……」


「…………」

私が差し出した薬草の束を、彼は一瞥しただけで受け取ろうとはしなかった。でも、私が諦めてその場に置いて立ち去ろうとすると、私が背を向けた瞬間に、すっとそれを手に取ったのを、私は見逃さなかった。……ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど、変化……なのだろうか? まるで、氷の表面にほんの僅かな亀裂が入ったような、そんな微かな兆し。


いや、甘い期待は禁物だ。彼は相変わらず私に対して冷たいし、村人たちに対しても一切関心を示さない。私が村の様子を話しても、「それがどうした」とばかりに無関心な返事が返ってくるだけ。


「アシュレイさんは、どうしてそんなに……人を、特に女性を、遠ざけるんですか? 何か、あったんですか?」


ある日、私は思い切って、再びその核心に触れる質問を投げかけてみた。フィルター作りが少し落ち着き、リオとの関係も安定してきたことで、心のどこかに余裕が生まれていたのかもしれない。アシュレイとの間にある、この分厚い壁の正体を知りたかった。


しかし、彼の反応は、以前よりもさらに冷たく、鋭いものだった。


「……貴様には関係のないことだ。二度とそのような詮索をするな。不愉快だ」


氷のような声。突き放すような視線。それは、私の心臓を直接握りつぶすような、絶対的な拒絶だった。彼の周りの空気が、一瞬で凍りついたように感じられた。まるで、触れてはならない聖域に土足で踏み込んでしまったかのような、取り返しのつかない後悔が私を襲った。


「……っ! す、すみません……」

私は反射的に謝り、逃げるようにその場を後にした。

(……やっぱり、ダメなんだ……。彼の心の中は、私なんかが踏み込める領域じゃないんだ……)

木の根元に戻り、一人で膝を抱える。アシュレイのあの冷たい瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。

彼は、私が生み出したキャラクター。私が、彼を「女嫌い」にした。その事実は変わらない。だとしたら、彼が心を開かないのは、当然のことなのかもしれない。私自身が、彼との間に壁を作ってしまったのだから。その重い事実に、改めて打ちのめされる。


(でも……それでも、知りたいと思ってしまうのは……私のエゴなのかな……)

彼のあの、時折見せる憂いを帯びた表情の奥に、何が隠されているのか。ただの設定だけではない、何かがあるような気がしてならないのだ。


「シオリ? どうかしちまったのか、そんな暗い顔して」

ふと顔を上げると、リオが心配そうに私を覗き込んでいた。どうやら、私がアシュレイのところから戻ってこないのを心配して、探しに来てくれたらしい。

「あ、リオさん……ううん、なんでもないんです。ちょっと、考え事をしてて」

「そうか? ……もしかして、またあの騎士の野郎と何か……?」

リオは、私とアシュレイのぎこちない関係に気づいているようだった。彼は少し困ったように眉を寄せた。

「あの人は……強いし、すげぇ人なんだろうけど……ちょっと、怖ぇよな。シオリにあんな冷てぇ態度をとるなんて、俺には信じらんねぇぜ」

「……アシュレイさんにも、きっと、色々あるんですよ」

私が力なくそう言うと、リオは黙って私の隣に座った。そして、何も言わずに、ただ静かにそばにいてくれた。彼の存在が、今は何よりも心強かった。彼の無言の優しさが、凍えた心にじんわりと温もりを広げていく。


(アシュレイさんのことは、今は置いておこう。私には、この村でやるべきことがある。リオも、村のみんなもいる)

リオの温かさに励まされ、私は再び顔を上げた。

アシュレイとの間にある壁は、依然として高く、厚い。でも、いつかはこの壁を乗り越えられる日が来るのだろうか。今はまだ分からない。

ただ、確かなことは、私はもう一人ではないということだ。この村で、私を必要としてくれる人たちがいる。そして、私の隣には、こうして心配してくれる優しい人がいる。

(うん、大丈夫。私、頑張れる)

夕暮れの空を見上げながら、私は小さく、しかし力強く、そう呟いた。茜色の光が、私の頬を優しく照らしていた。

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