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6.型式決壊が生む、小さな希望

村人たちの疑いの目は、依然として私に向けられていた。井戸水が原因かもしれない、という可能性は受け入れられつつあったものの、それは同時に「では、どうすればいいのだ」という新たな絶望感を生み出していたからだ。唯一の水源が毒されているとなれば、それはもう死活問題。よそ者である私が原因を指摘したところで、解決策を示せなければ、結局は恨みを買うだけかもしれない。


(どうしよう……水を綺麗にする方法なんて、知らない……前世の知識? 浄水器の仕組みなんて、なんとなくしか覚えていないし……それに、この世界にある材料で再現できるかどうかも分からない……)

村長の家の一室を仮の宿としてあてがわれ、私は一人、膝を抱えて途方に暮れていた。窓の外からは、時折、苦しそうな咳の音や、子供の泣き声が聞こえてくる。その度に、胸が締め付けられるようだった。私が何かできないかと期待の目を向けてくれた、あの母親たちの顔が忘れられない。そして、私の言葉を信じ、必死に村人を説得してくれたリオの顔も。


(リオさん……彼、すごく真剣だったな……亡くなった親友の話をする時の、あの辛そうな顔……。私にできることがあるなら、何だってしたい。でも……)

できること、なんてあるのだろうか。私はただの元システムエンジニアで、ちょっと絵が描けるだけの、しがない腐女子だ。異世界に来て【鑑定】なんて便利なスキルは手に入れたけれど、それだけじゃ人は救えない。


「……ううん、違う」

私はかぶりを振った。もう一つ、私には力があるじゃないか。

型式決壊カタシキケッカイ】――描いたものを、現実に呼び出す力。

前回、包帯もどきや水筒もどき、草履もどきを作った時は、正直あまり役に立つとは思えなかった。MP消費も激しいし、出来上がるものも粗末だったから。


(でも、あの時は、ただ漠然と「物」を描いただけだった。もっと具体的に、機能とか構造とかを意識して描けば……もしかしたら……?)

そうだ、浄水フィルター! 前世で使っていた浄水ポットのカートリッジ、あんな感じのものが作れないだろうか? 活性炭とか、中空糸膜とか……いや、そんなハイテクなものは無理だろうけど、もっと原始的な方法なら? 砂とか、小石とか、布とかを重ねて、水を濾過する……昔、理科の実験でやったような、そんな朧気な記憶。


(よし、やってみよう!)

幸い、村に来てから少し休んだのと、リオが差し入れてくれた(鑑定済みの安全な)木の実を食べたおかげで、MPは少し回復していた。私は部屋の隅にあった、手頃な大きさの木の板を拾い上げ、焚き火で燃え残った炭の欠片をペン代わりにして、描き始めた。息を止め、意識を先端に集中させる。一枚の絵が、村の未来を左右するかもしれないのだ。


(えっと、まずは容器……筒状のものがいいかな。そこに、順番に……一番下に清潔な布、その上に細かい砂、次に粗い砂、それから小石、最後に……炭! そう、炭は汚れを吸着してくれるはず!)

頭の中で、必死に浄水フィルターの構造をイメージする。できるだけ正確に、それぞれの層の役割を考えながら、線を引いていく。絵を描くこと自体は好きだ。集中すると、周りの音が遠のいていく。今はただ、この絵が、形になってくれることだけを願って。指先に、全神経を注ぎ込む。


『【型式決壊】!』

MPがごっそりと持っていかれる感覚。眩い光が溢れ、木の板の上に何かが現れる。

ドキドキしながら目を凝らすと……そこにあったのは。

「…………なにこれ」

歪んだ、泥の塊のようなものだった。筒状ですらない。ただの、意味不明なオブジェ。まるで、私の焦りと未熟さを嘲笑うかのように。

(……だ、だめか……やっぱり、複雑な構造の物は難しいのかな……)

がっくりと肩を落とす。MPだけが無駄に消費されてしまった。

それでも、諦めるわけにはいかない。私は再び炭を手に取り、今度はもっとシンプルな形をイメージして描き始めた。

(もっと単純に……布を何枚も重ねるだけでも、少しは効果があるかも……? いや、それだとすぐ目詰まりしちゃうか……。じゃあ、やっぱり層を作るのは必須……?)

試行錯誤を繰り返す。描いては失敗し、MPが減っていく。焦りが募る。時間の経過と共に、外から聞こえる咳の音が、より一層重く感じられた。


そんな時、控えめなノックの音と共に、リオが顔を覗かせた。

「シオリ、大丈夫か? 何か唸り声が聞こえたような……って、何をしてるんだ?」

彼は、私が木の板に向かってブツブツ言いながら絵を描いている(そして時々、謎の物体を生み出している)のを見て、目を丸くした。

「あ、リオさん……! その、これは……」

説明すべきか迷ったが、彼には正直に話すことにした。私の【型式決壊】という能力のこと、そして、それを使って水を綺麗にするフィルターのようなものを作ろうとしていることを。


リオは驚いた顔をしていたが、すぐに真剣な表情になった。

「描いたものを……現実に? そんな力が……! すげぇ! シオリ、本当にアンタは……!」

彼の目がキラキラと輝いている。疑うどころか、純粋な尊敬と期待を向けてくれているのが分かって、なんだかむず痒い。彼のストレートな反応が、少しだけ私の固くなった心を解きほぐしてくれた。

「でも、なかなか上手くいかなくて……MPも結構使うみたいで……」

私が弱音を吐くと、リオは力強く頷いた。

「諦めんな、シオリ! 俺も手伝うぜ! フィルター、だろ? 俺の知識で役に立つことがあれば、何でも言ってくれ! 例えば、この村で採れる薬草の中には、水を浄化する作用を持つと言われてるもんもある。あと、炭なら、俺が集めてこようか?」

「えっ、本当ですか!?」

リオの申し出は、まさに渡りに船だった。彼が薬草の知識や、この世界にある素材について教えてくれれば、もっと効果的なフィルターが作れるかもしれない!

「ありがとうございます、リオさん! すごく助かります!」

「いいってことよ! 俺の方こそ、シオリの力になれるなら嬉しいんだ。……俺も諦めねぇ。もう誰も、病気で苦しませたくねぇからな!」

彼の言葉には、亡くなった友人への強い想いが込められていた。その決意が、私にも勇気をくれる。彼の瞳の奥に燃える炎は、私自身の迷いを焼き払うようだった。


それから、私たちは協力してフィルター作りに取り組んだ。リオは村で手に入る素材――様々な種類の砂や小石、丈夫な植物の繊維、そして薬効のある植物の葉や根――を集めてきてくれた。私は彼の説明を聞きながら、それらの特性を考慮して、フィルターの構造を何度も描き直した。リオの的確なアドバイスと、彼が運んでくる素材の一つ一つが、私のイメージをより鮮明なものにしていく。

リオは、私がMPを消耗してふらつくと、心配して薬草を煎じた(もちろん鑑定済みの)飲み物を差し出してくれたり、「少し休んでください」と声をかけてくれたりした。彼の優しさが、本当にありがたかった。


(……なんか、こうしていると、ちょっとドキドキするな……。いけない、いけない! 今はそんなこと考えてる場合じゃない!)

自分の邪念を振り払い、フィルター作りに集中する。

そして、何度目かの挑戦。リオのアドバイスを取り入れ、できるだけシンプルかつ効果的な構造をイメージして描いた。MPはもう残りわずかだ。これが最後のチャンスかもしれない。部屋の空気さえもが、私たちの緊張感で張り詰めている。


『【型式決壊】! 今度こそ……!』

ひときわ強い光が放たれ、MPが完全に底をつく感覚と共に、木の板の上に、それは現れた。

見た目は、やっぱり不格好だった。竹筒のような容器に、布や砂、炭などが詰め込まれているのが分かる。手作り感満載、というか、ぶっちゃけ粗末な出来栄えだ。

「……これ……どうだろう……」

不安げに見つめる私に、リオがそっと手を伸ばし、それを手に取った。彼の指先が、微かに震えているのが見えた。

「すげぇ……! シオリさん、形になってる! きっと、これなら……!」

彼の期待に満ちた声に、少しだけ自信が湧いてくる。

私たちは早速、井戸から汲んできた水を、その「フィルターもどき」に通してみることにした。容器の上からゆっくりと水を注ぐと、フィルターの層を通過して、下からぽたぽたと水滴が落ちてくる。見た目は、元の水とあまり変わらないように見えるけど……。一滴一滴が、まるで宝石のように見えた。


私は最後の力を振り絞って【鑑定】を発動。濾過された水滴を鑑定する。

【濾過された井戸水】

状態:清浄度が向上。神経系毒素、及び負の魔力が大幅に減少していることを確認。完全に無害化されたわけではないが、飲用しても健康への影響は軽微。(飲用適合レベル:条件付き安全)


(やった……! 効果、ある!!)

思わずガッツポーズが出た。リオも鑑定結果(私が口頭で伝えた)を聞いて、顔を輝かせている。

「すげぇ! シオリさん、やったじゃねぇか!」

「はい! これなら、きっと……!」

私たちは急いで村長と村人たちを集め、このフィルターと鑑定結果を見せた。

最初は半信半疑だった村人たちも、実際に目の前で水が濾過され、鑑定で「毒が減っている」と示されると、次第にその効果を認めざるを得なくなった。彼らの顔に浮かんでいた疑念が、徐々に驚きと、そして微かな安堵へと変わっていく。


「……本当に、水が綺麗になるのか……?」

「信じられんが……しかし……」

そして、あの子供を抱いていた母親が、再び声を上げた。その声は、以前よりも少しだけ力強さを増していた。

「村長さん! お願いです! どうか、うちの子に、その水を飲ませてください!」

母親の必死の願いに、村長は難しい顔をしながらも、最終的に頷いた。

私たちは、最も衰弱が激しい子供――母親の腕の中で、浅い呼吸を繰り返している幼い少女――に、濾過した水を少しずつ、慎重に飲ませてみた。集まった村人たち全員が、固唾を飲んでその様子を見守っている。


すぐに劇的な変化があったわけではない。でも、しばらくすると、少女の呼吸が、ほんの少しだけ、楽になったように見えたのだ。顔色も、心なしか良くなったような……。まるで、長い間閉ざされていた蕾が、ゆっくりと綻び始めるかのように。

「あ……! この子、さっきより、少し……!」

母親が涙ながらに声を上げる。それを見た他の村人たちも、驚きと、そして確かな希望の色を目に浮かべていた。静まり返っていた集会所に、小さな、しかし確かな温もりが広がっていく。

リオが、感極まった様子で私の手を取った。

「シオリ……! ありがとう……! 本当に、ありがとう……! これなら、あいつみてぇな子を、減らせるかもしれねぇ……!」

彼の目にも涙が浮かんでいる。その手は温かくて、力強かった。私も思わず涙ぐんでしまう。


もちろん、これで全てが解決したわけではない。フィルターは一つしかないし、作れる数にも限りがある。それに、根本的な原因である瘴気や水源の汚染をどうにかしない限り、この村の苦しみは終わらないだろう。

それでも、これは大きな一歩だった。絶望に沈んでいた村に、ほんの小さな、でも確かな希望の光が灯ったのだ。

私が持つ【型式決壊】という力が、初めて、誰かの役に立てた。その事実が、何よりも嬉しかった。


(……私にも、できることがあるんだ)

少しだけ、自分に自信が持てた気がした。

ふと、村の外れに目を向ける。そこには相変わらず、孤高を保つようにアシュレイが立っているはずだ。彼は、この村の変化をどう思っているだろうか。私のこの、ささやかな成功を、どう見ているだろうか。

今はまだ、彼との間に大きな壁がある。でも、いつか……。

そんな淡い期待を抱きながら、私はリオと共に、村人たちのためにフィルターを作り続ける作業へと戻った。やるべきことは、まだ山積みだ。

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