5.鑑定スキルが示す糸口
村での一時的な滞在を許されたとはいえ、私の立場は依然として微妙なものだった。村人たちの視線は冷たく、ひそひそと「よそ者」「魔女かもしれない」と囁く声も聞こえてくる。
そんな中で、唯一私に寄り添ってくれる存在が、リオだった。
「シオリ、無理すんなよ。村の連中も、悪気があるわけじゃねぇんだ。ただ、余裕がねぇだけでよぉ……」
村の中を案内してくれる道すがら、リオは申し訳なさそうにそう言った。彼の気遣いが、ささくれ立った私の心に温かく沁みる。
「リオさんこそ、ありがとうございます。監視役なんて、大変でしょうに」
「いや、俺は監視なんて思っちゃいねぇよ。シオリの力が、この村の助けになるかもしれねぇって、本気で信じてるからな!」
彼は真っ直ぐな目で私を見て、そう言ってくれた。
その言葉に勇気づけられ、私はまず、村の現状を自分の目で確かめることにした。
リオの案内で、村の共同の井戸へと向かう。石造りの古い井戸で、村人たちが代わる代わる水を汲みに来ていたが、その動きはどこか鈍く、表情も暗い。
「この井戸が、村の唯一の水源なんだ。昔から、枯れたことがないのが自慢だったんだが……」
リオが説明してくれる。私はそっと井戸の水に意識を集中し、【鑑定】を発動した。
【アッシュベリー村の井戸水】
状態:清浄に見えるが、微量の神経系毒素(低濃度・遅効性)及び、微弱な負の魔力(瘴気由来?)を検出。継続的な摂取は、倦怠感、頭痛、呼吸器系の不調、免疫力低下などを引き起こす。汚染源は井戸の底、あるいは地下水脈の可能性。(汚染レベル:警告)
(やっぱり……! しかも、神経系の毒素……なんてこと……。どうりでみんな元気がなくて、呼吸器系の症状が多いわけだわ……!)
鑑定結果に愕然とする。こんな水を毎日飲んでいたら、病気にもなるはずだ。
次に、村の集会所のような場所に案内してもらい、備蓄されている食料を見せてもらった。硬そうな黒パンと、干し肉、そして干した野菜が少し。種類も量も、かなり心許ない。
【黒パン(備蓄用)】
状態:乾燥・硬化。栄養価は低い。一部にカビ毒(微量)が発生している可能性。(保存状態:劣悪、喫食注意)
【干し肉(獣種不明)】
状態:長期保存により劣化。タンパク質は残存するが、消化不良を起こしやすい。微量の腐敗菌を検出。(食用:危険性あり)
【干し野菜】
状態:ビタミン類はほぼ消失。食物繊維は摂取可能。保存状態は比較的良好。
(食料も……かなり厳しい状況。栄養不足も、病状を悪化させている一因かもしれない……)
深刻な状況を目の当たりにし、私は意を決して村長と、集まっていた村人たちに鑑定結果を報告することにした。リオも傍らで、固唾を飲んで私の言葉を待っている。集会所の空気は重く、村人たちの疲弊しきった表情が私の胸を締め付けた。
「村長さん、皆さん。調べてみて、分かったことがあります。この村の病気の原因は、おそらく……この井戸の水に含まれている、微かな毒素です」
私の言葉に、集会所が大きくどよめいた。
「な、なんだと!?」
「馬鹿なことを言うな! この井戸水は、昔から村の命の水だぞ!」
「神聖な井戸を疑うなんて、罰当たりめ!」
予想通り、いや、予想以上の激しい反発だった。村人たちは顔を真っ赤にして私を睨みつけ、中には石でも投げつけんばかりの勢いの者もいる。彼らにとって、井戸は生活の支えであり、信仰の対象ですらあるのかもしれない。それを汚されたと感じたのだろう。
「落ち着け!」
その時、リオが大きな声で叫んだ。彼の声は普段の穏やかさとは裏腹に、必死さが滲んでいた。
「皆、聞いてくれ! シオリの言う症状…井戸水の毒素が引き起こすかもしれないという症状は、今、村で流行っている病気に、確かによく似ているんだ! 俺のダチも…最後に苦しんだ時の症状に、そっくりなんだ…!」
リオの声は震えていたが、そこには切実な想いが込められていた。彼は、独学で医術を学んできた経験と、亡くした友人への後悔から、私の言葉に真実味を感じ取ってくれていたのだ。彼の瞳には、悲しみと、そして僅かな希望の光が揺れていた。
「それに、考えてみてくれ。最近、特に体調を崩す人が増えたのは、雨が少なくなり、井戸水に頼る機会が増えた時期と重なってないか? そして、井戸の水の味が、以前と少し変わったと感じないか?」
リオの必死の訴えと、具体的な問いかけに、村人たちも少し冷静さを取り戻したようだった。顔を見合わせ、ヒソヒソと話し始める。
「そういえば……言われてみれば……」
「うちの爺さんも、水をたくさん飲んだ日は特に咳が酷くなるような……」
「確かに、最近の井戸水は少し……鉄臭いというか、変な味がするような気も……」
しかし、それでも疑念は根強い。
「だが、水が原因だとして、どうしろと言うんだ? 他に飲み水はないんだぞ!」
「そうだ! よそ者の言うことなんて、やっぱり信用できん!」
再び、否定的な空気が場を支配しようとした、その時。
集会所の隅で、ぐったりとした子供を抱いていた母親が、震える声で言った。その声はか細く、しかし、場にいる誰の耳にもはっきりと届いた。
「……もし、もし本当に、この子の苦しみが、その水で少しでも和らぐ可能性があるのなら……私は、試してみたい……! もう、この子が苦しむのを見ているのは……耐えられないんです……!」
母親の言葉に、他の病気の子供を持つ親たちも、次々と頷き始めた。藁にもすがりたい、その一心なのだろう。彼らの目には、絶望と、それでも消えない親としての愛が浮かんでいた。
村長は、腕を組んで難しい顔をしていたが、やがて重々しく口を開いた。その顔には深い皺が刻まれ、村の苦難を一身に背負ってきたかのようだった。
「……分かった。シオリとやら。お前の言うことが真実かどうか、確かめさせてもらおう。だが、もしこれが村を混乱させるだけの戯言であったなら……その時は、覚悟してもらうぞ」
厳しい言葉だったが、それでも、私の言葉を聞き入れる決断をしてくれた。
リオが、ほっとしたように息をつき、私に力強く頷いてくれた。
(第一歩は、踏み出せた……でも、これからどうすれば……?)
原因は分かっても、解決策がなければ意味がない。この村には、水を浄化する技術も、代わりの水源もないのだ。
私は自分の非力さを感じながらも、諦めるわけにはいかない、と強く思った。リオの、そして母親たちの、必死な想いに応えなければ。
(そうだ、私には、もう一つスキルがあるじゃないか……! 【型式決壊】……あれで、何か作れないかな……? 例えば、水を綺麗にする……フィルターのようなものとか……?)
かすかな希望の光を胸に、私は次なる行動を考え始めていた。村の外れでは、アシュレイが相変わらず冷たいオーラを放ちながら、一人静かに佇んでいるのだろうか……。彼の力も、いつか借りられる日が来るのだろうか。今はまだ、遠い道のりに思えた。




