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2.好感度マイナス騎士とのサバイバルは無理ゲーです

どこまでも続くかと思われた緑の草原にも、どうやら終わりがあるらしい。

日が傾き始め、空がオレンジと紫色が混じったような、息をのむグラデーションに染まっていく。前世のコンクリートジャングルでは決して見られなかった光景……のはずなのに、私の心はそれどころではなかった。


「はぁ……はぁ……っ」


情けない息遣いが漏れる。足が、まるで自分の身体ではないかのように重く、痛みを訴えていた。

転生したばかりのレベル1の身体(しかも元は万年運動不足のSE)にとって、慣れない草原をひたすら歩き続けるのは、想像を絶する過酷な労働だった。


一方、私の数歩後ろを、一定の距離を保ってついてくる銀髪の騎士様は、どうだ。

涼しい顔で、汗ひとつかいていない。分厚い鎧を着込んでいるというのに、その足取りは軽く、まるで散歩でもしているかのようだ。さすがレベル20。さすが聖騎士クラス。さすが私の(歪んだ)理想の結晶。その完璧さが、今はただただ恨めしい。


「……あの、アシュレイさん」

「…………」

「ちょっと、休憩しませんか……? さすがに、もう、足が……限界、です……」


懇願する私に、彼は冷たい視線を一瞥くれるだけだった。


「……フン。使えん女だ。その程度の行軍で音を上げるとは。戦場ならば真っ先に死んでいるぞ」

「うっ……そ、それはそうかもしれませんけど……! でも、現実に疲れてるんですから仕方ないじゃないですか!」

「知るか。貴様の体力など、我の関知するところではない。だが……まあいいだろう。どうせ夜になる。ここで野営の準備でもするがいい」


まるで道端の石ころに施しでもするかのように、彼は足を止めた。許可が出たことに安堵しつつも、その言い方にカチンとくる。むかつく! でも逆らえない! このヒエラルキー最底辺の状況、どうにかならないものか……!


へなへなとその場に座り込む私を尻目に、アシュレイは近くの適当な岩に腰掛け、鞘から剣を少しだけ抜いて、夕日にきらめく刃を眺め始めた。……手伝う気、ゼロである。知ってたけど!


(くっそー……! なんなのよこの騎士! ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃない! 私がマスター(仮)なのよ!?)


内心で毒づきながらも、私は行動を開始する。何もしなければ飢え死にするか、夜の闇の中で何かに襲われて死ぬだけだ。

【鑑定】スキルをフル活用し、飲める水を見つけ、食べられるベリーを摘む。ベリーは【キラキラベリー】というらしく、MPが少量回復するおまけ付きだった。


「アシュレイさん、どうぞ! 安全な水ですよ!」

善意(と、ちょっとは仲間意識を持ってほしいという下心)で差し出すが、彼は眉ひとつ動かさなかった。

「……結構だ。得体の知れない植物から滴る水など、飲む気になれん」

「じゃあ、このベリーは! 鑑定済みですし、MPも回復するんですって!」

「……女が素手で触ったものを、この私が口にするとでも思ったか?」


出たー! その女嫌い設定! いい加減にして!

「我には我の矜持がある。空腹など、些事だ」

諦めて、私は一人でベリーを頬張った。甘酸っぱくて、プチプチとした食感がいい。でも、なんだか胸の奥がチクチクと痛んだ。


さて、問題は「火」だ。夜は冷え込むだろうし、獣避けにもなる。それに、さっき見つけた【硬イモ】を調理したい。

私がうんうん唸っていると、呆れたようなため息が聞こえた。


「……チッ。見ていられんな。この役立たずめ」


アシュレイが立ち上がり、無造作に石を二つ拾う。カツン、と数回打ち合わせたかと思うと、パチッと火花が散り、枯れ葉に燃え移った。


「えっ!? すご……!」

「……驚くことでもあるまい。これしきのこと、騎士の嗜みだ」


そう言って、彼は再び元の岩に腰を下ろし、プイと横を向いてしまった。……照れてる? いや、まさか。単に私と目を合わせたくないだけだろう。

でも、おかげで火は確保できた。硬イモを火にくべて、焼けるのを待つ。

沈黙が重い。何か話さないと……気まずすぎる。


「あ、あの……アシュレイさん。どうして、そんなに……女性が苦手なんですか?」


地雷を踏み抜くような質問だと分かっていながら、聞いてしまった。

アシュレイの眉間の皺が、さらに深くなった気がした。


「……貴様に、それを知る権利はない。そして、我にそれを語る義務もない」

「でも……! 私たちは、一応、これから一緒に旅をする仲間、じゃないですか……?」

「仲間、だと? 勘違いするなと言ったはずだ。貴様と我の関係は、不本意な契約で結ばれた主従にすぎん。馴れ合うつもりは毛頭ない」


バッサリと切り捨てられた。心が、パキリと音を立ててひび割れる。

(……やっぱり、ダメなのかな。私が描いたキャラだから? 私が、人を信じる純粋な物語を描けなかったから……だから、彼も……)

罪悪感と自己嫌悪で、胸が苦しくなる。

焼けたイモの香ばしい匂いが漂う。美味しいけど……一人で食べる夕食は、やっぱり少し寂しかった。



その夜は、結局ろくに眠れなかった。

アシュレイは言葉通り、一睡もせずに周囲を警戒してくれていたようだが、冷たい夜気と、すぐ近くにいる「敵意はないけど好意もゼロ」なイケメンの存在が、私の神経を休ませてくれなかったのだ。


ウトウトしかけた、明け方近くだっただろうか。

――グルルルル……!

低い、獣の唸り声が聞こえた。ハッと飛び起きると、すぐ近くの茂みがガサガサと揺れている!

茂みから現れたのは――体長2メートルはあろうかという、頭が二つの巨大な狼!


(鑑定!)


双頭狼(ダブルウルフ)

種族:魔獣

Lv:15

危険度:D

状態:警戒・飢餓

特徴:一つの体に二つの頭を持つ、非常に獰猛な狼型の魔獣。左右の頭は独立した意思を持つが、狩りの際はテレパシーで連携し、完璧なコンビネーションを見せる。その二対の瞳に捉えられた獲物が逃れることは不可能とされる。縄張り意識が極めて強く、侵入者に対しては容赦なく牙を剥く。



「獣の類か。厄介な」


アシュレイが呟く。威圧感で分かる。レベル15。私じゃ瞬殺される相手だ。

ガタガタと震えが止まらない。死ぬ! 食べられる!


「下がっていろ、足手まとい」


アシュレイが私を背にかばうように前に出る。その背中は、頼もしくて……でも、やっぱり言葉は刺々しい。

双頭狼が、唸り声を上げて同時に飛びかかってきた! 速い!

しかし、アシュレイはさらに速かった。シュンッ、と風を切る音。銀色の閃光が、まるで舞いを踊るように優雅に、そして恐ろしく正確に走る。

狼の爪を弾き、牙を避け、流れるような動きで一体の首を刎ね飛ばす!

怯んだ隙を見逃さず、もう一体の喉を貫く!

戦闘は、ほんの十数秒で終わっていた。


「…………」


私は、ただ呆然と、その光景を見つめていた。

圧倒的な強さ。洗練された剣技。まさに、私が理想として描いた「聖騎士アシュレイ」そのものだった。

かっこいい……。素直に、そう思った。

……でも。

戦闘が終わり、アシュレイがこちらを振り返った瞬間、その瞳から鋭い光は消え、いつもの氷のような冷たさが戻っていた。


「……終わったぞ。さっさと死骸を片付けろ。血の匂いは、他の魔物を呼び寄せる」

「は、はい!」


彼は、自分が倒した魔物の素材には目もくれず、さっさと私に後始末を押し付けた。

(……うん。やっぱり、この人はこうなんだ……)

一瞬ときめいた心が、急速に冷えていく。そうだ。彼は、私がそう設定したんだ。期待なんて、しちゃいけなかった。


後片付けを終え、再び歩き始めた私たち。アシュレイとの間の空気は、昨晩よりもさらに冷え切っている気がした。

(もう、余計な詮索はやめよう。彼は、私の護衛。そう割り切らないと……私が、もたない)

そう決意した、その時だった。

ふと、遠くの空に、細く立ち上る煙が見えた。

「……! あれって……もしかして……!」


人里だ! 希望の光!

私は思わず駆け出した。アシュレイの制止も聞かずに。

転がり込むようにしてたどり着いたその場所が、新たな波乱の幕開けになるとも知らずに――私はただ、人のいる場所へと、必死に足を動かしていた。

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