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13.筋肉魔法少女(?)のお騒がせ帰還と新たな波紋

意識がゆっくりと浮上してくる。

最初に感じたのは、柔らかな布団の感触と、薬草の優しい香りだった。それから、すぐ近くで聞こえる、穏やかな寝息。


「……ん……」

重い瞼をゆっくりと持ち上げると、見慣れた村長の家の天井が目に入った。薄暗い部屋の中、窓からは朝の柔らかな光が差し込んでいる。私は……助かったんだ。

(そうだ、森の主は……シノブさんが……)

記憶が急速に蘇ってくる。絶望的な戦い、リオさんの負傷、そして、私の最後の切り札――シノブさんの、あの衝撃的な登場と、規格外すぎる戦闘。全てが夢だったのではないかと思うほど、現実離れした出来事だった。

慌てて隣を見ると、そこにはリオさんが静かに眠っていた。顔色はまだ少し青白いけれど、呼吸は穏やかで、胸が規則正しく上下している。シノブさんの「ミラクル・マッスル・ヒーリング」のおかげで、命に別状はないようだ。そのことに、心の底から安堵する。

「……よかった……」

涙が、また滲んできた。今度は、安堵と感謝の涙だ。彼が無事で、本当によかった。


そっと布団から抜け出し、部屋の外に出てみる。村の中は、なんだか昨日までとは違う、妙な活気に満ちていた。家々の窓は開け放たれ、畑仕事に出かける人々の顔にも、以前のような暗さはない。森の主が倒されたことで、村を覆っていた重苦しい瘴気が消え去り、空気そのものが軽くなったように感じられた。まるで、長い悪夢から覚めた朝のように、清々しい空気が肌を撫でた。

そして、その活気の中心には――


「あらヤッダー! お婆ちゃん、そんな重い荷物持っちゃダメよぉ! アタシのキュートな筋肉これが運んであげるわん♡」

「まあまあ、シノブさんや、ありがとうねぇ。本当に助かるよ」

村の広場で、シノブさんが、お年寄りの荷物を軽々と(それこそ小指一本で持ち上げそうな勢いで)運びながら、甲高い声を響かせていた。その周りには、村人たち、特に女性陣や子供たちが集まり、キラキラした目で彼女を見上げている。

「シノブ様、本当にありがとうございました!」

「あなた様のおかげで、村は救われました!」

「シノブおねえちゃん、すごーい! かっこいいー!」

どうやら、私が気を失っている間に、シノブさんはすっかり村の救世主として、熱烈な歓迎を受けているらしい。彼女の、あの底抜けに明るくてパワフルな性格と、(胡散臭いながらも)人を助けようとする姿勢は、長い間苦しんできた村人たちの心を、あっという間に掴んでしまったようだ。


「んもー、みんな大袈裟よぉん♡ アタシはただ、愛と正義のために、ちょーっとだけ筋肉をプルプルさせただけなんだから♡ それより、みんな、ちゃんとご飯食べてる? 美容と健康のためには、バランスの取れた食事が一番よぉ!」

シノブさんは、村の女性たちに美容アドバイス(?)まで始めていた。その光景は、なんというか……シュールだけど、温かい。彼女の存在が、沈んでいた村に、予想外の形で笑顔をもたらしているのは確かだった。

(……すごいな、シノブさん。ある意味、アシュレイさんとは正反対だ……)


ふと、アシュレイさんの姿を探す。彼は、村の中心の喧騒から少し離れた場所、いつもの大木の根元に……いや、今日はそこにいなかった。どこにいるんだろう? と思っていると、村長の家の裏手から、ひどく不機嫌そうなオーラを放ちながら歩いてくる彼を見つけた。

「アシュレイさん! よかった、ご無事だったんですね!」

私が駆け寄ると、彼は忌々しげに顔をしかめた。鎧の亀裂は応急処置がされているようだが、まだ痛々しい。

「……貴様も、ようやく起きたか。いつまで寝ているつもりかと思ったぞ」

「すみません……。あの、怪我の具合は……?」

「問題ない。それより……」

アシュレイは、村の広場で人気者になっているシノブさんの方を、苦虫を百匹噛み潰したような顔で睨みつけた。

「……あの、下品で騒々しい具現体を、どうにかしろ。あれが村をうろついているだけで、我の精神が削られる」

「え、えぇ……? で、でも、シノブさんは村を救ってくれたわけですし……村の人たちも、すごく感謝してますよ?」

「知るか! あのような存在が、貴様の『型式決壊』とやらで生み出されたこと自体、信じ難い。貴様の精神構造はどうなっているんだ」

(うっ……それは、私も知りたいです……! 私の深層心理、どうなってるの!?)

確かに、どうしてアシュレイさんはあんなに好感度マイナスで、シノブさんはあんなに好感度MAX(しかも極大)なのか、全くの謎だ。私の潜在意識というか、性癖というか、そういうものが反映されているのだろうか……? 考えれば考えるほど、自分のことが分からなくなる。


「と、とにかく、シノブさんは悪い人じゃない……と思いますし、今は村の復興にも協力してくれてますから、少しだけ、大目に見てあげてください……」

「……チッ」

アシュレイは納得いかない様子で舌打ちしたが、それ以上は何も言わなかった。ただ、彼の眉間の皺は、普段よりもさらに深くなっている気がした。彼にとって、シノブさんの存在は、生理的に受け付けないレベルなのだろう。前途多難すぎる……。


私がアシュレイさんとの(一方的な)口論(?)に疲れて部屋に戻ると、リオさんが目を覚ましていた。

「……シオリ…?」

「リオさん! よかった……! 目が覚めたんですね!」

私は思わず彼のそばに駆け寄り、その手を握りしめていた。温かい。ちゃんと、生きている。その事実に、再び涙が溢れてきた。

「ごめんなさい……! 私のせいで、リオさんがあんな酷い目に……!」

「……ううん。俺が、勝手にしたことだからよぉ……。シオリが、無事でよかったぜ……。本当に……」

リオは、まだ少し弱々しいけれど、優しい笑顔で私を見てくれた。彼のその笑顔に、私の心臓が、また大きくドキリと跳ねる。

「あの時……アンタが、俺の名前を叫んでくれたのが、聞こえた気がしたんだ。だから、絶対に死ねねぇって……思ったんだぜ」

見つめ合う、私とリオ。部屋の中には、なんだか甘酸っぱいような、くすぐったいような空気が流れている……ような気がした。彼の瞳の奥に、以前とは違う、確かな熱を感じて、私は思わず視線を逸らしてしまった。


「あらあらあら~? なぁに、二人してイイ雰囲気じゃないのぉん♡ 青春ねぇ! アタシ、そういうの、だーいすきよぉ!」

――バァン! と勢いよくドアが開き、満面の笑み(?)のシノブさんが乱入してきた。手には、湯気を立てるお粥らしきものが入ったお盆を持っている。

「リオくーん、お目覚め? よかったわぁ! アタシ特製の、愛と筋肉たっぷりのお粥よぉ! これを食べて、早く元気になりなさぁい♡ はい、あーん♡」

「えっ、ちょっ……! シノブさん!? 自分で食えるって!」

シノブさんは、有無を言わさずリオさんに「あーん」をしようとし、リオは顔を真っ赤にして必死に抵抗している。さっきまでの甘酸っぱい空気は、一瞬にして霧散した。

(……シノブさん……タイミング……ある意味、最強の空気クラッシャーだわ……)

私は、苦笑いを浮かべるしかなかった。

どうやらシノブさんは、リオさんのことも妙に気に入ったらしく、「可愛い弟クン♡」と呼んで、過剰なくらい世話を焼こうとするのだ。リオにとっては、ありがたいやら迷惑やら、といったところだろう。


その後も、シノブさんの存在は、アッシュベリー村に良くも悪くも大きな影響を与え続けた。

彼女は、その有り余るパワーで、瓦礫の撤去や畑の開墾などをあっという間に片付け、村の復興作業に大きく貢献した。その働きぶりと、誰にでも分け隔てなく(アシュレイ以外には)接する明るい性格で、彼女はますます村の人気者になっていった。

一方で、アシュレイさんのストレスは溜まる一方のようだった。シノブさんが近づいてくるたびに、あからさまに距離を取ったり、時には「我に近づくな、汚らわしい!」と威嚇したりすることもあった。それでもシノブさんは全くめげずに、「あらヤダ、ツンデレさんなのぉ? もっと素直になりなさぁい♡」と、さらに距離を詰めようとするのだから、もう目も当てられない。私は完全に、二人の間の緩衝材(というか、被害者)となっていた。アシュレイさんの眉間の皺は、もはや彼のデフォルト設定になりつつあった。


リオさんは、シノブさんの献身的な(?)看病と、村の安全な水のおかげで、驚異的なスピードで回復していった。動けるようになると、彼はすぐにまた村のために働き始め、以前にも増して精力的に医術の勉強にも励むようになった。森の主との戦いで、自分の無力さを改めて痛感したのだろう。その真摯な姿に、私はますます惹かれていくのを感じていた。

彼もまた、私に対して、以前とは違う、少し熱っぽい視線を向けてくることがある。目が合うと、お互いに慌てて逸らしたりして……。友人、というには、少しだけ違う、もどかしい関係。その距離感が、心地よくもあり、少しだけ切なくもあった。


そんな、騒がしくも穏やかな日々が、数週間ほど続いた。

森の瘴気は完全に消え去り、井戸の水も、鑑定する限りでは完全に安全なものに戻っていた。畑には新しい作物の芽が出始め、村には活気が満ち溢れている。

このまま、平和な日々が続いていくのかもしれない。そんな淡い期待を抱き始めていた、矢先のことだった。

村に、見慣れない服装をした、数人の男たちが現れたのは――。

彼らは、尊大な態度で村の入り口に立ち、こう名乗った。

「我々は、この地を治める領主様の使いである!」

その言葉は、ようやく訪れたかに見えた平穏に、新たな波乱の影を投げかけるものだった。彼らの冷たい目が、再建された村の温かい空気を、一瞬にして凍りつかせた。

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