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12.絶望の淵で咲く、筋肉魔法少女(?)、降臨!

「リオさんっ! リオさんっ!!」

私の悲鳴が、瘴気の立ち込める森に虚しく響く。地面に叩きつけられたリオは、ピクリとも動かない。流れ出す血が、彼の周りの地面を赤黒く染めていく。その光景は、私の心を容赦なく抉った。

(私の、せいだ……! 私が、もっとしっかりしていれば……! 私が、余計なことをしなければ……!)

後悔と罪悪感が、津波のように押し寄せてくる。涙で視界が滲み、呼吸すら苦しい。今すぐ駆け寄って彼の手当てをしたいのに、足が鉛のように重くて動けない。


「……チッ。感傷に浸っている暇はないぞ、愚図な女め!」

背後から、アシュレイの荒い息遣いと共に、厳しい声が飛んできた。彼は、口元の血を乱暴に拭い、傷ついた体を引きずるようにして立ち上がっていた。そのアイスブルーの瞳は、倒れたリオと、そしてその原因となったであろう私を交互に見やり、複雑な色を宿していた。……それは、怒り? 焦り? それとも、ほんの少しの……責任感、みたいなもの? あるいは、彼自身が守りきれなかったことへの、無力感か。彼の完璧な騎士としての仮面が、今にも剥がれ落ちそうなほどに歪んでいた。


「だが……ここまでか……」

アシュレイは、再びこちらに狙いを定める森の主を見上げ、自嘲するように呟いた。彼のMPも、体力も、もう限界に近いのだろう。剣を構えるその姿は、悲壮な覚悟に満ちていた。同行してくれた村の若者たちも、恐怖と精神攻撃の影響で、もはや戦意を喪失している。

絶望。その二文字が、脳裏を支配する。

もう、終わりだ。リオも、アシュレイも、私も、ここで……。


(……嫌だ)

その時、心の奥底から、か細いけれど、確かな声が聞こえた気がした。

(嫌だ……! こんなところで、終わってたまるか……!!)

リオが、命がけで守ってくれたこの命を、無駄になんてできない。

アシュレイだって、なんだかんだ言いながら、ここまで私を守ってくれたじゃないか。

村のみんなが、私たちの帰りを待っている。


(私が……私が、守らなきゃ……!)

怒り、悲しみ、後悔、そして、守りたいという強い、強い想い。それらが渾然一体となって、私の心の奥底で渦を巻いた。枯渇していたはずのMPが、まるでダムが決壊したかのように、体の中心から溢れ出してくるのを感じる。これが……火事場の馬鹿力、ってやつ? いや、それだけじゃない。もっと根源的な、魂の叫びのような力が、私を突き動かしていた。まるで、内なる何かが殻を破って目覚めようとしているような、強烈な感覚。全身の細胞が、悲鳴を上げて歓喜しているような、矛盾した高揚感。


(そうだ……こんな絶望的な状況をひっくり返せるような、規格外の存在……! アシュレイさんのような騎士じゃない。もっと、物理的にも、精神的にも、圧倒的な……! 理不尽を理不尽で塗りつぶせるような、そんな力!)

私の脳裏に、一人のキャラクターの姿が、鮮明に浮かび上がった。

それは、私が前世で、ストレスが溜まった時や、ヤケクソになった時に、半ば冗談で描いていたキャラクター。およそヒロイックとは言い難い、奇抜で、破天荒で、でも、誰よりも強くて、タフで、どんな逆境でも高笑いを響かせながらぶち壊してくれそうな……そんな存在。

(あの人なら……! あの人しか、いない……!)


もはや迷いはなかった。私は、涙で濡れた頬をそのままに、震える指で地面に線を描き始めた。それは、魔法陣のような模様と、そして、その中心に、記憶の中の彼女(?)の姿を。一本一本の線に、私の全ての想いを、祈りを、そして僅かな狂気を込めて。地面が、私の想いに呼応するように、微かに熱を帯び始める。

(お願い……! 今、私に必要なのは、あなたなの……! 来て……!)

祈りにも似た叫びと共に、私はその名を呼んだ。


「――来て! シノブッ!!!!」


瞬間、地面に描かれた線が、禍々しい紫色の瘴気を吹き飛ばすかのように、眩いばかりのピンク色の光を放った! 甘ったるい、花の蜜のような香りが、辺り一面に漂い始める。空気が震え、大地が鳴動するような、圧倒的なプレッシャー。


「なっ……!?」

アシュレイが、驚愕に目を見開く。森の主も、その異様な気配に警戒するように、動きを止めた。

ピンク色の光は、みるみるうちに膨れ上がり、やがて、光の中から、一つの人影がゆっくりと姿を現した。

それは……。


筋肉が、ムキムキに隆起した、逞しい肢体。

その肉体を包むのは、どう見ても場違いな、フリルとリボンで飾られた、パステルカラーの魔法少女(風)コスチューム。(生地がはち切れそうだ)

頭には、大きなリボンカチューシャ。手には、ハート型のステッキ(ただし、やたらとゴツい)。

そして、その顔立ちは……妙に整っていて、目元はぱっちりとしているのに、どこか男性的で……。


「あらヤッダーーー!! なぁに!? この陰気臭くてカビ臭そうな場所は! まるで乙女の敵、デリカシーゼロ男の巣窟じゃないのぉ!?」

甲高い、しかし妙にドスの利いた声が、森に響き渡った。いわゆる、オネエ口調というやつだ。

現れた人物――シノブは、きょろきょろと辺りを見回し、やがて、呆然と立ち尽くす私を見つけると、ぱあっと(効果音がつきそうな勢いで)顔を輝かせた。

「あらあらあら! シオリちゃんじゃないのぉ! 元気してたぁ? まーたこんな修羅場の真っ只中に、ア・タ・シ♡を呼び出すなんて、アンタも人が悪いわねぇん♡ しかもMPカツカツじゃないの、無理しちゃってぇ!」

シノブは、ズンズンと筋肉質な足取りで私に近づいてくると、巨大な手でわしわしと私の頭を撫でた。その手つきは乱暴だけど、不思議と優しさが感じられる。


「し、シノブ……さん……?」

私は、目の前の光景が信じられず、呆然と彼女(?)の名前を呼んだ。本当に、出てきてくれた。私が描いた、あの破天荒なキャラクターが、今、ここに……!


【シノブ】

種族:具現体(詳細不明・魔法少女(自称・筋肉特化型)型)

Lv:???(表示限界突破・測定拒否)

HP:???(規格外・ダメージ無効化の可能性) / MP:???(無限に近い・あるいは概念が存在しない)

スキル:???(多すぎて表示不能、というか理解不能、ほぼ物理法則無視)

状態:召喚主シオリへの好感度(極大・盲愛的・過保護)、テンションMAX、周囲への無関心(シオリ以外)、若干の露出狂の気あり


(れ、レベル測定不能!? スキル多すぎて表示不能!? 好感度、極大!? えっ、なんで!? アシュレイさんなんて、生理的嫌悪(極大)だったのに! この差は一体何なのよ!? というか盲愛的って何!? 露出狂って何!? そのコスチュームはそういう趣味だったの!?)

アシュレイの時とは真逆の、予想外すぎるステータスに、私の頭は完全にキャパオーバーを起こしていた。


「な……なんだ、貴様は……?」

アシュレイが、警戒と困惑と、そしておそらくは若干の嫌悪感をないまぜにした声で、シノブに問いかけた。彼の眉間の皺は、かつてないほど深くなっている。

シノブは、アシュレイを一瞥すると、フン、と鼻を鳴らした。

「あらヤダ、こっちにもイケメンちゃんがいるじゃないのぉ。でも、タイプじゃないわねぇ。なんかこう、カタブツで、色気が足りない感じ? もっとこう、情熱的にならないと、アタシのハートは射止められないわよぉん♡ 残念ね、出直してらっしゃい!」

「なっ……! き、貴様、何を……!」

アシュレイが顔を真っ赤にして(怒りで、だと思いたい)反論しようとしたが、シノブはもう彼に興味を失ったようだった。彼女の視線は、再び動き出した森の主へと向けられている。


「それよりぃ! なんなのよ、このキモい木のオバケは! 見るからに女子力ゼロ! 乙女の敵ね! アタシの美学に反するわ!」

シノブは、ゴツいハート型のステッキをビシッと森の主に突きつけた。

「アタシの名前はシノブ! 愛と筋肉の魔法少女(見習い)よぉ! この森の平和と、シオリちゃんの純情は、このアタシが守ってみせるわ! 覚悟しなさーーーーい!!」

そう叫ぶと同時に、シノブは地面を蹴った。

ゴッ! という鈍い音と共に地面が陥没し、彼女の筋肉質な体は、まるで砲弾のように森の主に向かって飛んでいく!


「うおおおおおおお! 喰らいなさぁい! アタシの愛の鉄拳! ラブリィ・マッスル・インパクトォォォォォ!!!」

シノブが振り抜いた拳ステッキはどこへやったのかは、ピンク色のオーラを纏い、森の主の硬い外殻に炸裂した!

ズゥゥゥゥゥゥン!!!

森全体が揺れるほどの、凄まじい衝撃! 森の主の巨大な体が、信じられないことに、ぐらりとよろめいた!

「なっ……!?」

アシュレイが、信じられないものを見た、という顔で絶句している。私も、開いた口が塞がらない。

(つ、強い……! 強すぎる……!っていうか、魔法少女って言ってたのに、完全に物理攻撃じゃん!! ステッキは飾りだったの!?)


森の主は、初めて明確なダメージを受けたことに怒り狂ったのか、無数の蔓を鞭のようにしならせてシノブに襲いかかる!

「あらヤダ、しつこい男は嫌われるわよぉ!」

シノブは、ひらりひらりと(あの巨体で!)蔓の攻撃をかわしながら、時には筋肉で受け止め(!)、時にはステッキで薙ぎ払い(!?)、圧倒的なパワーとスピードで反撃していく。

「邪魔よ邪魔よ邪魔よぉ! アタシの美肌に傷がついたらどうしてくれるのよぉ!」

「愛のパワー! 全開よぉん!」

「筋肉は裏切らないわぁぁぁ!!!」

オネエ口調で叫びながら、ピンク色のオーラを撒き散らし、物理法則を無視したような動きで暴れまわるシノブ。その姿は、もはや魔法少女というよりは、ピンク色の厄災、あるいは歩く最終兵器だった。彼女が動くたびに、地面が揺れ、木々がざわめき、森の空気が悲鳴を上げているようだった。


アシュレイも、私も、村の若者たちも、ただ呆然と、その規格外すぎる戦闘を見守ることしかできなかった。

しばらくして。

森の主の巨大な体は、見るも無残な姿で崩れ落ち、その中心にあったであろうコアらしきものが、砕け散って瘴気と共に霧散していくのが見えた。


「ふぅ……。まったく、手間のかかる子だったわねぇ」

シノブは、ふぅ、と一息つき、額の汗(キラキラしているように見える)を手の甲で拭った。その足元には、森の主だったものの残骸が転がっている。

……勝った。あの、絶望的だった森の主を、シノブは、たった一人で、倒してしまったのだ。


「し、シノブさん……すごい……」

私がか細い声で言うと、シノブはくるりとこちらを振り返り、ニカッと笑った。

「当然よぉん♡ アタシにかかれば、あんな木のオバケなんて、朝飯前の前のオヤツよぉ♡ それよりシオリちゃん、怪我はない?」

「は、はい、私は大丈夫です……でも、リオさんが……!」

私は、倒れたままのリオに駆け寄った。彼の呼吸は弱々しく、意識もない。早く手当てをしないと……!


すると、シノブも心配そうな顔で(?)リオを覗き込んできた。

「あらあらあら、こっちのイケメンちゃん、大変じゃないの! まぁ、可愛いお顔しちゃってぇ。大丈夫よ、アタシの愛ヒーリングで、ちゃーんと癒してあげるわん♡」

そう言うと、シノブはリオの体を軽々と(!)抱き上げると、その筋肉質な胸に抱き寄せた。そして、彼女の手のひらが、再び眩いピンク色の光を放ち始めた!

「いでよ! 愛と筋肉の奇跡! ミラクル・マッスル・ヒーリング!!!」

(……やっぱり、物理的に元気になりそうな名前の魔法だ……! でも、効果は絶大そう……!)

リオの体が、温かい光に包まれていく。彼の傷口が、ゆっくりと塞がっていくのが見えた。呼吸も、少しずつだが、安定してきたようだ。


助かった……。リオさんも、私たちも……。

安堵感と、そして目の前で繰り広げられた超展開に、私はとうとう意識を保っていられなくなり、その場に崩れ落ちるようにして気を失った。

最後に聞こえたのは、「あらヤダ、シオリちゃんまで! 仕方ないわねぇ、アタシがお姫様抱っこしてあげるわん♡」という、シノブの能天気な声と、それに対するアシュレイの「……断じて、やめろ……! 貴様のような得体の知れない者に、彼女を……!」という、悲鳴にも似た声だったような気がする……。


こうして、絶望的な森の主との戦いは、突如として現れた規格外の助っ人、愛と筋肉の魔法少女(?)シノブの降臨によって、幕を閉じた。

しかし、それは同時に、私の異世界ライフにおける、新たな、そしてさらに混沌とした日々の幕開けでもあったのだ――。(そして、アシュレイさんの胃痛の日々の始まりでもあったかもしれない……)

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