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11.いざ、森の主へ! 守るための盾

鬱蒼とした森の中は、昼間だというのに薄暗く、湿った空気が重く垂れ込めていた。村の近くとは明らかに違う、濃密な瘴気の気配が肌を刺す。時折聞こえる不気味な鳥の声や、正体不明の獣の気配に、同行してくれた村の若者たちの顔にも緊張の色が浮かんでいた。


先頭を行くのは、アシュレイだ。彼はまるで森の道を知り尽くしているかのように、迷いなく進んでいく。その白銀の鎧は、薄暗い森の中で不思議なほど目立つのに、彼の動きは驚くほど静かで、気配すら感じさせない。時折、彼がすっと手をかざすと、周囲の嫌な気配が和らぐような気がした。おそらく、魔物避けの結界のようなものを展開してくれているのだろう。相変わらず無言だし、説明も一切ないけれど。


私の役目は、主に【鑑定】による索敵と危険察知だ。集中して周囲を探ると、茂みの奥に潜む小型の魔物の気配や、地面に巧妙に隠された罠のようなもの(自然発生的なものか、あるいは森の主が仕掛けたものか)を感知することができた。

「アシュレイさん、右前方、三時の方向に魔物の気配が複数! 多分、小型の蜘蛛型です!」

「……チッ、鬱陶しい」

アシュレイは短く舌打ちすると、目にも止まらぬ速さで茂みに突っ込み、数秒後には何事もなかったかのように戻ってきた。彼の剣には、緑色の体液がわずかに付着している。

「左前方、地面に注意! 何か粘着質の罠みたいなものが!」

「リオさん、その木の根元、毒を持つ苔が生えてます! 触らないで!」

私の指示に、皆が慎重に歩を進める。リオは私の隣で、薬草の知識を活かして、危険な植物や地形について補足説明をしてくれたり、皆の体調を気遣って声をかけたりしていた。村の若者たちも、最初はアシュレイの威圧感に怯えていたが、次第に私たちの連携を信頼してくれるようになったようだ。


道中、何度か小型の魔物の群れに遭遇したが、その度に私が【型式決壊】で作った道具が意外な活躍を見せた。

「今です! 煙幕弾!」

私が投げつけた紙包みが魔物の足元で燃え上がり、唐辛子と刺激臭を混ぜ込んだ煙がもうもうと立ち込める。魔物たちが混乱して動きを止めた隙に、アシュレイが一掃する、というパターンが何度か成功した。

「フン、くだらん玩具だが、無いよりはマシか」

アシュレイは相変わらず悪態をついていたけれど、煙幕の効果自体は利用してくれているようだった。粘着罠シートも、小型のトカゲのような魔物の足止めに成功し、少しだけ時間を稼ぐことができた。カラカラ笛は……残念ながら、魔物を陽動するというよりは、逆に注意を引きつけてしまったようで、すぐにアシュレイに「二度と使うな」と冷たく言い放たれた。まあ、そんなものだよね。


それでも、私たちは確実に森の奥深くへと進んでいた。瘴気の濃度はますます濃くなり、空気は重く、呼吸するだけで体力を奪われるような感覚に陥る。リオが用意してくれた、瘴気を和らげる効果のある薬草を口に含みながら、私たちは歩き続けた。


そして、ついに。

森が開けた、巨大な窪地のような場所にたどり着いた。中央には、天を突くかのような巨大な古木がそびえ立ち、その根元は禍々しい紫色の瘴気で渦巻いている。空気は淀み、生命の気配が全く感じられない、異様な空間だった。まるで、世界の終わりに取り残されたかのような、絶望的な静寂が支配していた。


「……ここが、森の主の……」

誰もが息をのむ。その圧倒的な存在感に、足がすくむのを感じた。


――グルオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


地響きのような、腹の底に響く咆哮が轟いた。巨大な古木の幹が、まるで生き物のように蠢き、その表面から、無数の太いつるや根が蛇のように伸びてきたかと思うと、それらが寄り集まり、巨大な人型のような形を成していく!


「なっ……!?」

それは、もはや植物とは呼べない、異形の怪物だった。樹皮のような硬い外殻に、蔓でできた太い腕。頭部に当たる部分には、赤黒い光を放つ巨大な一つ目のようなものがギラリと輝いている。これが……森の主!?


【古き森の主(瘴気汚染形態)】

種族:古代植物系魔獣(神聖存在の変質体)

Lv:測定不能(推定40以上)

危険度:S(極めて危険)

特徴:森の植物を自在に操り、強力な瘴気を放つ。物理攻撃への耐性が非常に高い。弱点はコアと思われるが、特定困難。**周囲の生命力を吸収する能力あり。**精神攻撃も行う可能性あり。(備考:神聖な力を失い、負の感情に支配されている。かつては森を守護する精霊だった痕跡あり)


(れ、レベル測定不能!? 危険度S!? ダメだ、勝てるわけない……! 生命力吸収…!? 備考の「神聖な力を失い」「精霊だった痕跡」って……一体何が……?)

鑑定結果に、全身の血の気が引くのを感じた。逃げなければ! でも、もう遅い。森の主はこちらを完全に認識し、その巨大な一つ目(?)が、私たちを捉えていた。


「総員、戦闘態勢! リオ、シオリ! お前たちは後方へ!」

アシュレイが鋭く叫び、剣を抜き放つ。その声には、いつもの冷たさとは違う、戦士としての覚悟と、そしてわずかな焦りのようなものが滲んでいた。

「は、はい!」

「わ、分かった!」

私とリオ、そして村の若者たちは後方へ下がり、アシュレイが一人、森の主と対峙する。その体格差は、大人と赤子ほどもある。無謀だ、と誰もが思っただろう。


しかし、アシュレイは怯まなかった。彼は疾風のように駆け出し、森の主が振り下ろす巨大な蔓の腕を紙一重でかわすと、その足元(根元?)に鋭い斬撃を叩き込んだ!

キンッ! という硬質な音が響く。ダメージは……ほとんど通っていないように見えた。

「硬い……!」

アシュレイが小さく呟く。森の主は、まるで意に介さないかのように、さらに激しい攻撃を繰り出してきた。地面から無数の鋭い根が槍のように突き出し、空からは毒々しい色の胞子が降り注ぐ。アシュレイはそれらを驚異的な身体能力で避け、あるいは剣で弾きながら、反撃の機会を窺っている。彼の剣閃が、薄暗い空間に一瞬の光を刻むが、すぐに絶望的な闇に飲み込まれていく。


「シオリ、鑑定で何か弱点は!?」

リオが叫ぶ。私も必死に鑑定を続ける。

「物理攻撃が効きにくいみたいです! 核があるはずなんですけど、どこにあるか……! あと、精神攻撃にも注意って……!」

「精神攻撃!?」

私がそう叫んだ瞬間だった。

森の主の一つ目(?)が、不気味な光を放った。その光を見た瞬間、頭の中に直接、声が響いてきた。


『……オ前タチ……森ヲ汚ス者……コノ森カラ、出テイケ……苦シメ……憎イ……コロシテヤル……』

それは、怒りと、苦痛と、そして深い悲しみが混ざり合ったような、おぞましい声だった。その声を聞いただけで、頭が割れるように痛み、立っているのがやっとになる。村の若者たちの中には、その場に蹲って頭を抱える者もいた。耳を塞いでも意味がない。魂に直接ねじ込まれるような、暴力的な感情の奔流だった。


「ぐっ……!」

アシュレイも、一瞬動きが鈍った。その隙を見逃さず、森の主の巨大な蔓の腕が、薙ぎ払うようにアシュレイを襲う!

「アシュレイさん!!」

避けきれない! そう思った瞬間、アシュレイは咄嗟に剣を盾にして攻撃を受け止めた。凄まじい衝撃音と共に、彼は後方へと吹き飛ばされる!

「がはっ……!」

地面に叩きつけられ、アシュレイが苦悶の声を上げる。彼の鎧には亀裂が入り、口元からは血が流れていた。白銀の鎧が、無残に歪んでいる。


「アシュレイさん!!」

私は思わず駆け寄ろうとしたが、リオに強く腕を引かれた。

「ダメだ、シオリ! 今行ったら!」

そのリオの顔も、精神攻撃の影響か、蒼白になっている。

アシュレイが負傷し、戦況は一気に悪化した。森の主は、倒れたアシュレイに容赦なく追撃を加えようと、再び巨大な腕を振り上げる。


(どうしよう……! 何か……何か、できることは……!)

私は必死に【型式決壊】で何か作れないか考える。でも、MPはもうかなり消耗しているし、こんな強大な相手に、私の作るガラクタが通用するはずも……。

(そうだ! 目くらまし! せめて、一瞬でも動きを止められれば……!)

私は最後のMPを振り絞り、持っていた煙幕弾もどきを、森の主の顔(?)めがけて投げつけた!

ポンッ、と情けない音を立てて煙が広がる。……しかし、森の主は全く意に介さない。煙はすぐに瘴気に飲み込まれて消えてしまった。

(だめ……か……!)

絶望が心を覆う。森の主の巨大な腕が、今まさにアシュレイに振り下ろされようとしていた。


その時だった。

「――シオリっ!!」

鋭い叫び声と共に、私の目の前に、誰かが飛び込んできた。

リオだった。

彼は、私とアシュレイの間に立ちはだかるように、両腕を広げた。まるで、盾になるかのように。その背中は、震えていたけれど、決して引こうとはしなかった。彼の瞳には、恐怖を押し殺した、悲壮なまでの覚悟が宿っていた。


ドゴォォォォン!!!


凄まじい衝撃音。

リオの体は、巨大な蔓の腕に、まるで木の葉のように、いとも簡単に弾き飛ばされた。

「リオさんっ!!!!」

私の絶叫が、森に響き渡った。

リオは、受け身も取れずに地面に叩きつけられ、そのままぐったりと動かなくなった。彼の体からは、夥しい量の血が流れ出しているのが見えた。鮮血が、枯れた大地に赤い染みを作っていく。その赤が、私の視界を、そして心を、焼き尽くすようだった。


「……う……そ……」

目の前の光景が、信じられなかった。どうして。どうして、リオさんが。私を庇って……?

「馬鹿な奴め……!」

吹き飛ばされたアシュレイが、呻くように呟いた。彼は、傷ついた体でゆっくりと立ち上がり、リオが倒れている方向を、そして、私を庇ったという事実を、信じられないものを見るような目で見ていた。彼の瞳の奥に、今まで見たことのないような、激しい感情の揺らぎが見えた気がした。それは、怒りなのか、焦りなのか、それとも……理解を超えた何かに対する、戸惑いのようなものか。彼の完璧な仮面が、ほんの一瞬、剥がれ落ちたように見えた。


森の主は、邪魔者が消えたとばかりに、再びアシュレイに狙いを定める。

(……リオさんが……私のせいで……)

ごめんなさい、ごめんなさい……! 心の中で繰り返す。涙が溢れて止まらない。

でも、今は泣いている場合じゃない。リオさんを、助けないと。アシュレイさんも、もう限界だ。


(私が……私が、何とかしないと……!)

怒りと、悲しみと、そして守りたいという強い想いが、私の心の奥底から、何かを引きずり出すような感覚があった。枯渇しかけていたはずのMPが、体の奥底から湧き上がってくるような……。それは、かつてないほどの熱量を持った、強大な力。まるで、魂の奥底に眠っていた何かが、今、目覚めようとしているかのように。


「……絶対に……許さない……!」

私は、涙で濡れた顔を上げ、森の主を睨みつけた。

震える手で、地面に何かを描き始める。それは、今までのような道具じゃない。もっと、ずっと……規格外の存在。私の魂が、この世界で初めて、本当の「創造」を始めようとしていた。その筆致は、もはや単なる絵ではなく、世界に新たな理を刻むための、祈りにも似た儀式だった。

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