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1.過労死したら、女嫌いの推しキャラ召喚しちゃいました


「……………ぅ……あたまが、いたい……」


チカ、チカ……。

無機質な蛍光灯の白い光が、限界まで酷使された目に突き刺さる。

もう何時間もパソコンのモニターとにらめっこし続けているせいか、光が点滅しているようにすら感じられた。


机の上は酷い有様だ。

カフェイン含有量を競うように林立するエナジードリンクの空き缶、散乱する資料の束、キーボードの上には正体不明のパンくず……。

もはや人様に見せられるようなデスクではない。それを掃除する気力も、とっくに枯渇していた。


「……はぁ」


吐き出した息は、ひどくか細くて乾いていた。

キーボードを叩く指先は感覚が鈍麻し、まるで自分の体じゃないみたいだ。

今、何時だっけ……?

壁の時計に目をやろうとして、首がうまく動かないことに気づく。

たぶん、もう朝に近い時間なんだろうけど、この窓一つない、まるで監獄みたいなオフィスでは、外の世界を知る術もない。


(……もう、むり……かも……)


脳が悲鳴を上げている。

シグナルは単純明快。

「眠イ」「限界」「オワリ」


ああ、家に帰りたい。

お風呂に入って、ふかふかの、お日様の匂いがする布団にもぐりこんで、泥のように眠りたい。

でも、ダメだ。終わらない。

この悪夢のようなデバッグ作業が終わるまでは、私に安息の地はない。


私の名前は桜井詩織(さくらい しおり)、二十五歳。

肩書だけは一丁前な、しがないシステムエンジニア。

……そして、それは世を忍ぶ仮の姿。

真の私は、週末になると薄い本を求めてイベント会場(戦場)に赴き、自らも夜な夜なキーボード……ではなくペンタブを握りしめ、愛する男たちの関係性に萌えを叫ぶ、しがないBL同人作家である。

そう、俗に言う「腐女子」ってやつだ。誇り高き、ね。


勤めているこの会社は、業界では(悪い意味で)有名なブラック企業。

終電? なにそれ美味しいの? サービス残業?

それがデフォルトですけど何か? ……

そんな環境で、心身をすり減らす毎日。

今日も今日とて、リリース間近のシステムに潜むバグという名の悪魔と、終わりの見えない聖戦(デスマ)を繰り広げていた。


(……ああ、次のイベント、新刊、間に合うかなぁ……)


まだプロットしかできていない。

このままだと、百パーセント落とす。

それだけは、絶対に避けたい。

私の魂の拠り所、生き甲斐そのものなのに。

描きたいネタは無限にあるのだ。

推しカプのあんなイチャイチャやこんなすれ違い、ライバルキャラとの三角関係に、モブおじさんとの意外な絡み……! 妄想だけが、私の唯一の癒やしなのに!



「…………っ!?」


ぐらり、と世界が傾いだ。

あれ? 急に、ものすごい眠気が……。

まるで、深い深い沼に引きずり込まれるみたいに、意識が遠のいていく。


(あ……これ、まずい、やつ……だ……)


霞んでいく思考の片隅で、最後に思い浮かんだのは――描きかけだった推しカプの、幸せそうな笑顔…………

ではなく、堆く積まれた仕様書の山と、鬼のような形相で

「おい桜井ィ! これ今日中って言ったよなァ!!」と怒鳴り散らす、クソ上司の顔だった。


(……なんて、最期……)


こんな終わり方、あんまりじゃない……?

私の人生、なんだったの……?


意識が、完全にブラックアウトした。


………

……


『――意識体の再構成を完了。損耗率37.8%……許容範囲内。欠損部位の修復、完了。魂素子の定着を確認しました』


(……ん……? なに……? 声……?)


どこかで、誰かが話している……?

でも、耳から聞こえるんじゃない。

もっとこう、頭の中に直接響いてくるような、不思議な感覚。


『転移プロセスに移行します。

 対象個体名:サクライ・シオリ。

 死亡原因:過重労働による多臓器不全。

 ……ふむ、これは稀なケースですね。対象に、転生特典を 付与します』


(いせかい……てんせい……? え? えっ? 私、死んだの? やっぱり……? か、過労死……マジか……)



おそるおそる、重い鉛のようになったまぶたをこじ開ける。

飛び込んできたのは、どこまでも続く、真っ白な空間だった。

壁も、天井も、床も、全てが白。さっきまでいた、書類とホコリと人間の澱んだ空気で満たされたオフィスとは、天と地ほども違う、非現実的な光景。


(え、ちょ、状況が理解できない……! ここどこ!? 天国? いや、私の日頃の行い(主に妄想)を考えると地獄行きでもおかしくないけど……!)


パニックになりかける私をよそに、声は淡々と続けられる。目の前に姿は見えないのに、その存在感だけははっきりと感じられた。


『特典として、対象者の魂の適性を鑑み、

 ユニークスキル【型式決壊システムオーバー】、

 および汎用スキル【鑑定】を付与します。

 詳細情報は、対象者の認識領域に転送済みです。ご確認く ださい』


型式決壊システムオーバー】……? 型式……?

固有結界的な? いや、決壊ってことは、なんか壊しちゃう系?

【鑑定】……! おおっ、これは! 異世界転生もののド定番! 便利スキルキターーー!!


頭の中でスキル名を念じると、ふわりと情報が浮かび上がってきた。


『ユニークスキル:【型式決壊システムオーバー】』

『効果:対象者が強くイメージし、魔力を用いて“描画”した 対象を、限定的に現実世界へと具現化させる能力。

 具現化対象の能力・性格・外見は、対象者のイメージの解 像度、描画の精度、そして“想いの強さ”に大きく依存す  る。具現化維持にはMPを消費する』


(……描いた、ものを……具現化……?)


……………………え?

えええええええええええっ!?


それって……それって、もしかして、とんでもないチートスキルなのでは!?

だって、私、一応、絵を描くのは……まあ、趣味だけど、かなり真剣にやってきた方だ。オリジナルの同人誌だって何冊も出してるし!


これってつまり……自分のオリキャラとか、推しキャラとかを描いて、リアルに呼び出して、一緒に冒険したり、あんなことやこんなことしたりできるってこと!?


たとえば、屈強なイケメン騎士を描いて私だけの守護騎士に! 博識でクールな魔法使いを描いて、家庭教師兼相談相手に! もふもふの可愛い聖獣を描いて、モフり放題の癒やし担当に……!


(――ッ! 夢が広がりまくりんぐじゃないですかヤダーーー!!!)


ブラック企業からの劇的な解放!

まさかの異世界転生!

そして、最強かもしれないチート能力ゲットォォォ!!


これで、夢にまで見た異世界スローライフ……いや、ここは敢えて言おう! 推しキャラに囲まれて過ごす、逆ハーレムライフも可能なのでは!? うへへへ……!


『転送シーケンス、最終段階へ移行。座標固定。対象者を指定ポイントへ転送します。……幸運を祈ります』


無機質な声がそう告げたのを最後に、私の意識は再び眩い光に飲み込まれ――視界が、真っ白に塗りつぶされた。



◇◆◇


次に目を開けた時、私の体はふわりとした感触に包まれていた。

鼻腔をくすぐるのは、青々とした草の匂いと、土の香り。そして、どこか甘い花の香り。


「……ん……ここ……?」


ゆっくりと身を起こすと、そこは見渡す限りの大草原だった。

どこまでも続く緑の絨毯。遮るもののない、抜けるような青い空。頬を撫でる風は信じられないくらい爽やかで、空気が……美味しい!


(これが……異世界……! ファンタジーだ! すごい……!)


自分の服装を見ると、さっきまでのヨレヨレのオフィスカジュアルではなく、生成り色の麻でできたような、簡素なワンピース? に変わっていた。足元は素足。……うん、いわゆる「村娘A」スタイルってやつかな。まあ、リクルートスーツより百倍マシだけど!

手には何も持っていない。カバンもスマホも、もちろんない。まさに素っ裸で放り出された状態だ。

とりあえず、現状把握が最優先だよね!


「えっと……念じればいいんだっけ? 【鑑定】!」


心の中で強くスキル名を唱えると、視界の右下に、半透明のウィンドウがポップアップした。おおっ! SF映画みたい! 本当に出た!


まずは、自分のすぐ足元に生えている草をターゲット。


【名もなき草】

分類:植物

詳細:どこにでも普通に生えている草。特に薬効などはない。生命力はそこそこ強い。食用には適さないが、食べてもすぐには死なない程度の毒性。


(毒性あるんかーい! 危うく口にするところだった……鑑定様様だわ)


次に、近くに手頃な大きさで転がっていた石ころを鑑定。


【ただの石】

分類:鉱物

詳細:どこにでも普通に転がっている変哲のない石。成分は主にケイ酸塩鉱物。特に価値は見出せない。武器として投擲すれば、多少のダメージは期待できるかもしれない。


(ふむふむ、なるほど。便利だけど、情報は結構あっさりしてる感じかな? スキルレベルが上がればもっと詳しく分かるようになるのかも)


よし、じゃあ、次は……本命の、自分自身だ! ドキドキする……!


【シオリ】(旧名:桜井詩織)

種族:人族 (Human)

Lv:1

HP:30/30

MP:100/100

筋力:E / 耐久:E / 敏捷:D / 魔力:B / 幸運:?

スキル:

・ユニークスキル:型式決壊 Lv.1

・汎用スキル:鑑定 Lv.1

状態:健康、若干の混乱


(おおおお……! 本当にゲームのステータス画面みたい! 旧名までご丁寧に……。レベル1、うん、まあそうだよね。HPとMPは……MPがちょっと多め? 魔力Bって評価だからかな。他のステータスは……うん、まあ、しがない元OLだし、こんなもんか……。幸運が『?』なのが気になるけど……)


生まれ変わった自分(ステータス付き)に感動しつつ、いよいよ、あのチート(かもしれない)スキル、【型式決壊】を試す時が来た!

さあ、何を描こう? やっぱり最初は、頼りになる護衛キャラがいいよね! 強くて、優しくて、私にだけはデレてくれて、ピンチの時には颯爽と現れて「遅くなってすまない、姫」とか言ってくれるような、超絶イケメン騎士様! よし決めた!


……と、私の脳内で理想の騎士様の姿が形になりかけた、その時だった。

ずきり、と。胸の奥に、古傷が痛むような感覚が走った。


(……あ……)


苦い記憶が、望んでもいないのに鮮明に蘇る。

あれは、私がまだランドセルを背負っていた、小学生の頃。

当時、クラスにいた、ちょっと無口だけど笑うと可愛い男の子――日向 陽太(ひなた はるた)くん。私の、淡い初恋の相手。

私は、漫画家になるのが夢だったから、彼をモデルにした、それはもうキラッキラの少女漫画……純愛物語を描いていたのだ。こっそりと、誰にも見せずに。


でも、ある日、それがクラスの意地悪な男子たちに見つかってしまった。

「うわー! 詩織のやつ、陽太のこと好きなんだってー!」

「キモーイ! こんな漫画描いてるー!」

教室中に、私の拙い漫画が晒された。ページは破られ、笑いものにされ、容赦ない言葉が突き刺さった。

陽太くんが、どんな顔で私を見ていたのか……ショックで、よく覚えていない。ただ、彼の顔が真っ赤になって、俯いてしまったことだけは、焼き付いている。


そして……その次の日から、陽太くんは学校に来なくなった。

数日後、先生から、彼が家の近くの川で事故に遭って……行方不明になった、と聞かされた。


(……私の、せい……? 私が、あんな漫画を描いたりしたから……陽太くんは……?)


そんなはずはない。ただの事故だったのかもしれない。

でも、子供心に刻まれた罪悪感と、「私の描いたものが不幸を招いた」という歪んだ確信は、呪いのようにずっと私の中にこびりついていた。

クラスの女子からも「陽太くんのこと好きだったくせに」「漫画のせいじゃないの?」と囁かれ、孤立した。


それ以来、私は純粋な恋愛物語を描くことができなくなった。

「私なんかが、幸せな恋を描くなんて、おこがましい」

「私が描くと、キャラクターが不幸になってしまうかもしれない」

そんな強迫観念に囚われた。同性からの視線も怖くなった。笑われるのが、また晒し者にされるのが、怖かった。


そんな私を、暗い沼の底から掬い上げてくれたのが、中学で偶然出会った「BLボーイズラブ」という輝かしい世界だった。

そこでは、男性同士の、時に激しく、時に切ない、多様な愛の形が描かれていた。自分自身を投影する必要がない、男性キャラクターたちの関係性というフィルターを通すことで、私は封印していた「物語を描きたい」という根源的な欲求を、再び昇華させることができたのだ。


いつしか私は、男性キャラクターばかりを描くようになっていた。

それも……過去のトラウマへの反動なのか、あるいは単なる性癖の歪みなのか……女性に一切媚びない、むしろ女性を毛嫌いしたり、徹底的に排除したりするような、どこか影のある、ちょっと(いや、かなり)歪んだキャラクターばかりを好んで描くようになっていた。

だって、その方が気が楽だったから。読者の反応も良かったし……何より、もう誰も傷つけないで済む気がしたから。


…………嫌な、予感がする。

冷たい汗が、背筋をツーッと流れた。


(ま、まさか……とは、思うけど……この【型式決壊】ってスキル……私が“描ける”のって……私が今まで散々描いてきた、そういう……その……“女嫌い”のキャラだけ、とか……?)


ぶるぶると、頭を振る。

いやいやいや! そんなピンポイントで都合の悪いこと、あるわけない! フラグ建築とか、そういうレベルじゃない! これは異世界転生チートなんだから! きっと大丈夫……はず……!


「……試して、みるしかない……よね」


ごくり、と唾を飲み込む。

とりあえず、数多いる私の「推し」の中でも、特に描き慣れていて、設定も練り込んでいるキャラを……!


私は足元に落ちていた、手頃な長さの木の枝を拾い上げた。簡易的なペン代わりだ。

そして、祈るような気持ちで、草原の柔らかな土の上に、絵を描き始めた。

サラサラ……サラサラ……。

指先が覚えている。何度も何度も描いた、彼の姿。


(よし、まずは流れるような美しい銀色の髪……プラチナブロンドってやつね。切れ長の瞳は氷のように冷たく、人を寄せ付けないオーラを纏わせて……。服装は、やっぱり白銀の騎士鎧! スタイル抜群で、背筋は常にピンと伸びてて……! そして、肝心の性格は……そう、極度の、筋金入りの“女嫌い”! 女性アレルギーと言っても過言ではない! これぞ私の性癖の煮凝り……じゃなくて、私が最も得意とするキャラクター設定!)


地面に、我ながらなかなかのクオリティで、召喚魔法陣(雰囲気)と、その中央に理想の騎士の立ち姿をスケッチしていく。

集中……集中……! 描く対象への“想いの強さ”が大事なんだよね! 大丈夫、彼への愛なら誰にも負けない!(歪んでるけど!)


すると――描いた線が、淡い青白い光を放ち始めた!


「お……おおっ……!」


光は徐々に強さを増し、魔法陣全体が眩いばかりの輝きに包まれる。まるで呼吸するように、光が脈打っている。

そして、次の瞬間、地面から一筋の光の柱が立ち昇った!


「わっ……!」


思わず腕で顔を覆う。凄まじい魔力の奔流を感じる。

やがて、光がゆっくりと収束していくと……そこには。


―――私が描いた通りの、寸分の狂いもない、完璧なまでに美しい、銀髪の騎士が、静かに立っていた。


陽光を反射してきらめく白銀の鎧。風に揺れるプラチナブロンドの髪。彫刻のように整った顔立ちに、冷徹さを湛えたアイスブルーの瞳。

私の拙い絵が、そのまま三次元に顕現したかのようだ……!


「す……すごい……! 本当に……本当に、出てきた……!」


感動に、全身が打ち震えた。やった! 大成功だ! これで異世界での安全は確保されたも同然! まずは最初の関門クリアだ!

希望に胸を膨らませ、私は満面の笑みで彼に駆け寄ろうとした。


そう思った、次の瞬間だった。


「…………チッ」


銀髪の騎士は、私を一瞥いちべつするなり、あからさまに、それはもう盛大に、舌打ちをしたのである。


え?


「……なんだ、女か。しかも、見るからに貧相で、薄汚い身なりの……」


………………はい?

今、なんとおっしゃいました? 私の空耳でしょうか?


「…………」


騎士は、ゴミでも見るかのような冷たい視線で私を頭のてっぺんからつま先まで値踏みすると、もう一度、今度は深いため息混じりに吐き捨てた。


「貴様が、(オレ)を喚んだのか? この地に縛り付けた不届き者か。……よりにもよって、このような取るに足らない女風情が、この聖騎士アシュレイ・フォン・シルヴァリオを喚び出すとはな。……不愉快、極まりない」


氷のように冷たく、刺々しい声。

射抜くような、侮蔑と嫌悪感に満ちた視線。

それは、まさしく、私が設定した通りの――いや、設定した以上に、凄まじく強烈な**「「女嫌い」」**オーラだった。


(よ、予感、的中ーーーーーーーーーーーーーっ!! しかも、想像のナナメ上を行くレベルで冷えっ冷えなんですけどぉぉぉぉぉぉ!!!)


私は内心で、草原に響き渡るほどの絶叫を上げた。思わず頭を抱え、その場に蹲りたくなる衝動に駆られる。いや、もう半分抱えてる。

ななな、なんでこうなった!? いや、原因は百も承知だ! 全部私のせいだ! 私の歪みきった創作活動の賜物だーーーー!! ちくしょうめーーー!!


「あ、あの……! わ、私が、あなたの創造主……というか、召喚主? マスター、みたいな……その、か、感じ……なんですけど……?」


おそるおそる、蚊の鳴くような、震える声で問いかけてみる。敬語を使うべきかどうかも分からない。


「創造主? マスター? ……ふん、戯言を。貴様のような矮小な存在が、この(オレ)を生み出したなどと、片腹痛いわ。我は我だ。アシュレイ・フォン・シルヴァリオ。それ以上でも、それ以下でもない」


彼は、実に優雅な仕草で(ただし、表情は氷点下のまま)自分の名前を名乗ってみせた。うん、名前も私が考えたやつだね! フルネームまでご丁寧にどうもありがとう! ぜんっぜん嬉しくないけど!


「……だが、喚び出されたという事実は覆らん。この繋がり……不本意ながら、貴様との間に何らかの“契約”が存在するのだろう。ならば、我にも最低限の義務はある。貴様には、我を使役する権利がある、ということか? ……結構だ。命令があるなら言え。さっさと済ませろ。女の側にいるのは、虫唾が走る」


(うわぁぁぁ…………設定に忠実すぎるにも程がある……! 私が描いたんだけど! 確かに私が描いたんだけどさぁ!! なんで、創造主たる私が、こんな二次創作のモブキャラみたいな扱い受けなきゃならんの!? 理不尽すぎない!?)


涙目になりながらも、私は気を取り直して、すかさず【鑑定】を発動。目の前に立つ、この性格最悪な絶世のイケメン騎士様の情報を探る。


【アシュレイ・フォン・シルヴァリオ】

種族:具現体(人族型・聖騎士クラス)

Lv:20

HP:500/500

MP:150/150

筋力:B+ / 耐久:A / 敏捷:B / 魔力:C / 幸運:D

スキル:

・聖剣術 Lv.5

・神聖魔法(対アンデッド・対悪魔) Lv.3

・魔力感知 Lv.4

・騎乗 Lv.2

・氷結魔法 Lv.2

・対女性防御 Lv.MAX 《NEW!》

状態:召喚主シオリへの無関心(極大)、生理的嫌悪(極大)、若干の混乱


(レ、レベルたっっっか!! Lv.1の私とは比べ物にならない! HPもMPも潤沢だし! スキルもなんか聖騎士っぽくて強そう! ……って、そんなこと感心してる場合じゃない!!)


私の視線は、ステータス欄の一番下に表示された、恐るべき文字列に釘付けになった。


(た、対女性防御、レベル、マーーーーーーックス!? しかも《NEW!》って何!? 新しく獲得したってこと!? 私のせいで!? そんでもって、無関心(極大)に生理的嫌悪(極大)!? 極大って何!? 最大値ってこと!? ダメじゃんこれ! 全っっっ然ダメじゃんこれ!! 完全に詰んでるやつじゃないですかヤダーーーーー!! ヘルプミー!!)


私が内心で阿鼻叫喚していると、アシュレイ(もう呼び捨てでいいや、腹立つし)が、温度というものが一切感じられない視線で、ジロリと私を睨めつけた。

「おい。いつまでそうして呆けているつもりだ。さっさと命令しろと言っているだろうが、この愚図な女め。貴様のくだらん感傷に付き合っている暇は、我にはない」


「ぐっ……!」


か、か、か、腹立つーーーーーーー!! なんなのこいつ! 私が生み出したっていうのに、この言い草! パワハラ! モラハラ! キャラハラだわ!!

……でも、悔しいけれど、今の私(Lv.1・非力な元OL)では、そこらへんにいるスライム的な魔物にすら勝てるかどうか怪しい。この超絶美形だけど性格が宇宙レベルで最悪な騎士様に頼らなければ、異世界で即ゲームオーバーなのは火を見るより明らかだ。


「わ、分かりました! 分かりましたよ! まずは! この辺りの安全を確保しつつ、人が住んでいる場所……村とか町とかを探したいと思います! な、なので、その……ご、護衛を、お願いできますでしょうか、アシュレイ……さん!」


必死に、敬語とタメ口の狭間で揺れ動きながら言葉を絞り出す。プライド? そんなもの、ブラック企業でとっくに捨ててきたわ!


アシュレイは、私の必死の懇願を、ふん、と鼻で笑って一蹴した。


「……チッ。仕方あるまい。契約は契約だからな。一時的に貴様の盾となることを許可しよう。だが、ゆめ勘違いするなよ。我は貴様個人を守りたいわけでは、毛ほどもない。あくまで、この忌々しい契約を履行するための、義務だ。もし貴様が危機に陥ったとしても、我が助けるかどうかは気分次第。見捨てたところで、我の知ったことではない。……その覚悟があるのなら、さっさと我の数歩前を歩け。目障りだ」


(うっわーーーー! 性格最悪! マジで最悪! でも顔は最高にいい! さすが私の推しキャラの一人として魂込めて描いただけのことはある! ……いやいやいやいや、感心してる場合じゃないって! 私!)


背中に突き刺さる、絶対零度の視線を感じながら、私は天を仰いで深ーーーーーいため息をついた。

異世界転生チートゲットだぜ! ……からの、まさかの召喚キャラ好感度マイナスカンスト状態からのスタートって、どんな無理ゲーだよ、これ……。

前世のブラック企業と、今の状況、どっちがマシなんだろうか。……いや、待てよ? 鬼上司からのパワハラか、自分が創造した女嫌い推しキャラからのパワハラ(+生理的嫌悪付き)か……。うーん、究極の選択すぎる。ベクトルが違うだけで、どっちも地獄な気がしてきた……。


(……でも)


ふと、そんな考えが頭をよぎる。


(……死んじゃった、よりは……ずっと、いいはずだよね)


そう、私は一度、過労死というあまりにもあっけない最期を迎えたのだ。理不尽で、不本意で、やり残したことだらけだった人生。

それが、こうして、新しい世界で、新しい体で、二度目のチャンスをもらえた。チート能力(ただし難アリ)まで付いて。

こんなことでへこたれてちゃ、もったいないじゃないか。


それに……ちらり、と後ろを歩くアシュレイの(不機嫌そうな)横顔を盗み見る。

態度は最悪だけど、そこにいるのは、紛れもなく、私が寝る間も惜しんで、時間と情熱と魂を注ぎ込んで描いてきた、私の「好き」が詰まったキャラクターなのだ。私の、創造物。


(……そうだよ。私が描いた子たちなんだ。たとえ、こんな……ちょっと、いや、かなり、こじらせた性格になっちゃったとしても……私が、責任、持たないと)


それに、もしかしたら、だけど。ほんの僅かな、蜘蛛の糸みたいな希望だけど。

一緒に旅をして、色々な経験を共有していくうちに、彼のこの氷みたいに頑なな態度も、少しは……ほんの少しでも、変わってくれるかもしれない。……なんて、都合の良い妄想かな? BL脳が疼くぜ……いやいや、今はそういうんじゃない!


(……いや、でも!)


根拠のない希望。そして、「自分が関わったものは、どんなに厄介でも最後まで面倒を見たい」という、私のちょっと(かなり)厄介で面倒くさい性分――友人からは「お前のその破綻的なまでのエゴは、もはや病気」とまで言われた性格――が、むくむくと頭をもたげてきた。


「――よしっ!」


私はパンッ! と景気よく両手を打ち合わせて、無理やり自分に気合を入れた。


「やるしかない! こうなったら、意地でもこの異世界で生き抜いてやる! まずは情報収集! 人里を見つける! そして、いつかはこのツンツン女嫌い騎士をギャフンと言わせて……じゃなくて! 絆されて! デレさせてみせるんだからーー!!」


決意表明(主に心の声)をしていると、アシュレイが訝しげな顔で私を見た。心なしか、眉間の皺が深くなった気がする。

「おい。先ほどから何を一人でブツブツと気色の悪いことを言っている。行くならさっさと行け。時間の無駄だ」


「は、はい! 今行きますよ! 遅れないで着いて来てくださいね、アシュレイ!」


(くっ……初日からこれか……先が思いやられる……!)


前途多難すぎる、私の異世界ライフ。

手にしたチートは「描いたものを具現化」。ただし、召喚できるのは女嫌いの推しキャラ限定。

そして、記念すべき最初の仲間(?)の好感度は、マイナスからのスタート。絶望しかない。

それでも、私の二度目の人生は、ブラック企業での最期よりは、きっとずっとマシなはずだ。

そう信じて、私は未知なる草原へと、最初の一歩を踏み出した――。

はじめまして、作者の牡丹です。

この度は、拙作『元BL作家、異世界で筆を執る ~私が描いた最強キャラは好感度マイナスでした~』の第一話をお読みいただき、誠にありがとうございます!


『小説家になろう』での投稿はこれが初めてで、至らない点も多いかと存じますが、ドキドキしながら投稿ボタンを押しました。


この物語が、少しでも皆様の心に響くものとなれば、そして、これから詩織がどのような運命を辿るのか、一緒に見守っていただけると嬉しいです。


毎日更新を目指して執筆中です。


もし「続きが気になる!」「ちょっと面白いかも」と思っていただけましたら、ページ下の☆☆☆☆☆から評価や、ブックマーク、いいね(♥)などで応援していただけますと、飛び上がって喜びます! 感想などもお気軽にいただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


誤字脱字など、お見苦しい点がありましたら申し訳ありません。もし見つけられた際は、そっと教えていただけると助かります。


それでは、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

また次話でお会いできることを楽しみにしております!

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