第七話 「客観的雑魚」
◇2031年3月20日夕方 北九州市勝山公園◇
「わざわざ集まってもらって悪いな。次の日が一年生最後の戦いだからきっと鍛え直したり、体を休ませたいはずなのに。」
そう言ってシオンはベンチの上であぐらをかきながら頭を下げて謝った。”反逆者”のリーダーであるシオンは私たちメンバーに言いたいことがあるらしいので集まった。他の2人は知らないが私は今日は体を休めるつもりで暇だったのできた。爽馬はシオンになぜ集まったのかを聞く。
「どうして集まったんですか?…もしかして、狂者への対策、何か思いついたですか?それなら、わかりやすく教えてください。」
「…ごめん、ちょっと違うんだ。明日の朝、少し予定が入ってしまって……時間通りの参加できなそうだ。でも、絶対に参加するから安心してくれ。もし苦しいなら俺が来るまで持ち堪えてくれたらいいし、勝てそうならそのまま潰しても構わないから。」
シオンは少し申し訳なさそうに言った。正直言って、シオンがいなければきついだろう。真の実力はわかっていないがあの圭吾を一撃で倒すほどの力はある。無意味な護をすぐに壊して幹部級の敵を倒したかったがどうやら叶わないらしい。圭吾は自信満々に言う。
「へっ、確か相手は97人だろ?俺が8割やるからさ。お前ら2人で残りの2割をやってくれ。シオンが戻るまでもなく、俺たちで終わらしてやるよ。」
「そう言って、一番最初に負けたら笑えるんだけどね。今まで0勝の櫻田圭吾君。…でも野乃よりも戦果がよかったら副リーダーの座を渡したあげてもいいよ?」
言っとくけどこの反逆者に副リーダーのシステムはない。けど、圭吾はそれを本気にして鼻息を上げながら帰っていきました。そのまま自然と解散の流れになり、それぞれの自宅に帰った。
◇同年3月21日 県立風花中学校 校庭◇
私たち3人は校舎側から見て校庭の右端、狂者のメンバーは左端に集まり、開始の合図を待っている。ちなみに正門は左端にあるので倒したらそのまま出れると言う仕組みだ。今回のミーニングレスは半円みたいな形をしていて中心点に桐生楓木とその幹部である真緒治郎、芝ななみ、細井篤樹、大海羅瞿の5人が居座っている。
「一応、昨日は射撃の練習をしました。威力は申し分ないです。きっと撃たれたら痛さで立ち上がれないでしょう。弾は20発と限られているので残りはお願いしますよ。」
「ああ、任せとけ。その弾がなくならないように全部俺がたおしてやるからよぉ。」
「野乃はミーニングレスの右を攻めるから爽馬君は左端を。圭吾は、中心を攻めながら左の援護をお願い。」
「言われなくても感覚でわかるって。なんなら右端も援護してやろうか?」
そう言った圭吾を無視して配置についた。私はこのラスト試合に勝ったら沙彩と仲直りしてやるんだ。そう心に誓い、深呼吸をした。
またあの校長が現れていつも通りホイッスルを鳴らして試合が開始した。私は誰よりも足が速いのでミーニングレスの先頭についた。そこには1学期の試合の時に話しかけてきた石井由美がいた。とても疲れているようで前みたいな覇気はない。私は進むためにも仕方なく蹴り飛ばそうとした。その瞬間、由美は声をあげて許しを求めてきた。
「野乃ちゃん、やめて……!野乃も狂者にいたなら、わかるよね?一番前にいるってことは……一番弱いってことだよね。だから、他の人が食らうよりもあなたの蹴りは私が一番痛いの……。お願い、私のために……負けて……!」
私は、呆れながらも少し可哀想な気がしてきた。少し立ち止まって考えたがこの方法しかない。
「このままずっと支配されていてもいいの?だったら野乃に負けて終わらした方がよっぽど楽だと思うんだけどね。……どうしても戦いたくないなら負けたふりでもしたらいいじゃん。」
それを伝えると由美は倒れた。後ろの狂者のメンバーもその意図に気づいて20人くらい倒れた。やっぱり支配による統治は意味をなさない。これで実感した。
圭吾の方を見るとすでに中間まで進んでいる。雑魚とはいえ、やっぱり体力とかパワーは強いんだなと思った。一方、爽馬は弾を適度に節約しながら進んで行った。弾を撃って人に当たるたびに不敵な笑みを浮かべる爽馬には流石にドン引きして関わり方を考えざるおえない。
私も奥にいる倒れなかった意思の強い奥の方のミーニングレスを倒すと奥から芝ななみが現れた。芝ななみはおしゃれ好きでいつも最先端のメイクや服を着ていて男に媚を売る女の敵だ。
「うふふ〜♪あなたがぁ、狂者からぬけちゃった裏切り者さん、か〜なぁ?わたしのこと、ちゃんと覚えてる〜?小学校のときにぃ、ミスコンであなたと戦ってぇ、わたしが1位になってテレビ局まで呼ばれちゃった〜、あのわたし、だよぉ〜?」
単純にうざい。しかし、実力は本物だ。少し目を逸らすと目の前まで迫られて殴られそうになる。私は速いから当たらないけど。けど、ななみは変わり種を発動してきた。足で横顔で蹴られる直前に止めて威力を弱めてから蹴る。イタチのように騙しが得意らしい。
「顔を傷つけるとか……最低。」
地面に背中を打ち付ちつけた衝撃が残る中、すぐに立ち上がる。ゆっくりと顔をあげて、静かに言葉を放った。それを聞いたななみは笑い出した。
「ぷくくくっ…もともと可愛いんだからぁ、ちょ〜っと悪くなったくらいでそんなに怒らなくってもいいのにぃ〜?ふふ、でもぉ、あなたなんて、あたしの足元にも及ばないんだからぁ♪」
ななみは髪をくるくるしながら、わざとらしく目を細めて言った。
「わたしと勝負できるのってぇ…せいぜい天音ひまりちゃんくらいじゃないかなぁ〜?」
「……は?」
何言っているだこいつはあのひまりちゃんだぞ。あの国民的アイドルで何度も武道館に呼ばれるほどの千年に一度の美少女と謳われたあの神を…。今こいつは私の前で侮辱した。ひまりちゃんのファンクラブであるルミナスの会員ナンバー二桁台の私の前で。絶対に許さない。
「……野乃はね。お前なんかがひまりちゃんの足元にも及ぶわけないって、宇宙ができる前から決まっているんだよ。」
私はそう言いながらななみの顔を重点的に殴る。もう2度と舐めた口が聞けないように。ななみは頬が腫れ、唇から血を流していながらも震えた声で「ごめんなさい、ごめんなさい…っ」と繰り返しながら、涙を流したが私の怒りが収まるわけがない。
数分後、ななみの膝は崩れ、視界が闇に落ちる。謝罪も途中から止まっていたようで、完全に気絶した。私はななみの髪を引っ張り上げて冷静に言った。
「2度とひまりちゃんを侮辱するような発言は取らないで…。」
その場面を見ていた血まみれで片膝をついた圭吾と圭吾をボコした細井篤樹と大海羅瞿は「厄介オタクってマジで怖いんだな。」と3人は思う。敵味方関係なく、3人は背筋が凍った。
篤樹は圭吾にとどめを刺そうとした。
「60人は倒したぞ。目標には届かなかったけどな。」
圭吾は笑いながらそう言って、目を瞑った。その瞬間、遠くからバイクの激しい排気音が鳴り響く。その音は徐々に近づいて目の前を通過した。篤樹の「っ……ぐはっ!!」の声と共に。目を開くとヘルメットをかぶっていたシオンが篤樹を弾いていた。見た感じ篤樹は死んではいないが血を流して気絶している。俺と羅瞿は何が起こったか分からず呆然とした。
「遅くなった。まぁ、ほとんどの雑魚敵倒しているようだし、出番はなかったかな。」
そう言いながらシオンはバイクを持ち上げて羅瞿に向かって投げる。羅瞿は避けようとしたが逃げられずそのまま下敷きになり、意識を失う。
「残りは爽馬が相手をしている真緒と楓木だけかな。俺は、爽馬の援護をしてくるから圭吾はそのまま休んでていいよ。」
「俺もまだ戦える。いや、戦わないとダメだ。みんなは元気そうなのに俺だけくたばっていたら格好がつかない。俺もついていくぜ。」
2人は爽馬の元へ急いで駆けつける。しかし、もう心配はないそうだ。爽馬は数少ないゴム弾を治郎に向かって定期的に撃ちながら笑っていた。
「あはっ、もっとその痛がる顔見せてよぉ、声も聞かせて?ねぇ今どんな気分?悔しい?惨め?ねぇねぇ教えてよ、ねぇってば、もっともっと面白い顔して、さぁさぁさぁさぁ!」
治郎は痛くてずっと泣いている。気絶したくても自分のタフネスのせいで耐えてしまうし、定期的に起こされてしまう。
「も、もう…俺が悪かったんだ…だから…お願い、もうやめてくれ…弱そうと馬鹿にしたこと謝るから…」
俺とシオンは同時に肩を落とす。シオンは少し震えながら俺に向かって言ってきた。
「圭吾…止めてやれよ…。爽馬はお前のことを尊敬しているんだろ。きっとお前の話なら聞いてくれるよ。」
「俺に話を振るのはやめてくれ。人を殺した時点でヤバいやつなのにこんな異常なやつだとは思わなかった。意識の改変が必要だ。」
一方、野乃は楓木の前に立って自信満々の顔で
「あんなにたくさんいた部下ももういなくなっちゃったねぇ。こちらは4人ともまだ立てるようだけどね〜。」
楓木は椅子の上から立ち上がり、拳を構えるそぶりをする。私も後ろに手を回して殴る準備をした。
「もう降参だ…俺が悪かった。…だから殴らないでくれ。見た目は怖そうで強そうに見えるかもしれない…けど本当はめちゃくちゃ弱いんだ。1学期にした仕打ちは謝るからだから…」
私は容赦なく顔に一発お見舞いしてあげた。楓木は本当に一発だけで泡を吹いて倒れた。非常に情けなかったが3学期の試合の勝利条件が敵チームの対象を気絶させることだったからしょうがない。
◇同年3月22日 深雪家◇
勝利できたご褒美にシオンが私の家で鍋パーティを開いてくれるらしい。今まで食べたことのない高級な食材が山ほどあった。しかし、私は全く食べれなかった。それは圭吾と爽馬は取り合いをして全てなくなったからだ。私は起こりそうになったがシオンが静止してくれてまた食べようということで落ち着いた。
「ついに野乃たちは2年生に上がるんだよ!次の敵は3年生だけど…。きっと勝てるよね。みんなの実力があれば必ず……。」
私は馬鹿2人とシオンの前で堂々と言った。3人は笑いながら「当たり前だろ。」と言ってくれた。私もこの言葉にきっと救われたのだろう。鍋の底にある小さな肉を鍋ながら心を癒した。
この時の私は、まさか3年生との戦いがこれほど困難になるなんて思いもしなかった。今はただ、沙彩との仲直りの仕方を考えているだけ—。