第五話 「つよつよ」
◇2030年9月3日 県立風花中学校屋上◇
シオンは圭吾を屋上に呼び出した。私は声がかからなかったので、こっそり屋上の扉の影に隠れて盗み聞きしている。
圭吾「お前が噂の転校生か。こんな人気のないところに呼び出して一騎打ちでもやろうっていうのか。俺は今すぐでも大丈夫だ。」
シオン「今はそのつもりはない。単刀直入に言う。櫻田圭吾、お前には俺の仲間になってほしい。」
圭吾「……は?なんで俺がお前なんかの仲間に?」
シオン「それはお前が強いからだ。しかし、今のままでは、きっと楓木すらも勝てないぞ。俺の下で鍛えてその強さを生かしてほしい。」
圭吾の顔に、明らかに苛立ちの色が浮かんだ。
圭吾「何だよそれ、俺が楓木よりも弱いって言っているのか?笑わせるな。」
シオン「だったら次の戦いで俺が勝ったら仲間になってくれ。嫌なら断ってくれてもいい」
圭吾「しょうがねぇな。俺はわざと負ける気もない。全力でお前に挑む。逃げんなよ。」
そう言って圭吾は屋上の扉に手をかける。私は、まずいと思い、咄嗟に天井に張り付く。圭吾は扉を開けてそのまま降りて行った。すぐ後にシオンが入ってきて降りようとしたがシオンが上を向いてこう言った。
シオン「あんまり盗み聞きをしないでくれ。調子狂うからな。」
野乃「ごめん。」
シオンはそれ以上何も言わず、足音も立てずに降りていった。気配は完全に消していたはずなのに、なぜバレたんだろう。私は悔しさを抱えながら、急いで教室へと戻った。
確か、次の戦いは12月19日だったはず。それまでに、私に何ができるだろう。少しでも役に立ちたい。シオンを支えたい。そう思って、いろいろ考えた末に——私は“走る”ことを選んだ。
現在の50メートル走のタイムは4秒。これをもっと縮めて、誰よりも早く動けるようにならなければ。私は毎日走り続けた。雨の日も風の日も面倒な時も走り続けた結果。私は50メートル走のタイムはなんと2秒となった。
それを圭吾はずっと見ており、たまに声をかけてくることもあった。
圭吾「お前が反逆者に入った時は驚いたよ。俺はお前にそんな勇気がないとみくびっていたかもな。お前の足の速さは今でも異常なのにこれ以上早くなったら瞬間移動になんじゃないのか。」
圭吾はそう言って私を笑わしてきた。空気は和んだがそれだけだった。
◇2030年12月19日 県立風花中学校校庭◇
シオンは作戦を口にする。
シオン「俺が櫻田圭吾を相手にする。お前は、狂者の盾の相手をして時間を稼いでくれ。すぐに終わらせる。」
すぐに終わらせる?そんなことできるはずがない。やっぱりシオンは圭吾の強さを知らないんだ。でもシオンを信頼していないわけではない。きっと勝ってくれることを信じている。
例にも漏れずまた校長が現れて開始の合図を鳴らした。ホイッスルの高い音が校庭に広がる。その瞬間、私の隣に砂埃が舞った。
隣を見るとさっきまでいたシオンがいない。急いで探すと圭吾の上に乗って圭吾の顔を見つめているシオンが見えた。この間、わずか10秒…。私たちと圭吾の距離は結構あったはずなのにもう圭吾が倒れていることは、つまり一撃で終わらしたっていうこと。
シオンは圭吾の上でピースをしながら
シオン「ほら、すぐに終わるって言っただろ。確かこの戦いは一つのチームが戦闘不能になれば終わりなんだっけ?早く帰ろうか。」
圭吾はまだ意識があるようだが何が起こったのか分からず朦朧としている。また、楓木も何が起こったのか分からず幹部と目を見合わせていた。
桐生楓木「あれは転校してきたやつだろ。なぜあんな奴に圭吾がやられている!?前の試合と言い、この試合と言いなぜあいつは1番最初に負けているんだ。結構強いはずだっただろ?」
芝ななみ「え〜?わかんな〜いですぅ…。圭吾くんの強さってウソだったのかなぁ?ほんとはよわよわだったのかも〜。あの転校生さんが強いのかもよくわかんないですけどぉ、もぉ終わりみたいだし、かえりましょ〜?」
楓木「そうだな…。お前ら引き上げるぞ。あのシオンという転校生について調べて次の試合に備えるぞ」
狂者はそのまま何もすることなく、帰っていた。私の足の速さ見せればびびって同じ結果だっただろうけど。
10分後、立ち上がった圭吾の前には私とシオンがいた。シオンは笑顔で圭吾に話しかける。
シオン「圭吾くん負けちゃったねぇ。約束通り仲間になってくれるよねぇ。」
最後にねを伸ばしているのがなんか気持ち悪い。圭吾はシオンから差し出された手を掴んで自分の思いを言った。
圭吾「まさか一撃で沈むとは思っていなかった。約束は約束だからお前の仲間になるけど1人で無双するなよ。俺にも活躍の場を与えてくれよな。」
野乃「その通りだよ〜。野乃この戦いで何もすることができなかったから少し寂しい…。」
シオン「確かに1人で無双するのは間違っているな。仲間と協力してこそのチームだ。でも俺が勝てたのはたまたまで本当はもっと弱いんはず。」
嘘をつくな。シオンが自分を悲観する痛い奴なんだろう。でも、強さは本物だから楓木を倒して2年生に上がろう。私はふと声が漏れてしまった。
野乃「きっと勝てるよね。」
その言葉を聞いた2人は笑いながら言った。
圭吾「当たり前だろ。俺がいるんだからもう負けないし、勝ち続けるさ。」
シオン「俺に一瞬で負けたくせに格好つけちゃって面白いねぇ。」
圭吾「うるせぇなぁ。じゃあもう一回勝負するか。さっきのは不意打ちだから仕方なかっただろ。正々堂々なら負けない!」
私はこのやりとりを見て笑ってしまった。2人も釣られて笑ってしまう。こういう日常が続くためにも政府を倒さなければならない。絶対に―。