第三十七話 「お疲れ様の会」
◇2033年3月20日 北九州市・門司港◇
春の風を忘れしまうほどの暖かさ。
潮風が気持ちいいここは、歴史ある港町。
私たちは、シオンのお金……じゃない!
今回は、シオン以外のメンバー出し合って予約したお店に向かっている。
しかも、高級レストラン。
特に、綾芽はお金を持っていたそうで多く払ってくれた。
新人メンバーだというのに。
「仲間と一緒にごはん食べるんは、初めてどすなぁ。
なんやろ、変にドキドキしてまうわ」
「そうなんですかぁ〜? もしかしてぇ〜……友達いなかったとかですかねぇ〜?」
綾芽は頬をぷくっとさせて、
「はぁ……? 友達はようさんおるんどすえ!
せやけど、お食事に誘われたことはないおへんどす!」
爽馬もうやめて、綾芽の心が壊れちゃう。
……思ったけど、爽馬と綾芽って2人とも煽るタイプだよね?
そして、2人の標的は――圭吾。
圭吾、死なないでね。
門司港に来ることはあまりない。
あるとすれば、下関に住んでいるシオンの家に行く途中に通るくらいだ。
だから、こうやって街中を歩くのは新鮮だ。
それも、シオンの横で。
私はシオンに告白してしまった。
だから、もう堂々としていても問題ない。
しかも、確約をもらっている。
つまり、私は正妻……ぐへへ♡
いや、もしかして今日からは、“あなた“って呼んでもいいんじゃない!?
ハネムーンは門司港、いやいやパリかもしれない。
私の苗字、深雪じゃなくて春先になっちゃうんだよぉ〜……きゃーーーっ♡
「野乃姉貴ッ! 顔がキモいことになってるぜ!
よだれも垂れてるし!」
「はぇ……? うわぁぁぁぁぁ見ないでぇぇぇ!!!」
「野乃さん……何やってるんですか……? あなたは僕たちのリーダーでしょう? 凛としてください」
私のいやらしい顔を見ていいのは、シオンだけなのに羅瞿と篤樹に見られた!
もうお嫁に行けない。
あっ、でもシオンのお嫁さんにはなるぅ。
「おい、あれ見ろよ! 旧世代のゲーム機だ。
しかも、格闘ゲーム。遊ぶしかないなぁ」
圭吾はテンションが高すぎる。
彼は昔から、歴史的なものに興味津々だ。
今回もそれプラス、ゲーム機とくればもう止まらないだろう。
「俺もやるぜぇ!! もちろん賭け事ありな! 一千円からかけていこうぜぇ!!」
「やれやれですね」
羅瞿はやっぱりギャンブル好きだ。
それに、渋々ついて行っているように見える篤樹もギャンブル好きだ。
きっと、この3人だから散財することになるし、時間もかかってしまう。
なら、この間に店に向かう方が合理的だろう。
でも、私はシオンの袖を掴み上目遣いで、
「野乃アイス食べたいなぁ♡
……一つ買うから半分こしよぉ〜」
完璧だ。
お母さんから習った男の子を堕とすテク、たくさん使わせてもらいます。
シオンは、私の顔見つめながら、ポカンとしている。
普通の人ならこの顔は、動揺しているんだろう。
彼は違う。
めんどくさがっているのだ。
「アイスなら、あそこに自販機があるだろ?
それに、今から食べに行くんだからいらない」
「でもでも、アイスは別腹! おいしいよぉ〜♡」
私は耳元で囁くように呟いた。
シオンの喉からゴクッって音がした。
……残念でした。シオンが甘い物好きというのは、履修済みです。
食べ物で釣るのは卑怯かもだけ、いいよね? お嫁さんだし。
一方、爽馬と綾芽はまだ言い合っている。
いつもなら、煽る好きな2人だが綾芽が押し負けている。
つまり、彼女は押されると負けてしまうと。
よし、この情報は圭吾に高く売ろう。
30分後、私はアイスを食べれて満足した。
もちろんシオンと、半分こしたことによる満足度の方が高い。
アイスは冷えてるのに、心はぽっかぽか。
だってこれ、シオンと半分こ♡
同じスプーンだよ? 間接キスだよ?
もはや婚姻届にハンコ押したようなもんじゃない!?
神様ありがとう! 私、もうこのまま昇天してもいい。
「お金返して!! 今月の小遣いがなくなるぅ」
「そうだぜぇ!
篤樹、俺たちのお金を返してもらおうかっ!!」
「無理ですね。
だって、君たちは負け犬。
僕は勝ち組ですから」
篤樹は口元に札束を当ててニヤニヤしている。
圭吾は頭を地面に擦り付け、羅瞿は手でお金返してポーズを取る。
「「はぁ!?」」
殴り合いが起こった。
私程度なら、きっと止められるだろうが巻き込まれたくない。
それにせっかくシオンのためにコーデしたのに、汚したくない。
こういう時に止めるのは、シオンだ。
「お前ら、落ち着け!」
「「「いたっ」」」
シオンは3人にゲンコツを喰らわした。
食らったことある私からすれば、気絶しないのはまあまあすごいことだ。
だって、かなり痛いもん。
やっと、高級レストランまで着いた。
ここまでいろんなことが起きた。
流石に、爽馬が海にダイブしたときはびっくりした。
海見た途端、「ヒトデですねぇ〜」と言って落ちるのは意味がわらない。
爽馬らしいというかなんというか。
高級レストランは海沿いにあり、潮風がよく当たる。
汽笛が環境音として流れ、心地が良い。
今はまだ昼だが、夜に見える下関の景色はさぞ美しいだろう。
今度はシオンと2人きりで行きたいなぁ。
雰囲気はまるで、深海にあるような暗さと静かさだった。
上に垂らされたシャンデリアはチョウチンアンコウの光。
店内にぽつんと置かれた貝は、やはり深海を再現しているみたいだった。
4人席を2つ。
一つは、私とシオン、爽馬、綾芽。
もう一つは、圭吾、羅瞿、篤樹。
この配置を決めたのは、もちろん私だ。
まぁ……リーダーとしてね?
一年前に行った高級レストランとは違い、ビュッフェではない。
少ない量に多額なお金を払う――それが高級レストラン。
でも、ここは量も多いらしい。
それが決め手だった。
最初に私たちに届いた料理はてっさだった。
そう、フグの刺身。それを人数分。
透けて見えるほどの薄い刺身はキラキラとして美味しそうだった。
フグを食べるのは、初めてだ。
私の家は貧乏でも裕福でもないが、いたって平凡だ。
家族で食べた高級料理といえば……思いつかない。
それほど普通だ。
一枚口に入れて噛み締める。
「おいしい!」
ふと口から漏れてしまった。
弾力ある身が口の中で、暴れている。
今まで食べた中で1番かもしれない。
さすが、名産地のフグだ。
「蒼井はん、醤油をとっておくれやす。
めっちゃうまないとあかんなぁ」
綾芽はもうお皿の半分を食べ終わっている。
まだ運ばれたから、一分も経っていないというのに。
食というのは、みんなで話しながら楽しむものだと思っていたが、京都人は違うのかな。
わかんないけど。
「もっと味わって食べろよ。 俺は奢ってもらってるから味わうが、お金を多く払っているお前らの方が味わうべきだ」
「うんうん♪」
シオンの言うことは、いつも的確だ。
私も思わず同調してしまう。
いつもシオンが奢ってくれている。
それは彼が優しいのと、お金持ちだと言うことだ。
聞いた話によれば、資産は兆をゆうに超えるとのこと。
いつか私もそうなるんだ。
隣の席では自分の量に飽き足らず、ここでも賭け事を始めてしまった。
もちろん勝つのは、篤樹に決まっている。
篤樹は1番頭がいいから、きっと勝つだろう。
圭吾も篤樹も悔しい顔を浮かべるだろうなぁ。
気がつくと私も無意識に食べ終わっていて、すでにお皿はさげられていた。
次の料理ができるまでには時間があるらしい。
もっと円滑に店を回して欲しい。
でも、そんなこと言っちゃいけない。
「この前、こうちょーから聞いたんだけど、
お前ら聞いた?」
シオンは真剣な顔をして、私たち6人を見つめる。
その瞳には、さっきまでふざけはなく、仕事モードみたいだった。
「聞いていないです」
「……うちも」
篤樹がそう答え、綾芽が同調した。
シオンは呆れたような顔をして、メモを取り出す。
彼がメモを取ることなんて珍しい。
記憶力はいいはずなのに、取ったということはかなり重要なものということだ。
「……前々から知っていると思うが、4月からあれが始まる」
シオンの発言にみんなの手が止まる。
きっと、地方選抜の話をしているのだろう。
地方選抜というのは、各地方の未来創生学校8つがトーナメント方式で戦い、優勝チームは政府と戦える権利をもらえる。
つまり、私たち“反逆者“は九州地方代表ということになる。
私はそれしか知らない。
「こうちょーから聞いたんだが、俺たちが最初に戦うのは、中国地方代表らしい。名前は確か龍……なんとか」
「“龍尾“たぜ!!」
「そうそう思い出したわ」
羅瞿がシオンに教えている。
羅瞿がシオンに教えるところなんて、初めて見た。
なぜなら、羅瞿は“反逆者“のメンバーで1、2を争うほどの馬鹿だからだ。
傘を用意しなければいけない。
“龍尾“――名前からして厨二病全開だ。
きっと、変な人たちのメンバーなのだろう。
私のような華やかなリーダーは絶対にいない。
確信して言える。
「ルールってなんなのっ?」
「“自分たちで作る“、
それしか知らないから今はわからないとしか。」
私の疑問に答えるシオン。
雑な質問でも声はかっこいいから許しちゃう。
あっ、声だけじゃなくて顔も、仕草も、全部全部かっこいいからね。
「ここで残念なお知らせがある」
シオンの表情が曇る。
嫌な予感がした。
「お前が……そんなことを言うなんて珍しいな」
「まぁまぁ聞いてみましょうよぉ〜」
圭吾の発言に爽馬が宥める。
宥めてるかどうかは知らないが、そう思っておこう。
きっと、煽っているんだろうけど。
私は息が一瞬だけ吸えなかなった。
残念なお知らせと聞いて、思いついたのはシオンが死ぬと言うことを思い浮かべてしまったからだ。
一度死んでようなもんで私から離れたから、かなりのトラウマになっている。
「……単刀直入に言う。
俺はしばらく参加できない」
頭の中が真っ白になった。
せっかく再開できたのに、またいなくなってしまう。
そんなの嫌だよ……許せないよ……離れないでよ。
声に出そうとした。
涙で声が出なかった。
「深雪はんが泣いてるはるなんて……。
お店の外、出はりますか?」
「……だい…じょぶ……だからぁ……」
心配してくれている綾芽の声は、私の耳を軽く抜けた。
私の頭はシオンだけでいっぱいだ。
他のことは一切入ってこなかった。
気がつくと、
私は向かいの席にいるシオンの足を足で絡めて新しい。
きっと、無意識で離れたくなかったのだろう。
落ち着くと恥ずかしいものだ。
「落ち着いてよかった。
……さっきの話の続きなんだが、俺はアメリカに行く。
理由は一つのみだ」
――アメリカ。
その単語を聞くと、胸がぎゅっと押しつぶされる。
なぜなら、そこにはアンジュ・アンダーソンがいるからだ。
彼女はシオンのことを依存的に好き。
つまり、私のライバルになる可能性がある。
私が正妻というのは、変わらないはずだが、あいつのことだ。
きっと身体を使ってシオンを誘惑するに決まってる。
私は恥ずかしくてできないけど、いつかは絶対にしてやる。
だから、アンジュとシオンを近づけるのは非常にまずい。
そもそも彼女は、アメリカにいるのだろうかと言う疑問は、置いといてどうにかやめさせないと。
「なんで……行くの?」
私の瞳はさっき以上に鋭くなった。
シオンは申し訳なさそうに答える。
「信頼できるツテから、アメリカの武器輸出が増加したとのことだ。
……きっと、地方選抜が起こることを予想できなくて、今更用意し始めたのだろう……。
だから、4月に渡米して俺が止めてくる。
……ホワイトハウスにな」
「……」
みんなは黙ってしまう。
話のスケールが大きすぎたからだ。
大体の人は、旅行に行く程度かと思っていたがまさかの直談判。
いち学生がすることではない。
「僕は反対しません。春先くんが望むなら、それに従います」
「俺も賛成するぜぇ!! だってカッケェじゃん!
戦争止めるようなもんだろ? 俺も行きてえ!」
「……ありがとう」
篤樹と羅瞿は賛成派らしい。
この時だけは2人を恨みそうになった。
アンジュの元へ行かないと分かったのは安心したが、心配の種が増えただけだ。
少しでも、反対を出して行かせない作戦が台無しだ。
「野乃は反対だよっ!! ……危ないしさ、シオンが気にすることじゃないよっ!」
「……うちも同じこと思うてますえ。
そないなところ行って怪我ばっかしされたら、うちの仕事量……えげつないことになりますやろなぁ」
「僕は賛成ですねぇ〜。シオンくんならどうってことないでしょぉ〜。早く帰ってきてくださいねぇ〜」
「……俺も反対だ」
これで、賛成派は3人。 反対派は3人。
同数だ。
これでシオンが諦めたらいいのだが、そうは行かないらしい。
「……俺は行く。もう決めたんだ。
1ヶ月もしないうちに必ず帰るよ。
だからからなず勝ってくれ!」
「しおんっ……」
私は名前を呼ぶことしかできなかった。
お疲れ様の会で開いたこの食事会は、重苦しい空気が流れた。
私はこれ以降に出てきた食事の味は覚えていない。
そもそも、喉を通らなかったり、味がしなかった。
――さっきまで美味しかったのに……。




