特別編② 「吉満暁校長」
幼い頃の私は、物事を誰かに教える、ともに考える職業に就きたいと考えていました。
私の両親は二人とも教育関係の仕事をしていました。
父親は、教師。母親は、教育委員会。
小さな頃から、私は教師……もしくはそれ以上の職に就くと期待される天才児ともてはやされていたのです。
しかし、私には勉強の才能がなかった。
どれだけ物事を暗記しようとしても、次の日には忘れてしまう。計算問題だって、簡単なものも数分はかかってしまう。
いつもテストでは下から数えた方が早い。
――期待する人もいなくなるのは必然だった。
毎日のように母親から、「飯抜き」、「罵倒」、「暴力」を受けていた。
父親は私には何もしてこなかった。
そう、「無関心」だったのだ。
それが一番辛かったのを今でも覚えています。
これが教師、そして父親としての在り方なのかと幾度も考えました。
結論なんかすぐ出るはずなのに、父親だけはまともと考えて疑わなかったのです。
そして、次第に父親のように教師になりたいと思うことも減りました。
しかし、私の初めての転機は中学生の頃に訪れました。
自分のことを天才だと言い張る女子中学生――天野愛との出会いのおかげで。
彼女は私にとやかく構ってきました。
授業中でも、休み時間でも、帰宅中でも、私に彼女は付きまといました。
当時はそれをずっとウザく、目障りだと感じていました。
でも、愛は頭が良く、私とは真逆でした。
いつも最下位あたりをうろちょろする私、一位でずっしりと構える彼女。
私はいつも、
「真逆だな」と思っていました。
「ねぇねぇ……あかくん。
あたしに勉強教えてよぉ〜!」
これは彼女の口癖です。
あかくんとは私のあだ名。
私よりも勉強ができるくせに、そんなことを言うなんて――私は彼女が嫌いでした。
「試しにしましょう」
「ほんとっ!? やったぁ〜」
初めて勉強を教えた時は、脳汁が溢れました。
自分でもわからなかったところが、すらすらとわかるようになったのです。
これは、私に教える才能があったのか……愛のおかげなのか。
きっと両方でしょう。
高校は普通科の理系に行こうとしていました。
その頃には、教師になりたいという夢もすっかり忘れていて、なぜかエンジニアになりたいと思っていたのです。
きっと一人暮らしで、ずっと家に入れるからと。
しかし、愛は反対しました。
前に、私が教師になりたいと言ったのを覚えていたのでしょう。
彼女の黄色い瞳は――まるで希望のようだった。
愛は毎日のように私に勉強を教えて、自分の睡眠時間を削ってでも私に構いました。
こんな平凡な人間に構う必要なんてないのに。
そんなことするくらいなら、学生らしく恋愛すればいいとずっと思っていました。
合格発表の日に私は告白されました。
――愛に。
一目惚れだったそうです。
少しでも仲良くなりたくて、あんなに構っていたそうです。
私は嬉しかった。
でも、同時に怖かったのです。
また、見捨てられんじゃないかと。
でも、愛はそんなことしなかった。
彼女は、母親のせいでできた青あざをいつも冷やして「痛かったね」と一緒に泣いてくれました。
私は彼女こそが救いで、
彼女ばかりにしてもらうのではなく、自分も守ってやる心に誓いました。
私が通っていたのは、将来教師になる生徒を優遇する学校でした。
私からすれば嬉しかったです。
しかし、愛からすればそうではなかったでしょう。
彼女の夢は、小さな喫茶店を作ることだったからです。
私を励ますために、同じ学校についてきてそして後悔する。
私は自分が情けないと何度も思いました。
自分のせいで夢が叶えられない女の子がいる。
私の夢だけ叶い、彼女の夢は叶わない――そんなことはあってはならない。
愛の料理の腕前は、控えめに言って神でした。
いつも私にお弁当を作ってくれるのですが、
「失敗しちゃったぁ〜。
でもでも、愛情込めたよぉ♡」
と手でハートを作りながら言ってくれます。
心配したと言いながらも、そういう時に限ってとても美味しい。
比喩とかではなく、普通にほっぺが落ちそうになりました。
こんな美味しい料理を、私が独り占めしていいのだろうか。
そんなことを何度も思いました。
私を救ってくれた愛には幸せになってほしい。
なら、私が守るしかない――そう誓いました。
高校を卒業するとき、私は有名な国公立大学に行くことに成功しました。
愛も同じ学校に行くことになって、泣いて喜びました。
けど、私の両親は「もっと上の大学を目指せ」、「ふざけるな。学費が勿体無い」と否定的でした。
私はこの時から、愛に依存していたのでしょう。
唯一、私をわかってくれる彼女に。
私は教育学部教育学科に入ることができて、自分の中では安泰でした。
愛も栄養学科に入ることができ、私は救われました。
これで彼女の夢も叶うと。
元々、うまかった愛の料理技術はみるみる向上していき、もう宇宙です。
それぐらい美味しかったのです。
実際に大学の友人に彼女の料理を食べさせると絶句しました。
美味しすぎて言葉ならなかったそう。
私は彼氏として誇らしくなりました。
きっと自分が自分として、誇らしくなれた瞬間でした。
「愛……私はあなたを愛してます。
結婚してください!」
「はい…喜んで……」
大学を卒業したら、私はすぐにプロポーズしました。
愛は涙を流して喜んでくれて、私も同じように泣きました。
彼女がはめた私の指輪は、彼女によく似合い……それが完成系だと錯覚してしまいそうでした。
結婚生活とは、とても難しいものです。
元々は他人。
意見の食い違いも必ず出てくるものです。
特に1番、喧嘩してしまったのは、生活リズムの違いですね。
中学校の時から私は、夜中に勉強するのが好きでした。
静かな空間で、とても集中できるからです。
それと、両親が寝ていたからです。
愛の意見としては、
「夜中に勉強したら、したいこともできないじゃん!」とのこと。
私はその意味がわかりませんでした。
彼女がその台詞言う時は、いつも服をはだけさせていました。
つまり、そう言うことだったのです。
初めてした時の愛は小さかったです。
いつも、堂々と威張っていた彼女の面影はなく、しおらしくなっていて驚きました。
同時に、保護欲が湧いてきました。
必ず、私が守ってやらないと。
教員採用試験に合格した時は、愛は腕によりをふるってくれました。
私が好きな肉じゃがとキャベツのサラダを大量に。
庶民的だと思うかもしれませんが、私は幸せでした。
愛も栄養調理師の免許を取れて、自分の店を持ちました。
住宅街にひっそり佇む喫茶店。
最初こそはお客さんは来なかったものの、人が来れば来るほど有名になりました。
テレビ局が押し寄せるほどの大行列。
彼女は、笑顔を絶やさず「ありがとう」と言ってくれました。
一方、私は初年から中学教師になりました。
愛のおかげで教えることが楽しいと知った私は、苦痛なんてありませんでした。
自分違う意見を持つ生徒、それに反発することなくしっかりと聞く私。
幼い頃の私が思い描いていたもの全てでした。
きっとここら辺が私の人生のピークだったでしょう。
気がつくと私も30を超えていました。
「すっかりおじさんおばさんになったね」と愛と言い合っていました。
子供も4歳になって人生そのものが充実していました。
36歳の時、二度目の転機が訪れました。
それは、ある中学生との出会いです。
私が受け持つクラスに一人だけ、異彩を放つ男子生徒がいました。
見た目や成績は普通なのに、なぜか他とは違う気がしました。
「先生、なんでこの国は腐っているんですか?」
ある日、こんな質問をされました。
私は回答に迷いました。
素直に、その意見を受け取って自分も腐っていると思うと同意しようとしました。
しかし、私は教師なんだ。
私が教えたことを鵜呑みにして、この子がおかしくなっては困る。
なら、嘘を教えるしかない。
「別に腐ってなんかいませんよ。
もし腐っていると思うなら、君が国を変えなさい。
政治家になりたいのなら、私も手伝うから」
「……」
この日を境に、彼は私に話しかけることはなくなりました。
保護者会も、個人懇談も一切口を開くこともなかったです。
私は真摯にその事実を受け止め、改善しようとしたが、よくなることはありませんでした。
私があの時、この国は腐っているとしっかりと伝えればあんなことにはならなかったでしょう。
ごめんなさい――”小沢健二”くん。
彼は、そのまま高校を卒業し、大学に行ったと聞きました。
法学部ではなく、経済学部に行った時は驚きました。
でも、彼の未来を応援するのは、一教師としての役目。
私は彼を応援し続けることにしました。
3度目の転機は案外、近いものでした。
2022年、この年に日本は変わりました。
ある武装集団が――国会議事堂を占拠したそうです。
警察も裏ではその組織に協力していたそうで、誰も止めるものはいなかったそう。
そして、その組織のリーダーというのがあの教え子――小沢健二だったのです。
数年前、普通の会社員になったと噂が流れ、安心すると同時に、落胆しました。
彼なら、きっとこの国を変えられる……彼の話なら誰もが耳を傾けると。
しかし、悪い意味で変えてしまったのです。
私はその頃、42歳でやっとの思いで校長まで立場を上り詰めました。
愛もフランチャイズを経営し、幸せを噛み締めていました。
彼の手は、中学校まで伸びてきました。
同年、変なメールが私のパソコンに送られてきました。
『今すぐに校長を辞めるか、政府に従うか。
選ばなければ、死。』
この2文だけ添えられて、それ以上の情報はなかったです。
知り合いの校長にも送られていたそうで、みんなは無視をするという方針を取りました。
しかし、私は好奇心に襲われました。
もしここで、『政府に従う』を選択すれば、どうなるかと。
もしかしたら愛にもっと、楽をさせてあげられるのではないかと。
数週間後、テレビであるニュースを見ました。
『全国の中学校校長が突然、不審死をしている』。
私は恐怖に怯えました。
だって、この前話していた校長も死んでいたからです。
ニュースによると、死亡した校長の人数はざっと9000人ほど。
私の予想では、あのメールを無視した人だと予想してしまいました。
実際に、以前会議した時は全員が無視で議決しました。
私のように、意見に従わない人は生き残り、真面目な人は死んだ。
こんなこと許してはいけないと思いました。
でも、私より怒っていたのは愛の方でした。
愛は子供の頃から正義感が強く、こんな横暴こそ1番嫌いと叫びました。
翌日彼女は家を出て行き、国会へと向かいました。
そして、もう帰ってくることはありませんでした。
突然の事故死でした。
葬式でも上の空で、何も考えられなかったです。
こんな父親に嫌気がさしたのか、息子も家を出て行き、そのまま行方不明に。
私は絶望に苛まれました。
また、メッセージをもらいました。
『あなたの中学校を、“未来創生学校“として、使わせてもらいます。
あなたはその校長になってもらい、未来を導く第一人者になってもらいます。
断ればわかってますよね。奥さんのように、息子を失いたくないですよね」と。
私は従うしかなかった。
愛を失ったのは政府のせいだとしても、私は政府に従うしかないのです。
もう、誰も失いたくないから。
未来創生学校とは、新しく入ってくる中学生の生徒同士をバトルさせて、最終的にその学校の代表者を作るというもの。
全国に8つあり、校長も8人います。
3年で残った一つのチームに、地方選抜の権利が与えらる。
しかし、同年に全てのチームに同時に与えられる必要がある。
そんなものは不可能です。
地方選抜を勝ち抜いたものは、政府と戦える権利得て、勝利すればそのチームは新しい政府となる。
つまり、難易度が難しいのは、政府にならさないようにするため。
平等を謳っているだけで、実際は違う。
暴力で支配しているだけ。
あれから数年の時が経った。
権利を与えることは、幾度もあった。
しかし、他校の3年生が権利を得られず、そのまま何も起きず卒業。
何度も繰り返し、私のメンタルは崩壊しかけた。
2030年。
私には気になる生徒たちができました。
1年生では、“春先シオン“くんと“深雪野乃“さんの2人です。
彼彼女は、どこか小沢健二と雰囲気が似ていました。
それはいい意味で。
今度こそ、この人たちなら未来を変えられると信じてしまいそうでした。
2年生でも、“坂本湊晴“くんと勝野智哉“くん。
2人とも、春先くんよりは強くはないですけど実力で言えば、勝ち目は必ずあるはずです。
私はこの4人に期待することにしました。
しかし、2031年1月。
久しぶりにメッセージを貰いました。
『“アストレイド“リーダーである坂本湊晴に演説を強要しろ。
4月、新入生がする際に演説させて政府の役人に殺させる。
これは、個々としての実力を高めるもの。
断ればわかってるよな?』
もう、脅しのような文章でした。
数十年前の私なら、断っていたでしょう。
でも、もういいんです。
私の心の支えは、なくなかったから。
同年4月、坂本くんは演説中に殺害されました。
私が止めなかったから。
私が彼は「新一年生のために……」と嘘をついてしまったから。
彼は死んでしまった。
そして、もっと残酷だったのは、“アストレイド“のメンバーを解体しないといけなかったことでした。
そのメンバー個人個人でチームを新たに作ると、命令しなければならないこともです。
メンバーは坂本くんを抜いて、6人。
解体は反対されましたが、強制的にしました。
ほとんどのメンバーは精神や身体に異常をもたらし、戦う気力を失いました。
でも、戦うしかありません。
なぜなら、3年生になった彼彼女らは、
次に2年生になった春先くん率いる“反逆者“と戦う必要があるからです。
春先くんは無双状態でした。
決まった日にちにきちんと元“アストレイド“のメンバーを仲間と共に倒す。
そして、最後の勝野くんまで倒してしまった。
2032年3月。
またこの時期がやってきてしまいました。
また、誰かを自分のせいで殺さないといけない。
――そんなのは絶対に嫌です。
1人を失ってようやくわかりました。
誰1人死んでいい人間なんていないと。
ある日、春先くんから相談を受けました。
「こうちょー……俺ってこのままでは死ぬんですよね」
図星だった。
どこからその情報が漏れたか分からないが、そのまま逃げて欲しいと思いました。
だって、死んでほしくないからです。
でも、彼は逃げる気なんてなかったのです。
むしろ、自分が撃たれた後のことばかり考えていました。
私はこんな生徒を殺そうとしていたのかと、後悔に打ちのめされました。
「でも、俺……死ぬ気ないですからね。
なので、こうちょーには手伝ってもらいますよ。
俺は撃たれても気合いで生き残るので、救急車と人工心臓の用意しといてください。
――あなたがクズということは、分かっていますが信じていますよ」
私が――クズ?
私は生徒から見れば、そこまで落ちぶれていたのかと自覚しました。
その汚名を改善は目指さなくていい、今は助けられる命を助けたい。
そういう考えしかありませんでした。
同年4月。
春先くんは撃たれました。
彼は坂本くんとは違い、2発も多く撃たれたのに撃たれた直後も、普通に会話できていました。
それは、きっと仲間からすれば嬉しかったでしょう。
坂本の時は、即死でしたから。
気になっていたのは、春先くんが撃たれた時に、過呼吸になっていた深雪さんです。
私は、彼女が彼のことが好きだったと確信して言えます。
そんな人を奪ってごめなさい。
でも、春先くんは生き残りました。
政府には、死亡したと偽装してなんとかやり過ごしました。
必ず、バレると思うので私は政府に直談判しに行き、制度の無駄さを熱弁しました。
これで、来年からはなくなるそうです。
坂本くんと春先くんには申し訳ないと思っています。
目が覚めるのには8ヶ月かかりましたが、日常生活――そして、バトルには問題はないそうです。
私は嬉しかったです。
久しぶりにこんな感覚になれました。
「こうちょー……やるじゃん」
春先くんはこう言ってくれました。
初めて、この人生の意味がある気がして救われました。
最後と言える“櫻絆“と“反逆者“の戦い。
櫻田圭吾くんと深雪さんの戦いでしたが、春先くんが2人の前に現れることで、櫻田くんが降参し、彼女が勝利することができました。
深雪さんは春先くんに告白してましたが、振られたようです。
私のせいで、告白が遅れたかと思うと申し訳ないと思ってしまいます。
同時に、残り7校の3年生も権利を得たとメッセージを受け取りました。
これで、10年経ってやっと、地方選抜が始まるのです。
新しい“反逆者“のメンバー。
リーダー、深雪野乃。副リーダー、春先シオン。
メンバー、櫻田圭吾……蒼井爽馬……大海羅瞿……細井篤樹……千歳屋綾芽。
私はここまでしかあなたたちを見ることはできませんが、からなず政府を倒してください。
――腐った政府を。
――そして何より、私の妻を奪った奴を殺してください。




