第三十四話 ファンとスナイパー
◇2033年3月17日 風花中学校・校庭◇
春の風がなびく静かな校庭。
私たち“反逆者”と櫻田圭吾率いる“櫻絆”の決戦。そして、風花中学校での最後の試合。
外出禁止令から2ヶ月以上が経った。
その間、幸い両チームとも新たな犠牲者は出なかった。それも、1ヶ月前から政府の役人の情報が消えたらしい。
校庭の中央で、圭吾と向き合う。
彼の後ろには“櫻絆”の圭吾含め残存メンバー37人。私の後ろには“反逆者”の私含め35人が控えている。
入学した当初、同級生は100人だった。
一年生で、大庭が死んでマイナス1。シオンが転校してきてプラス1。死んでマイナス1。……政府の役人によって8人が死んだ。
つまり、もう同級生は、91人しかいない。
「ついに、この時が来たな」
圭吾の声に、いつものような余裕はなかった。
むしろ、緊張と決意が混じり合った、今まで聞いたことのない響きがある。
「うん……これで最後だね」
私は左肩をゆっくりと回した。
あの夜の傷はまだ完全に癒えたわけじゃないけれど、戦えないほどじゃない。
「みなさん……ここまでお疲れ様でしたね」
吉満暁校長がお立ち台の上に登っていた。姿を現すなんて、珍しい。
いつもはスピーカーを使って、遠隔で開始の合図を行う。
最後の戦いということもあって、来たのだろうか?
「……この試合で、決着をつけてもらいますね。ルールは、いつもと違うのでしっかりと理解しましょうね?えー……片方のチームを全滅させる。以上です」
「全滅……ね」
その言葉に、背筋が少しだけ冷たくなる。
今までは、リーダーを倒した時点で終了だった。だから、場合によっては早く終わる。
しかし、全滅に変わることで、怪我の拡大や長期戦が予想される。きっと立ち上がれなくなるまで、やらないといけない。
「やるしかねぇな」
圭吾は腕を回し、肩を鳴らした。その背後では、“櫻絆”のメンバーの一部が雄叫びを上げる。
――いや、雄叫びというより……なんか、応援コール?
「ねぇねぇ、真冬もそう思うでしょ?圭吾くんが、勝つの、間違いないっしょ♡なんせ、あたしの王子様なんだから♡」
「……あんなへんやつ、圭吾くんなんかに近づけない。私たちが止めなきゃ」
きっと“櫻絆”の幹部クラスである綿貫星羅と黒羽真冬だろう。
なぜか、指をさされて私が笑われている。私が変な人ってこと?
かなり頭に血が上ったが、冷静になるべきだ。仲間を惹きつけるリーダーはこうではなくちゃ。
私は深呼吸をして、感情を押し殺した。
今は、個人の感情よりも、仲間たちの未来を優先すべきなんだ。
「みんな……」
振り返ると“反逆者“のメンバーが、私をじっと見つめている。
その瞳には、濁りも曇りもなく、やる気に満ち溢れていた。そしてその瞳が、私の背中を優しく押し出してくれそうだった。
「みんな絶対勝とうね!……死んじゃったシオンの意思を受け継いでね、そうすれば…きっと勝てるから!」
「当たり前ですね。僕たちの方は決まってます」
「野乃姉貴!俺らも本気出しますからぁ!!」
旧“反逆者”から私のチームに来てくれた、細井篤樹と大海羅瞿。
2人は私を支えるような発言を、毎日してくれて助かる。これで病み防止にはなるかな?
「野乃ちゃん〜、まぁ、一応応援してあげるからねっ♡でもね〜、期待しすぎないでよぉ〜?ふふっ♪」
「オレはモブじゃないんだ。絶対に活躍する!」
元“狂者“のメンバーである芝ななみと真緒治郎にも助かっている。
ななみは、きつい説教で私の病みを無くしてくれた。治郎は……頑張ってる。
開始の合図に備え、“反逆者“と“櫻絆”のメンバーは、校庭の両端に構える。
私たちがいる端には、大きな桜が生えており、床に花びらがぽつぽつと落ちている。
校長がホイッスルを構え、鳴らす。
その音は、今までよりも確実に大きく聞こえ、心に残り続けるだろう。
開始された瞬間、乾いた破裂音が聞こえた。
そして、治郎が床に倒れている。赤いものは出ていない。しかし、気絶している。
耳に焼き付くような乾いた音。
胸が、強く、強く締め付けられた。
「……っ!」
あの時と同じだ――シオンが、あの日、血に染まって倒れた時の音。
頭の奥で、あの場面がフラッシュバックする。
視界が揺れる。呼吸が、うまくできない。
「はっ……は……っ……!」
喉の奥が、空気を求めて痙攣する。
息を吸っても吸っても、肺が満たされない。
足元がふらつき、膝が落ちそうになる。
「野乃姉貴!!落ち着いてくれっっ!!!」
肩を支える大きな手。羅瞿の声が、やけに近い。
その後ろから篤樹の低く落ち着いた声が響いた。
「大丈夫です。あれは致死弾ではありません。意識を戻してください」
「……でも……シオンが……政府に!」
「違う!今は違うんだ!!あいつは――滝本流唯、スナイパーは厄介だぞ!!!けど、ゴム弾だ、死なねぇ!」
羅瞿が強く言い切る。
ようやく、耳の奥のざわめきが少しずつ引いていく。
視界の霞が晴れ、桜の木の向こう、校庭の端に黒い影が見えた。
――ライフルを構えた長身の少年。
細い目をわずかに細め、風すら計算に入れた無駄のない動作。
狙った獲物は、絶対に逃さない。
「あれが……滝本流唯……」
噂には聞いていた。100m先のペットボトルキャップを撃ち抜く天才スナイパー。
しかも1発で人を行動不能にする急所だけを確実に狙う。
今も、治郎は肩を押さえながら苦しそうに転がっていた。血はないが、額には脂汗が浮かんでいる。
「……くそっ、あいつ……痛みで立たせないつもりなんだ!!」
羅瞿は歯を食いしばる。
篤樹は私を支えたまま、冷静に言った。
「野乃さん、呼吸を。あれは倒すべき敵です。あなたの指示が必要なんです」
「……っ……わかった……!」
私は胸の奥に残る恐怖を押し込め、視線をまっすぐ前に向けた。
流唯は、もう次の弾を装填している。
その銃口、今度は――私たちを狙っていた。
「ななみっ!流唯をお願いっ!」
「なによぉ〜!言われなくたって、わかってるもんっ♡」
ななみは芝生を抜け、一直線に流唯の姿を視界に収めた。
ライフルの銃口がこちらに向くより先に踏み込みたい。だが――
「やぁだぁ〜、行かせないよぉ!」
星羅の甘ったるい声と同時に、背丈以上に長い足が視界を横切る。
ブーツのつま先が地面を切り裂くように迫る。
「っ!」
ななみは反射的に後方へ跳ぶ。
その瞬間、反対側から真冬が無言で距離を詰めてきた。拳が空気を裂き、頬をかすめる。
「ここから先は、行かせない」
真冬の声は低く、無機質だった。
ななみは歯ぎしりし、足を踏み込む構えをとる。
だが、その背後から二つの影が前に出た。
「ななみ、時間の無駄だぜ!!行け!!」
「ここは僕たちに任せてください!」
羅瞿と篤樹が、まるで壁のように星羅と真冬の前に立ちはだかる。
「おうよ、こっちはド派手にやるぜぇぇ!!!」
羅瞿は腕を回し、拳を鳴らした。
「羅瞿、足を引っ張らないくださいね」
篤樹は短く言い、視線を鋭く研ぎ澄ませる。
「ふふ〜ん♪二人が相手してくれるの?面白いじゃん」
「……倒す」
星羅が長い髪を揺らし、挑発的に笑った。
真冬が冷たくつぶやくと、地面を蹴った。
次の瞬間、4人の身体が同時に動いた。
星羅の足技は予想以上に速い。ヒールのかかとが風を切り、羅瞿のこめかみを狙う。
「ぐっ!」
羅瞿は腕でガードし、衝撃に後退する。
その背後で、篤樹と真冬の拳がぶつかり合う。
真冬は無駄な動きを一切しない。最短距離で急所を狙う正確な打撃。
「……何者……なんですか」
篤樹の質問に一切答えず、攻撃をやめない真冬。
対話は無理だと判断した篤樹は、反撃に転じる。だが真冬は一歩も引かず、体の軸を崩さない。
羅瞿は星羅の足技に食らいつくが、攻撃の起動が読めない。
高い位置からのハイキック、横からのスウィープ、膝蹴り。
「おらぁっ!」と拳を振るっても、星羅は笑いながら半歩引いてかわす。
「鈍いのよねぇ♪もっと焦らせてみなさいよ」
「うるせぇ!!」
星羅のかかとが羅瞿の胸板にめり込む。
「ぐはっ!」
息が詰まり、後ろによろめく。
一方で篤樹は真冬の拳を何度も受け止めるが、手首にずしりとした重みが感じ始めていた。
真冬の表情は微動だにせず、ただ機械のように攻撃を繰り返す。
「……そろそろ、倒れる」
その声とともに、真冬のストレートが篤樹の腹を抉る。
「羅瞿!!最後の力を振り絞りましょう!例のやつです。一発勝負です!!」
篤樹は腹を押さえながら、羅瞿に聞こえるよな叫ぶ。
「篤樹、始めからすればよかったなぁぁぁ!!!!ここからでも逆転可だぁっっ!!」
羅瞿は、星羅の攻撃を受けながらも叫んだ。
二人とも、もうスズメの涙ような体力だ。どのみち長くない。
だったら、少しでも後に残す。それが一番の最善策だと考えたのだろう。
篤樹は、ポーチからハンマーを。羅瞿は袖からハンマーを。
2人をうまく一箇所に集め、構えをとる。いつもより踏み込みが弱いがしょうがない。
「「楽破壊っっっ!!!」」
気がつくと羅瞿と篤樹は、星羅と真冬の後ろに立っていた。しかし、気絶している。
風のように移動して、攻撃したのだろう。でも、相手の方が上手だった。
無防備に待つはずもなく、確実な反撃を決めた。
「……終了♡」
星羅がウィンクしながら息を整える。
「2人、行動不能」真冬が淡々と告げる。
◇◆◇◆◇
その頃、ななみは星羅と真冬の間をすり抜け、大きな木陰から飛び出していた。
目の前、わずか20m先に流唯の姿がある。
流唯は既にスナイパーを構え、冷たい瞳でななみを捉えていた。
「……近づくな」
乾いた破裂音。
ゴム弾が頬をかすめ、焼けるような痛みが走る。
「っ、痛っ……!」
だが、止まらない。
ななみは地面を滑るようにジグザグに走り、銃口を惑わせる。
しかし流唯はほとんど動揺せず、弾を装填する動作が速度が異様に速い。
2発目が太ももに直撃し、足が一瞬もつれる。
「く……っ!」
「無駄だ。お前の脚を奪えば、それで終わる」
流唯の銃口が、次は膝へと向く。
ななみは咄嗟に地面を転がり、銃撃を回避するが、視界が砂埃で曇る。
立ち上がった瞬間、3発目が腹部を撃ち抜いた。
衝撃で呼吸が止まり、身体が前に倒れる。
流唯はスナイパーを降ろし、淡々と告げた。
「……行動不能。任務完了」
ななみは膝をつき、額の汗をぬぐった……ふりをした。
その瞳の奥には、炎のような決意が揺れている。
「……はぁ、はぁっ……っ、うそでしょぉ……わたしが……負けた、かも……♡?」
流唯は微動だにせず、スナイパーを構えたまま間合いを詰める。
「やっぱり……無駄か」
流唯は冷たく呟く。
背後から星羅と真冬が近づき、ニヤリと笑った。
「ほらね、終了♪」
「3人とも完了」
星羅はウィンクをし、真冬は短く告げる。
ななみは頭にうずくまる……ふりをしながら、心の中で冷静に作戦を考える。
羅瞿と篤樹が倒れている今、正面突破は不可能。なら――
「……こ、行動不能……ってこと、なのぉ……?」
小さくつぶやくななみ。身体を少し斜めに傾け、力なく膝をつく。
流唯は笑みを浮かべたまま、ゆっくりと前へ進む。
その瞬間、ななみの視界の端に、まだ戦っている仲間の姿が見えた。
――まだ行ける。まだ戦える。
ななみはそのことを心の中で確認し、次の瞬間、顔に軽い苦痛な表情を残しながらも身体を反転させた。
地面に滑るように転がり、流唯の狙いをわずかに外す。
「……なっ!?」流唯が思わず声を上げる。
フェイントに完全に引っかかったのだ。
ななみはそのまま壁のように生えている桜の木を利用し、身を隠す。
銃口の視界から消えた瞬間、両手で蹴り上げ、枝を利用して反転。
「いっちゃうね……!」
弾丸が迫る前に、ななみは地面を蹴り上げ、空中で体勢を反転させる。
スナイパーの銃口が彼女を追いかけるが、わずかに遅れて命中は避けられる。
桜の花びらが舞う中、ななみは低く飛び降り、流唯の足元に回り込んだ。
ゴム弾の衝撃で怯んだ流唯の身体はわずかに後退。
「……これで……終わり♡!」
ななみは全力で踏み込み、膝蹴りを流唯の腹に打ち込む。
驚きと痛みで流唯は後方に倒れ、スナイパーが地面に落ちた。
星羅と真冬が振り返る。
星羅は思わず声を漏らす。
真冬は眉をひそめ、次の攻撃の構えを取ったが、ななみはもう限界だった。
息も荒々しく、余裕の態度は取れない。
このまま戦っても、意味がないと誰が見てもわかる。みんなには悪いけど、降参しよう……そう思っていた時だった。
真冬の横にいた泡のように星羅が消えた。
実際は消えたのではなく、誰かに飛ばされたんだ。犯人は――桐生楓木。
「……楓木!?」
楓木は元“狂者”のリーダーでありながらも、強くもないし、信頼もなかった。
だから、元“狂者”の幹部であった篤樹、羅瞿、治郎、ななみに“反逆者”に誘われることはなかった。
しかしこの瞬間、彼は裏切ったのだ。
命を救ってくれた人――深雪野乃を勝たせるために。




