第三十話 荒波を乗り越えて
◇2032年12月18日 風花中学校・校庭◇
後ろの方から、芝ななみが全速力で近づいてくるのがわかる。ななみのことだから、敵前逃亡なんてしない。つまり、貝沼真珠を倒してくれたんだ。
人数差、力の差ともに3年生チームである“反逆者”が優位をとっている。……はずなのに。
鮫島鋭牙という男のせいで台無しだ。彼は、自分の巨体を活かし、近づいた敵を一掃してしまう。積極的に戦う奴なんて今までいなかった気がする。
「野乃ちゃん、おひさ〜♪あのおかしな人……倒しちゃったよぉ〜。あなたも海神ってやつ、たおそ〜ね〜♡」
「ななみ、ありがとう!でも、ひまりちゃんをバカにしたことは一生許さないからねっ」
「ご、ごめんなさぁ〜い!わたしも、泣かされてぇ顔、ぐちゃぐちゃにされちゃったこと、わすれなぁい〜♪」
私とななみの目から、見えないけどばちばちびな火花が飛んでいる。正直にいうと、強がりでしかない。だって、ななみには感謝しかないからだ。
私の精神を安定させてくれたのは、ななみだ。春先シオンの死に言及されたときは、過呼吸が止まらなくなってしまった。けど、その後の言葉が私を救ってくれたんだ。「シオンみたいなにリーダーになれ」と。
私は、シオンがいなくなって何をすればいいかわからなくなった。私が代わりになりたかった……私が死ねばよかった。という考えがずっとうごめいていた。
あのとき、櫻田圭吾とななみが来てくれなければ、自殺したいだろう。みんなに迷惑をかけていたのに、これ以上迷惑をかけるなと今も思う。
「ななみ、絶対に勝とうね!」
「なにぃ〜?当たり前のこと、言ってるのぉ〜?そんなの、誰だってわかってるでしょぉ♡」
くるくる髪をいじりながら、甘い笑顔を向けてくる。やっぱり女の敵だ、ななみは。そんなやつも愛おしく思える、私もおかしい。
「待って!!あそこっ!あいつが絶対、鮫島だよ!なんか動き止まってるし今がチャンスだよね!?」
私は同意を求めるように、ななみに問いかけた。迷うことなく、ニヤニヤしながら首を縦に振ってくれた。もしかしたら相性がいいのかもしれない。
私たちは、鋭牙めがけて一気に駆け出した。さっきの無双や巨体の割に、彼は不気味なほど動かない。ほんの一瞬、勝機だと思った。
「はいっ♡おつかさん♡」
ななみが先行し、思いっきり飛び込んだ。だが、その瞬間。
ドゴッ!!
耳の奥がぴりっと震えるような衝撃音。ななみの身体が宙を舞い、まるで人形のように地面に叩きつけられた。たった一撃。鋭牙の拳が彼女を吹き飛ばしたのだ。
「……な、ななみ……っ?」
うめき声ひとつ出せず、ななみは泥だらけになって動かない。メイクされた顔が……汚れてる。メイクには、多くの時間を要する。だから私は今はしない。いつもメイクを自慢してきてうざいが、顔自体はかわいい。そんな顔が汚れた。
胸の奥で、何かが静かに軋む。ななみのことは……正直、嫌いだ。ひまりちゃんをバカにしたこと、一生忘れない。でも。私を救ってくれたあの瞬間のことも、一生忘れられない。嫌いだけど、尊敬もしている。だから……。
「……あんた……」
声が、自分でも驚くほど低く落ちた。こんな声、シオンには聞かせられない。……いないからいいよね?
「ななみに……手、出したこと……後悔させるね」
「小娘よ、お前は俺に勝てねぇよ。弱いオーラが匂ってくるからな」
鋭牙は鼻で笑い、地を蹴った。巨体が信じられないほどの速度で迫る。
ドンッ!
拳が真横から振り抜かれ、私は紙一重でしゃがんでかわした。風圧で頬が切れる。けど、私には勝てないよね。だって……遅いもん。
「えいッ!!」
足払いからの回し蹴りを叩き込むが、鉄板みたいな太ももがびくともしない。逆に膝でカウンターをくらい、呼吸が詰まる。
「小娘が……軽いんだよ」
……。褒め言葉?
鋭牙の手が私の頭を掴み、地面に押し付けようとする。
負けない……!
私は地面に手をつき、その反動で体を捻り、鋭牙の腕からすり抜けた。その勢いで背中に回り込み、思い切り脇腹に蹴りを入れる。
「ぐっ……!」
鋭牙は初めて息を漏らした。……いける!脇腹は甘い!
その一点を狙って、拳、脚、頭突きと連打を叩き込む。鋭牙がのけぞった瞬間、飛び上がり、顎にアッパーをかます。
巨体がよろめく。だが倒れない。地面は強く揺れた、
「まだまだだ、小娘ぇぇ!!」
反撃の拳が振り下ろされ、私のみぞおちに直撃する。声が出なかった。
「……ッ!!」
立ち上がれない。体に力が入らない。どうして……!?
負けないって誓ったのに、リーダーでもない奴に負けるの?ここで私の物語は終わるの?そんなの絶対、いや!!
シオンならどうする?……シオンは負けないか。あっ!!!ワンパンだ!ワンパンを使おうっ!シオンもそうしてた!
ガタガタする脚を無理やり動かし、立つ。自分でもなんで立てるかわからない。きっと波に呑まれて成長した。そう思いたい。
「鮫島鋭牙っ!野乃があんたを倒す!」
「かかってこいよ、小娘」
冷静な表情が崩れる瞬間を見たい。私は静かに名前を取った。左足を半歩後ろへ引き、重心を落とす。胸の奥で、シオンの声が蘇る。「可愛いんじゃないか」。
「……これで終わり」
次の瞬間、私の身体は鋭牙の懐へ滑り込んでいた。シオンが私の背中を押してくれた。そんな気がする。だから力が入る。……地面を強く蹴った。
「…愛苑蹴ッ!!!」
回転とともにはなった飛び蹴りが、風を裂き、鋭牙の腹を正確に取られた。鈍い音とともに、鋭牙の巨体が後ろへ弾かれた。土煙の中、彼は仰向けに倒れ、ピクリとも動かない。
着地した私は、拳を握りしめたまま、ゆっくりと息を吐く。
「……ななみ、勝ったよ!」
倒れた鋭牙のうしろで、泥だらけのななみが笑顔で笑っている気がした。
ななみの顔を、ハンカチで吹いて私は海神凪士を倒すために走った。身体はすでに限界を迎えているがそんなの気にしてられない。
“蒼淵”のリーダーを倒す。そうすれば勝ち。私は……、か……つ。負け……ない。
頭がフラフラしてきた。頭を掴まれたことでおかしくなってきたのかな?視界の端が白く滲んできた。誰がどこにいるかもわからない。
あれ?……シオンの声が聞こえる?波の音も……?野乃、死んじゃった?
◆2031年8月17日13時 志賀島◆
「シオンってどうして強いの!?野乃も強くなりたいっ!」
パラソルの下で休んでいるシオンに声をかける。いつもシオンに話しかける時は、胸がドキドキする。ぜぇ〜たいに恋ではない!!!
「強さの理由?……そんなもの、努力だよ。あの荒波に呑まれるやつは、何もしてこなかったやつ。向かっていくやつは、多少努力したやつ」
「そして、あれを乗り越えられるやつは、天才か努力を怠らなかったやつ。まあ、俺なら何もしないが」
「野乃……努力してるよ?でも、全然強くなれない。シオンに守って……ばかりだし。ウレシイケド」
シオンがくれた意見には納得ができなかった。圭吾のように私は、シオンの特殊なパンチを得られなかった。天才でもないし、努力も報われない、私は落ちこぼれだ。
「……野乃には才能があると思う。脚の速さと精神の強さじゃ俺は負ける。もしかしたら、俺を越すかもな」
シオンは冗談混ざりに言った。シオンを越せるなんて、天地がひっくり返ってもないだろう。私は何か反論しようとしたが、言葉が波に呑まれた。
みんながやってきたせいで、シオンとの2人だけの時間は終わってしまった。はぁ……。
◇◆◇◆◇
これは、昔の記憶?強さの理由聞いたけど、結局わからなかったやつ。でも、今はわかるかもしれない。本当に強い人は、何かしている。
それよりも……あの頃の私を恨みたい。せっかく水着着ているんだから、押し倒せばいいのに消極的でダサいよ。せっかくのお近づきチャンスが。
気がつくとやっぱり無意識に立ち上がっている。まるで、身体が負けるなと応援しているかのように。でも、疲れは取れないなぁ。治療もして欲しいのに。
「あんたが……海神ね!?野乃と……た……た、かえっ!」
目の前には堂々とした男。それは確認しなくても一目で強者だと分かった。高嶺先生、絶対私勝てないよ。
「空が悲しんでいる。寂しいな」
凪士はぽつりと呟くだけ、動きはしない。私も曇り空のように心が限界を迎えていた。早く終わらして、寝たい。だから、私から攻めることにする。
「すぐに……決着を、つける!」
「本来は強いな。だが、感情に飲まれている」
「強い、く……ちを。野乃に、負けるのが……はぁはぁ、こわいん…だ?」
喋るのも限界かもしれない。修行をしたとはいえ、数ヶ月サボった天罰が下ったのだろう。あんな鋭牙と戦っただけでボロボロになるなんて思いもしなかった。
私は、脚に力を入れる。“花風蹴”を喰らわしたい。でも、ジャンプできる自信がない。花風蹴は上から蹴りを落とす技だ。1発KOを狙える強い技。
「もう限界だな。降参を薦める」
「誰が、降参…はぁ……する、もんか。野乃は、決め、たんだ……。負けない……って、はぁ……ぅ、死んだシオンに……」
「……。シオンはお前の恋人か?」
なぜこいつはこんな質問をしてくるんだろう?ここは戦場なはずなのに。時間を稼いで力を入れるチャンスをくれているのかもしれない。
「……違う…けど、なり……たかった……はぁはぁ、野乃、およ、めさんに……。また、……会い、たい」
凪士は自身の手を口に当てて考えるポーズを取る。私を倒し方を考えているのだろうか?それなら、ずっと考えていて欲しい。
「……愛別離苦」
凪士がその発言をした瞬間、周りの空気が変わった。まるで、昔何かがあったように。凪士はずっと冷静だが、残っている敵の仲間はしゅんとしている。意味がわからない。
愛別離苦は昔、インターネットで見たことがある。確か、愛する人との別れによる苦しみ。
……野乃の同情かな?嬉しい気もするっ!
「俺は……いい、もう」
凪士の表情が柔らかくなり、手を広げた。まるで、攻撃を受けてもいいかのように。さっきまで吹いていた風がすーっと消えた。私を応援しているみたい。
「どうし……て、こんなこと…?」
「愛は世界を救う。そうだろ?」
「……たぶん」
私は、軽く脇腹を蹴り飛ばした。別に、身体が痛いから本気を出せなかったわけじゃない。凪士が立つことはなく、“反逆者”の勝利扱いとなった。こんな終わり方は初めてだ。
その瞬間、私の体は使い古されたおもちゃのように崩れる。意識も朦朧とし、指一本も動けない。みんなの心配している声がするがもう……どうでもいい。




