第三話 「初戦」
◇2030年7月22日 部活倉庫◇
桐生のチームに入ってからの日々は、まるで地獄を体現したようだった。桐生が率いるチームは、大庭や櫻田と比べられないほど大きい。だって、この2人以外は全員、つまり97人ほどが狂者に無理やり入れられたからだ。彼は大して強くはない。むしろ、私たちが謀反を起こせばきっと討ち取れるだろう。しかし、幹部が強すぎる。狂者には、タフネスが自慢な真緒冶郎、なんでもできる柴ななみ、2人で最強な細井篤樹、大海羅瞿の4人が番を張っているため動けない。きっと、それを見越してこのチームを作ったのだ。さらに驚くことが桐生は4人の幹部以外の狂者のメンバーを自分の周りを囲むように置くことが決まった。冗談じゃない。それはもう捨て駒じゃないか。仮に、ミーニングレス[無意味]と名付けておく。しかし、もう逃げることが出来ない。逃げたらボコボコにされて見せしめになってしまう。
「おい、俺の仲間ども。お前たちには俺らを守るために一生懸命働いてくれ。文句を言うなら今のうちだぞ。」
桐生はそう言ったが誰も文句なんて言えるわけない。私もこの言葉を聞いただけで冷や汗が止まらない。
数分後に先生からの呼び出しがあったので私たちは、校庭に向かった。校庭に行く前から震えが止まらない。もしかしたら、脚が壊されて動けなくなったり、死んでしまったりと怖い考えが浮かんでくる。校庭に着くと大きな壁二つもが立っていた。私たちじゃ超えることのできない強い壁。2人はどんな強風が吹いていようがきっと倒れることはないだろう。後ろの方から私を呼びかける声がした。
「野乃だよね!やっぱり野乃じゃん!こんなところで会うなんて私たち運が悪いね。こんな役回りでも狂者なら勝つことができるって信じてる。野乃も運命を受け入れよう♪」
後ろを振り返ると小学6年生の時に同じクラスだった石井由美がいた。大して仲が良くなかったはずなのに馴れ馴れしく話しかける姿は昔のままだ。
「あー。久しぶりじゃん。半年ぶりかな。野乃もアエテウレシイヨ。」
「全然心こもってないじゃん。まぁいいけどね。うちは優しいから文句とか絶対言わないよ。話は変わるけど実はうち、結構手前の位置に配属されてるんだよね。普通に敵大量万全だから死んじゃうかも。でも一応殺人は禁止らしいし、大丈夫だよね」
そう言って由美は、最前線に向かった。可哀想だけど位置は強さで決まる。私はちょうど真ん中にいるから強さは中くらいだろう。
「俺はもう大丈夫だからさっさと始めてくれ。こんな奴ら瞬殺してやるよ」
「大庭は言葉が強いな。早く始めるのには同感だ。始まったらまずはお前から倒す」
「かかってこいよ、圭吾。どちらが最強か早く決めようぜ」
2人は睨み合っている。いつ2人がぶつかってもおかしくないがいつもよりも彼らは少し動きが鈍いと私は感じた。特に圭吾は、昔の動きをよく見ていたからその動きに違和感を覚える。まるで体におもりをつけているようなそんな気がした。
校長が朝礼台に立ち、始まりの合図を行なった。その瞬間、大庭と圭吾の拳がぶつかり、校庭中に大きな音が響く。ミーニングレスの最前線と彼らはかなり距離があるのに衝撃で狂者の十人程度、倒れてしまった。普通に考えておかしいだろう。ただの中学生がぶつかるだけでこんなにも被害があるなんて…。もし、直接攻撃を食らったらひとたまりもない。
「おいおい、そんなもんなのか。一人でチームを組んでいるから期待していたのに残念だ。これなら本気を出す必要は無さそうだな」
「俺も同じ意見だ。圭吾には期待していた。少しでも楽しませてもらいたいぜ」
大庭が言い終わった瞬間に圭吾は、大庭の下に回る。腹を殴ろうとしたが蹴りをもらってしまい、圭吾の口から血が漏れだした。
「あれれ、もしかして圭吾くん強かっていたのかな。限界ならもうやめていいんだよ〜」
「いいや、全然ヨユーだ。お前の息の根を止めるのが楽しみだ」
次は大庭から仕掛けようとしたが圭吾のほうが早かった。カウンターを仕掛ける間もなく、大庭の頬に圭吾の拳が食い込む。その瞬間、大庭が吹っ飛ぶと共に何かが切れるような音がした。彼はすぐに立ち上がると磁石のように圭吾に素早く近づき、足で蹴り飛ばす。
「あー、頭いてーな。触ったら血が出てるじゃん。これでどうにかなっていたら責任取ってもらうからな」
圭吾は自分があたかも健康ですような態度をとり、大庭に蹴りをかますが手で止められる。しかし、止められると分かっていたかのように右ストレートをかました。すぐに掴まれてない足を浮かして腹を蹴るとついに大庭が吐血をした。圭吾は今、木から生えている枝のような体勢なので頭を打ちそうになるが大庭に体重をかけることで馬乗り状態になる。圭吾は数発、大庭の顔を殴るが長くは続かなかった。大庭はすっと股をすり抜け、蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた圭吾に近づき、首を片手で掴んでもう片手で数えきれないほど殴った。最初は圭吾も抵抗していたが、途中から動かなくなり、倒れてしまった。
「これで後は一人を一方にボコボコにするだけだよなあ。それなのになぜお前らはすぐに大庭の元に向かわないのか。俺はそれを理解できないのが悲しいよ。わかったなら早く向かえ」
最初にミーニングレスの最前線のものが向かったが一発も当たることなく撃沈した。しかし、私の見立てでは、彼はすでに体力の限界を迎えているはずだ。それどころか彼はこちらに向かってくる。ちょうど私の目線の直線上だ。そう思っている瞬間にも大庭は、私の前にいる人達を薙ぎ倒す。私の目の前の人が倒された。私は、悟り目を瞑る。
(これで私の人生が終わるんだ。まだ、沙彩とも仲直りができていないのに)
そう思っていたら重い金属的な衝撃音が聞こえて、周りからは、悲鳴が聞こえた。目の前を見ると大庭はいなかった。目線を下に向けると銃で胸を撃ち抜かれた大庭がいた。その瞬間、私は足が動かなくなり、過呼吸が止まらなくなる。
(え?どうして、こんなことになっているの。)
周りから悲鳴が聞こえる。大庭を撃った犯人は、周りにいた人が取り押さえた。犯人は、蒼井 爽馬という男だ。彼は、大庭を撃った後は何もすることなく無抵抗の状態だったらしい。誰かが救急車を呼んだのか、10分もせずに来て大庭は、運ばれたがすでに死んでいるだろう。爽馬も警察に連行された。
この流れを近くで見ていた存在には誰も気づいていなかったという。