第二話 チーム
◇2030年4月10日放課後 風花町一丁目公園◇
夕日が公園の遊具を赤く染めていた。滑り台も、ブランコも、まるで子供の遊びを拒むかのように不気味な静けさを纏っていた。
「どうして……黙ってたの!?」
私は、堪えきれず七瀬沙彩に問い詰めた。喉の奥が焼けるように熱い。悔しさと、裏切られた気持ちが混ざり合って、涙が溢れそうになる。
「政府指定の学校だって……知ってたんでしょ?野乃は、そんなの知らなかった!知ってたら、絶対に長くなんて……!」
私の声に、沙彩は眉一つ動かさず、ただ冷たく言った。
「知らなかった野乃が悪いよ」
その言葉は、ナイフみたいに鋭く、心に刺さった。
「風花中学校についての情報なんて、ネットに溢れている。調べようともしなかった。野乃が悪い。一度入学したら、卒業するまで絶対に抜け出せない……戦うしかないって、みんな知ってるよ」
「……みんな、って……」
「そう。私も。だから、あなたも」
沙彩はそう言い切って、背を向けた。風が吹いた。
私は何も言い返せなかった。悔しいのに、何が正しいかわからない。そのまま、帰ることになった。
夜。私は布団の中で丸くなりながら、天井を見つめていた。お母さんに相談しようと思ったけど、どうしても声が出ない。
もし……もしお母さんも、沙彩みたいにあっち側だったら?
そんな不安が頭から離れず、結局私は、眠れないまま夜を迎えた。
◇2030年4月11日(翌朝) 深雪家◇
「……あれ?寝ちゃってた?」
目を覚ますと、部屋には朝日が差し込んでいた。ベッドの横の時計を確認した瞬間、私は飛び起きた。
「やばっ!!8時!?」
慌てて制服に着替えて、朝食も挨拶もすっ飛ばして家を飛び出す。玄関前には、沙彩の姿はなかった。今日に限って……待ってくれてない。
少し、寂しかった。
◇同日 風花中学校・体育館◇
学校に到着すると、昨日とは空気がまるで変わっていた。笑顔は消え、ざわめきは緊張に変わり、教室の会話も重苦しい。
まるで、生徒同士が敵になったかのような……そんな空気だった。
1年生全員が体育館に集められたとき、またあの男が壇上に現れた。校長・吉満暁。
「皆さん、よく集まってくれましたね。誰一人かけることなくて……それが、嬉しいです」
校長の笑みは、口元が歪んでいて、目には一切の感情がなかった。
「さて、話を進めましょう。一年生には、年間3回のバトルを義務付けます。各学期末の前日、それぞれチーム、もしくは複数のチームで試合を行い、勝ち残ったチームだけが、2年生になった際、3年生に挑む権利が与えられる」
騒然とする生徒たち。
「3年生と戦えるのは、学年末の試合に勝ったチームだけ。ルールは単純。勝てば前へ進める。負ければ、負け犬として、学校生活を過ごすのみです」
「それから……」
校長は、ポケットから紙を取り出して読み上げる。
「この式の後、チームリーダー希望者は、組織管理委員・那須先生に相談を。なお、1年生は全員、どこかのチームに所属することが義務です。未所属の生徒は強制的に入れられます。……頑張って友達作ってくださいね?」
校長はニヤニヤ笑いながら言い、式は幕を閉じた。
◇同日昼休み 風花中学校◇
式が終わって間もなく、3つのチームが瞬く間に結成された。
桐生楓木率いる“狂者“
櫻田圭吾率いる“役者”
大庭大和率いる“反逆者”
私は、圭吾のチームに行ってみることにした。彼は、小学生の時に何度か遊んだことがある、少し変わったやつだけど優しい男の子だった。
「圭吾、野乃……あなたのチームにはいりたい」
だが……圭吾は冷たかった。
「お前さ……俺のチームに入りたい?ふざけたこと言うなよ」
「……え?」
「俺は、1人で戦う。チームなんて、どうせ裏切りものが出て崩壊する。そういうものだ」
その目には、過去の何かに怯えるかのような、深い傷を抱えていた。
私は圭吾の背中を見つめながら、その場を後にした。次に思い浮かんだのは、もう1人のリーダー、大庭大和。初対面だったが、話せば何かが変わるかもしれない。
大和の姿を探して歩き出した瞬間……
ドンッ!!
背中に激痛が走った。
「……ッ!?」
「やっと……見つけた」
荒くれた声が、耳元で響く。振り返るまでもない。その声は、桐生楓木だった。
「大庭と櫻田は……強すぎる。俺1人じゃ勝てねぇ。でも、数がいれば勝てる。お前、俺のチームに入れ。お前の意思なんて関係ねぇ。これからは俺のために戦え、逃げたらわかるよな?」
言葉が、出なかった。痛みと恐怖と、混乱と、悔しさで……声を出すことも、拒むこともできなかった。
こうして私は……強制的に“狂者“に所属することになった。