第十六話 仲良くなれたはずなのに
◇2031年8月18日 北九州市商店街◇
結局、シオンは圭吾の家に泊まることになってしまった。予想はしていたけどやっぱり辛いものは辛い。約一週間はいたから心に穴が空いたように寂しい。
お母さんが今日の夕飯は冷やし中華と言ったので今、買い物をしている。買うものは、豚肉ときゅうり、そしてトマトの3つ。お小遣いも貰えるから快く引き受けた。
まずはお肉を買おうとお肉屋さんに向かうと見覚えのある顔がいた。……沙彩だ。
沙彩はお肉屋のショーケースを見つめていて、まだ私には気づいていない。
どうしよう、声をかけるべきか、それともやめるべきかーー。
私は一瞬だけ迷った。でも、ここで話しかけなければ、またきっと後悔する。だから、思い切って声をかけた。
「……沙彩?」
沙彩は小さく肩を振るわせ、こちらを振り返る。その目が、少しだけ驚いて見開かれた。
「……あ、野乃」
「久しぶり……だよね」
「うん、ほんとに……久しぶり」
私たちはそのまま、お互い何を話せばいいかわからず、気まずい沈黙が流れた。けれど、それを破ったのは沙彩の方だった。
「お肉……買いに来たの?」
「うん。夕飯の材料の買い出し。冷やし中華だって」
「へぇ、夏っぽいね。……私も、今夜は焼きそばなんだ」
たったそれだけの会話なのに、なぜか胸がじんわりと熱くなる。ぎこちないけど、こうやって話せていることが嬉しかった。
「ねぇ、よかったら……ちょっとだけ、一緒に歩かない?」
「……うん」
2人は並んで、商店街の通りをゆっくりと歩く。昔はこんなふうに、何度も並んで歩いた。あの頃の空気を思い出しながら、私は思い切って口を開いた。
「……ごめんね。ずっと、ちゃんと話せなくて。野乃、避けてたわけじゃないの。やっと、沙彩の言っていることがわかったよ。『戦うしかないんだよ』って」
沙彩は少しだけ俯いて、それから笑った。悲しそうな、でも優しい笑顔だった。
「私もあの時は言い過ぎたよ。ずっと、野乃になんて声をかけていいかわからなかった。呪いになってないかって。でも、今日会えてよかった。話せて……ちょっとだけ、楽になった」
私はその言葉に、心からほっとした。ようやく、本当にようやく……仲直りできた気がした。私は意を決して沙彩にお願いしてみた。
「ねぇ沙彩……沙彩も”反逆者”に入らない?きっと、楽しいし、沙彩が入ればもっと楽しくなれるよ!これからの戦いは厳しくなると思うし、頭脳がいればみんなも助かると思う!」
沙彩は一瞬、驚いた顔をしたがすぐに笑顔を作る。私には作り笑顔にしか見えなかった。
「野乃……気持ちは嬉しいけど、入らないよ。それよりも野乃、辞めたら”反逆者”」
「……えっ?」
沙彩が断るとは思っていなかった。一年前はあんなにもやる気があったのに。しかも、私に”反逆者”を辞めろって?おかしいよ……。
「どうして……そんなこと言うの?」
「当たり前じゃん!今の野乃はおかしいよ!昔みたいに無邪気で可愛かった野乃は居なくなっちゃった……。でも、まだ助かると思うの。だから、今すぐ辞め」
「おかしいのは沙彩じゃん!!!」
私は声を荒げた。その声は商店街全体に響いていたのかもしれない。けど、そんなことを気にしている暇はない。
「野乃の居場所を壊そうとしないで!」
声を荒げた私の胸は、熱くて、痛くて、張り裂けそうだった。沙彩はびっくりしたように目を開いたまま、何も言わなかった。
「”反逆者”って、ただの遊びじゃないよ。野乃にとっては……大切な仲間たちで……。笑い合えて、支え合えて……。野乃が野乃でいられる場所なんだよ!」
涙がこぼれそうになる。けど、こぼしたら負けだと思った。私は何かを守るように、自分の胸元をぎゅっと押さえながら続けた。
「沙彩とだって、また笑いたかったよ。でも……でも、野乃の大切なものを『辞めろ』なんて言う人……前みたいには、戻れない……!」
沈黙が流れた。
夏の終わりが近づく商店街。人々のざわめきの中で、私と沙彩だけが違う時間に取り残されていた。
「……そうだね。やっぱり、野乃は変わった」
沙彩がぽつりと、冷めたような声で言った。
「でも、それが悪いって意味じゃない。私が、勝手に取り残されただけなんだと思う。ごめん……勝手に期待して、勝手に失望して」
その言葉はまるで、自分に言い聞かせるような呟きだった。
「沙彩……」
声をかけたかった。でも、かける言葉が見つからなかった。今さら「仲良くなろう」なんて、言える空気じゃなかった。
沙彩は一歩だけ後ろに下がり、小さく笑った。
「また、どこかで」
そう言って、彼女は背を向けて歩き出した。私は、その背中を追いかけられなかった。足が動かなかった。胸の奥がチクチクしてと痛くて、呼吸さえうまくできなかった。
……仲良くなれた、はずなのに。
◇2031年9月1日 風花中学校◇
長いようで短い夏休みが終わった。新学期ということもあって疲れが溜まっている。そんなことでへこたれている暇はない。残り4つのチームを倒されなければ……。
体育館で高校生の挨拶が行われた。出席しているのは二年生である私たちのチームと三年生の”南国”の部下たちだけ。
校長は前に出て長い話を始めた。
「この度は2年生の諸君……やってくれたね。まさか、長期休みに3年生の一チームを潰すなんて驚いたよ。事情は警察から聞いてるけど、戦いを楽しみにしている人もいるのに残念だよ」
「まぁこういう展開も待ち望んでいる人たちもいるし、今回は特例で許そう。つまり、”南国”はリーダー甘夏蜜柑、不在のために敗北扱いだよ」
「2年生の対戦相手は残り3つてことになるね。次は確か”機械者”というチーム名だったかな?君たちには期待しているから期待以上のことをみせてくれたまえ」
校長の話が長いというのは、全国共通なのだろうか。それよりも残りは3つ……。勝利は近い!




