第一話 「入学」
◆2022年 国会議事堂◆
日本の政治の中心、国会議事堂。その厳格な建物に、ある日“神のような男”が現れた。背後には、武装した集団を従え、迷いもなく議事堂へと足を踏み入れる。
政治家たちは、最初それを悪質なデマかなにかだと高を括っていた。自分たちには、権力がある。誰にも壊されるはずがない。……だが、それは傲慢だ。
男は名乗った。「俺は、日本を救ってやりたいんだ。そのためには……なんだってやってやるさ」名は、小沢健二。
その日、彼は国会を制圧し、総理大臣の座についた。これが、戦後日本が暴力によって動かされる最初の事件となる。
◇2030年4月10日 北九州市◇
アラームが鳴り響く中、耳元で聞こえる声。誰の声なんて、確認しなくてもわかっている。私のお母さん、深雪好美だ。
「うるさい……あと5分だけ……」
部屋にため息が落ちる。
「野乃!今日から中学生でしょ!?ぐずぐずしていると、沙彩ちゃん怒るわよ!」
母はそう怒鳴ると、ドアを勢いよく閉めて出ていった。七瀬沙彩。小学生からの幼馴染。いつもオドオドしているが……怒ると怖い。
私は渋々布団を抜け出し、風のように準備を終え、玄関に出る。朝ごはんは食べていない。
案の定、沙彩は腕を組み、家の前で待っていた。眉を吊り上げ、仁王立ちの姿。ああ、やっぱり怒ってる。
「昨日、迎えに行くって言ったよね!寝坊とかありえないんだけど!……もう、口きいてあげないから!」
その台詞に、私は思わず笑ってしまう。沙彩はツンデレ気質だ。10分後には、どうせ普通に話している。
私たちは歩き出した。
「沙彩、野乃も悪いけどさ、そこまで怒らなくてもよくない?沙彩だって遅刻したこと何回か……」
「一度もない」
「……え」
言葉を失った。そういえば、何事にも完璧だったんだっけ……。私は内心でショックを受ける。気まずさを隠すように、私は話題を変えた。
「そういえば、今から行く中学校って近いのに一度も行ったことなかったよね。小学生のうちは関係なかったし、中学生ってめんどくさそう……」
それを聞いても、沙彩は黙ったままだった。だが数歩歩いたところで、ぽつりと口を開く。
「……確かに行ったことはなかったね。でも、小学生の私たちが近づいたら……危ないから」
「え、なにそれ?」
意味がわからなかず、私は立ち止まる。沙彩は前を向いたまま、ぽつりと呟いた。
「野乃は……知らないんだね」
その言葉の意味を問い返す前に、私たちは学校の正門へと辿り着いた。
◇風花中学校◇
「新入生は体育館に向かってくださーい!受付で氏名を確認しまーす」
正門前で先生らしき人が呼びかけている。私たちは、その指示に従って、体育館へと向かった。
中へ入ると、受付には若い女性、20代前半くらいの。少しだるそうな雰囲気の職員がいた。
「新入生ですよね?名前とステータス教えて」
「えっと……深雪野乃です。ステータスってなんですか?入学に関係あるんですか?」
私が素直に聞き返すと、彼女は心底めんどくさそうにため息をついた。
「ステータス知らないって、どういうこと!?後ろ詰まってるんで、もういいよ。次!」
イラついた声に、私は反論しようとしたが、周りの空気に耐えられず体育館の中へ行った。後ろでは沙彩がさっきの職員で受付をしている。
「七瀬沙彩です。……私は、攻撃力に適しています。前衛に向いてるかと」
……攻撃力?沙彩は運動部に入るのだろうか?
沙彩に聞こうとしたが、別の職員に袖を引かれ、渋々前の席へ。沙彩は少し離れた席に座った。パイプ椅子は冷たく、まるで私の不安を写しているようだった。
しばらくして、静寂が体育館を包む。壇上に、威厳ある雰囲気の初老の男がたつ。
「私は風花中学校の校長、吉満暁です」
校長の第一声は、入学式らしかぬ異質なものだった。
「皆さんも知っているとおり、ここは、未来創生学校の一つです。あなたたちは、新しい政府を創るために戦ってもらう存在です。了承の上でここに来ている以上、文句はないですよね?……転校できませんのでね」
私は、時が止まったような気がした。普通の中学校生活、勉強、友達、思い出……そんなものを想像していた自分が、どこか滑稽に見える。
「本格的な説明は明日行います。今日は解散してもらって構いません。皆さんの活躍を、楽しみにしています」
それだけ言うと、校長は壇上を去った。
私以外の新入生たちは、目を輝かしていた。沙彩も、例外ではなかった。