6年前の幸せな記憶
前野高陽は、居酒屋のカウンターでビールを呑んでいた。つまみは焼き鳥と、枝豆である。
札幌市内の居酒屋だ。半年ほど前に初めて入った店だった。小さな店だが、つまみと酒の種類が豊富で旨い上に、値段がリーズナブルなので、以来よく利用している。もはや常連といっていい。今夜も繁盛しているようだった。カウンターは、チラホラと空いていた。すっかり顔見知りになった店主のオヤジが、常連の高陽のために、席を二つ確保してくれてはいたが。
今日この店に入ったのは、恋人の榊裕子と待ち合わせるためだった。
高陽自身は、北海道警の本部道場で剣道の定期稽古に出た帰りである。
道警の剣道特別訓練員(略して特練員といわれる)である高陽だが、普段は機動隊に所属している。当然ながら普段は特練員といえども職務が最優先となり、警視庁や神奈川県警など、警察剣道の強豪と呼ばれる組織の特練員のように、常に専門的に稽古できるわけではない。
そのために、特練員には週に三回ほど、稽古になるべく参加するべきとされる日が設定されていた。
それが定期稽古であり、今日はその定期稽古の日だったのである。高陽ももちろん、できるだけ定期稽古には参加するようにしていた。今のところ、やむを得ず欠席したことは三度ほどしか、ない。
そのいずれも、親戚で不幸があったからであり、事実上は無欠席といって良かった。
高陽はビールのジョッキを空にすると、ちょうどそばを通った中年の女性店員に声をかけ、おかわりを注文した。時計を見ると、七時半を少し回っている。確か店に入ったのは七時すぎだったから、三十分ほどかけてジョッキ一つを呑んでいたことになる。
裕子との待ち合わせの時間は、七時半だった。
「前野くん、裕子ちゃんが来る前に酔っぱらったりしたら、また裕子ちゃんに怒られるわよ」
新しいビールのジョッキを運んできた女性店員が、高陽を冗談交じりにからかった。
何度も二人で呑んでいるので、もうスタッフともすっかり、顔見知りになっている。
「そうだよね。とりあえず、これで先ずは抑えとくよ。アイツ、怒るとコワいから」
「その方がいいね、彼女の方が年上だもんね」
「全くだよ。年上の彼女ってのも、考えモンだね」
高陽が苦笑しつつ応じた時だった。
入口の戸が、カラリと開く音がした。ついで、聞き慣れた、耳ざわりのいい澄んだ声が響いた。
「こんばんわ」
裕子の声である。反射的に高陽は、入口の方に振り向いた。パンツスーツをキチンと着こなした、裕子の姿が目に映る。身長は165センチあるかないか。キリっと整った目鼻立ちと、意思の強そうな形のいい唇。肩で揃えた、セミロングの艷やかな黒髪。
スーツの上からでも分かる、豊かに盛り上がった胸元と、反比例する細く締まった腰回り。さらに腰から尻にかけて描かれる、悩ましい曲線。まさに、造形美だった。
(相変わらずキレイだよな、ホントに)
本音でそう、思う。出会ってから五年、付きあってからも三年あまりになるが、我が恋人ながら、いまだに高陽は裕子に首ったけだった。
ひとこと、惚れぬいている。会うたびにまた、恋をしている、そうとも云えた。
「ああ、裕子ちゃん。こんばんわ、前野くん、待ってるわよ」
女性店員が高陽のそばに立ったまま、裕子に
手招きした。
裕子が零れるような笑みを浮かべ、高陽の席に近づく。自然、隣の席に座った。
「ごめんね、コウ。捜査会議が長引いちゃって」
「ホントだよ、ジョッキ二つ分遅いぜ、センパイ」
「あ、またもう、そんなに呑んでちゃダメじゃんよ」
「待たせる方が悪いんだろ」
「何ですってぇ、この間も言ったでしょ。仮にも警察官なら、不用意に深酒はダメだよって」
「いつ呼び出しがかかるか、分からないからってか?あのね、オレはセンパイみたいな刑事さんじゃないんだよ。機動隊員で、す、か、ら」
「それは関係ないでしょ」
軽い口喧嘩になりかかったが、ここで、二人のやり取りを黙ってみていた初老の店主が苦笑しつつ、カウンターの中から仲裁に入った。白髪混じりの坊主頭の額に手を当てている。
「おいおい、二人とも、その辺にしときなよ」
高陽と裕子が、店主の顔を同時に見る。ついで、お互いに顔を見るなり、どちらからともなくクスリと笑った。すぐに仲直りできる、二人のいつものパターンだった。
「全く、コウちゃん、この分じゃ先が思いやられるよ。間違いなくアンタ、尻に敷かれるぜ、裕子ちゃんに」
「だよね。こんな感じだからね」
店主と高陽の会話に、裕子が一瞬、膨れっ面になった。が、すぐに裕子も、
「で、今日はどんな感じだったの」
微笑しながら、話題を変えた。
今日の特練稽古はどんな調子だったか、ということを聞いている。三ヶ月後に全日本警察剣道大会が東京で開催されることになっており、今日はその代表メンバーを決めるための、部内戦の日でもあった。当然、高陽は裕子に、その話もしていたのだった。
「うん、今度の全国警察大会、代表に選ばれそうだよ。部内戦で、けっこう、いいトコいったんだ」
「ホント?!、素敵、さすがだよね。さすがはアタシの剣の師匠だわ」
「何が師匠なもんか。センパイがあまりにも苦労してるんで、見るに見かねただけだし。それに、オレの射撃の師匠こそ、センパイだからお互い様だよ」
「ちょっと、それはいいっこナシだってば」
本音半分で、裕子が苦笑いした。
高陽と裕子は、警察学校の同期である。同期とはいっても、高陽が高卒で道警に入ったのにたいして、裕子は大卒だった。
当然ながら、裕子の方が四つ年上である。高陽はいまだに裕子のことを、センパイ、と呼ぶ。まだ男女交際に至っていなかった頃の名残りだった。
裕子は警察学校時代から、射撃の名手として知られていた。その射撃の腕を買われて、道警本部の捜査一課に大抜擢されたのが三年前、高陽が二十歳、裕子が二十四歳の時のことだ。
今でこそ一課の女性刑事として、男女問わずに道警内の若手警察官たちの憧れの的の裕子だが、警察学校時代の成績はひどいものだった。射撃と座学を除いて、の話だが。
何しろがとにかく、不器用だったからである。
まず、足が遅かった。同期内では一、二を争う、ダントツの鈍足ぶりだった。
ついで逮捕術の学習だが、どうにももの覚えが悪い。受け身を覚えるだけで他人の倍ほどかかり、教科の時間が終わるころには常に、疲労困憊の体だった。
極めつけだったのは、裕子が術科として選択していた剣道の時である。なんと、素振りも満足に出来ない、いっそ見事なまでのポンコツ振りだった。全身に余計な力が入りまくっていることで、どうしてもリズムが一拍遅れるのだ。そのため、全員で一斉に素振りを始めると、決まって裕子だけが一回遅れになっていた。
つまり、俗に言う、運動音痴だったのである。この美女がなぜ、と誰もが思うほどの正真正銘さだった。
「どうもあの榊くらい、能力が容姿負けしてるヤツも珍しい。前野、お前、何とかコーチしてやれないか」
ある時、見かねた剣道の指導教官が、同期の中でも特に裕子と仲が良かった高陽に、そう、声をかけて来た。
高陽自身は高校時代、インターハイの剣道個人戦で準優勝している。その試合振りが、当時の道警特練指導室の首席師範の目に留まった。熱心に誘いを受けたことと、当時の特練に憧れの全日本選手権覇者がいたことが決め手になり、道警入りした経緯があった。むろん、教官は高陽の、その実績と経緯を知っていたからこそ声をかけたのである。
「あの時、教官から頼まれた時は」
高陽は思い出すように続けた。
「渡りに舟だと、本気で思ったよ。オレも見かねてたし、何とかしてやれないかとも、思ってたしね」
「それ、前にも言ってたわよね。でも、仮にも年上のアタシに、教えてやる、っていうのも偉そうに感じたんでしょ」
「うん、センパイのプライドが傷つかないように、ね。いくら教官からそう言われたからって言ったって、やっぱり、言い方ってモンがあったからさ」
高陽は悩んだ。何しろ警察学校入校時に初めて見かけて以来、自分には高嶺の花と思っている美人が相手だからである。年こそ自分の方が下とはいえ、同期ということで仲良くなれただけでも光栄だった。今思うと馬鹿馬鹿しいかぎりだが、当時の高陽は本気でそう思っていた。だからこそ、同期としてのいい友人関係を壊したくなかったのである。
「そうして悩んだ末に提案したのが、つまりは、あれだよ。オレはセンパイとは逆に比較的、射撃が苦手だったからね」
「そうそう、びっくりしたわよ、最初は。オレに射撃をレクチャーして下さい。代わりにオレがセンパイに、剣道をコーチしますから、なんて真面目な顔して言うんだもの」
そう、つまりはお互いの得意分野をレクチャーし合う、交換教授だったのである。
実は当時、高陽の唯一の苦手分野は射撃だった。もちろん、下手というほどではない。
だが、どうにも拭えない苦手意識があったのは事実だ。性に合わない、と思ってもいた。どうも性格的に、飛び道具は卑怯というような、一種武士道的な思考をもってもいたのである。
「あの頃のコウは、オレに拳銃は必要ない。オレは射撃を必要としない、一度も拳銃を抜かずに職務を全うする警官を目指す、なんて豪語してたもんね」
「でも実際、射撃訓練の時はいつも、ギリギリのラインだったからなぁ。このままじゃ、こと射撃に関しては、卒業は怪しいぞ、なんて教官に言われてたからね」
「それで思いついたんだよね、アタシとの交換教授を」
「そうそう」
高陽はつい、裕子の笑顔につられて苦笑を浮かべた。
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この時の交換教授によってもたらされた効果は大きく、色々と多かった。二人にとって、互いにである。
高陽の射撃の腕も上がったが、裕子の剣道もメキメキと言っていいほどの上達をみた。
先ず始めに高陽が裕子にアドバイスしたのは、竹刀の握り具合だった。握り方、ではなくである。
というのも、裕子の場合、竹刀をいつもキツく握っていた。握り方は教官から教わった通りなのだが、どうにも竹刀の操作がぎこちない。
不思議に思い、試しに中段の構えを取らせた上でいった。
「いつも竹刀を握ってる時の強さで、握っててくれますか」
その上で高陽は、裕子の竹刀の剣先を掴んで引いてみた。
(思った通りだ)
本当はここで、竹刀がスルリと抜けるくらいの強さでなければならない。
だが、高陽が確信した通り、裕子は竹刀を強く握りすぎていたのである。しかも、男の高陽が力いっぱい引っ張っても、容易に抜けないほどだった。
これでは、自在な竹刀の操作が出来ない。もしそうしようとするなら、文字通り腕そのもので振るよりほかに手がなくなる。そう、高陽は裕子に助言した。
これにより、裕子の竹刀さばきは格段に上達をみた。いわば手の内のコツを掴んだのであり、それから後の他の上達も早かったのは言うまでもあるまい。
よく、一つでも良くなると、結局のところ全て良くなるといわれる。何の道においてもそうだが、特に武道の場合、そうなり易い。
中でも一見、不器用でもの覚えの悪い、一言で言ってドジな人間ほど、何かのきっかけで
誰もが驚くような成長を見せることがある。
まさにサナギが蝶になる、と云える類のものだ。筆者の経験上からも述べさせていただくが、こと武道に関していえば、器用不器用の別も運動の得意不得意も関係ない。結局は粘り強く辛抱強く、修行を続けたものの勝ちというものなのである。以上は余談。
高陽からレクチャーを受けたことで、裕子は剣道が上達するのみならず、それにより反射神経が鍛えられた。また、余計な力を入れずに脱力するコツも習得した。
これにより、結果として運動神経も良くなったのである。
極めつけだったのは何といっても、高陽と裕子の距離が一気に縮まったことだっただろう。
それまで裕子は正直、高陽のことは「年下の同期」として、仲良くできる友人としか思っていなかった。だが、剣道のレクチャーを受けてからは、男として意識するようになっていったのだった。
高陽は高陽で、同期の中でも美人で名高い裕子と同期以上の関係になれたのは収穫だったと云える。
警察学校での訓練を修了し、それぞれ現場に配属されてからも、お互いに密に連絡をとり、時々は今晩のように待ち合わせて会ってはいた。ただし、あくまで仲の良い異性の友人という形だった。
それが激変したのが三年前、裕子が捜査一課への配属が決まった時である。
折しもその頃の高陽もまた、転機を迎えていた。交番勤務のかたわら地道に積み上げた稽古が実を結び、道警内部の剣道大会でベスト・フォー入りする好成績を修めた。それも、現役の特練員を何人か破った上での快挙だったことで、特練チーム入りの誘いを受けたのである。しかも首席師範直々に声をかけられるという、高陽にしてみれば光栄極まりない話だった。
これで男が自分に自信を持たない方がおかしい。高陽は裕子に対し、思い切った行動に出た。特練入りを祝うために、会って呑んだ。その帰りの道すがら、唐突にいった。
「センパイ、オレと付き合ってくれませんか」
半分は断られるだろうと思いつつの、半分はヤケクソの告白であり、交際の申し込みだった。だったが、裕子の返事は高陽にとって予想外のものだった。
「やっと、言ってくれたんだね。アタシはいつでもOKだったのに」
待ってたんだよ。そう言うなり裕子は、高陽の首に両手を回し、しがみついたのだった。
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「あの時は、正直オレは、断られるとばかり思ってた」
「アタシは知ってたよ。コウが実はアタシに、思いを寄せてくれてたのは」
「おい、いつからだよ、センパイ」
「警察学校の時から」
「何だって、じゃあ、何かよ、その時からバレてたわけか、オレがセンパイに、憧れてたのは」
「そりゃそうよ。いつもアタシを見る目が、センパイって綺麗だな光線だしまくりだったもの」
「あ、知ってて知らん振りしてたのかよ、性悪な」
「だからあの時いったでしょ。アタシはずっと、コウが言ってくれるの待ってたって」
「もしかして、オレが思うより前から、オレを意識してたのか。いつ頃からだよ」
「警察学校で、剣道のレクチャーしてくれてたあたりからかな」
「ちぇっ」
何だよ、すっかり手のひらの上で踊らされてたわけか。
高陽は思わず呻いた。だか決して、不快で呻いたわけではなかった。現に、顔は笑っている。
「参ったな。これじゃ確かに、もしもセンパイと結婚なんかしたら、オレは確実に尻に敷かれるな」
心地良さげに苦笑しながら言う。
裕子が明るい微笑みを浮かべたまま言った。
「ウチのお父さんが言ってたわ。家の中ってのは、多少男が尻に敷かれてる方が上手く行く、って」
「センパイの親父さんが、か」
裕子の父親、大二は、道警きっての名物刑事である。階級は警部補だ。柔道五段でもとは柔道の特練選手。全日本選手権に出場経験もある、柔道の達人だった。
むろん高陽も、裕子と付き合うようになってから正式に会ったことがある。気に入られてもいた。
「何だか、納得だな」
「何が納得なのよ。それより」
裕子が思い出したようにいった。
「さっき、もしも、って言ってたけど」
裕子が畳みかける。
「結婚なんかしたら、って言ったよね?何よ、もしも、って」
裕子が軽く、睨んできた。
高陽は形勢が不利になったことを悟った。
今ここで、言うべきじゃない。そう思った。
「それについては」
誤魔化す。ここでは、それしかない。
「この店を出てから話すよ」
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二時間ほどした時、高陽と裕子は同じ部屋にいた。
札幌市内のラブホテルの一室である。
ベッドの上だ。
言うまでもなく、互いに警官の職務は多忙をきわめる身である。お互いに待ち合わせて食事するくらいなら何とかなるが、じっくりとデート出来る日は以外と、あるようでなかった。
そのため、付き合ってもう三年になるにも関わらず、こうしてベッド・インしたことは、実はまだ数えるほどしかない。
そんな二人がこういう場所に来れば互いの愛欲が爆発するのは、当然といえば当然だった。何といっても、二人ともまだ若い。
高陽は狂った。
裕子の白い肌に、である。
高陽は埋もれていた。
裕子の豊かな裸身に、である。
高陽は溺れていた。
裕子の肉体に、である。
高陽は獣と化していた。
裕子も獣と化していた。
高陽をあくまでも受け入れ、自身が溶けていくような感覚に包まれていた。
互いをひたすら、本能のままに求め合う。
蛇の交尾のように、絡み合った。
二人同時に、昇りつめていった。
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「で、まだ聞いてないんだけど」
裕子は高陽の右脇に全裸のまま寝そべり、高陽の右肩に頭を乗せていた。横顔がわずかに、上目遣いになっている。
高陽の顔を仰ぎみる格好になっているからだ。高陽はといえば、右腕で抱き寄せた裕子の右肩を、背中から回した右手で抱いている。右の脇腹に、裕子の豊かな乳房の感触があった。
裕子が質問を続ける。
「さっきの、もしも、ってなに?」
口調にやや、問い詰める響きが混じってきていた。
(マズい)
高陽は敏感に察知した。こうなった時の裕子は、下手なことを言って誤魔化そうとしても逆効果だ。かえって機嫌が悪くなる。
冷や汗をかきながら、肚を括った。
「だから、もしも、ってのは、言葉のアヤだよ」
「何のアヤなのよ」
「つまり、だな」
高陽は、空いた左手で頭をぼりぼり掻いた。照れ隠し、のみならず、意を決する意味ででもあった。
「つまり、結婚しようか、っていう話なんだよ、オレら」
一気に言いきった。高陽は柄にもなく、緊張していたのだった。
そうしないと、また言いだすまでしばらく時間がかかることになる。言うなら今しかない。それが分かっていたからこそだった。
何事にも勝負時というものはある。その時を逃せば、次はいつ巡ってくるか分からない。
場合によっては、同じチャンスは二度とないことさえある。また次回というのは、実はそうそうないことが多いものなのだ。
そのことを高陽は、剣道を通じて嫌というほど知っていた。
(このタイミングを逃したら、次はないかもな)
だからこそ勝負を賭けたといえる。
これが剣道の試合の話だったなら、高陽がここまで緊張することもなかっただろう。
裕子もまた、こんな高陽の姿を見るのは初めてだった。何だかいつもの、年下だと感じさせない頼もしさが微塵もない。どうにも、頼りない姿に映る。
だが、逆にそれが妙に可愛いいと思えていた。安心したとさえ、云える感じがした。
(コウにも、こういうところ、あったんだ)
多分今の自分は、かなりびっくりした顔になっていることだろう。
返事の代わりに、高陽の右胸の脇を軽く噛んだ。
高陽が顔を顰めるのを見ながら言った。
「何もこんな所でいう事、ないんじゃない?」
いいながらも裕子は、微笑んでいた。