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熊撃士と女スナイパーの直接対決(初)

村井健介が何らかの違和感を感じ取ったのは、病室に戻って来たその時だった。

とりたてて、何がと聞かれたら、何のことだとはっきり言えるわけではない、ごく小さな、それこそ見落としそうなほどの何かではある。

恐らく普通の人間なら、大して気にも留めずにそのままにしていただろう。

だが、何やら引っかかるものがあった。

熊撃士として山野を駆け回り、街中では賞金首の犯罪者を追い続ける日々で培われた、野獣並みの第六感が知らせていた。

そうとしか思えない感覚を、健介は覚えていた。

とにかく、何かが、おかしい。

そして自分がこの感覚を覚える時は、大概がろくなことにならない。

それを健介は、直感と経験からはっきり予測していた。

(間違いない、病室の中で何かが起きている)

悟った時には廊下の隅で、懐のワルサーP99の残弾数を確認している。

きっちり装弾数通り、込められていた。

念のため、ホルスターの留め具は外したまま、いつでも抜き撃てるようにしておき、手には敢えて先ほど売店で買ったばかりの週刊誌を持ったまま、入口の引き戸をゆっくりと開ける。

奥の左手、自分のベッドの手前に秋菜の背中が見えた。

(?!)

見た限りでは、異常はない。

だが、何かがおかしい。

「ただいま・・」

と声を先ず、入口の外でかけた。

健介のその声で、秋菜が振り返る。

その口が、開くことはなかった。

秋菜の口に、ガムテープが貼られていたからである。両手には手錠がされ、ベッドの柵に繋がれた状態のそれが、ジャラジャラと音を立てる。

異常事態を知らせるのに、これ以上雄弁に語るものはないといえた。もはや、説明不要である。

咄嗟に駆け寄ろうとした健介に、慌てて秋菜が激しく首を振った。口を塞がれているため声を出せないが、必死に何かを訴えようとしている。ウーウーと、甲高く唸っている。

声にならない警告を悟り、反射的に入口を入りかけて健介は足を止めた。途端、うなじの毛が一気に逆立った。

考えるより先に、身体が反応する。

幾度も死線を越えてきた経験と勘が、彼にそうさせていた。

右手に思い切り身体を捻り、持っていた週刊誌を叩きつける。

そう、振っただけでなく、叩きつけた。

何にか?

彼の顔の近くに突きつけられつつあった、消音器(サイレンサー)つきの拳銃にだった。

くぐもった消音器特有のバスっという銃声がして、表紙に描かれた漫画のキャラの顔に穴が開く。

その時にはもう、健介の左回し蹴りが拳銃を弾き飛ばしていた。

拳銃が入口近くの壁に当たって跳ね返る。健介の足元に転がったそれは、彼の予備拳銃(バックアップ・ガン)と同じワルサーPPK/Sだったが、それを確認する間など当然ないまま、鋭くストレートパンチが飛んできた。

意外なことが起こった。

健介はそれを、躱してみせたのである。

いや、偶然といえば偶然だっただろうし、意外といえばその前に、振った雑誌を追うように繰り出された滑らかな回し蹴りとの連続攻撃が先ず意外だったと云える。

何が意外か?

格闘は本来、苦手なはずの健介が、白兵戦をしかけた事が、である。

そして、そのことは刺客も承知だったらしく、明らかに驚いていた。

健介のワンツーを辛うじて防いだその右脇腹に、鋭い角度で肝臓打(リバー・ブロー)が突き刺さる。

ぐうっ?!

低い呻きを発した刺客が後退した。

さらに健介が追う。

右フック、左アッパー、ついで左のヒザが突き上げられた。

ここまでを躱した刺客の胸元に、健介の右ストレートが伸びた。

ボスん、かあるいは、ボヨンとでも言うような、手応え感のまるでない音がして、刺客が動きを止め、同時に健介も動きを止めていた。

(??!、柔らかい?!)

健介が攻撃を止めた理由。

それは、まるで中身が液体のたっぷり詰まってパンパンに張った革袋を殴ったかのような、まるで実感のない手応えを感じたからである。

さらにその理由は、刺客も動きを止めたことで、すぐに知れていた。

(お、女!?)

そう、決して狙ってのものではなかったにせよ、健介のパンチがヒットしたのは女刺客の豊かな胸にだったのである。

当然ながら、相手に名乗られるまでもなく、健介はその素性をはっきりと察することになった。

吐き出すように、ゆっくりとその名を口にしていた。

「ダーティ・マリー、ですね?!」

健介のストレートパンチに抉られた豊かな左胸を押さえながら、看護師の白衣姿の長身の女が不敵な笑みを浮かべている。

「・・・意外だわ」

本当に心底驚いたという顔で、興梠麻里絵はブラウンのセミロングをかき上げた。

「射撃以外は何も出来ない能無しかと思ってたのに、結構しっかり格闘もこなすのね?!」

「ご期待には、沿えなかったと思いますが、ね」

さり気なく秋菜を庇える立ち位置へ移動しながら、健介が応じた。

「いいえ、十分に意外よ」

麻里絵が悪意に満ちた妖艶な笑みをうかべながら、話しを続ける。

「アタシの情報では、格闘は苦手、そうとしか記載されてなかったわ。それが何よ、なかなかどうして、いい技のキレだこと。この動き・・・・」

少し考え、断言した。

「キック、ね」

「ご名答」

健介がニヤリとした。

「仮にも前野さんの相棒をと務める以上、いつまでも白兵戦で足を引っ張るわけには行きませんからね。札幌市内のジムで腕を磨いてたんですよ、人知れず、ね」

「なるほど、いい心がけね、プロとしてはね」

けど、と麻里絵は言葉を(つな)げた。

「村井健介、やっぱりアナタ、格闘はアマチュアだわ」

そのセリフが終わるより、先だった。

健介の鼻先で何かが弾け、衝撃で顔が跳ね上がった。同時に鼻腔から鼻血が噴き出し、勢いよく滴り落ちる。

目の前では火花が散ったように、明かりが明滅した。

どうやら麻里絵の身体があるその空間から、何か固くて速いものが飛んできたらしい。

それは分かる。

問題は何をされたのか、なにが飛んで来たのか、それがまるで分からなかった。

健介が状況を理解する間を与えないまま、さらに何かが飛んで来る。

二発、三発、四、五、麻里絵の攻撃は止まらず、まるで見えなかった。

その度に健介の顔面が弾け、肉を打つ鈍い音が病室内に響く。

一見は、何もせずに突っ立っているようにしか見えない。

レベルが、違いすぎた。

(??!、み、見切れない)

もはや意識が刈り取られる寸前と云えた。

「かはっ?!」

血泡を吐き出した健介が、たまらず両ひざを着いた。血まみれの顔は、朱に染まっている。

ウーウーと、秋菜が塞がれたままの口から叫ぶように唸り声を上げた。

さらに麻里絵が、がら空きになった健介の顔面に容赦のない前蹴りを叩き込む。

血飛沫が仕切りのカーテンに飛び散った。

「どうかしら?」

麻里絵が息を乱さず、何事もなかったように健介に尋ねる。

その健介はといえば、対照的に息が上がっていた。鼻からの出血と、受けたダメージのため呼吸が荒くなっている。

「アタシも決してキックは専門家じゃないけれど、それでもこんなものよ、ざっと」

ヒザを着いたまま見上げる健介を見下ろし、さらに続ける。

「アナタの格闘技は、街中のごろつき程度なら十分なレベルではある。けど、本物のプロには通用しないわ」

このアタシのような、そう言いつつ、麻里絵は入口脇に目をやり、ゆっくりとそこに近づいた。

何かを拾い上げる。

それが最初に健介に叩き落とされたままだった麻里絵の愛銃、ワルサーPPK/Sだということは、すぐに知れた。

「くっ!?」

健介はここで、懐からワルサーP99を抜き撃とうとした。だが、いかんせん麻里絵に与えられたダメージのせいで、動きにいつものキレがない。すっかり自慢の早撃ちが影を潜めてしまっていた。

「小賢しいっ」

ワルサーがまっすぐに両手で構えられた瞬間、麻里絵の三日月蹴りが健介の両手を吹き飛ばす。

健介の手から吹っ飛んだワルサーが、ナースコールの壁板に当たって無情に床に落ちた。

「悪あがきはよすことね、みっともないわよ、仮にも村井健介ともあろう者が」

勝ち誇った顔の麻里絵が、健介にサイレンサーの銃口を改めて伸ばす。

「言い残すことは、何かあって?」

「・・・そうですね」

口唇を噛み締めつつ、健介が応えた。

「勝負は最後まで、分からない、ということかな」

「勝負?何を言ってるのよ、悔しまぎれ?」

もう着いてるじゃない。

そう言わんばかりに得意満面に顎を上げる麻里絵に、健介がさらに冷静に告げた。

「何も勝負を決めるのは、ボクとは限りませんよ」

この健介のセリフに、さすがに麻里絵は整った眉を(しか)めた。己の標的は確かに、もう一人いる。その事実を思い出したからである。

だがしかし、今はそのもう一人は間違いなく、ここにはいないはずだ。

「悔しまぎれも極まれリ、ね。熊撃士、村井健介も地に落ちたわね。今目の前にいないヒトに、届くはずのない助けを求めるんだから」

「それがですね、本当に悔しまぎれじゃ、ないんですよ、現に・・・」

ここで健介は、一呼吸置いて言った。

「助けの声はもう、届いたみたいですから」

健介がそう告げたのと、麻里絵が首の左後ろあたりに尖った感覚を覚えたのは同時だった。毛が逆立つ気がして、動けないのも同じだった。

首すじが凍りつくような、悪寒を感じている。

久々に味わう、恐怖感と云えた。 

「・・・い、いつの間に・・?」

左後頭部に、ランボー・ナイフをあてがわれている。

元自衛隊レンジャーの腕利きだった麻里絵に、そうと悟らせない見事な気配の絶ち様だった。 

裏社会で活躍する、麻里絵ほどの暗殺者を相手にこんな芸当が出来るのはは一人しかいまい。

「・・・悪いな」

ナイフを微動だにさせず突きつけたまま、その男は抑揚がないほどの冷静さで言った。

「我が無法新神流に限らず古流居合は皆そうだが、武術のみならず暗殺術の側面もあるんだ」

そこに立ってランボー・ナイフを突きつけていたのは、紛れもなく前野高陽。三角巾で右腕を吊り、左手でナイフを持ってはいた。

しかし間違いなく、村井健介の相方にして最強の熊狩士とそう呼ばれる、その人であった。


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