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無粋にも女スナイパーは、熊撃士のデートを邪魔する

村井健介が家を出たのは午前10時だった。

駐車スペースに停まっていた、黒いプリウスのドアを開けて乗り込む。

愛車のランクルは車検に出しているので、その代車だった。

「それにしても、何でランクルの代車がプリウスなんだ」

これじゃ狩りには使えないし、行こうにも行けないぞ。

思わず独り言が()れた。

今日の健介は、熊撃士の格好はしていない。

愛用の紺のブルゾンにジーンズ、足元はナイキのスニーカーで、ブルゾンの下はTシャツだ。

彼がデートに出かける時の、気に入りのファッションだった。

もっとも、上着の下にはホルスターを着けており、左腋下には愛用の大型自動拳銃ワルサーP99を、右足首にはワルサーPPK/Sを携行している。P99の予備弾倉(スペアマガジン)も三本、右腋下に収めてあった。

いつ賞金首に出くわすか、あるいは狙われるかも分からない熊撃士にとって当然の用心であり、必要最低限の心得とも備えとも云える。

三ヶ月ほど前から、幼馴染みの浅倉秋菜(あさくらあきな)とつき合っていた。

女子大生の秋菜からはもう少しお洒落(しゃれ)に気を配るように言われてはいたが、いかんせん年中、山を歩き回っている身である。

熊撃士の防護服(アーマー)を着込んでいる時間が、年がら年中と云っていい。

故に、今流行りのトレンドというものが、健介にはよく分からなかった。

「ケンちゃんもさ、少しは流行りものにアンテナ張った方がいいって。アタシがコーディネートしてあげるから、さ」

秋菜に昨夜の電話で、そう言われた。それで今日のデートが決まったのである。

「やれやれ、結局はアイツのショッピングにつき合わされるの、か」

健介は軽くため息をつき、苦笑まじりにボヤきつつプリウスを発進(スタート)させた。

秋菜はとにかくショッピング好きで、特にウィンドウ・ショッピングに時間をかける。

それこそ趣味といっていい。

今日のデートにしても、つまりは自分のそれのための口実に過ぎないはずだった。

基本的に買い物は、必要な物を買ったらすぐに帰ることの多い健介にとってはうんざりするしかない時間である。

もはや、拷問に近いといってもよかった。

それに耐えるのはもちろん、つき合い始めたばかりなこと、さらには曲りなりにも惚れた弱みというものがあるからである。

「・・・ホントに、何で女ってあんなに買い物が好きなんだろう?分からない、な」

まだボヤきながらも、健介の運転するプリウスは札幌駅前の北8条通りに差し掛かっていた。

いつも待ち合わせに使っているファストフード・ショップの近くに、停車スペースを見つけて乗り入れる。この店のハンバーガーが秋菜のお気に入りで、デートの際は必ず二人分のセットを買うのが定番になっているのだった。

これもいつものパターンなのだが大体の場合、健介が着いた時にはもう、秋菜は店の中でセットを買っている。

(やっぱり、な)

通りに面したウィンドウから丸見えの店内で、秋菜がレジの順番待ちの列に並んでいるのが見えた。

秋菜の前には中年の女と小学生らしい少年二人の、三人の親子連れ。

秋菜の後ろには、高校生らしいカップルが並んで順番を待っている。

車を降りた健介は歩道を横切り、店に近づいた。

店内の窓際でスーツ姿の若い男がひとり、席に着いて食事している。その脇を避け、男が気にならないだろう位置から店内を覗いた。

健介の視線に気づいた秋菜が、健介に手を振る。

健介も振り返しながら、何気なく窓に映る自分の後方に目をやった。

こういう風に鏡か、それに代わるものがある時はつい、後ろを確認するのが癖になっている。職業病、というやつだ。

自分の後ろは、何人か通りを歩いていっただけであった。道路向かいの歩道には、怪しい人影もない。

さらにその後方、そこからだともう狙撃しか手はあるまいが、健介を狙えそうな絶好のポイントはほぼ、なかった。

いや、あるにはある。

健介の後方、かなり離れたところにだが、真後ろにあたる位置のビルだ。狙うとしたら方向的には、ドンピシャだと云える。

たが、それはあくまで方向的に、の話だ。

距離的には、優に一キロはある。

大抵の場合、そう簡単に狙える距離ではない。

(よほどのプロでもなけりゃ、不可能なはずだ、ゴルゴ13でもなけりゃ、な)

その、窓に映るビルを視認しつつ、一瞬考えた可能性を健介は、すぐに否定した。

そう、彼が知るかぎり、ゴルゴ13はいるはずもない。

近い芸当が出来るだろう人間になら、心当たりがある。アイツなら、あの女なら、あるいは。

(けど、こんな北の果てにいるはずもないか、素行はともかく、腕だけは超一流だからな)

まさか自分が、あんな奴に狙われるはずもない。健介は自身の自己評価に、自分で

納得した、その時。

秋菜が店から出てきた。

「ゴメンね、お待たせ」

「いや、オレも今来たトコだよ、全然待ってない」

「買ってさえおけば、その間に来ると思ってたからさ、やっぱりだったわ」

「さすが、もうタイミングばっちりだ」

秋菜の手から二人分のセットを受け取りながら、健介はまたあの、窓に映るビルを横目で確認していた。

どうも、妙だった。

感覚的に、妙に気になるのである。あの、ただ窓に映っているだけのビルが。

(おかしい、こんなことは、滅多にない)

そう、滅多にないからこそ気になるのだ。

何かが、健介の勘に触れていた。

普通だったら、気にも留めずに見過ごすはずの小さな違和感。

距離的に何があるか、確認出来るわけではない。

しかし、僅かなこの感覚は、その正体は・・・、

(?!、これは!?)

思い当たった。

胸騒ぎ、というものだ。

気づいたと同時にそれは、確かな危機感に変わった。

(ま、マズいぞ)

何かは分からないが、また健介が窓でビルを確認した、その刹那(せつな)

窓の中のビルの屋上のあたりで、何かが光った。

スコープの反射光。

そう気づくより先に、健介の身体の方が反応していた。

考えている暇はなかった。

「秋菜っ、伏せろっ!」

ほとんど叫びながら、明菜を押し倒すように歩道に伏せる。

秋菜が短い悲鳴を上げながら、セットの紙袋を落とした。

紙袋の中身が散乱し、ハンバーガーやらポテト、飲み物が地面に転がる。

ついさっきまで健介の頭があった、その位置の窓に銃弾が撃ち込まれたのがほぼ同時だった。

けたたましい音をたてながら、窓全面が崩れ落ちる。

窓際で食事していた若い男が銃弾を食らったらしく、窓が割れるより早く席から吹っ飛ばされた。床の上でバウンドするように転がり、ゴロりと上を向いた顔面には表情が失くなっている。眉間に射入孔があった。

健介は秋菜を抱きかかえたまま、歩道の地面を転がった。その後を追いかけるように銃弾が跳ね、アスファルトを削る。

一帯で悲鳴や怒号が上がっていた。

健介が秋菜とともに、ようやく盾にするべき宝飾店の看板の陰に逃げ込み、あたりを見渡した。

「な、何なの?何が起きてるのよ?」

秋菜に不安そうな顔で尋ねられていた。

無理もない。基本的には血生臭いことには縁のない、ごく普通の女子大生である。

訳が分からなくて当たり前だった。

何しろが、健介も訳が分からないのだ。

今分かる範囲で説明するしかない。

「どうやら、ボクが立ってたあたりを、銃弾がお通りになったらしいや」

「ええぇっっ?!」

「今もまだ、ボクを狙って来てる」

信じられないという顔の秋菜を一瞬見つめ、また健介はあたりの状況を確認した。

周辺は完全に、パニックになっていると云えた。

ファストフード・ショップの中ではどうやら、警察だ、いや救急車だという騒ぎになっているようだ。

通り向かいの歩道を通りかかった通行人たちが何人か、携帯電話を耳に押し当てていた。

通報しているのだろう。

だが、まだ銃撃が止んだと判断するのは早かった。

「秋菜、ゴメン、どうやら今日はもう、デートどころじゃないようだ」

看板に隠れたまま、詫びながら健介はワルサーP99を引き抜いた。

遊底(スライド)を引き、薬室に初弾を装填する。

「とりあえず、この店の中に逃げ込んでてよ」

看板の傍の宝飾店を指差した。

「ケンちゃんはどうするの?」

「どうやら、狙われてるのはボクだ。ボクが何とかするしかないよ」

「ケンちゃん・・・・」

秋菜が泣きそうな顔を向けた。不安なのだ。

出来れば一緒に居てやりたいのはヤマヤマだった。だが、このまま共に逃げたりしたら、彼女まで危険に晒す可能性がある。

そう、判断した。

「ボクが合図したら、店の中に駆け込むんだ、いいね?」

一、二の三でだ。

いつになく、強い調子で言う健介に、秋菜はもう、諦めたように、だが意を決したように言った。

「分かった、けど、無理はしないでね」

無事に戻って来て。

秋菜からそう言われた健介が頷き、カウントを数える。

三、と同時に秋菜が店の中に走った。

その時にはもう、健介も車の陰に走っている。

走りながらとりあえず、ワルサーの引金(トリガー)を絞った。

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!!

きっかり五発、秒速で連射する。

あくまで、とりあえず、だ。

元より拳銃弾で太刀打ち出来る距離ではないのは分かっている。

それよりも目指すべきは、自分が乗って来たプリウスの陰だった。

エンジンか燃料タンクを狙われたりしたら危険極まりないのだが、他に身を隠せるような場所はない。

狙撃手(スナイパー)がいるのは間違いなく、あのビルだと分かっているのだ。まともに撃ち合えるはずはない。

だからと言って、秋菜を巻き添えには出来なかった。

幼い頃からの想い叶って、ようやく恋人同士になれた女である。

(自分のせいで、惚れた女を危険に晒せるかよ、これ以上)

ようやく飛び込んだプリウスの陰から、頭を出して様子を伺う。

瞬間、ボンネットを銃弾が(えぐ)った。

まだ、狙われている。

「しつこいヤツもいたもんだな」

ワルサーを片手に、プリウスの陰でボヤいたその時。

ガン、ガン、ガン!

ボンネットに都合三発、銃弾が撃ち込まれていた。

プリウスのボンネットが、撃ち込まれた数だけ悲鳴を上げる。

着弾よりも遅れて聞こえる銃声が、距離の遠さを物語っていた。

(狙ってるのはボク自身をじゃない、間違いない、これは、ヤツの狙いは)

案の定だ。咄嗟(とっさ)に悟った健介は、反射的に後方にダイビングしていた。そのまま身を丸めるように伏せる。

プリウスの燃料タンクに銃弾が突き刺さったのは、それと同時だった。

瞬間、タンク内で火花に引火したガソリンが火を吹いて爆発した。

爆風が周囲の店舗や企業のオフィスの窓を震わせる。

爆発に巻き込まれたらしい人々の悲鳴が、叫びが交錯していた。

健介が、己が背中や頭の上に降りかかったプリウスの残骸の破片を払い、立ち上がる。

銃撃は止んだが、そこかしこで阿鼻叫喚の様相を呈していた。

(地獄絵図だ)

健介が目にしたのは、ひとこと、そうとしか言えないものだった。 

(それにしても、あの初弾は)

気づいて伏せなかったら、確実に健介の頭を撃ち抜いていたはずだった。弾道からして、間違いない。

食事していたばかりに巻き込まれた若い男は、運が悪かったでは済まない話だっただろう。健介は己が勘がいいおかげで、命拾いしただけだと云える。

(一人、アイツしかいない。こんな芸当が出来るのは、日本中探しても、あの女しか)

興梠麻里絵(こおろぎまりえ)。その名とともに、健介の脳裏にはその異名が浮かんだ。

(ダーティー・マリー、か)

よりによって、厄介なヤツに。本音でそう思う。

「ケンちゃんっ?!」

健介を呼ぶ秋菜の声が、喧騒のなかでも聞こえていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


(やはり村井健介、只者ではない)

女スナイパーの興梠麻里絵(こおろぎまりえ)は、ビルの屋上で舌を巻いていた。

オーソドックスな迷彩柄の軍隊(アーミー)ファッション姿である。流行りのブランドの服より、この格好が一番動きやすい。

(さすがに勘がいいな、わたしの狙撃に気づくとは)

敵ながらあっぱれ、そうとしか云いようがない。

「若いながらも腕利きの評判は、伊達や嘘ではないようね」

だが、それでこそ殺りがいがあるというもの。

敵の実力に納得しながら、麻里絵は構えていた愛用の狙撃銃(ライフル)を下ろした。

H&K(ヘッケラー&コッホ)社製の軍用狙撃銃の傑作、PSG−1である。

世界中の軍や警察の特殊部隊でも採用されており、開発から半世紀がたった今なお、愛用するスナイパーが多い名銃だ。

(まあ、いい。先ずは布石は果たした)

今日の目的は必ずしも、健介を仕留めることではなかった。

元より、健介にしろ高陽にしろ、簡単に仕留めることの出来る相手とは露ほども思っていない。どちらかとであろうと、一対一でまともに戦ったとしても勝率は五分五分。

それこそ二人が揃っているところを狙ったりしたら、返り討ちに遭う可能性すらある。

それが麻里絵の、二人への実力を評価した判断だった。

だからこそ、必ず今日、と思っていたわけではない。

むしろ狙いは、その先にあった。

「先ず今日は、外堀よ」

麻里絵の口元にはいつもの、妖艶な笑みが浮いている。

後日の成功を、確信しているようだった。

PSG−1から、空になった弾倉(マガジン)を外し、ライフルケースに仕舞う。

20発入りの弾倉が空になっていた。

「ここまで手こずらされるのは、初めてだわ」

ライフルケースを担いで、舌なめずりしながら呟く。

麻里絵はいつもの癖で、激しい欲情を覚えていた。

無性に男が欲しくなっていた。

ビルの外階段を降り、歩道に向かって敷地内を出ようとした、その時。

「あのう、少しよろしいですか?」

後ろから声をかけてきた男がいた。

振り向くと、男の二人組の制服警官が立っている。

麻里絵に声をかけてきたのは四十絡みの男で、もう一人はまだ二十代と覚しき若い警官だった。

(職質、か)

悟った麻里絵に、年上の警官が尋ねた。

「つい先ほど、ここから少し先の通りで銃撃と爆発騒ぎがありましてね、まさかここでは狙いようがないとは思うんですが・・・」

念のため、そのケースの中身を確認させて下さい。

警官がそう言った時には、隣の若い警官が腰のホルスターの蓋を開けていた。

(どうやら、疑われてるようね)

「はい、いいですとも」

麻里絵は素直に、ライフルケースを差し出す。表情に変化はない、というより、元々無表情だ。

受け取った先輩警官が、地面にケースを置いた。開いて見たと同時に、表情が驚きに変わる。

「こ、これは?!」

先輩が反応すると同時、若い警官が拳銃を引き抜いた。シグザウエルP230JP。日本警察仕様だ。

「き、貴様ぁ、動くなっ?!」

若い警官が、拳銃を構えると同時に警告した。

次の瞬間。

バスっ!

低い、空気が筒先を吹き抜けるような音がして、若い警官が眉間を撃ち抜かれていた。

いつ抜いたのか、麻里絵は両手で消音器(サイレンサー)つきの中型自動拳銃を構えている。

消音器の銃口から、硝煙が立ち上っていた。

ワルサーPPK/S、健介の予備拳銃(バックアップガン)と同じだが、こちらはステンレスのシルバーモデルだ。

力なく崩れ落ちる後輩の姿に、先輩警官が即座に動く。

「貴様っ!」

立ち上がるのと同時に、麻里絵の拳銃を握った両手首を掴む。

そのまま、背負投げの要領で麻里絵を投げ飛ばした。投げ飛ばそうとした。

出来なかった。

麻里絵は逆らわずに投げられ、両足を着いて衝撃を殺していたのである。投げられた勢いを活かし、先輩警官の手首を極めつつ転がった。

むろん自分の拳銃には固執せずに、敢えて手放してある。

「うおっ?!」

手首を極められた警官が、反射的に投げられた。投げられるしか、ない。手首を極められないためには、そうするしかないのが自然な反応だった。

麻里絵は警官を自分の足のあたりに、投げると同時に手を放した。

その代わりに、今度は自分の両足を警官の首に回す。

瞬時に警官は、麻里絵の両足でヘッドロックされた格好になった。

「ぐうぅっ?!」

麻里絵のほどよい肉付きの足に、締め上げられて苦悶の声を漏らしたのも、一瞬。

ゴキリっ、というような不気味な音とともに、警官の頸骨が折られていた。

「ここからじゃ狙いようがない、ですって?」

立ち上がった麻里絵が愛銃を拾いながら、呆れたように呟いた。

「出来るのよね、それが、アタシなら」

アタシを誰だと思ったの。

麻里絵がそう言ったところで、彼女のことを知らなかったまま職質をかける羽目になったのが、この警官二人組の不幸だったと云えるだろう。

ライフルケースを再び背負い、麻里絵はまた通りに向かって歩き出した。

やっぱりこの後、男を抱こう。そのことしか、もはや頭になかった。


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