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元熊狩士の危険な剣士は、熊ではなく熊狩士の首を狙う

大きな男だった。

身長が高い、というだけではない。

幅が広い、というだけでもない。

厚みがある、というだけなのも違う。

強いていうなら、それが全て揃っているのである。

大きい、と言えるための要素を全て、兼ね備えているのであった。

そう、いうなれば、スケールが大きいというべき男だった。

190センチはあるだろう上背に、横幅も常人の倍はあるだろう。

だが、いわゆるデプというわけではない。

事実、腹回りは逞しい胸周りに対してすっきりしており、贅肉がほとんどついていないのが一目で分かるからである。

腕も足も丸太のように太い。並の男の胴回りほどもありそうだった。

波岡剛樹(なみおかごうき)といった。

薩摩藩御留流(さつまはんおとめりゅう)として名高い、示現流剣術の遣い手である。

その全身を黒皮のライダース・ファッションの上下で包んでいる。角刈りのような黒の短髪を、針のように立てている。

ひとことで、イカつかった。

見る目のあるがものが見れば、ロクな生き方をしていないことがすぐにわかる。

一見すると無表情だが、 目の奥にどこか凶暴な光りを宿していた。

それもそのはず、元々は、裏社会の人間と揉めたことが原因で人を斬った過去のある男である。

その時に異様な昂ぶりを覚え、たまたま通りかかった若い女を犯した男でもある。

人斬り自体は、相手が凶悪犯だったことで正当防衛とされたが、行きがかりの成り行きで強姦に及んだことが問題となった。

しかし婦女暴行罪で逮捕される段になってから、逮捕しに来た警官たちを斬り殺し逃亡。

以来、裏社会で人斬りを生業(なりわい)としながら、ここまで来たのである。

こんな男に、目立つなという方が無理といえよう。

今もただ歩いているだけなのにも関わらず、人目を集めている。

彼がまっすぐに、のしのしと歩くだけで、すれ違う者は皆、彼を見ていた。

ある中年男は大きく見開いた目で見上げるように、ある若い女は開けた口元を手で押さえ、彼に注目しながら行き過ぎて行く。

一瞬目をやるだけで、すぐに逸らしはする。

そして大概の者が、何度も振り返るのも共通していた。

この人が二度見するのを禁じえない、とにかく目立つ身体を持つ男、波岡が人目を集めている理由が、その見事なまでの体躯以外にももう一つあった。

左肩から柄が突き出るように背負っている、長大な分厚い太刀である。

太刀というにはあまりに幅が広いと、鞘を包む革ケースの上からでも分かるのだ。

刀身のみならず、柄の長さも普通の倍はあった。

この、まるで巨大な(なた)とでもいうべき代物が何であるかは、今時の日本人なら分からぬ者はいないだろう。

それこそ、女や子供でも知っているはずの代物。

そう、熊斬り太刀であった。

そしてこの熊斬り太刀を持つということはただそれだけで、それを持つ者の身分を証明している。

しかし、彼の身分は熊狩士ではない。

元、熊狩士だった。

(くだん)の婦女暴行と、警官を殺害したことが原因で資格(ライセンス)は剥奪されている。

背中の熊斬り太刀は、逃亡する際に携え使用していた物だ。

その、元熊狩士であるはずの波岡が、熊斬り太刀を担いで歩いているのは、その出で立ちにマッチしているとは言いがたい通りだった。

夜の盛り場である。熊が出没する、山ではない。

札幌の歓楽街、すすきの通りだった。

あたりは様々なクラブやバーと覚しき店の灯りがあふれ、それらを覆うように老若男女さまざまな人間が行き交っている。

呑み屋や風俗店の呼び込みらしい男たちも、波岡の背中の熊斬り太刀を見るなり、声をかけそびれているらしかった。

ただでさえ見た目通りのゴツい体格に見合う太い首の上に、これまた(いかめ)しい風貌の顔が乗っているためか、余計にそうなるらしい。

スナックのドアを開けて、外に出てきた従業員らしい若い女が、思わず眉を(ひそ)めながら店の中に姿を消した。

出来れば関わりたくない、そう思わせる男のようだった。

波岡が不意に、左の店の看板に目を留めながら立ち止まった。

赤地に黒の文字で、「CLUB(クラブ)愛愁(あいしゅう)」の電光板が立っている。

看板の脇に、派手な幾何学模様の彫刻が施された木製のドアが一枚あり、そのドアにも同じデザインの小さな看板プレートがぶら下がっていた。

波岡がドアを開けようと、ドアノブに手を伸ばしかけた、その時。

不意に「CLUB愛愁」のドアが開き、男が一人出てきた。

スキンヘッドで人相の悪い、がっちりした体格の男だった。背は波岡より、僅かに低い。

「何だぁ、テメェはぁ?!」

スキンヘッドが波岡を見上げるように(にら)んだ。

「ここに、曽根という男が来ているはずだが?」

波岡は男の睨みなど、まるで気にも留めていないようである。抑揚のない機械的な、だが極めて太い低音で尋ねた。

スキンヘッドが目を()いた。

「おい、テメェよお?」

ナメられたと思ったらしい。波岡の黒の革ジャンの胸ぐらを掴んだ。

「聞いてんのはこっちなんだよ、テメェ、ウチの兄貴に何の用だ、コラぁっ!!」

波岡は表情を変えず、スキンヘッドの左手首に手を添えると、 

「いるんだな、曽根は」

握るともなく、ほんの(わず)かに力を入れたようだった。

途端にスキンヘッドの顔が苦痛に歪んだ。手首のツボを押さえられたらしい。古武術でよく使われる、非力なものでも楽に大男を抑えることを可能にする手の一つである。

「テ、テメェっ!?」

スキンヘッドは、離しやがれ、と叫ぼうとしたが、その先を続けることは出来なかった。

波岡の大きく分厚い(てのひら)が、スキンヘッドの顔面を掴むように伸び、顔全体を覆う。

と、見る間もなく、スキンヘッドの頭がコンクリートのドア脇の外壁に勢いよく叩きつけられていた。波岡はというと、その後のことは確信しているように、即座に両手を離す。

ゴツりとも、ゴンともつかない鈍い音を立てると同時に、頭を割られたスキンヘッドが力なく崩れ落ちた。彼の頭が叩きつけられた位置には、紅い染みが広がっている。

倒れたスキンヘッドの頭を中心にしても、血溜まりが出来つつあった。

通りかかった通行人たちから驚きの声が、特に女から悲鳴が上がる。

波岡はスキンヘッドを一顧だにせず、開いたままになっていたドアから店内に入った。

店内に音楽はなく、客もないようだった。店の奥のテーブル席で、柄の悪そうな男が五人ほど、酒を呑んでいるだけである。

三人ほど、男たちの間に女がついていた。いずれの女も豊かな胸元が露わな、前の開いたドレスを着ている。白い胸元が、ひどく(なま)めかしかった。 

「何だ、アンタ?」

波岡が入ってきたのに真っ先に気づいて声を上げたのは、入口から続く通路の正面に当たる席に座っていた男だ。年の頃、四十前後。

オールバックにした頭に、上物と一目で分かるスーツを着込んでいた。一人だけ、傍らに女がピタりと(はべ)るようについているところから、この中でも立場が一番上と分かる。

「曽根さんは、アンタか?」

波岡がまた抑揚のない、見た目通りの太い声で尋ねた。

「何だ?コラぁっ」

「兄貴にどういうクチ利いてんだ?」

曽根らしい男が答える前に、回りの男たちが

一斉に立ち上がった。兄貴分を相手に生意気な態度を取られたので、いきり立っている。

波岡は、気にも留めない。

「もう一度きく、曽根はアンタか?」

「・・・だったら、どうなんだ?」

曽根は落ち着いた様子のまま、静かに答えた。さすがは裏社会で生き、人の上に立つ男と云える。明らかに物々しい前兆があるにも関わらず、取り乱した様子がなかった。

ふと、曽根が思い出したように、波岡に尋ねた。

「今、店に入る時、誰かとすれ違わなかったか?」

「スキンヘッドの男となら、入口で行きあった」

「・・?!、ソイつに、何か聞かれなかったのか?」

「アンタに何の用だ、とな」

「・・・タツがここに、黙って通すわけがねえ。アンタ、タツに何をした?」

「話しをしようとしたんだが、穏やかに済みそうもなかったんでな、それで」

波岡も曽根も、依然、口調に変化はない。

その変わらない抑揚のまま、波岡が言った。

「気の毒だが、死んでもらった」

「何だとうっ??」

「テメェ、生きてここから出られると思うなよっ!?」

トレーナーやジャージ姿の曽根の取り巻きたちが、一斉に得物を取り出した。

匕首(あいくち)に、拳銃、軍用ナイフなど、様々である。

曽根はまだ、余裕を残していた。熊斬り太刀を背負った姿の波岡に、どんな用向きで来られたかはわかっているはずなのに、微塵も表情が揺らいでいない。

女たちが悲鳴をあげながら、店の奥に逃げ込んだ。巻き添えはゴメン、というわけだ。当然であろう。

「マズいな、アンタ・・・・」

曽根が噛みしめるように呟いた。

「その背中のバケモン(がたな)を見りゃ、腕に覚えがあるのは分かるがね、この狭い店ん中で、どうやって抜くんだよ、そいつを・・」

曽根の余裕の(もと)になっているのは、その判断のようだ。

波岡は、無表情で聞いている。

「横に振るにしたって、その前に・・・」

「オレらが一発、弾いたりゃ終わりだろがっ」

「何が熊狩士だってんだよ、オレらは熊じゃねえしよう、どうやったって銃に刀で勝てるわけ、ねえだろがよっ、ヒャハハハハっ」

曽根が言おうとしたセリフに被せるように、拳銃を構えた舎弟分二人が嘲笑った。

完全に高を括り、ナメている。

「聞いての通りだ、アンタ、熊狩士といっても熊が相手の山の中じゃ無敵なんだろうがな、この街中で裏社会の人間相手にゴロ巻いちゃ、いけねえよ、いくら何でもよ」

曽根がもう、勝利を確信しているように断言した。もう波岡には勝ち目はない。そう言いたいようだ。

そうだ、と曽根がまた思い出したように尋ねた。

「そういえば、アンタの名をまだ訊いてなかったな。これからバラす相手の名くらい知っとかねえと寝覚めが悪い。聞かせてくれねえかい?アンタの名を」

「波岡剛樹」

低い声のまま、波岡がひとことで答える。

波岡?聞いた曽根の余裕の表情が、ここで初めて変化した。

どこかで聞いたことのある名前だ、思い出そうとして、恐怖を伴う記憶が呼び起こされたらしい。

曽根の顔には明らかに、戸惑いまじりの恐怖と驚愕の表情が浮かんでいた。

「あ、アンタ、まさかあの、ジゲンのゴウキ??!」

「気づくのが遅すぎるぞ」

波岡が抑揚を変えぬまま、告げた。

「お、おい、テメェら、すぐに得物を引けっ」

曽根が一声、ほとんど必死になって叫んでいた。

「コイツは、この男はっ、く、く、ク、熊狩士の中でも別格だっ。殺りあったら殺されんぞっ、全員、確実にっ」

「なぁに言ってんすか兄貴ィ、この状況で」

「もう十中、十までこっちの勝ちじゃないすか、殺すだけっしょ、後は」

舎弟分らが曽根の言葉の意味を理解しようとせず、まだ余裕の嘲笑をくれた時だ。

「殺す?貴様らが、オレを?」

それまで抑揚がなかった波岡の声のトーンが、初めて変化していた。僅かにだが、語尾が上がっている。

「ということは、殺される覚悟もあって言ってるんだろうな?」

それまでにない、ゾッとするようなドスの効いた声になっていた。

「ああん!?テメェ、まだ状況か分かってねえようだな、さっきから何べんも言ってんだろ?どうやったって、オレらの・・・・」

勝ちだろ、と言おうとしたらしいが、舎弟分は最後まで(しゃべ)るのを許されなかった。

「ちえぇぇぇぇえぇいっ」

店内の天井に、床に、凄まじい絶叫のような気合いが響いたからである。

示現流に名高い、独特の気合いであった。

一瞬、物凄い暴風が吹いたように感じた瞬間、曽根は信じられない光景を見ていた。

波岡が左肩の、熊斬り太刀の柄に手を伸ばしたと見た時には、もう舎弟分らは切り倒されていたからである。

ある者は笑いを浮かべた顔のまま、首を飛ばされていた。

ある者は、肩口から脇の下へ斜めに両断され、失った上半身がストンと床に落ちるのを待たず、下半身が床に倒れた。

拳銃を構えた右手首を切り飛ばされた男が、何が起こったのか理解出来ずに自分の右腕を見た。己が右手がなくなり血飛沫を上げているのに、そこで初めて気づき、絶叫する。

ついさっきまで波岡をせせら笑っていた、その姿はもう微塵もなかった。

その隣では、片足を失った舎弟分が、膝から先がなくなった右足を押さえながら喚いている。

「示現流、雲耀(うんよう)の太刀だ。貴様らごときに、どうこう出来るような技ではない」

波岡が、抑揚のないトーンに戻して言った。

床に落ちた舎弟分らの拳銃を流し見て、

「・・・そんな豆鉄砲で、オレを殺れると思ったのか・・・」

ナメられたものだなと、呆れたように洩らしもした。

スミス&ウエッソンM36チーフスペシャル。38口径ではこの時代、確かに威力不足としか言えない話だ。

曽根ももはや、さっきまでの余裕は当然、ない。

すっかり顔色を失っていた。

「テ、テメェ、こんな真似して、ただで済むと・・・」

思ってんのか、と言おうとしたらしい。

波岡は曽根にも、それ以上言わせる気はないようだった。

その先を遮るように、熊斬り太刀をゆっくりと構えた。

異様な構えだった。

一見すれば、剣道でいう八相に似ているが違う。右肘を大きく横に張り出したことで、まるでトンボの羽根のように見える。

示現流独特の「蜻蛉(とんぼ)の構え」だった。

同流の代名詞と云える構えでもある。

子供が相手を叩こうとして振り上げた棒に左手を添えるだけ、と形容されていた。

そのためかどうか、通常の八相に比して右手の位置が高い。

波岡は蜻蛉に構えたまま、動かない。

見るべき者、例えば高陽か彼に敵わぬまでもそれなりの遣い手が見たら、これ以上ないほど危険な状態だと分かる。

彼らなら、対抗手段に自信がないなら即座に、迷わず逃げるだろう。

少なくとも、逃げ切れないとはしても、先ずそれを考えるはずだった。

だが、哀しいかな曽根は、それを考えられるほどの分別を持ち合わせられなかった。

仮にも、暴力の世界で生きてきた男であり、その矜持もある。

すでに舎弟分は皆殺しになっているのに、自分だけがオメオメと生き残れない。

もしも、ここで逃げたりしたら、生き延びたとしてももう二度と、この世界では生きていけなくなる。

面子(メンツ)というものが、命以上に大事な世界なのだ。

暴力に頼って生きてきた身だからこそ、あくまでもそれに(すが)るしか、選択肢(みち)はないと言えた。

その、曽根にとっての様々な理由が、達人たちをして最も愚かだと言わしめるだろう行動を彼に取らせていた。

誰が見ても恐らく、死ぬと分かって暴力に殉じる自分を馬鹿というだろう。

たが、だからと言って、だからっつったって・・・

「・・・だから、何だってんだようううっ!!」

曽根は素早く、右手をスーツの懐に滑り込ませた。左腋下に下げたホルスターに、大型自動拳銃を吊っていたのである。

曽根の右手が素晴らしい早さで拳銃を抜き出す。と同時に、両手で前方に伸ばしていた。

無論狙いをピタりと、波岡の胸部につける。

コルトM1911A1、文字通り米軍が1911年に制式採用し、その優れた信頼性や耐久性から一世紀以上に渡って使用された、通称「コルト・ガバメント」だった。

装弾数は八発。最新の多弾数を誇る拳銃と比べると心許ない気もするが、破壊力ある45口径弾を使用するのでそれを補って余りある信頼感も備わる拳銃ではある。

曽根はガバメントの引金(トリガー)を引こうとした。

出来なかった。

初め、曽根はそれを、壁かと思った。

いつの間にか部屋の壁が自分の目の前に迫って来た、そうだと思った。

次いで、いや違うとすぐに否定し、自分が前に進んだのかと考えた。

それも違う。一瞬で気づくと同時に、全身を寒気が覆った。

彼はその場から、一歩も踏み出していない。

もちろん壁が、動く仕掛けなど何もない。

なのに今、自分の目前に迫りくる「それ」の正体、意味するところ。

答えは一つしかない。

それら、様々な複雑に絡み合ったビジョンを、曽根は瞬間というよりもさらに短いコンマ数秒の時間で理解していた。させられていた。

曽根が構えたガバメントの銃口の先に、それまでの無表情と打って変わった禍々しい笑みが見えたからである。

波岡の恐ろしく凶悪な笑顔が、蜻蛉の構えとともに浮き上がった。

「チェエストオオオオォォウッ!!」

時すら止めるかのような、凄まじい猿叫が響く。

曽根の左肩に入った熊斬り太刀の切っ先が、その後から唸りを生じていた。

悪神の冗談のように、さらに刀身が生き物のごとく伸びる。

波岡は大太刀を、曽根の左腕もろとも右脇腹まで切り下げていた。

左腕のない上半身のみになった曽根の右腕が、まだ握ったままのガバメントの引金を惰性のように引く。

45口径特有の、重低音のような銃声が虚しく店内に響いた。

放たれた弾丸が、まるで外れた場の床に跳ねる。

「手間を取らせるな」

また無表情に戻った波岡が、声のトーンは平らなまま言った。

そのまま淡々と、呻き声を上げている舎弟分の二人に止めを刺す。

「ひっ、ひぃいいいぃいぃっ」 

店内のどこかから、女の悲鳴が上がった。

波岡が見ると、カウンターの前で女がひとり、立てなくなっている。

曽根の傍らについていた女だった。格好からして恐らくクラブのママであり、曽根の女でもあったのだろう。

あまりの惨劇に腰を抜かしたらしく、床を這うようにして足を必死にバタバタさせていた。逃げようと必死に足を動かそう、立ち上がって走ろうとしているようだったが、足が言うことを聞かないらしかった。

「・・・悪いな」

急ぐでもなく近づいた波岡が、ママのドレスの裾を踏みつけた。進めなくなったところで、背中の生地を襟首から無造作に掴む。

恐怖で半ば錯乱したまま逃げようともがいたせいで、大した力を入れたはずはないにも関わらず、音を立ててドレスが破れた。

小鳥の羽根を(むし)るように、とはこのことだっただろう。

上下とも黒で統一された下着姿になったママに、波岡が抜き身の大太刀を一閃させた刃音が響く。

ママのブラとパンティの紐が断ち切られ、豊かな白い裸身が露わになる。

ママはさらに悲鳴を上げ、波岡を仰ぎ見た。

「・・・お願い、こ、殺さないで・・・」

命だけは、と言わんばかりに、波岡の足に縋りついた。必死の形相だ。

「・・・安心しろ、殺しはせん」

無表情も無抑揚もそのまま、だが、と続けた。

「人を斬った後は、いつも血が昂ぶるんだ」

そう言いつつ、ママの両手首を無造作に片手で床に押さえつける。

強制的に仰向けにされたママの裸身を見下ろしながら、波岡は熊斬り太刀を傍らに置いた。

「こうなるとな、これしか方法はないんだ。悪いが、相手をしてもらうぞ」

警察が来る前に、な。すぐに済む。

宣言しながら器用に片手でベルトを外し、黒皮のライダースパンツをパンツもろとも下げる。

ママを半ば犯すように攻め抜きながら、波岡の脳裏には、札幌にやって来た理由が反芻(はんすう)されていた。

熊狩士時代から、一度でいいから立ち合いたいと思っていた男。

その男のことは、その本拠(ホーム)たる北海道に来れば、手がかりが掴めると思っていた。

ママを犯しながら波岡は、我知らずその男の名を叫んでいた。

「まえのっ、前野高陽っ」

そう、波岡が立ち合いたいと切望し、勝ちたいと思っている男とは、他ならぬ高陽だった。



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