4-3(ユイ).
目を覚したとき、私が最初に思ったのは、ハルを迎えに行かなきゃ、だった。
あれ、今日は一緒に登校する日じゃなかったっけ?
じゃあ、これって夢?
夢なら起きなきゃ。
違う! ハルと一緒に異世界に・・・それで、ハルとも離れ離れになって・・・。
だんだん頭の中がはっきりしてきた。勢いよく上体を起こして周りを見る。
見覚えのない部屋だ。
首元に違和感を感じたので右手で触れる。手に感じたのは金属の冷たい感触だった。
チョーカー? こんなもの着けた覚えがない。表面に凹凸を感じる。何か模様でも彫ってあるのかもしれない。
改めて周りを見回す。
かなり豪華な部屋だ。寝かされていたベッドも高級そうなものだ。そう言えばオスカーさんの屋敷で目覚めたときもこんな感じだった。
そもそも、どうしてこんなところで金属の首輪のようなものを着けられて寝かされているの?
そうだ!
買い物をして一人でジークの屋敷に帰る途中で、私はフードを被った怪しい男からすれ違いざまに手紙を渡された。耳もとで囁かれた「ハル様からです」の一言とともに・・・。
ずいぶん久しぶりに他人からハルの名前を聞いた。自然と体が強張るの感じた。
そして、私は悩んだ末、ジークたちには何も言わずに自室で、震える手でその手紙を広げ読んだ。
もしかして、ルヴェリウス王国と関係しているかもと考えたからだ。
とにかく読んでから判断しよう、そう思った。
手紙には、待ち合わせの時間と場所、そして誰にも言わずに出てきてほしいと書いてあった。手紙は日本語ではなくこの世界の言葉で書かれていた。
間違いなく怪しい。
ハルと離れ離れになってすでに1年以上が経った。
ハルに関する初めての手がかりだ。
ジークとの関係についても先延ばしするのも、もう限界だ。
今後この世界でどうやって生きていくのか・・・私は決断を迫られていた。
私は怪しいと思いながらも手紙の書かれた場所に一人で出向く決断をした。
冒険者として1年以上を過ごし自分の実力についての自信もあった。この世界で私は明らかに強者である。
今考えると初めてのハルに関する手がかりに賭けて見たくて、私は自分に言い訳をしていたのかもしれない。
そして、その結果、私はここにいる。
待ち合わせ場所に現れた男は、多分男だと思うが、鼠色のフード付きのコートのようなものを纏った、一言で言って怪しすぎる男だった。フードのせいで顔すら確認できない。
まだ朝早くほとんど人通りもないその場所には、男の他には馬車が一台停まっているだけだった。男は無言まま、動作で横に止めた馬車に乗り込むように私に指示した。私と男が馬車に乗り込むと御者は静かに馬車を発車させた。
「ハルは・・・ハルはどこにいるの?」
私の声は震えていて自分の声じゃないみたいだった。
「・・・」
男に言われるまま乗り込んだその馬車の中で、私がハルのことを訪ねてもフードを目深にかぶった男は無言だった。
さすがにこれは怪しい過ぎると感じ、馬車から飛び降りようかと動いた瞬間、男が飛びかかってきた。
「風盾!」
男の行動を予想していた私は直ぐに風魔法で相手を撥ね退けようとしたが、魔法は発動しなかった。
「な、なんで?」
「この馬車の中では魔法は発動しない」
男の声は想像より少し高くかすれていた。男も緊張していたのだろうか?
それにしても・・・。
この馬車の中では魔法が発動しないって、男は言った。
こういうの結界・・・っていうんだっけ?
以前クラネス王女からに聞いた話だと、この世界には様々な結界を発動させれる魔法があるけど、大掛かりな魔法陣が必要なはず・・・。
もしかして、馬車の中だけに効果がある程度なら魔道具とかでも可能なの?
そうだとしても、魔法を無効にする結界を発生させる魔道具なんて・・・。例え、狭い範囲で短時間とか、いろいろ制限があったとしても相当貴重な魔道具のはずだ。そんなものがあるとすれば、まず間違いなく、ハルの言うところの、ぶっちゃけなんでもありの失われた文明の遺物じゃないだろうか?
だったら、そんなものを一般人が持っているとは思えない。それにこの豪華そうな部屋だ。やっぱり、ルヴェリウス王国の仕業なのだろうか? それならハルのことを知っていてもおかしくないけど・・・。
そうだ、あれから男に何か薬のようなものを嗅がされ、私は気を失ったのだ。
丁度そこまで思い出していたとき、部屋のドアが開き、鼠色のフードの男が入ってきた。相変わらず顔はよく見えないけど、その雰囲気や体格などから私をここまで誘い出した男のようだ。
「聖女様はやっとお目覚めか。気分はどうだ?」
男は皮肉げな口調でそう言った。馬車の中のときより落ち着いている。
「聖女様?」
「ああ、お前は黒髪の聖女シズカイの生まれ変わりだ」
「私は、聖女なんかじゃ」
「いや、お前は最上級の聖属性魔法を使える。そして他の属性の魔法も使える。それにその黒髪だ。お前は聖女で間違いない」
それはそうだ。シズカイはたぶん私と同じ日本人の賢者なんだろうから・・・。
それよりも訊きたいことがある。
「ハルはどこにいるの? ハルのことを知っているんですよね?」
「ええ、知っていますよ。あなたがハルという名の婚約者を探しているってことはね」
「それで、ハルは・・・」
「・・・」
男は何も答えない。
「・・・ま、まさか、それだけ・・・」
「ええ、それだけです。そのハルとやらについて知っているのことは」
私は体全体の力が抜けていくのを感じた。
考えてみれば当たり前だ。
もう1年以上の間、私はハルを探し続けていた。ちょっと調べればそんなことは誰にだって分かる。秘密にするどころか、私はハルに見つけてもらうために目立つようにさえしていたんだもの。
自分の迂闊さに腹が立つ。
ハルの名前を聞いて、ジークたちにも言わずにノコノコと誘いに乗って、怪しいけど自分なら大丈夫だって自惚れて、その結果こんなことに。
「ハルのことを知らないのなら、帰ります」
「それはできませんよ」
「私、聖属性魔法以外も結構得意なんですよ」
馬車の中では油断したけど、今は、魔法探知を使って細心の注意を払っている。周りに結界のようなものの気配はない。結界魔法なんて、そう簡単にどこにでも発動できるものではない・・・はずだよね。
「ええ、良く知っています。でもね、帰れないんですよ。申し訳ありませんね」
「風刃!」
私は風刃を放とうとしたが、それがなされることはなかった。
気がついたら、私は胸を押さえてベッド上に蹲っていた。苦しい・・・本当に苦しい・・・これは死ぬ。
なんでこんなところで・・・ハル・・・ジーク・・・。
「すぐに攻撃する意思を放棄しろ! 死ぬぞ!」
男は酷く慌てた様子でそう叫んだ。
私はすぐに男を攻撃することを放棄した。と言うかすでにそれどころではなかった。そして、すぐに回復魔法を自分にかけた。
しばらくすると徐々に胸を痛みは収まってきた。
男はしばらく私の様子を見ていた。顔は見えないが本気で心配しているようだ。
「先に説明しとくべきだった。せっかく手に入れた聖女様に死なれてはなんのためにここまで手間をかけたのか分からない」
私の顔色がだいぶ良くなったのを確認したのか男はそう言って、たった今私に起こったことを説明し始めた。
「その首輪は隷属の首輪といって失われた文明の遺物だ。その首輪をしている者は主人に害をなそうとしたり主人の命令に逆らったりすると死んでしまう。これは脅しじゃない。それは奴隷の首輪ななんていう紛い物とは違う本物の失われ文明の遺物だ。今、お前が生きているのは本当に運が良かったんだ。お前の魔力が高いおかげだったのかもしれない」
男は本気で私が死んでしまうことを心配していたようで、絶対逆らうなと念を押すように繰り返した。
「逆らうと・・・死ぬ? 失われた文明の遺物」
「そうだ。主人に害をなそうとすると死ぬ。主人の命令に従わなくても死ぬ。それが隷属の首輪の効果だ。そして現在その首輪に登録されている主人が誰かは分かるだろう」
この男が私の主人・・・逆らうと死ぬ。
悔しい・・・。
私は憎しみを込めて男を睨んだ。でも、睨む以外何もできない。だってこの首輪の効果が本物だってことはさっき身を持って体験した。この男の言う通りだ。これは間違いなく、なんでもありの失われた文明の遺物だ。
「それじゃあ、最初の命令だ。お前が隷属の首輪を着けていることを含めて今日あったこと、いや、手紙を渡された後から今まで起こったすべてのことを許可なく誰にも話してはいけない。命令に逆らおうとすればさっきと同じことが起こる」
分かったな、と念を押す男の言葉に私は頷くしかなった。
さっきは胸を刺すようなすごい痛みが突然襲ってきて危うく死ぬとこだった。私が回復魔法を得意にしていなければ助からなかったかもしれない。
そのあと男は私にいろいろと命令をした。
それに対して、首輪にそっと手を触れ、男を睨みながらも、私は頷くことしかできない。
誰かに助けを求めることもできない。それをしないように命令されたからだ。
私の主人となった男の名前やその存在を明かすことはもちろん禁止だ。まだ顔も名前だって知らないのにずいぶん慎重だ。
その後も秘密を守ることに関して念入りに言葉を選んで命令された。命令が曖昧だったり、どうとでも取れるような言葉だったりしないように注意が払われていると感じた。
どうやら、この隷属の首輪とかいう魔道具はかなり精密なものみたいだ。
私が男から細かい命令をされながら探った感じでは、例えば、秘密を漏らしたという状態は、実際に秘密がバレたかどうかより私自身が秘密を漏らしてしまったと認識したときなんだと思う。つまり、私自身が命令に逆らった、主人に害をなそうとした、そう認識したときに効果が発動するのだ。まあ、そうでなくては、魔道具だって判断できないだろう。
それでも、私がいくら考えても、私が死を免れつつ今起こっていることを他の人に伝えることは不可能だ。
それに、もし人殺しとかを命じられたら・・・私はどうしたらいいのだろう?
幸い最後に私が命じられたのは、人殺しとかではなく、フードの付いた白いローブを身に纏い神の使いだという聖女として人々を癒すことだった。
「聖女として人々を治療するという命令には従います。でも、もし納得できないことを、人殺しとかを、命令されれば、従いません」
「強気だな。大したものだ。だが逆らえば死んでしまうのだぞ。まだ信じてないのか?」
「あんな苦しい思いをして死にかけたんですから、首輪の効果については信じています。それでも従えない命令だってあります。覚悟はできています」
これは嘘だ。死ぬ覚悟なんかそんなに簡単にできるわけがない。でもそうでも言っておかないと何を命令されるか分からない。
それに、この男は何かに私を利用としようとしていて、さっきも私が死んでしまうことを本気で心配していた。だから、弱気なとこを見せるわけにはいかない。
ああー、ハルに会えるどころか、ドンドン悪い方に転がり落ちている。とうとうこんな男に騙されて隷属にさせられてしまった・・・。
私はあのときのことを思い出す。
あのときハルは、クレアさんにしがみついて私を助けようとした。でも私は思わずあの魔法陣に飛び込んでしまった。
ハルと離れたくなかった。
ハルの意志を無視した罰が当たったのだろうか?
今さら後悔しても遅い。あのときはどうしてもハルに付いていきたかった。
「納得できない命令に従うよりは死を選ぶか。フッ・・・だが安心しろ。さっきも言った通り、とりあえずお前にしてもらいたいのは聖女として人々を治療し癒すことだ。これなら優しいお前とて問題はないだろう」
こうして私は神聖シズカイ教国の聖女となった。
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