4-2(聖都シズカディア).
聖都シズカディアが近づくにつれ、町や村を頻繁に見かけるようになった。町や村の周りには畑や牧場もある。聖都への食料供給を担っているのだろう。この辺りは聖都シズカディアから見てイデラ大樹海と反対側になるので、比較的広い範囲に人の生活圏が広がっている。
神聖シズカイ教国はギネリア王国の西隣にあり、その南側はイデラ大樹海だ。
ヨルグルンド大陸の南端にそびえるアガイデラ山脈の麓に広がるイデラ大樹海。僕とクレアが転移したその深層はこの世界で最も危険な場所だ。そのイデラ大樹海の北側には東から順番にキュロス王国、ギネリア王国、神聖シズカイ教国と人族の国が並んでいる。
僕とクレアはギネリア王国の王都ネリアから一週間かけて神聖シズカイ教国に入り、さらに一週間かけて聖都シズカディアが目前のところまで来ている。いつもながらプニプニは大活躍だ。ときどきは僕たちはプニプニを降りて歩いたりしているが、やはり魔物であるプニプニの体力はすごい。元の世界の馬とは比べ物にならない。
ユイと大賢者シズカイが似ているという理由だけで神聖シズカイ教国に来てみたが、全く当てもないので、情報収集なら聖都だろうと聖都シズカディアを目指している。
シズカディアとはシズカイ様の都といったような意味らしい。魔王を倒した勇者アレクは、大賢者シズカイの遺体と共にこの地を訪れた。そしてシズカイを埋葬した後は勇者としての活動もせず、この地に隠遁したと伝えられている。
ヨルグルンド大陸よりさらに北にあるゴアギール地域から、勇者アレクはどうやってここまで移動したのだろうか? 僕はタイラ村のことを思い出す。やはり失われた文明の遺物、転移魔法陣が関係しているとしか思えない。
前方に見える小さな丘のように盛り上がった影がどんどん大きくなる。やがて、それが城壁に囲まれた街だと認識できるようになった。
聖都シズカディアだ。
近づくとその姿はどんどん大きくなる。シズカディアは聖都にふさわしい威容を誇っている。近くまで来るとよく分かるが城壁の周りにも巨大な街が広がっている。
城壁の周りに広がる街には、特に検問のようなものもなく普通に入ることができた。二人一組で見回っているらしい白っぽい鎧を着た騎士を見かけたが、特に何も言われることは無かった。
さらに進むと城壁の中に入るための巨大な門があり、その前ではさすがに検問が行われているようで、かなりの人が列をなしている。僕とクレアもその列に並ぶ。事前に聞いた限りでは冒険者証があれば問題ないはずだ。
改めて思うけど、冒険者ギルドっていう組織は凄い!
ルヴェリウス王国を遠く離れたこの辺りでも冒険者証の信用力は絶大だ。冒険者ギルドの幹部は元S級やSS級冒険者が務めているという噂もあるが、真偽は不明だ。
この世界で冒険者は必要とされている。魔物を討伐し貴重な魔物の素材を供給してくれる冒険者、特に高位の冒険者は尊敬されている。家を継がない貴族の子弟が冒険者になることも珍しくない。もちろん貴族の子弟なら冒険者になるより騎士になる者のほうが多いだろう。だけど、自由な冒険者を好むものも少なくない。ユイが所属していた『聖なる血の絆』も貴族の子弟で構成されているパーティーだった。
僕たちの順番がやって来た。
やっぱり冒険者証を見せるだけでなんの問題もなかった。冒険者証に魔力を通すと必要な情報が表示される。他人には使えない。
僕とクレアはB級冒険者だが、B級というのは一握りの高位冒険者の入口といえるランクだ。僕たちの年齢でB級になっている者は珍しいというかまずいない。優秀な冒険者は基本的にどの国でも歓迎される。
僕とクレアはいつものように冒険者ランクに驚かれた後、簡単な荷物のチェックだけで門を通された。
荷物のチェックも形式的なものだ。プニプニに積んでいるのは正直に魔物の素材だと答えた。これは事実だ。イデラ大樹海の探層で得た魔物の素材はアイテムボックスの中だ。
ちなみにアイテムボックスの中身を検査されることはないし検査する方法もない。そもそも持っていること自体が分からない。この辺りはしょうがないとも、杜撰だともいえるが、これまで訪れたどの国でもそうだった。まあ、アイテムボックスを持っているのは冒険者なら普通はA級以上だから、ある程度は信用できると考えられているのかもしれない。
僕とクレアは、事前に検問していた騎士に尋ねていたので真っすぐに冒険者ギルドに向かうことができた。冒険者ギルドは思った以上に大きかった。これまで見た冒険者ギルドの中では王都ルヴェンのそれの次に大きいだろう。
聖都シズカディアは国のやや南に位置しているのでイデラ大樹海から比較的近い。後から聞いた話では、多くの冒険者がシズカディアを拠点として活動している。そのためこの街は、聖都であると同時に冒険者の街でもあり、冒険者ギルドもそれにふさわしい規模を誇っている。
冒険者ギルドでは、僕たちがB級であることを驚かれた以外は、おなじみのイベントもなかった。冒険者ギルドで旅の冒険者だと言っておすすめの宿を尋ねる。B級の冒険者証はここでも威力を発揮し有望な若手冒険者だと判断されたようで親切にされた。教えてもらった宿の中から比較的、冒険者ギルドの近いところに宿をとると、プニプニを預けて夕食の時間に冒険者ギルドに戻る。いつも通り、冒険者ギルドに隣接している食堂兼酒場で情報収集するためだ。
そして僕たちは、早くもユイの消息に繋がる衝撃的な情報を得た。なんと、そこは最近現れたという聖女様の噂で溢れていたのだ。
「やはり聖女様の話ばかりですね」
「そうだね」
僕はなんとか平静を保っているフリをしながらそう答えた。
クレアと食事をしながら周りの冒険者たちの会話に耳を傾ける。
今とにかく話題になっているのは聖女様のことだ。大賢者シズカイは、この国では黒髪の聖女とも呼ばれている。この国で信仰されているシズカイ教では神の使いでもある。そして国の危機には聖女様が現れ救いがあると言うのが大雑把なシズカイ教の教えである。
1ヵ月ほど前にその聖女様が現れたと教会から発表されたらしいのだ。聖女の顕現・・・シズカイ教を信じるこの国で話題にならないほうがおかしいだろう。
それよりも聖女が現れて1ヶ月だ。ユイがジークフリートさんのところから消えた時期と辻褄が合う。
「やはり聖女様はユイ様なのでしょうか」
「間違いない気がするね」
この国に来たのはやはり正解だった。
とにかく冷静にならなければ。僕は逸る気持ちを抑えて、これからのことを考える。
「そもそも初代勇者アレクも大賢者シズカイも僕やユイと同じ異世界人だろうから、ある意味ユイが聖女っていうのは間違いじゃない」
ルヴェリウス王国で見た書物の挿絵からみてアレクもシズカイもたぶん日本人だ。
「この辺りでは、ハル様のような異世界人のことは知られていないのでしょうか」
「そうかもしれない。ここは、今でも魔族と戦っているルヴェリウス王国とはあまりにも離れている」
この世界には、電波による通信とかもないし初代勇者の時代からこれだけ時間が経てば、魔族との戦いとは関係のないこの辺りで異世界召喚の情報が正確には伝わっていないとしても無理もない。
「でも、なぜシズカイ様なんでしょうか?」
「クレア、それはどういう意味?」
「はい。この国では大賢者シズカイが黒髪の聖女として信仰されているようです。でも私が知っている初代勇者アレクたちの物語では、魔王ベラゴスを倒した勇者アレクは、魔王との戦いの最中に亡くなった大賢者シズカイの亡骸とともにヨルグルンド大陸の最南端、今では神聖シズカイ教国のあるこの地に隠遁したとされています」
「うん。ルヴェリウス王国で読んだ本にもそう書いてあった。この国でもそう伝わってるんじゃないの?」
「私、実は前から疑問に思っていたんです。大賢者シズカイは遺体でこの地を訪れたんですよね。この地ですごい回復魔法なんか披露できたはずなんてないのにどうして神の使いとして信仰されるようになったのでしょうか?」
「なるほど。言われてみれば確かに。もしかしたら勇者アレクがこの地で大賢者シズカイの素晴らしさ、その能力や容姿なんかも伝えたのかな」
僕の推測を聞いたをクレアは、ハッとしたような顔した。
「なるほど。ハル様、それですよ。ええ、そうに違いありません。勇者アレクは愛するシズカイのことを何度も何度も語ったんですよ。それに、この場所は世界で最も危険なイデラ大樹海に近いです。勇者アレクは隠遁したとはいえ、魔物を討伐したりしてこの地に少しは貢献したのではないでしょうか?」
「そんな勇者アレクがシズカイの素晴らしさを繰り返し語った」
「ええ、そして年月が経ち、シズカイは神の使いである黒髪の聖女になったんです。勇者アレクの思いがシズカイ様を聖女にしたとすれば、とてもロマンチックです」
ロマンチックか・・・クレアの新しい面を見た。
シズカイを神の使いにまでするほど、シズカイのことを大切に思っていた。そんなアレクの気持ちを考えると、僕はロマンチックというより、ちょっと悲しい気がした。まあ、本当のところは分からない。
クレアを見ると、黙って考え込んでいる。
「クレア」
「あ、ハル様」
「クレア、僕たちがこの世界に忘れらない爪痕を残すのはこれからだ」
「ハル様・・・」
クレアがきょとんとした顔で僕を見ている。
思わず言ってしまったけど的外れだったようだ。ちょっと恥ずかしい。
「すみません。話がそれてしまいました。とにかく、今のこの国で異世界召喚のことが正確には知られていないとすると・・・」
「うん。勇者アレク以降、ゴアギール地域やルヴェリウス王国からも離れたこの国に異世界人が訪れたことがないとすれば、ユイがこの国で信仰されている黒髪の聖女だと思われてもおかしくない」
おかしくないというか、現れた時期からして間違いないだろう。
「だとすると、なぜユイ様は聖女様のフリをしているのでしょうか?」
問題はそれだ。ジークフリートさんのところに残された不自然な手紙からして、ユイが、ユイの意志でなく行動しているように見える。
聖女がユイだとして、なぜユイがそれを受け入れているのか?
ルヴェリウス王国は関係ない。ユイをこの国の聖女にする理由がない。
「とにかく、それを確かめよう」
「はい」
その後も周りの会話に耳を傾ける。
話題は聖女様のことばかりだ。聖女様の出現を喜ぶ者、聖女様が出現したと言うことは国の危機が近いのではないかと心配する者、本当に聖女様なのかと疑う者、多くの人たちが少し熱に浮かれたように聖女様の話をしている。
考えてみれば、いきなりキリストのような存在が現れたようなものだ。当然の反応といえる。ただ、この世界には魔法があり魔物がいて失われた文明の遺物なども存在する。元居た世界で神様が現れたなんていうよりは受け入れ易いかもしれない。
「明日は神殿に行ってみよう」
「はい」
聖女様は神殿で定期的に怪我人や病人を治療しているらしいので、とりあえず見に行ってみるしかない。
ユイの姿を一年以上ぶりに目にできると思うと動機が早まるのを抑えられない。いろいろと謎が多いから喜んでばかりはいられないとは分かってはいるけど、こればかりはどうしようもない。




