3-30(コウキ).
ここは俺たち専用の建物にある会議室と呼ばれている部屋だ。今は俺とクラネス王女の二人しかいない。俺がクラネス王女に話があると言ってここに連れてきたからだ。クラネス王女は特に質問もすることなく俺に付いてきた。
だが俺はまだ迷っている。王国の中に誰か協力者が欲しい。その一番の候補は目の前のクラネス王女だ。
だが、上手くいかなかったら・・・。
これまでの言動から上手くいくはずだと思って呼び出したのだが・・・。とりあえず愛でも囁いて、もう少し親しくなってからにしたほうがいいのか。
「コウキ様、何か話があるんでしょう?」
クラネス王女は俺の顔を覗き込むようして尋ねてきた。気のせいかいつもより距離が近い。
「いや、その、クラネス王女は今日も綺麗だなと思って」
俺は、戸惑って馬鹿なことを口にしてしまった。
「フフ、ありがとう。でもコウキ様、いえコウキ、迷うことはないわ」
クラネス王女の顔を見ると、いつも通り造り物のように美しいが、何か妖艶さが加わっているようにも見える。明らかにいつもと様子が違う。俺が、いつもとは違う話をしようと決心して呼び出したことが分かっている様子だ。考えてみれば、こんな方法で二人だけになったのだから、あたりまえだ。やはり、俺は焦っているようだ。
「私ね、第三王女なの」
クラネス王女は唐突にそう言った。
「それは知っています」
「第三王女ってね。政略結婚の道具くらにしかならないの。しかもお父様ってね。とっても性格が悪いの。もともと自分以外を道具くらいにしか思っていない性格なの」
どうしたっていうんだ。今日のクラネス王女は・・・。口調までいつもと違う。
「私のお母様は第三王妃なの。なんか三に縁があっておかしいわね。それでお母様はもともと別の人の奥さんだったのよ。お父様がね。それを強引に奪ったの。私お母様似なのよ。コウキには関係ない話だったわね。変な話をしてごめんなさい」
「いや・・・」
俺が黙っているとクラネス王女がまた口を開いた。
「コウキ、私にしてほしいことがあるんでしょう?」
クラネス王女はさっきから俺のことを親しげに呼び捨てにしている。いつもは俺たち異世界人のこと様付けで呼んでいるのに。
「クラネス王女、僕は、いや俺は、俺たちの召喚に関していろいろ疑問を持っています」
「クラネスって呼んで」
「じゃあ、クラネス、俺は情報がほしい。本当のことが知りたいんです」
「それで、私に協力してほしいのね」
「はい」
クラネス王女、いやクラネスは少し間をおくと「とうとう4人になっちゃたものね」と言った。
4人、最初は9人だったのに・・・。だが、まだ全員が・・・。いや、今はそのことより・・・。
「それで協力してくれるのか?」
「もちろんよ。最初からそのつもりだもの。コウキがなかなか決心してくれないから待ちくたびれちゃったわ」
最初からそのつもり・・・。
「私、お父様が嫌いなの。お母様もお父様が嫌い。だからお父様の子である私のこともお母様は嫌いなの。それに、アルフレッドお兄様やエリザベスお姉様のことだってあまり好きではないわ」
アルフレッドは王太子でエリザベスとは第一王女のことだ。二人とも正妃の子供だ。他にも第二妃の子供たちがいる。クラネスはクラネス自身の言葉通り第三妃の娘だ。
俺は黙ってクラネスの話を聞いている。
「コウキごめんなさい。第三王女の私には異世界召喚魔法のことはあまり詳しく知らされていないの。でも私だって馬鹿じゃないわ。私に知らされてない秘密があることには気がついている。コウキも何かに気付いたのでしょう?」
「そうだ」
「しかも最初から」
「・・・」
「だってコウキって、とっても頭が良さそうなのに、最初からずいぶんもの分かりが良かったもの」
クラネスがこんな性格だったとは・・・。
俺もまだまだ人を見る目がない。
「どうしたの? 私が思ってたのと違った性格でがっかりしたの?」
「いや、話が早くて助かっている」
「そう、それなら良かった」
どうやら、俺は王宮の中に協力者を得られそうだ。しかも思った以上の切れ者の協力者を。
「これからは私がコウキにアドヴァイスしてあげるわ。誰が味方になりそうで誰が敵かをね。私もいろいろ調べてみる」
「それは助かる」
俺の希望通りになった。ちょっと予定とは違ったが・・・。
「それで最初のアドヴァイスだけど、異世界召喚魔法について知りたければルクニールを脅してみたらどうかしら」
「ルクニール・・・。ああ、魔導技術研究所の助手か」
気の弱そうな奴で、俺も攻めるのならあいつかと候補に考えていた男だ。
「ええ、研究所のNO.2で、いつも異世界人関係の会議には所長のバラクと一緒に呼ばれているわ」
「なるほど、それならいろいろと知ってそうだな」
「ええ、それにルクニールはとっても臆病だし、私のお父様をとても恐れている。ルクニールの友人がね、お父様にちょっと逆らって捕まったことがあるの。大したことじゃなかったのにね。ちょっと文句を言ってたのを密告したやつがいたの。牢屋に入れられちゃって、すぐ死んじゃったの。酷いでしょう」
「グノイス王はそれを知っているのか?」
「知らないでしょうね。ルクニールの学生時代の友人が誰かなんて、お父様は気にもしてないでしょう」
「クラネスは、なぜそれを?」
「私は、お父様の弱点になりそうなことをいつも調べているの。それに協力者もいる。お父様は敵も多いし。お母様の前の夫の貴族とかね」
そうだったのか。やっぱり俺はこれ以上ない協力者を見つけたようだ。
「分かった。ルクニールとかいうやつなら臆病だし、脅して情報を得ても、王を恐れているからそれをバラす危険も少ない」
「ええ、コウキは勇者だし、ちょっとその力を見せつけて脅せば大丈夫よ。私も協力するわ。ルクニールが、それを漏らす心配もない。だって実際に漏らしたら、お父様は聞くだけ聞いて情報を漏らしたルクニールを殺すわ。ルクニールもそれを知っている。お父様の残虐さが裏目に出るってことね」
「なるほど」
クラネスは前からいろいろ考えて調べていたようだ。
「私ね、チャンスだと思ったの。コウキたちが召喚されて、鑑定魔法を使える私は、コウキたちに関われるようになった。それに私って美人でしょう? お父様が私に何を期待しているかはすぐに分かった。だからこれを利用してやろうと思ったのよ。お父様は私を勇者であるコウキをこの国に引き留める駒の一つとしか思ってない。それなら私とコウキが親しくしても疑われないでしょう?」
そこでクラネスは俺にグイッと近づいて耳元で囁いた。
「私ね。王妃になりたいの」
俺は思わず笑みを浮かべた。
「奇遇だな。俺はこの国の王になろうと思っていた」
そう、俺はこの国の王になって、異世界召喚に関わっていた奴らに相応の罰を与えようと決心していた。勇者が王になる。物語の中ならそんなにおかしな話ではない。
しかもクラネスの話によると、グノイス王はどうやら恐怖政治でこの国を治めているようだ。それなら、一定の反対勢力だってあるだろう。恐怖政治からこの国を解放する。
勇者にふさわしい仕事だ!
しばらくの沈黙のあとクラネスは「ねえ、私たちって、どっちがどっちを利用しているのかしら」と言って笑った。
「さあな、どっちでもいい」
「そうね、どっちでもいい。それと私のことは、他の異世界人には秘密にしてね」
「分かった」
秘密は知るものが少ないほうがいい。
ルクニールからの情報収集が上手くいったら、全員にルヴェリウス王国のことは、例の校章のことも含めて相談するつもりだ。だが、クラネスが協力者になったことは、クラネスの言う通り、しばらくは秘密にしておこう。皆を必要以上に危険に晒す必要はない。
「ねえコウキ、ここは二人には広すぎてなんか落ち着かないわ。そうだ、コウキの部屋へ行きましょう。今日は訓練がお休みの日だし、いいでしょう?」




