3-29(微かな手掛かり).
とりあえず宿をとった僕たちは、部屋で今後どうするかを考えていた。
ユイが生きていることが確認できたし、ジークフリートさんの妻になっていないことも分かった。これはすごくいいことだ。だけど、またユイの居場所が分からなくなってしまった。
「ジークフリートさんには、ああは言ったけど、どこを探せばいいか全く分からない」
「そうですね。ユイ様がいなくなった理由が分かれば、どこを探せばいいかも分かると思うのですが」
「クレアの言う通りだよ。いなくなった理由が分からない。でもユイの意志でいなくなったのではないとすると、ユイを攫う理由があるのはやっぱりルヴェリウス王国絡みなのかな」
ユイがジークフリートさんの奥さんにはなっていないことが分かって、自分勝手に喜んでいた僕は、今の状況が想像以上に悪いかもしれないことに気がついて、今更ながらにユイのことが心配になってきた。
本当にいつまで経っても成長しないと我ながら嫌になる。
「それなら、ここから北の方の国へ行ってみますか?」
「そうだね。キュロス王国へ戻るのは可能性が低そうだし。北っていうと中央諸国と呼ばれる小国がたくさんあるんだっけ」
「はい。そのさらに北がガルディア帝国です。ガルディア帝国は大陸西側最大の国です。その領土は大陸西側の中央部から北部に亘っています」
ガルディア帝国はクレアの故郷であり、クレアをスパイとしてルヴェリウス王国へ送り込んだ国だ。
「ガルディア帝国を越えればルヴェリウス王国の南側に着きますね」
「ルヴェリウス王国の南側。ヨルグルンド大陸側か」
「はい」
クラスメイトたちがいる王都ルヴェンは北側、シデイア大陸側にある。
「やっぱり、北へ向かおうか。徐々にルヴェリウス王国にも近づくし」
あのおかしな手紙が無理に書かされたとすると。ユイに無理に手紙を書かすことができる存在・・・。やはりルヴェリウス王国絡みなのだろうか。
あー、すごく心配になってきた。
ジークフリートさんにルヴェリウス王国のことを伝えるべきだったかもしれない。あのときはユイがジークフリートさんの奥さんになっていなかった喜びで、ことの重大性を理解できてなかったみたいだ。
「やはり、ルヴェリウス王国が関係しているのでしょうか」
確かにその可能性が高そうなんだけど・・・何かしっくりこないとこがある。
「ハル様は、ルヴェリウス王国と無関係と考えているのですか?」
僕が何も答えないのでクレアがそう尋ねてきた。
「ここはヨルグルンド大陸でも、南の端と言っていい国でルヴェリウス王国からはあまりに遠い。転移魔法陣で転移したからこそ来れたような場所だよ。ルヴェリウス王国がこんな所まで探しにくるのかな。それともこの近くに転移できる魔法陣でも持っているのか」
タイラ村の人たちのことを考えるとその可能性がないとは言えない。でも・・・。
「もし転移魔法陣ですぐ来れるのなら、もっと早く探しに来ますよね。あ、そもそもハル様と私それにユイ様がこの辺り転移したこと自体が分かるはずがありませんね」
「うん。それもある。さすがに国だから他の国の協力も得られれば探せるのかもしれないけど。でもルヴェリウス王国は僕たちのことを他の国には秘密にしたいはずだし、そもそも普通は僕たちは死んだと思われているんじゃないかな。何より、僕とユイは黒髪黒目という結構目立つ特徴があるのにこれまでの間、ルヴェリウス王国の影を感じることは全くなかった」
「そうですね。ハル様もユイ様もお互いを探していることは隠していなかった。いえ、むしろ積極的に探していたのに、ルヴェリウス王国がハル様たちを探しているような気配は何もなかったです」
「それに・・・もしルヴェリウス王国がユイを見つけたとして誘拐なんて手段をとるものなのかな。普通にユイに接触してクラスメイトのいるルヴェリウス王国に連れ帰ればいいと思う。ユイだって1年以上僕が見つからない以上、クラスメイトたちのところへ帰る選択は悪くないんじゃないかな。特に王国が僕も探すって言えば」
クレアは僕の言ったこと聞いて黙って考えている
「私がユイ様の立場だったら、たぶんハル様の言った通りにすると思います」
結局いくら考えても、これはという考えは浮かんでこなかった。とりあえず北へ向かう以外になさそうだ。その日は急いで旅してきたこともあり疲れていたので早めに寝ることにした。
★★★
朝起きると、ユイが危険に晒されているかもしれないのに、ユイがジークフリートさんの奥さんではないこと知って、昨日の朝よりはすっきりした目覚めだと気がついて、僕は自己嫌悪に陥った。それにベッドは二つとはいえ、相変わらずクレアとは同室だ。やっぱり僕は・・・。
気を取り直した僕はクレアと一緒に朝食を食べるために部屋を出た。
部屋を出た瞬間、「キャー!」と言う声とともに僕にぶつかってきたのは、小学校低学年くらいの女の子だ。
チリーン。
「あ、ごめん。大丈夫」
「こちらこそ、すみません。リディアも謝りなさい」
倒れた女の子を助け起こしたのは母親だろう。
「ごめんなさい」
「ううん、こっちこそごめんね」
「はい。これ」
クレアが拾って女の子に差し出したのは、小さなペンダントのようなものだった。
「ありがとう!」
鎖が切れて壊れたのかもと心配したけど、留め金が外れただけで壊れたわけではなさそうで、明らかに母親もほっとしていた。
「高いものではないのですけど、この子が気に入っていたものですから」
僕が見ているのに気がついたのか母親が言い訳するようにそう言った。
「壊れたんじゃなさそうで良かったです」
ペンダントには可愛らしい熊が描かれていた。月に向かって吠えているのだろうか?
月か、本当にユイはどこに行ってしまったんだろう?
それにしてもペンダントか。
うん?
そういえば、ペンダントのことで何か引っかかっていたような・・・。
「・・・ク、クレア」
「ハル様、どうかしましたか」
「ペンダントだ。ペンダントだよ。神聖シズカイ教国に行ってみよう」
「神聖シズカイ教国?」
「うん。確か西隣の国だよね。そんなに遠くないはずだ」
「ええ、そうですけど・・・」
キュロス王国からギネリア王国に来る途中で出会った商人、確かウッドバルトさんだっけか。最近国が開かれてきたおかげでキュロス王国まで商売に行ってきた帰りだと言ってた。三重月のことも教えてくれた。
ウッドバルトさんは、多くの国が創生の神イリスを信仰する中、大賢者シズカイを信仰する国である神聖シズカイ教国の出身だ。そしてウッドバルトさんがしていたペンダントだ。あのペンダントには大賢者シズカイが描かれていた。黒髪でとても美しい女性だった。
そうだ、あのペンダントに描かれていたシズカイ様の絵はユイによく似ていた。いや、今考えると瓜二つといってもいい。それが僕の頭の片隅に残っていた。
それにあのときウッドバルトさんはこうも言っていた。神聖シズカイ教国では大賢者シズカイは黒髪の聖女と呼ばれていると。
そしてジークフリートさんのパーティーに加わったユイは、おそらくそのすごい聖属性魔法もせいもあって、黒髪の聖女と呼ばれ有名になっていた。
大賢者シズカイとユイが似ているから、同じように黒髪の聖女と呼ばれているから、だからユイが神聖シズカイ教国にいるという根拠にはならない。
でも何か勘のようなものが僕に神聖シズカイ教国へ行けと囁いている。
そもそも他になんの手掛かりもないのだ。通常の情報収集ならジークフリートさんがやってくれているだろう。
とにかく、行ってみよう。
神聖シズカイ教国に。
第4章の舞台は神聖シズカイ教国です。
あと4話ほど、恒例?のユウト編などを含む他の登場人物視点の話を挟んで、いよいよ作者が過度?に宣伝している第4章に入る予定です。
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