1-9.
アカネちゃんとの模擬戦の後、かなり落ち込んだ。でも落ち込んでばかりもいられないと気を取り直して色々と考えてみた。その結果、ちょっと思いついたことがあってセイシェルさんに相談してみた。
炎盾をもっと小さく発生させて、相手が剣で攻撃してくる場所だけをガードすれば、もう少し魔力も少なくて済み速く発動できるのではと思いついた。炎盾は中級炎属性魔法だが、盾と言うより炎の壁のようなものが僕の前に現れる。剣を弾くだけならもう少し小さくても良いような気がしたのだ。そうすればもっと速く発動できてしかも魔力の減りも少なくて済むのではないだろうか?
「なるほど。面白いすね。より大きくというのはみんなが目指すところですが、より小さくですか・・・。こんな感じですかね」
「氷盾!」
セイシェルさんの前に円形の小さな氷の盾が浮かび上がる。
セイシェルさんは、炎属性の魔法は使えないので水属性魔法である氷盾でやって見せてくれたのだ。
「これは、とっさに相手の攻撃を受をけるために、たまに後衛職が使う魔法です。後衛職がこれを使わないといけない場面にはあまりならないほうがいいのですが、どうしても後衛職への攻撃を前衛職が防ぎきれない場合など、とっさの場面に使います。普通の氷盾より小さく発動させることにより守れる範囲は狭まる代わりに素早く発動できます。その分消費する魔力も少ないです」
「そう、それです! 僕は炎属性しか使えませんから、これと同じことを炎属性でやればいいってことですね?」
「そういうことですね」
「これをものすごく速く次々と発動させるなんてことはできるものでしょうか?」
「ものすごく速くってどのくらいですか?」
「近接職の攻撃速度に負けないくらいに・・・です」
「なるほど、さっきの模擬戦から思いついたのですね。面白い発想です」
「見てたんですね」
ちょっと恥ずかしい。
「ええ、正直ずいぶん粘るなと感心してました。確かに、炎盾を、できるだけ小さい範囲に必要最小限の強度で発生させれば通常より速く発動できます。魔法というのは、より範囲を広くより威力を高めようとすると発動までの時間も長くなります」
「逆もまた真というわけですね」
「その通りです。実際、黄金の組み合わせと呼ばれている剣士が風属性魔法を補助に使う場合なんかはかなりのスピードで風属性魔法を使っています。ただあれは初級より下の・・・まあ、強めの生活魔法程度で足りるのでハルくんの場合と一緒にはできません。正直、初級や中級の魔法を一流の剣士の攻撃より早く発動するのはかなり難しいと思います。ある程度予想しておけば最初の何発かを受けることはできるかもしれませんが、常時使うとなると相当な技術が必要です。ただ、初級魔法を補助に使う剣士がいると聞いたことはありますから不可能ではないでしょう」
そうか、初級魔法を補助に使う剣士がいるのか。それはそうだろう。僕が思いつく程度のことをこの世界の人が考えないはずがない。それでもセシェルさんが聞いたことがある程度なのだからかなり難しいのだろう。そうでなければもっと多くの剣士が同じような戦い方をしているはずだ。だが、僕はこの世界の人ではない異世界人だ。異世界人は特別な力を持っている。
「難しそうですね。でもやってみたいです。それと、例えば中級の魔法でも魔力さえ多く溜めれば上級魔法みたいな威力を出せたりできるのでしょうか?」
「魔力をたくさん溜めれば、より強くなるのは事実ですが残念ながらいくらでもってわけには行きません。魔法にはいくら魔力を溜めようとしても固有の魔法ごとに決まった限界があります。またその魔法を発動できる最低限の魔力量も決まってますね。その範囲内においては、より魔力を溜めたほうが効果範囲や威力は高まります。ただ、あくまでその範囲内でなので中級で上級を超えるのは無理ですね」
「えっと、それぞれの魔法には、その魔法を使うのに必要な最低限の魔力の量と溜められる最大限の魔力の量がある。同じ魔法でもその範囲内において効果範囲や威力をコントロール出来る。これで合ってますか?」
「その通りです。理解が早くて助かります」
効果範囲を小さくする代わりに威力の方を上げたり逆に威力を犠牲して広範囲に発動したりする。
威力も効果範囲も控えめにしてその代わりに最少限の魔力で速く発動する。
すべての面で上級魔法を上回ることはできないとしても、例えばすごく効果範囲を狭くして、威力の方だけは上級魔法に近づけるとか。そんなことができるのではないだろうか?
とにかく魔力を溜める時間を短縮する。要するに魔法の発動をより速くする。その上で威力や効果範囲をより精密にコントロールする。
うん。これだ!
なんとなく、僕の目指すとこが見えてきたような気がする。今日のセイシェルさんとの訓練から得られたものは大きかった。これからはセイシェルさんのことを師匠と呼ぼう。尊敬する師匠だ。
「セイシェル師匠、色々教えて頂いてありがとうございます」
「まあ、教えるのが仕事ですから、それにしても、ハルくんは興味深いですね。近接戦闘しながら、必要最小限の範囲と威力でものすごく速く魔法を発動する・・・ですね。面白い発想です。私も勉強になりましたよ」
セイシェル師匠は、僕が師匠と呼んだことは華麗にスルーしていつもの穏やかな表情で答えてくれた。
「いえー、師匠にそう言われると照れます。師匠は魔導士で、剣士じゃありませんから」
「それじゃあ、さっそく炎盾を試してみて下さい」
その後、とにかく素早く魔法を発動すること、そして効果範囲や威力・・・防御魔法の場合は強度だ・・・を精密にコントロールする練習を続けた。
練習が終わった後、火属性の魔法である炎盾に物理的な防御力があることについてセイシェル師匠の見解を聞いてみた。
「魔法や魔道具、それに魔法陣などについては各国で研究されていますが、まだ分かっていないことも多いのです。そもそも魔道具や魔法陣は失われた文明から引き継いだものですしね。失われた文明と言うのは、講義でも説明しましたけど、魔導技術が進んだ古代文明のことです。その遺物は現在の魔導技術の発展に役立っています。皆さんが魔法を覚えるのに使った魔導書ももとはといえば失われた文明の遺物です。まあ、それについてはまた次の機会にするとして、さっきの質問ですけど、正直はっきりしたことは分かっていません。ですが、一般的にはこんなふうに考えられています。例えば違う属性でもよく似た種類の魔法があります。今日練習した炎盾と氷盾もそうです。ほかにも炎弾、氷弾、岩石弾などがよく似ています。これらは本質的には同じ種類の魔法現象だと考えられています。要するに同じ魔法現象にそれぞれの属性が付与されたものではないかと考えられているのです」
「もともと、物理的な防御力の備わっている魔法現象にそれぞれの属性が付与されたものですか・・・。なるほど、それなら炎盾、氷盾、岩盾などに同じ物理的な防御力があってもおかしくない気がしますね。例えば火属性であれば同じ現象に熱いとか、モノを燃やすとか、火属性の持つ特徴が付与されている。そう考えたらいいのですね」
「そういうことですね。ただし、もっとも一般的な説というだけですべてが解明されているわけではありません。それに同じ魔法現象に属性が付与されたとの考え方では説明できない魔法が少なからずあるのも事実です」
魔法についてはこの世界の人たちにもわからないことが多いみたいだ。でもいろいろと研究されており、セイシェルさんたちが魔導技術と呼んでいるものは確実に進歩していると感じられる。まさに隣の建物である魔導技術研究所はそういった施設の一つだ。
「そうですか。ありがとうございます。今日はいろいろ勉強になりましたし、目指すべきものが少し見えてきたような気がします」
「お役に立てたなら私もうれしいですよ」
セイシェル師匠はそう言って穏やかな笑みを浮かべた。こうしてみると宮廷騎士団の隊長の地位にいる人には見えない。