3-27(遅かったのか…).
ウッドバルトさん一行と分かれたあと、2日かけてラワドの街まで無事到着した。プニプニに乗っての旅は快適だ。
イデラ大樹海に近い街道を選んだだけあってかなりの頻度で魔物に遭遇したが問題なく討伐できた。イデラ大樹海の経験で自分たちが確実に強くなったと実感する瞬間だ。とはいえ、魔物に遭遇することで確実に時間を取られる。
時間が惜しい。僕はとても焦っている。
ラワドの冒険者ギルドで、テルツに『聖なる血の絆』という貴族の子弟ばかりのパーティーはあることを確認した僕たちは、急ぎテルツに向かった。
僕は自分で思っている以上に気が急いていた。
あたりまえだ、ユイに、とうとうユイに会えるかもしれないのだ!
テルツまでの旅もこれまでと変わりなく魔物との遭遇は多いものの問題はなかった。ラワドとテルツの間も当然最短距離を選択したので、やはり魔物が多い。しかし冒険者も多く思ったより街道は賑わっていた。
通常3日といわれている行程を2日で乗り切った僕たちは、さすがに疲れた様子のプニプニを預け宿を取ると、すぐに冒険者ギルドに向かった。すでに夕食時であり情報収集にはうってつけの時間だ。
「それでユイがね」
え!?
僕たちが冒険者ギルドに入っていくと、いきなり、これまでどうしても聞くことのできなかった「ユイ」と言う単語がいきなり耳に入ってきた。あまりにあっけなくその名前を耳にして、聞き間違えかとも思ったが、間違いない。
僕は心臓が音を立て、体が震えるのを抑えることができなかった。
ああ、ついに・・・ユイ!
「ユイ、なんかB級に昇級したって噂だよ。それで一部では、黒髪の聖女って呼ばれてるらしいよ」
そう話しているのは服装から見ると魔導士と思われる栗色の短めの髪の女の人だ。その栗色の髪の女の人が話かけているのは、同じく魔導士と思われるダークブロンドというのだろうか赤みがかった金髪を肩まで伸ばした女性だ。二人とも僕より年上で20代前半くらいだろうか?
それにしてもユイが黒髪の聖女・・・。
「ユイさんなら、B級どころかA級になってもおかしくないわ。それに、ジークフリートさんのパーティですもの」
あー、やっぱりユイは生きていたんだ。エリルからの情報で信じてはいたけど、こうやってユイの名前を聞くと、うれしいと同時に、心からほっとしてなんか力が抜けていくみたいだ。
と、とにかく、間違いないとは思うが本当に僕の探しているユイなのか確認しなくては。
「あのー、突然すみません。今お二人が話していたユイって人のことを聞かせてほしいんですけど。あ、僕は決して怪しいものではありません。ユイのことをずっと探していて・・・」
怪しいものでないと言いながら、声も震えているし怪しさ満点だ。突然話しかけられた二人の女性は、戸惑ったように僕を見て顔を見合わせている。
僕のことを観察していたダークブロンドの髪の女性が突然何かを思いついたように「ユイと同じ黒い髪・・・それじゃあ、もしかしてあなたが・・・」と話かけたところで、突然後ろから声がした。
「お前が、ハルか?」
振り返ってみると、茶髪の20代後半くらいの男の人とその男の後ろに付き従うようにもう一人男の人がいるのが目に入った。
「な、なんで僕の名前を・・・?」
「ユイから聞いた。ユイは、お前のことをずっと探していたからな」
あー、やっとたどり着いた。僕の探していたユイに。もう間違いない。
「じゃあ、やっぱり皆さんが『聖なる血の絆』の」
「あー、俺がリーダーのオスカーだ。ここにいるのはメンバーのステラ、エミリー、そしてデリクだ」
長い髪の女の人がステラさん、ショートカットの方がエミリーさん、オスカーさんの後ろに控えているのがデリクさんだ。僕とクレアと『聖なる血の絆』のメンバーはお互いに軽く頭を下げ挨拶する。
オスカーと名乗った男の人は、僕を舐めるように見たあと「ふーん、黒髪で、ユイと同じ年くらいで・・・。ユイが言ってた特徴と一致するし間違いないみたいだな。で、そっちの彼女は?」と聞いてきた。
「彼女はクレアです。僕がユイを探すのを手伝ってくれています」
オスカーさんはちょっと考えていたが「ま、いいかー。俺が話さなくてもユイのことはどうせすぐ分かるしな」と言うと、オスカーさんがユイと出会ったときからの話をしてくれた。
オスカーさんは、用事があって訪れていたラワドからテルツに帰る途中、オークの群れと戦っているユイと出会ったと言う。ラワドはここに来る前に立ち寄った東の街だ。オスカーさんはユイをテルツの屋敷に連れ帰り、冒険者をしたいと言うのでオスカーさんのパーティーに誘ったそうだ。ユイはその誘いを承諾し『聖なる血の絆』のメンバーとなった。
ユイは2ヵ月くらいオスカーさんの屋敷に住んで冒険者をしていたが、オスカーさんの反対を押し切って、屋敷を出て冒険者向けの宿を拠点とした。どうもオスカーさんはユイに気があったみたいで警戒したユイが屋敷を出たんだろうと、そのあたりのことも正直に話してくれた。悪い人ではないみたいだ。
オスカーさんの話は続いた。
ユイが入ってパーティーの実績も上がり、もともと貴族の子弟だけで構成されているパーティーとしてそれなりに有名であった『聖なる血の絆』は、新進気鋭のパーティーとしてその名を知られるようになった。
それもあってベツレムで魔物が異常発生したとき、合同討伐隊に誘われ参加することになった。その合同討伐隊にはSS級冒険者であり英雄と呼ばれるジークフリートという人のパーティーも参加していた。
結局、魔物の異常発生の原因は、本来大樹海の最深部にいるはずの伝説級の魔物サイクロプス2体が浅層に迷い込んだためだった。そのサイクロプスをジークフリートさんと一緒に討伐したユイは、ジークフリートさんに誘われ、ジークフリートさんのパーティーに入った。
オスカーさんの話をまとめるとこんな感じだ。
パーティーでとはいえ、あのサイクロプスを2体同時に討伐するとは、やはりSS級冒険者というのは凄い。もちろん賢者であるユイが活躍しただろうことも想像に難くない。
ユイはその英雄ジークフリートさんのパーティーにいる。
ユイがジークフリートさんの誘いに応じたのは有名になって僕に見つけてもらうためらしいと聞いて僕はうれしくなった。実際、オスカーさんの話では、ジークフリートさんのパーティーは有名だからオスカーさんたちに会わなくても、いずれユイのことは僕の耳にも届いただろうとのことだ。
「今、ユイは、その英雄ジークフリートさんのパーティーにいるんですよね? 今そのパーティーはどこにいるんでしょうか?」
「ジークフリートさんは、王都ネリアを拠点にしているから、おそらくそこにいると思うが・・・」
王都ネリアか。
やっとユイに会えそうだ。
長かったけど諦めなくてよかった。
ほんとうにユイに会えるんだ!
「オスカーさん。ありがとうございます。やっとユイに会えそうです!」
僕は思わずオスカーさんの手を両手で握りしめていた。
「ああー」
オスカーさんは、何かまだ言いたいことがありそうな様子だ。
「ハルだったな、お前、ユイの婚約者だったんだろ?」
ユイは僕のことを婚約者と説明していたみたいだ。僕は、ユイにずっとそばにいるって約束した。そうだ、僕は婚約者で間違いない。
「ええ、そうです」
「そうか・・・」
オスカーさんは気まずそうな顔をして僕を見る。
オスカーさんのパーティーの人たちも目を伏せている。
「まあ、いずれ知ることになると思うから言っとくか。ハル、お前ちょっとユイを見つけるのが遅すぎたかもしれない」
遅すぎた?
なんか嫌な予感がする。
「そ、それはどういう意味ですか? 遅すぎたって?」
「ジークフリートさんのパーティーにいる女性はすべてジークフリートさんの奥さんだ。そしてユイもジークフリートさんの妻になったとの噂だ」
ユイが・・・ジークフリートとか言う英雄の・・・妻?
僕は頭の中が真っ白になった。
体が冷たい。血の気が引くとはこのことをいうのだろう。
「ハル様、大丈夫ですか」
気がついたら、クレアが心配そうな顔をして僕を見ていた。
僕はずいぶん長い時間、黙っていたらしい。
「あー、クレア・・・大丈夫。オスカーさんもすみません。それで、ユイがジークフリートさんの妻になったと」
「俺も直接ユイから報告を受けたわけではないが、ジークフリートさんのパーティーは有名だからな。いろいろ噂は入ってくる。ユイは、その、まあ、すごく美人で魔法の腕も確かだから、もっぱらの噂だよ」
「そうですか・・・」
ユイ、そうか、遅かったのか・・・。
「ハル、いい報せでなくて、すまんな」
「いえ、オスカーさん。いろいろ教えて頂いてありがとうございます。それに、ユイが一人で僕を探していたとき、助けてくれたみたいで感謝します。それにユイが生きているって分かったんですからいい知らせです」
とにかくユイは生きていた。生きていたんだから喜ばなくては。
「そうか、なら良かった。まあ、ユイを助けたのは俺も下心があったからだ。そんなに褒められたことでもないさ」
「でも助けてくれた。ありがとうございます」
「・・・ハル、お前いいやつだな」
そのあと僕とクレアはオスカーさんたちと別れて、宿に帰って今後のことを考えることにした。どうやって宿まで帰ったのかあんまり覚えていない。
宿の部屋で、僕はベッドに仰向けになって、じっとしていた。今後のことを考えようとしても、何も浮かんでこなかった。とにかくユイを見つけることしか考えていなかった。まさか、こんなことになるなんて・・・。
もっと早く大樹海を抜けていれば・・・。
最初にキュロス王国でなくて、ギネリア王国に行っていれば・・・。
ユイが生きているのは、うれしいけど・・・うれしいはずだけど・・・でも・・・。
一時は諦めていたユイが生きていたのに、僕は何でこんな気持ちになっているんだろう。もっと喜ばなくっちゃいけないのに。
くそー、ユイが生きていたことをもっと、もっと喜ぶべきなのに、僕は嫌な奴だ。
気がついたら僕は泣いていた。
声も出ず、涙だけが溢れた・・・。
「ハル様・・・私のせいで・・・申し訳ありません」
僕は、上体を起こして、いつの間にか僕のそばに立っていたクレアを見る。
クレアは心配そうに僕を見ている。僕の頬に手を伸ばそうとして躊躇している。
責任を感じているのだろう。
僕は、ベッドの横に立って僕に手を伸ばそうとしているクレアを引き寄せて、声をあげて泣いた。
僕に引き寄せられてベッドに倒れこんできたクレアを抱きしめた。
僕は、子供みたいに大きな声を上げて泣いた。
クレアは僕の頬にそっとさわった後、頭を撫でてくれた。
やがて僕の泣き声は小さくなり、最後はクレアの胸に顔うずめて声を殺して泣いた。
それから3日間僕は、部屋に閉じこもっていた。クレアが部屋に持ってきてくれたパンやスープだけを食べていた。こんな時でもお腹が減るんだなとか関係ないことを考えたりした。僕は本当に情けない奴だ。でも・・・いつまでもこうしているわけには行かない。
僕はどうすべきだろうか?
ユイがジークフリートさんと幸せに暮らしているとして僕が行ったら困るだろうか?
いや、ユイの優しい性格からしたら他人の妻になったとしても、僕のことは心配はしてるだろう。僕が生きていることは知らせたほうがいい。
ただ、やっぱり僕に会うのは気まずいかもしれない。人伝に知らせるか? でも頼むような人もいないし、だいたい人に説明できるような事情でもない。僕としてもユイの元気な顔は確認しておきたい。
あまりのショックで頭が真っ白になっていたが、よく考えてみると、オスカーさんはあくまで噂を聞いただけで直接ユイから聞いたわけじゃない。ユイの性格なら本当に結婚したのならお世話になったオスカーさんたちには一番に報告するんじゃないだろうか?
未練だろうか?
そうかもしれない・・・。
でも、クレアもユイに謝りたいと言っていた。
「クレア、ユイに会いに行くよ」
「ハル様」
うん、やっぱり一度は会っておこう。
「ユイが幸せそうなら祝福するよ」
僕が自惚れているのでなければ、ユイだって僕のことを気にしているはずだ。本当に英雄の妻になっているのなら僕が祝福すればユイの心も軽くなるような気がする。
ユイは何も悪くない。
イデラ大樹海に転移してからもうどのくらい経ったけ?
イデラ大樹海から脱出するのに結局1年近くかかった。そのあともトドスから先に捜索したので、さらに1か月近く費やした。オスカーさんは、ユイがオスカーさんのパーティーにいたのは半年くらいだと言っていたから、ジークフリートさんのパーティーに移ってもう半年以上は過ぎていることになる。
僕は、イデラ大樹海でユイを探して半年くらいで心が折れた。あそこで立ち直ったのは、クレアにユイがもっと安全な場所に転移した可能性もあると諭されたからだ。その後、エリルからユイがキュロス王国とギネリア王国の間あたりに転移した可能性があると教えてもらった。
あのときは、本当にうれしかった。
それに対してユイはたった一人で転移したのだ。僕がどこにいるのか、生きているのか、まったく分からない状態でだ。情報がないから動きまわることもできず冒険者になることを選んだ。冒険者として有名になって僕に見つけてもらうためだ。
だが、1年以上経っても僕は現れなかった。
どんなに不安だっただろう。
まして、ここは日本ではない。異世界なのだ。
そんなとき頼れる人がそばに居たら・・・その人の妻になったとしても、僕がそれを責めることはできない。
それでも、もし噂が間違っていて、ユイが今でも僕のことを待っていたら・・・そんな希望を捨てることはまだできていない。
とにかくユイに会おう。




