3-26(三つの月).
「明日にはお別れですな」
ウッドバルトさんが僕とクレアに声をかけた。
国境のそばの町で宿を取った僕たちは、夕食を終えそれぞれの部屋へ戻る途中だ。廊下の窓からは夜空が見える。
明日僕たちは国境から最も近い街であるラワドを目指す。ギネリア王国の南部には東から西へラワド、テルツ、ベツレムという街が、僕とクレアにはお馴染みのイデラ大樹海に沿って並んでいいる。僕とクレアは直線距離でラワドを目指すのだが、ウッドバルトさんたちはもっと北の街道を通るのだ。直線距離でラワドを目指すと、ずっとイデラ大樹海のそばを通ることになり危険だからだ。
「今日から暫らくは三重月です。特に今夜は真三重月ですね。お互い旅には注意しましょう」
「しん・・・みえつき?」
「ハルさんの国では三重月って言わないのですか?」
この世界には大中小3つの月がある。毎夜3つの月すべてが見えるわけではない。3つの月は様々な組み合わせや位置取りで夜空を彩る。大の月はその大きさといい振る舞いといい元の世界の月によく似ている。3つの月は公転周期が違うだけでなく公転する軌道の傾きもかなり異なるようで、その見え方は様々に変化する。
ウッドバルトさんの説明では夜空に3つの月全部が見えることを三重月と言い、その中でも縦一列に満月が並ぶ場合を真三重月と呼ぶらしい。三重月はおよそ半年毎に見ることができるが、真三重月は13年に1回現れるものと30年に1回現れるものがあり計算はかなり複雑らしい。
うーん、なんだかややこしいけどすべて満月ってことはこの星を挟んですべての月が太陽と真反対に位置するのだろうか? よく分からない。とにかく今日は真三重月なのだ。そしてこれは極めて不吉だと言われている。そのため今日は夜の人通りが少ないのだと言う。
「それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
クレアも僕のとなりで小さく頭を下げる。
改めて外を見るとなるほど西の空にほぼ縦一列に並んで3つの月が浮かんでいる。大中小の順番で満月だ。異世界に来たことを実感する光景だ。
そういえばユイは月が好きだった。ユイに初めてのキスをした日も月が綺麗に見えた。見えたのは僕たちがよく知っている月と同じ大きさのものが一つだったけど。ユイも今同じ月を見ているのだろうか。
「私はあまり月が好きではありません」
「クレア・・・」
「両親がブラックハウンドに殺されたとき、空には月が浮かんでいました。三重月ではありません。大の月だけで・・・きれいな満月でした」
僕は隣にいるクレアを気配を感じながら真三重月を見ている。クレアにかける言葉が見つからない。
「ハル様、私は両親が死んで以来、今が一番楽しいです。すみません。楽しいだなんて不謹慎ですね。何か生きているっていうか充実している。そんな感じです。ハル様は私のせいでユイ様と離れ離れになりイデラ大樹海でも何度も死にかけたのに・・・。酷いですね」
「いや、それはもういいんだ。クレアにも事情があったのは分かってる」
「それでも、簡単に許されることではありません。ハル様の言った通りで、私は常に誰かに依存しその人の言うままに生きてきたのかもしれません。今はそれがハル様なのかも。でも少なくともハル様と一緒にいたい、ハル様を守りたい、一緒に冒険したいという気持ちは私自身のもので間違いありません」
僕もクレアと一緒でよかったと思っている。確かにクレアのせいでこうなった。でもクレアがいなかったらここまで来ることはできなかった。
「クレア、ありがとう」
今度は真三重月ではなくクレアの顔を見ながら言った。
「ハル様・・・」
★★★
私が、ジークのパーティーに入ってもう半年以上が経過した。考えてみると、すでに『聖なる血の絆』にいた期間より長い。
私とジークの距離はずいぶんと縮まり、いやちょっと縮まりすぎて、なんとこないだジークにプロポーズされた。もちろん断ったけど、「その気になるまで待ってる」って言われた。
ジークが私に好意を持ってくれているのは分かっていた。それでもジークは私がハルを見つけることに協力してくれた。励ましてもくれた。でも、半年経ってもSS級冒険者であるジークにさえハルに関するなんの手掛かりも掴むことができなかった。そうした中、ジークからプロポーズされたのだ。ジークもずいぶん迷った末にその言葉を私に告げたようだった。
ジークはいい人だと思う。
エレノアさんたちも優しい。
ジークが私にプロポーズしたことは奥さんたちは知っているみたいだ。だいたいジークさんは奥さんたちに秘密でそういうことをする人ではない。日本とはだいぶ倫理観が違うけど、この世界の常識の中では誠実な人なんだと思う。
屋敷のフランス窓を開けてテラスに出る。テラスから庭を見るとハルに告白したルヴェリウス王国のあの場所を思い出す。あの夜とは違い空には三つの月が見える。もう少しで満月になりそうだ。この世界には3つの月があるが、3つとも見えるのは意外と珍しい。しかもほぼ縦一列に並んでいる。
ハルは今どうしてるんだろう?
私が見ているのと同じ月を見ているだろうか? 私と同じように、ユイも同じ月を見ているだろうか、なーんて思ってくれてるかも。それで、故郷や私を思い出して、春日なる・・・とか呟きそうだ。そう思ったらちょっと笑えてきた。ゴメンねハル。
こないだ昇級試験を無事クリアしてB級の冒険者になった。自慢ではないが、B級の冒険者はC級までとは全然違う。かなり尊敬される存在だ。私の年でB級なら相当なエリートだ。でもみんなは、ユイなら将来はS級、いやSS級にだってなれるなんて言ってくれる。
最近では、私のことを『黒髪の聖女』って呼ぶ人もいるらしい。こないだライラさんが教えてくれた。私は聖属性魔法が一番得意だから、そこから来ているのだろう。確か神聖シズカイ教国で初代勇者アレクの恋人でもあった賢者シズカイのことをそう呼んでいるとシルヴィアさんから聞いた。シズカイ様のことを神の使いとしている神聖シズカイ教国の人が聞いたら不敬だとか言われるんじゃないだろうか? まあ、たぶんシズカイ様も私と同じ日本人で賢者なんだろうけど・・・。
とにかく、英雄ジークフリートのパーティーメンバーである『黒髪の聖女』の宣伝効果は抜群だ。それでも、ハルは私を迎えにきてくれない。ハルと離れ離れになってもう1年以上が過ぎた。この世界に転移してからは1年半以上が過ぎ、私も17才になり次の誕生日までもう半年もない。成人が15才のこの世界では十分大人だ。
さっきまでハルも同じ月を見ているかもなんて考えてた。でも誤魔化すのやめよう。ハルが生きている可能性は低い。仮に生きているとしても近くにいる可能性は限りなく低い。
いや弱気になっちゃダメだ・・・。
また、堂々巡りになっている。最近の私はいつもこんな感じだ。私一人でもルヴェリウス王国を、ヤスヒコくんやアカネちゃん、クラスメイトたちのもとを目指すべきだろうか? 何が正解なのかぜんぜん分からなくなってきた。
ああ、私のハル・・・。
「ユイ」
振り返ると、ジークが立っていた。
「やっぱりユイは月が好きだなー。本当によく見てるよな」
「ええ、なんか神秘的なとこが好きなの」
ここは月の光が降り注ぐ古代のテラスようだ。
「ジーク、今日はごめんなさい」
今日は昼間の魔物討伐でも集中力を欠いてしまってジークに助けられた。みんなにも迷惑をかけてしまった。少しのミスで命を失う可能性もある魔物討伐中に集中力を欠いてミスするなんて最悪だ。そんな私をジークはさりげなく助けてくれる。本当に頼りになる。私が心の中で「助けて」と叫ぶといつも現れるのはハルでなくジークだ。
ああー、認めたくないけど、これだけ待ってハルが私に気がつかないってことがあるだろうか?
やっぱりクレアさんに殺されて、そうでなければ魔物に・・・。
怖い。とても不安だ。
やっぱり、死んで・・・。
ああ、まただ。さっきと同じことを考えている。
「ユイ、やっぱり、俺じゃダメなのか?」
「ジーク・・・」
私はまるでコンスタンツェだ。セリムに囚われてセリムから求婚されているけど、恋人を思ってる。でも、実はセリムは人格者だ。そしてコンスタンツェも本当はセリムを・・・。
気がついたら涙が頬を伝っていた。
いつの間にか近づいていたジークが親指で涙を拭ってくれた。そんなとこまで・・・に・・・。
私はされるがままになっている。
ジークはやっぱり、どこかハルに似ている。
SS級の冒険者の癖に優しくて押しつけがましいとこがなくて・・・なのに頼りになって。
でも、髪の色だって、顔立ちだって、年だって、全然違うのに・・・なんで・・・。
そんな目で私を見ないで・・・。
だって、私、今・・・とっても弱ってる・・・誰かに頼りたい。私は弱い・・・この世界で一人は嫌だ。
「ユイ・・・」
ジークの顔を見上げる。
切なそうな顔が見える。
なんでジークがそんなに悲しそうな顔をしているの?
悲しいのは私なのに・・・。
「ユイ、俺は、なんの力にもなれないのか? いい年をしてどうしたらいいのか分からない。すまん」
「英雄が、そんな情けない顔しないで」
ジークの泣きそうな顔を見ていられなくて、私はまた空を見上げた・・・。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
(追記)
『心優しき令嬢の復讐』シリーズの短編(ジャンルは異世界恋愛ものにちょっぴりミステリーテイストを加えたもの)の第三弾「転生悪役令嬢の憂鬱と人生やり直し侍女の献身」を投稿したのですが、前二作に比べてあまり読まれていません。作者としては第一作「乙女ゲームの断罪の場に転生した俺は悪役令嬢に一目ぼれしたので、シナリオをぶち壊してみました!」、第二作「敵国の姫騎士と恋の駆け引きをしていたら、転生者の悪役令嬢が絡んできました!」も含めて悪くない出来だと勝手に思っているので、ぜひ読んでみてくださいね。




