3-25(神聖シズカイ教国の商人と出会う).
トドスを出発した僕とクレアは、街道をギネリア王国を目指して西へと向かっている。この街道は思った以上に人が多い。
ヨルグルンド大陸の東と西は大陸中央を縦断する中央山脈によってはっきりと分けられている。東と西を行き来するできるのは中央山脈の途切れる大陸の北か南しかない。
今僕とクレアがプニプニに乗って移動しているのは、イデラ大樹海に沿ってキュロス王国とギネリア王国を結ぶ街道だが、大陸の東と西を結ぶ貴重な街道でもある。
ヨルグルンド大陸の西側の国の中で最も大きく大陸全体でも西のガルディア帝国や北のルヴェリウス王国と並んで大国であるドロテア共和国を始めとした大陸西側の国のいくつかは、海を隔てた東のバイラル大陸とも交易をしている。そのためバイラル大陸に多い獣人やドワーフといった存在も西側の国よりも多く見かけるらしい。
いくつかの商隊を追い越したが、どの商隊もかなりの数の護衛を連れていた。この街道はずっとイデラ大樹海に近いところを通っているのだから当然だ。
僕たちも商隊の護衛依頼でも引き受ければお金にもなって良かったのだろうが、お金には困ってないし急いでいるのでクレアとの二人旅だ。とにかくユイを早く見つけること、それが優先だ。
プニプニはさすがに魔物だけあって僕たち二人が乗っても余裕だ。前に乗った僕の後ろにクレアが乗り、なぜか僕にしがみついている。僕は馬にも乗ったことがなかったので、最初はクレアに前に乗って貰おうと思ったのだが、クレアに前に乗ってもらって僕がしがみつくのはなんとなくカッコ悪いというくだらない見得が邪魔した結果こうなっている。
この世界に来て身体能力が強化されているおかげかスレイプニルに乗ること自体はなんとかなったのだが、こんどは背中に当たる柔らかいものが気になる。
クレア、押しつけすぎなんじゃないないの?
クレアのずば抜けた身体能力からすればそんなにしがみつかなくても大丈夫だと思うんだけど。
「ハル様、魔物の気配がします」
クレア耳元で囁くように言った。クレア近いよ。
警戒しながら前に進むと前方に、ホーンウルフの群れに囲まれている商隊が見えた。護衛の冒険者らしき人たちがホーンウルフと対峙している。
僕たちもスレイプニルから降りる。手助けしたほうが良いのだろうか? ホーンウルフは下級の魔物の中では中の上といったところだが数が多い。同じ系統の魔物であるジャイアントウルフやブラックハウンドと違ってあまり群れることのないはずの魔物なのに、なぜか20匹以上もいる。やっぱりイデラ大樹海の浅層で何か起こっているようだ。
おそらく魔族の・・・。
5台の馬車に10人以上の護衛がついている。馬車を曳ひいているのは普通の馬だ。2頭ずつに1台の馬車を引かせている。この世界では人だけでなく動物も魔力を持っていて僕の知っている馬よりも体力がある。
護衛たちは手際よく分散してホーンウルフに対処しているが、護衛に比べて数が多いので大変そうではある。ホーンウルフは下級の中では強いほうに入る。勝手に護衛たちの仕事を横取りしてもいけないし、この状態で無視して追い越していくのも気になるので、少し距離を取って様子を見る。
一頭のホーンウルフが大きくジャンプして一番後ろの馬車に体当たりした。
馬車の中から悲鳴のようなものが聞こえる。護衛の人がそのホーンウルフに攻撃を仕掛けるが、今度は別のホーンウルフが馬車に体当たりする。馬車を牽いている馬も怯えているのか大きく首を振ったり前足を上げたりしている。プニプニはそれを見ても落ち着いている。さすが魔物だ。
護衛の人たちは全員複数のホーンウルフを相手にしているためこれ以上は援護にはこれそうにない。
「ハル様」
僕が黙って頷くと、クレアは凄い勢いで飛び出して、一番近くにいたホーンウルフを一刀両断した。
「黒炎弾!」
僕はクレアを追いかけて、黒炎弾を放つ。小さく凝縮され黒い鋼の弾丸ようにも見える黒炎弾は馬車に体当たりしようとしていたホーンウルフの額を貫き一撃で仕留めた。ちなみに、額に命中したのは偶然だ。
僕とクレアの参戦を機に形勢は一気に傾き、程なくしてホーンウルフはすべて討伐された。
護衛の冒険者たちが僕たちに近づいてきて、「ありがとう」、「助かったよ」などと口々にお礼を言ってくる。
ホーンウルフに体当たりされていた最後尾の馬車から出てきたのは、40台くらいの商人というよりは神官のような穏やかな表情の男の人だ。おそらくこの人が、この商隊のリーダーにして護衛たちの雇い主なのだろう。神官のようだと感じたのは、その穏やかな表情のせいだけでなく服装にもあるようだ。首から下を覆うようなローブのようなものを身に着けている。胸にある模様は三つの・・・三日月?をデザインしたものだろうか? ローブは神官とかのローブとは違うもののようだけど・・・。
「冒険者の方でしょうか。助けてくださってありがとうございます。おかげで命拾いしました」
「いえ、お役に立てたなら良かったです」
「失礼かもしれませんが、いくばくかのお礼をさせてください」
どうやら護衛をしてくれたということでお金でも払おうということらしい。商隊を率いているから商人なんだろうけど、やっぱり服装が商人らしくない。
「あー。これはシズカイ様の描かれたペンダントで私の国では人気のあるものなんですよ」
言われてみると首からペンダントのようなものを下げている。僕が服装を観察していたのを、ペンダントを見ていたと勘違いしたみたいで、そう説明してくれた。改めてそのペンダントをよく見てみる。確かに大賢者シズカイと思われる黒髪で杖を持った女の人が描かれている。
「もしかすると神聖シズカイ教国の方なのですか?」
「申し遅れましたが、私は神聖シズカイ教国のエーベルン商会のウッドバルトと申します」
「僕はハル、こっちはクレアです。冒険者をしています」
神聖シズカイ教国とはギネリア王国のさらに西にある国で、初代勇者アレクの恋人である大賢者シズカイを神の使いとして信仰するシズカイ教を信じる国家だ。
「へー、それが大賢者シズカイ様ですか? とてもきれいな人ですね」
「ええ、私の国ではシズカイ様は黒髪の聖女とも呼ばれています」
「そうなんですか」
「人々を癒す凄い力を持っているんですよ。聖女様は」
勇者アレクの恋人で魔王との闘いで命を落としたとされる大賢者シズカイ。勇者アレクは魔王との闘いの後、現在の神聖シズカイ教国がある場所で、恋人シズカイの遺体と共に隠遁したと伝えられている。
それにしても勇者アレクはなんでゴアギール地域からもっとも遠いヨルグルンド大陸の南で隠遁したのだろうか? 恋人の遺体と共にどうやってこのあたりまで来たのだろうか?
もしかして転移魔法陣が・・・タイラ村のことが頭をよぎる。
「我々の国は最近まで隣のギネリア王国としか交易らしい交易はしてなかったのですが、ドミトリウス王太子殿下が開かれた国にするのに熱心な方でここキュロス王国を始めいくつかの国と新たに交易が可能になったのです。おかげで私も初めてキュロス王国まで買付けに来て、今はその帰りです。キュロス王国には初めて見るバイラル大陸からの交易品などもありとても有意義な旅となりました。これまで国内でそのような品を見ることはありませんでした。ドミトリウス殿下のおかげです」
「ドミトリウス殿下」
「ええ、フィデリウス王の長男で次期国王です。大変聡明なお方です」
「確か神聖シズカイ教国には教皇様が」
「ええ、国の最高指導者は教皇様です。ですが王家も存在していて通常の国の運営は王家が行っています」
大統領と総理大臣のようなものなだろうか? それとも天皇と将軍? よく分からない。
「それで、その聡明な次の王であるドミトリウス殿下が交易に熱心なのですか?」
「交易というよりは国をもっと開かれたものにしようとされています」
「開かれた」
「我が国は他国とは信仰する宗教に違いがありますし、先程申しましたように最高指導者は教皇様です。そのためやや閉鎖的な面があるのは否定できません。国として交流があるのは、これまでは国境を接するギネリア王国だけでした。それがドミトリウス王太子殿下の施策のおかげで私もキュロス王国まで買付に来れるようになったというわけです」
ウッドバルトさんが教皇様と口にするとき、なんとなく微妙なニュアンスを感じる。
「なるほど。でも教皇様もドミトリウス殿下の施策に賛成なのですか?」
「それは・・・。いやいや、他国の方によけないことを喋りすぎたようです。この話はこの辺で」
別にウッドバルトさんがそれほど余計なことを喋ったとは思えないけど・・・。まあ、ウッドバルトさんは商人だ。政治面であまり意見を言いたくないのだろう。
そのあと、お礼を渡そうとするウッドバルトさんと固辞する僕との間でやり取りがあったが、結局キュロス王国とギネリア王国の国境まで僕たちも護衛に加わることになり護衛の代金を受け取ることになった。国境まではもうすぐなので実質的にお礼を受け取るようなものだ。
その後、一行は魔物に遭遇することもなくその日の内に国境に到着した。
国境を抜けるのは冒険者カードを見せるだけで特に問題もなかった。現状ギネリア王国とキュロス王国の間に争いはない。それにウッドバルトさんの護衛ということもよかったのかもしれない。そういう意味ではウッドバルトさんと出会えたの幸運だったのだろう。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
(追記)
『心優しき令嬢の復讐』シリーズの短編(ジャンルは異世界恋愛ものにちょっぴりミステリーテイストを加えたもの)の第三弾「転生悪役令嬢の憂鬱と人生やり直し侍女の献身」を投稿したのですが、前二作に比べてあまり読まれていません。作者としては第一作「乙女ゲームの断罪の場に転生した俺は悪役令嬢に一目ぼれしたので、シナリオをぶち壊してみました!」、第二作「敵国の姫騎士と恋の駆け引きをしていたら、転生者の悪役令嬢が絡んできました!」も含めて悪くない出来だと勝手に思っているので、ぜひ読んでみてくださいね。




