3-23(手掛かり).
やっとこの日が到来した。
ギネリア王国南部のギルドマスター会議がここトドスで行われた翌朝、僕とクレアは冒険者ギルドに呼び出された。僕とクレアが冒険者ギルドの受付で用件を告げるとすぐにギルドマスターのグラッドさんの執務室に通された。
グラッドさんはイデラ大樹海の浅層さらには街道の近辺にまで中級の魔物が現れたことや盗賊団の壊滅などで多忙なはずだが、会議の翌日である今日、朝一番に僕たちに会ってくれるという。グラッドさんなりに気してくれているのだろう。
僕とクレアは執務室のソファーでグラッドさんと向かい合う。
ユイのことを考えると、僕は心臓がどきどきして期待する気持ちを抑えることができない。そんな僕を見て、クレアは「ハル様・・・」と言ってそっと僕の右手に自分の手を添えてくれた。
「グラッドさん、お疲れのところ早々にありがとうございます」
「いえいえ、大丈夫です。盗賊団討伐の件ではお二人に助けられましたしね。まあ、結局魔物の討伐になってしまいましたが。お二人の活躍はボロワットさんから聞きました。私の目に狂いはなかったようですね。疑う人もいましたが伝説の魔物を二人で倒したのは本当だと私は信じてましたよ。お二人がいなかったら全滅だったとか。本当にありがとうございました」
ギルドマスター会議のホストの立場だったグラッドさんは、少し疲れた様子だったけど笑顔で僕たちを迎えてくれた。
「いえ、ボロワットさんが大げさに伝えてくれたのでしょう。それほど大したことはしてません。全員で協力した結果です。それにオーガの討伐にはちょっと慣れていたので」
「そうですか。なんにしても助かりましたよ。会議でも魔族のことは他のギルドマスターにも伝えました」
「そ、それで、ユイのことは、ユイのことはどうだったんでしょうか?」
とにかくユイの情報があるのかないのか気になっている僕は、早々に話題を切り替えてグラッドさんに情報収集の結果を尋ねる。
「そうそう、それよりユイさんのことでしたね。結論から言うとユイさんらしき人の情報はありました。ただし・・・」
ユイの情報があった!
ああー、ついにユイの手掛かりが・・・本当に長かった!
「ただし、何ですか?」
僕は勢い込んで、続きを促した。
「はい。ただし名前までは確認できなかったので、間違いなくハルくんが探しているユイさんかどうかは分かりません。ギルドマスターの中に半年くらい前までギネリア王国にいた人がいましてね。その人が言うには、テルツに貴族の子女ばかりで構成されているちょっと有名な冒険者パーティーがあって、そのパーティーに黒髪でまだ少女といえるような若い美人の魔術師が加わったという噂があるらしいです。しかも美人で若いだけでなくかなりの実力者だとか」
黒髪の女魔術師、若くて美人で実力者!
かなり有望な情報に思える。
「その人がパーティーに加わったのはいつ頃か分かりますか?」
「教えてくれたギルドマスターが噂を聞いたのは丁度キュロス王国へ移る直前くらいと言ってましたので、半年くらい前ですね。ただその人はギネリア王国といってもテルツにいたわけじゃないので実際にその魔術師の人がいつパーティーに加わったのかまでははっきりしませんね」
噂を聞いたのが半年くらい前か・・・。ということは少なくとも半年以上前にその黒髪の女魔術師がパーティーに加わった。そして噂になるくらい美人で実力者だった・・・。
僕たちが転移してからすでに1年以上が経過している。ユイなら半年もあれば噂になるくらいの活躍をしてもおかしくない。
これは期待するなと言われても期待してしまう。抑えようとしても喜びと期待が表情に出ているのが自分でも分かる。
「テルツって言うのはたしか・・・」
「ギネリア王国の南、ここと同じくイデラ大樹海に面している街ですね。やはり冒険者の街です。ギネリア王国の南には冒険者の街と呼ばれる比較的大きい都市が3つあって、東から西にラワド、テルツ、ベツレムと並んでいます。中でもテルツが一番大きい都市ですね」
エリルの情報では、ユイが転移したのはキュロス王国とギネリア王国の国境付近。近い都市はキュロス王国ならここトドス、ギネリア王国ならラワドだ。ユイが加わったのではというパーティーはテルツを拠点としているパーティーらしい。テルツはラワドの隣だしラワドより大きい街らしいから、ユイがテルツで冒険者になっていてもおかしくない。
「ハル様」
「うん、クレア、これはかなり有望な情報だ」
「はい」
クレアはニッコリ笑って僕を見る。クレアは今でも僕とユイが転移したことに責任を感じている。ユイが見つかれば、僕はもちろんうれしいしクレアの心も少しは軽くなるだろう。
「グラッドさん。ありがとうございます。ほかに聞いておくべき情報はありますか?」
「あとは、そのパーティーのリーダーはオスカーという名前でテルツの有力な貴族の息子だそうです。20代の剣士のようです。さっきも言ったように貴族の子女ばかりで構成されている4人パーティー、黒髪の少女が加わって5人パーティってことになるのかな」
グラッドさんはメモを取り出し確認して「パーティー名は『聖なる血の絆』だそうです。分かったのはこのくらいです。黒髪の魔術師の名前もわかりません。あまり期待させて間違っていたら申し訳ないのですが」と説明してくれた。
『聖なる血の絆』・・・なんか格好いい。
「オスカーという人がリーダーの貴族の子女で構成されたテルツの冒険者パーティー『聖なる血の絆』ですね。ありがとうございます。十分です。これまでなんの情報も無かったのでありがたいです。それに情報が無かったとしてもギネリア王国を目指す予定でしたので」
本当にうれしい。僕がどれだけ喜んでいるかグラッドさんに伝えるのが難しいくらいだ。
僕の知っている範囲では、冒険者ギルドにもいわゆる個人情報の管理みたいなルールはある。本人が知られることを好まない情報など教えられないこともあるはずだ。グラッドさんが僕のためにできるだけの情報を教えてくれたのは理解できる。
「グラッドさん、本当にありがとうございます」
僕は心からの感謝をこめて頭を下げる。
「いえいえ、こちらもハルくんとクレアさんには感謝してます。お互い様ですよ」
「そうですか。そう言ってもらえると僕もうれしいです。僕たちはすぐにでもテルツを目指そうと思います」
「そうですか。有望な若い冒険者にはここに居てもらいたかったのですが。仕方ありませんね。私もユイさんが見つかるように祈っていますよ」
「グラッドさん、お世話になりました。この後すぐにギネリア王国に向かいます」
「今日中にですか?」
グラッドさんはちょっと驚いたようにそう尋ねてきた。
「できればそうしたいです。もうずいぶん時間を無駄にしてますので。僕がグラッドさんの情報にどれだけ喜んでいるか、何度お礼を言っても足りないくらいです。本当にありがとうございます」
「いえいえ、大したことはしてませんよ。さっきも言った通りで、こちらもお世話になりましたしね。それに情報と言っても確実なものでもありませんし」
また、僕とグラッドさんはお互いに感謝の気持ちを伝えあった。
そうだ! これはグラッドさんに伝えておこう。
「それからグラッドさん。パトリックさんが見かけた魔族の件、それに結局何者かに盗賊団が討伐されていたことなんですけど」
魔族という言葉と僕の真剣な表情に気がついたのか、グラッドさんはさっきまでより少し厳しい顔で話の続きを促してきた。
「魔族の件で何か?」
「魔族については、くれぐれも注意してください」
「何か、思い当たることでも?」
「すいません。詳しいことは言えないんですけど、もしかしたらその魔族、すごく高位の魔族かもしれません」
パトリックさんが見かけた魔族がメイヴィスだとしたら四天王なんだからエリルの次に高位だろう。
「高位の魔族ですか・・・。詳しいことは言えないんですね?」
エリルのこととか誰にも言えないしなー。
グラッドさん、ごめんなさい。
「すみません。ただちょっとした情報を持っていて、そのパトリックさんが見かけた女魔族の特徴が僕の知っている高位の魔族に似ているんです。曖昧な言い方で申し訳ありません。その女魔族が関わっているのなら、中級魔物がこの辺りで目撃されても、そして50人規模の盗賊団が壊滅させられたとしてもおかしくありません。くれぐれも注意して下さい」
「なるほど。お二人が只者ではないことは分かっています。忠告は感謝します。この辺はゴアギールから遠くギルドマスター会議でも魔族の件は、どうせ見間違いだろうとあまり真剣に考えていない者もいましたからね。私のほうでできるだけ注意するように伝えましょう」
メイヴィスの件で僕ができることはこのくらいだろう。
僕はもう一度お礼を言うと、急いで冒険者ギルドを後にした。
僕は、あの日最後に見たユイの顔を思い出していた・・・。
いよいよユイの手掛かりが・・・。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
昨日、『心優しき令嬢の復讐』シリーズの最新作「転生悪役令嬢の憂鬱と人生やり直し侍女の献身(『心優しき令嬢の復讐』シリーズ3」を投稿しましたので、読んでみて下さいね。




