3-20(ユイ).
ジークフリートさん、いかにも盾役といったいかついデルガイヤさん、ジークフリートさんの最初の奥さんで魔術師のエレノアさん、ジークフリートさんの3番目の奥さんで剣士のライラさん、神聖シズカイ教国神殿騎士団のシルヴィア副団長とガリウス隊長、それに私の7人は、伝説級魔物がいる可能性が高いイデラ大樹海の奥に向かって進んでいる。
ジークフリートさんは、昨日の様子から見て迷い込んだのは伝説級の魔物だという。
「昨日の魔物が現れた方角からして、いるとしたらこの奥だと思うんだが」
私たちは昨日魔物たちが現れた方向を手掛かりに、伝説級の魔物が迷い込んだと思われる場所を推測して移動している。
やっぱり伝説級の魔物なのかー。
ハルと一緒にルヴェリウス王国の書庫の図鑑みたいなので見たけど。ほんとにあんなのがいるのだろうか。やっぱり怖いし緊張する。
ここまでくる間に、すでに多くの魔物に遭遇したが、ジークフリートさんを含むこのメンバーは苦戦することもなく順調に移動している。
特にジークフリートさんの剣捌きはすごい。そもそも剣士は複数の敵に対するのはあまり得意ではないはずだ。にもかかわらずジークフリートさんは、ものすごいスピードで数多くの魔物を倒していく。なんでもSS級の冒険者っていうのは世界に二人しかいないらしい。英雄と呼ばれるだけのことはある。
「ユイさんはギネリア王国の出身なの? 魔法はどこで?」
話しかけてきたのは、ジークフリートさんの最初の奥さんで私と同じ魔術師のエレノアさんだ。ちなみにルヴェリウス王国では魔導士が正式名称だったけど、この辺りでは魔術師と呼ばれることが多い。ていうか、魔導士呼びはルヴェリウス王国くらいらしい。あとは勇者の仲間の攻撃力が高い魔術師がよく大魔導士って呼ばれる。きっとカナさんは将来そう呼ばれることになるだろう。
「えっと、私はギネリア王国の出身ではなくて。ちょっと遠くの国の出身なんです」
「そう、若いのにユイさんの魔法、すごいのね」
「エレノアさんからそう言っていただけると自信になります。えっと、突然なんですけど、みなさん私と同じくらいの年で私と同じ黒髪の男の子を知りませんか。ハルっていう名前なんです。もしかしたら違う名前を名乗っているかもしれませんけど。たぶん冒険者をしていると思うんです。剣士なんですけど火属性魔法も得意ですごいんです!」
ここにいるのは英雄と呼ばれるジークフリートさんをはじめこの辺りの有力者たちだ。ハルの情報があるかもしれない。
「ユイと同じ黒髪なのか」
私の話に反応したのは神聖シズカイ教国神殿騎士団副団長のシルヴィアさんだ。
「シルヴィア副団長、何か知っているのですか?」
私は勢い込んで尋ねた。
「いや、申し訳ない。そうじゃなくてユイと同じ黒髪っていうが珍しかったので・・・」
「そうですか」
「俺も思い当たることはないな」
ジークフリートさんも知らないらしい。
「ハルって人がユイの恋人なの?」
ちょっとからかうように聞いてきたのは、ジークフリートさんの3番目の奥さんで私と一番年が近そうなライラさんだ。
「はい」
「え、やっぱりそうなんだ」
即答した私を見て、ライラさんはかえって気まずそうにしている。
「そろそろ目的の場所が近いんじゃないかな」
「そうですね。魔物が現れなくなってきましたから」
ジークフリートさんとエレノアさんが、みんなに注意を促す。そういえばさっきから魔物が現れない。
「うっす」
先頭を行くデルガイヤさんが首を振って盾を構え直す。デルガイヤさんはびっくりするほど大きな盾を持った大柄で筋骨隆々な無口な人だ。エレノアさんと同じでS級の冒険者だ。シルヴィア副団長も片手に盾を持っているがデルガイヤさんのはそれより遥かに大きくデルガイヤさんの巨体を丸ごと隠すほどだ。
デルガイヤさんのすぐ後ろにジークフリートさんとシルヴィアさん、さらにその後ろに私とエレノアさんの魔術師コンビ、最後尾に剣士のライラさんとガリウス隊長が続く。魔術師二人の前後を近接タイプで固めてくれている。
隊形を保って前進する。やっぱり魔物がいない・・・。
辺りは不気味なほど静かで、これまでとは明らかに様子が違う。
緊張して杖を持つ手に力が入る。
その後も、緊張感を保ちながらゆっくりと進む。時間だけが経過する。みんなもしゃべらない。気がつくと、そうでなくても薄暗い場所が一層暗くなってきた。
「今日の探索は、ここまでにして、そろそろ引き返すか」
森の中の探索で安全を重視するのは、あたりまえのことだ。全員がジークフリートさんの指示に従って足を止め、それまでの緊張感がちょっと緩んだ。全員が示し合わせたように、フーっと息を吐く。
と、そのとき、私は何か巨大な魔力を感じた。
「前方に、何かいます。かなり強い魔力を感じます」
私の警告に、全員が再び緊張感に包まれる。私はグッと杖を握りしめる。
何かが私たちに近づいてきている。
「私にも魔力を感じ取れました。ユイさんの言う通りです」
エレノアさんも私の言葉を肯定する。
しばらくすると何かが下草を踏み分けて近づいてくる音が、誰の耳に聞こえるようになった。もう間違いない。
ズサッ、ズサッ。
何か巨大なものが近づいてきている。
ベギッ、ベギギィー。
樹木が押し倒されるような音も聞こえる。
どんどん近づいてくる。音が大きくなる。
ズサッ、ズサッ。
それは樹木を手で払いのけるように掻き分けて、その巨大な姿を現した。
見上げるような巨人だ!
7、8メートルはあるだろうか。
額から生える1本の角。
その下には丸い一つだけの目。
なんか自然のものじゃない造り物のような巨人だ。
その巨大な姿を目にして、恐怖で体が硬直する。
「サイクロプスか」
「ですね」
「前に倒したのは中央山脈だったか?」
ジークフリートさんとエレノアさんだ。
確かに図鑑で見たのと同じだ。伝説級の魔物サイクロプス。
息が苦しい。圧倒される。
サイクロプスは、大きく腕を振って攻撃してきた。
私たちは、慌てて後ろに下がる。
しかしサイクロプスは、大きな歩幅ですぐ追いついてくる。
「走るぞ!」
ジークフリートさんの掛け声で、全力で走って距離をとる。
大きな歩幅で移動するサイクロプスは意外と速い。再び大きく腕を振って攻撃してくる。
ゴスッ!
デルガイヤさんがサイクロプスの腕を盾で受け止めた。デルガイヤさんは一メートル以上後方に押し込まれた。
「すごい・・・力だ。受け流したつもりだったんだが」
デルガイヤさんは盾でまともに攻撃を受けたのではなく、受け流そうとしたみたいだ。そうでなければ、いかにデルガイヤさんといえども一撃で吹っ飛ばされていただろう。さすがS級冒険者だ。
「エレノア、ユイ魔法で攻撃してみてくれ!」
デルガイヤさんと並ぶようにジークフリートさんとシルヴィア副団長が前に出る。
ライラさんとガリウス隊長も続く。
前衛の人たちが盾になっている間に、私とエレノアさんは魔法の準備をする。魔力を溜める。
「炎弾!」
エレノアさんが炎弾をサイクロプスの顔目掛けて放つが、サイクロプスが手で払うとかき消された。ハルがよく使っていた炎属性の初級魔法だ。倒すというより前衛を援護しようと牽制したのだろう。
「氷竜巻!」
私はエレノアさんが牽制している間に魔力を溜めて得意の混合魔法を放った。
氷の竜巻がサイクロプスを包む。一瞬サイクロプスの足が止まるが、すぐに腕で顔へのダメージを防ぎながら、サイクロプスは前へ進む。しかし確実にダメージを受けているように見える。
「すごいな」
私を守るようにすぐそばに立っているガリウス隊長が呟く。
「そうですね」
「いや、ユイの魔法がだ」
氷竜巻は上級同士の混合魔法で最上級の攻撃魔法を使えない私が工夫して編み出したものだ。そう言われるとちょっとうれしい。
ダメージを与えた私を攻撃対象に変えたのか、その巨体からは意外とも思える素早い動きで、私の方に回り込むように移動してきた。近づいて来たサイクロプスは、思った以上に巨大で恐怖で足がすくむ。
「ぐおぉぉー!」
ガリウス隊長が私に向かって振るわれたサイクロプスの手を剣で受け止めて吹き飛ばされた。
「ユイ下がれ!」
ジークフリートさんの声が聞こえる。
私はすぐに下がろうとしたけど、足がうまく動かない。
サイクロプスが両手を振り上げて叩きつけてきた。
「キャー!」
悲鳴を上げた私は、ジークフリートさんに、抱きかかえられて、地面に伏せていた。
間一髪で、サイクロプスが両手を叩きつけた場所から、ジークフリートさんによって助け出されたのだ。
「あ、ありがとうございます」
すでにデルガイヤさんがみんなを守るようにサイクロプスの正面に立っている。横からはライラさんがサイクロプスの腕での攻撃を避けつつ剣で牽制している。反対側の横からはシルヴィア副団長とガリウス隊長が剣で攻撃する。
4人は素早く動きながら、サイクロプスのを攻撃している。
しかし、剣での攻撃は、サイクロプスの足や腕に傷をつけているものの、それほどダメージにはなっていない。それに気のせいか最初の頃の傷は治ってきているようにも見える。
「ユイ、エレノア、とにかく距離を取れ!」
ジークフリートさんはそう言うと、サイクロプスに向かって行った。
と、ジークフリートさんは、そのまま、サイクロプスの攻撃を避けながら、サイクロプスの股の間を通り抜けていくと、後方からサイクロプスに斬りかかった。
サイクロプスの背中から血が噴き出る。
同時にサイクロプスは思いっきり腕を振り後ろを向く。サイクロプスの腕がジークフリートさんにかすって、ジークフリートさんが大きく飛ばされる。
ジークフリートさんはダメージを軽減するためにわざと後ろに飛んだらしくそれほどダメージは受けてない。
サイクロプスがジークフリートさんの方を向いたので、今度はライラさん、シルヴィア副団長、ガリウス隊長の3人が後ろから攻撃する。エルガイアさんは盾を構えたまま私とエレノアさんが攻撃を受けないよう注意を払いながら隙あらば攻撃に参加している。
ジークフリートさんを含む近接組の4人が別々の方向から攻撃する形になり、サイクロプスに的を絞らせない。これはいけそうだ。さすがにジークフリートさんを含むこのパーティーは強い。
「エレノア、ユイ、今のうちに魔力を溜めて強力なのを頼む!」
「分かったわ」
「はい」
ジークフリートさんの指示で、近接組4人がサイクロプスの注意を引いている間に、私とエレノアさんは魔力を溜める。
私はまだ足が竦んでいるけど、なんとか魔力を溜めるのに集中する。
「氷槍!」
私の頭上に巨大な氷の槍が浮かび、私が杖と一緒に右手を前に振るのに合わせて発射された。巨大な氷の矢は、ジークフリートさんの方を向いていたサイクロプスの背中に突き刺さった。
中級の水属性魔法だが単体相手には強い。ちなみに上級の水属性魔法は広範囲にダメージを与える氷矢雨だ。相手はサイクロプス一体なので中級だけど氷槍を選択した。氷槍は、さっきジークフリートさんが傷をつけたあたりに命中した。
「オオォォォーー!」
サイクロプスが叫び声を上げる。
サイクロプスは、私の方に向き直り、今度はジークフリートさんに背を向けた格好となる
「炎柱!」
ゴォーという音と共に強大な火柱がサイクロプスの足元から吹き上がる。エレノアさんの火属性上級魔法だ。エレノアさんは昨日最上級の火属性魔法を使っていたが、私と同じで相手が一体であることと周囲を巻き込まないようにと炎柱を選択したのだろう。
「みんな下がれ!」
火柱に包まれたサイクロプスが闇雲に手を振り回して暴れている。
全員がサイクロプスから一旦距離を取る。
「グオォォオーーー!!」
サイクロプスが叫びながら膝をつく。
今だとばかりにジークフリートさんが後ろから、ライラさんが前から、シルヴィア副団長とガリウス隊長が横からサイクロプスに向かって斬りかかった。
勝った!
そのとき、ドシンと後方から樹木が倒れる音が聞こえた。
とてもいやな予感がする。
この気配は・・・サイクロプスとの戦いに気を取られすぎていた。
デルガイヤさんが盾を構えて後方に移動する。
まさか・・・。
嫌な予感は当たってしまった。樹木を押しのけて現れたのは、もう一体のサイクロプスだった。
「ああー」
新たに現れた後方のサイクロプス確認して私が呻き声をあげた瞬間、膝をついていた前方のサイクロプスは、突然大きく腕を振って立ち上がった。
思ったよりダメージを受けていなかったのだろうか?
膝をついたのはわざとだったの?
人型の魔物は意外と知性がある。
前から斬りかかったライラさんは体を逸らして何とか避けたように見えたが、完全には避けきれておらず3メートルくらい飛ばされて地面に倒れたまま蹲っている。だがライラさんよりも危険なのはシルヴィア副団長だ。サイクロプスの大きく振った腕をシルヴィア副団長はまともに盾で受ける恰好になり、大きく吹き飛ばされた上、大木の幹に激突して地面に落ちた。
「きゃー!」
私は、思わず悲鳴を上げていた。
「シルヴィア副団長!」
「ライラ!」
ガリウス隊長がシルヴィア副団長に駆け寄る。
「大回復!」
エレノアさんがシルヴィア副団長とライラさんのそばにいって順番に回復魔法をかける。中級だ。聖属性魔法は使えても初級がほとんどだがエレノアさんは中級まで使えるようだ。
ライラさんは「うーん」とうめき声を上げた。気がついたようで起き上がろうとしている。
でも・・・シルヴィア副団長はピクリともしない。
「私の魔法でもだめみたいです。上級回復薬を使いましょう。ジーク時間を」
「分かった。デル、ガリウス、俺たちで時間稼ぎだ」
エレノアさんは倒れているシルヴィア副団長の頭を持ち上げて回復薬を飲ませる。しばらく様子を見ていたエレノアさんは黙って首を横に振った。
それを横目で確認したガリウス隊長の表情が強張る。その様子にジークフリートさんたちも気がついたようだ。全員に悲痛な空気が広がる。みんなが悲観的になっている。
シルヴィア副団長が、シルヴィアさんが・・・死んでしまう。
ジークフリートさんと一緒に私やオスカーさんたちを助けてくれたシルヴィアさんが・・・。
早く行かなきゃ。行って回復魔法を・・・。
シルヴィアさんを助けないと・・・。私なら・・・。
でも目の前には2体もの伝説級の魔物が・・・。みんな頑張っているのに・・・私は・・・。
ああー、恐怖で足が動かない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマークへの追加と下記の「☆☆☆☆☆」から評価してもらえるとうれしいです。
また、忌憚のないご意見、感想などをお待ちしています、読者の反応が一番の励みです。
よろしくお願いします。




