3-16(ユイ~SS級冒険者).
私たちのパーティー『聖なる血の絆』はテルツの西隣の街ベツレムへ来ている。冒険者たちは自分たちのパーティーに名をつけていることがある。このパーティー名はメンバーが全員貴族ということに由来している。最初に聞いたとき、ちょっと恥ずかしいと思ったのは秘密だ。多分ハルなら喜んだ気がする。
私たちはオスカーさんの馬車で二日かけてベツレムまでやって来た。
ベツレムは、イデラ大樹海に沿ってを並ぶのギネリア王国南部の3つの街の中で一番西に位置する鉱山の街だ。ベツレムの街からイデラ大樹海に入り徒歩で半日くらいの場所に大きな魔鉱石の鉱山がある。
この世界では人も含めてすべてのものに魔素が含まれているので、すべての金属が魔鉱石ともいえるが、実際に魔鉱石と呼ばれているのは特に魔素の含有量が多いミスリル、オリハルコン、アダマンタイトの3種類だ。これら魔鉱石は武器や防具のほか魔道具の制作にも使用されるとても貴重な金属だ。
ベツレムはミスリルの鉱山だが、ミスリルだけでなく少量の魔石も産出する。私の理解が正しければ、魔物の素材や魔鉱石が魔道具の材料だとすると魔石は電池のようなものだ。
というわけで、ベツレムはミスリルの鉱山で働く人たちやその家族、イデラ大樹海での魔物討伐や鉱山の警備をする冒険者で賑わう町だ。ここからさらに北西の神聖シズカイ教国との国境には国から派遣された騎士団が常駐している。
ベツレムの繁栄の基礎となっている鉱山は今閉鎖されている。
鉱山の近辺に魔物が異常発生しているからだ。
イデラ大樹海は、アガイデラ山脈の麓に広がるヨルグルンド大陸最大の大森林であり、その最深部に至るには、何ヶ月もかかるといわれている。いわれているというのは、最深部まで行って帰ってきた人はいないからだ。じゃあなんで分かるんだって話だけど、そこは伝説なので突っ込んではいけない。
ハルと一緒にルヴェリウス王国の書庫で読んだこの世界の伝説を集めた本の中にもイデラ大樹海の話がいくつもあった。曰くイデラ大樹海の奥にはドラゴンを始めとした伝説の魔物がいる。曰く、入ったら絶体に生きて帰れない。曰く精霊が住んでいる村がある。ハルと一緒にそんな物語を読んだのがずいぶん昔のような気がする。
ハルは今どうしてるんだろう?
鉱山があるのは大樹海に入って徒歩半日程度の場所だ。まだイデラ大樹海をちょっと入っただけの場所であり、それほど強力な魔物は出ないはずの場所だ。ところが、今その場所には、強力な魔物が異常発生しており、鉱山も閉鎖されている。ベツレムの鉱山で取れるミスリルは品質も良く近隣の国にも輸出されている。その上、魔石も産出するギネリア王国にとってとてもありがたい鉱山だ。ベツレムの鉱山が閉鎖されているのはギネリア王国にとっては大打撃だ。
異常発生した魔物討伐のため、合同討伐隊が組織されることになり、ギネリア王国中から上位の冒険者が集められた。有望株として注目を集めていた『聖なる血の絆』も合同討伐隊への参加を要請され、ここベツレムにやって来た。多くの冒険者たちが乗ってきた馬車や奇獣で預かり所はいっぱいだ。臨時の預り所も設置されている。見たこともない奇獣なんかもいてちょっと興味深かった。
合同討伐隊には王国の騎士団も参加しているが、討伐隊のリーダーは冒険者だ。普通なら当然騎士団のお偉いさんリーダーになるのだろうが、今回は冒険者がリーダーに選ばれている。それには理由がある。私はこの世界に疎いから知らなかったんだけど、ここギネリア王国には世界最高の冒険者といわれるSS級冒険者ジークフリート・ヴォルフスブルクがいるからというのがその理由だ。
ジークフリート・ヴォルフスブルクは、この世界の英雄の一人なのだ。
S級冒険者は、貴族と同等の扱い、SS級なら王族と同等の扱いを受ける。これは各国共通だ。でも、それは王族や貴族になるということじゃない。同等の扱いを受けるだけだ。でも、実際に貴族になっているS級以上の冒険者は多い。そうすれば爵位に応じて一定の年金を国から受け取ることができる。領地を得ている人だっているらしい。国としてもその国で爵位を受けてくれれば、強力な戦力が確保できるので歓迎しているんだって。
しかし、ジークフリート・ヴォルフスブルクは、ただの冒険者のままだ。彼は束縛されるのを嫌い、堅苦しい貴族の生活を望まない気さくな人物として世間に知られている。彼の評判はすこぶる良い。その世間でも大人気の英雄ジークフリート・ヴォルフスブルクはギネリア王国の王都ネリアを拠点として冒険者として活動していて、今回の合同討伐隊にも参加している。王国からの爵位は受けないが、必要があれば今回のように王国のために働くというスタイルである。
「ここで一旦休息をとる。各パーティーは、昨日打ち合わせた作戦をもう一度確認して置くように」
今回の合同討伐隊のリーダーを務めるジークフリートさんの指示で、私たちは歩くのを止め、パーティーごとに適当に散らばって休息を取る。ジークフリートさんの隣にはギネリア王国の騎士団の隊長であるガーディナーさんの顔も見える。
そして今、討伐隊は、イデラ大樹海まであと少しというところまで来ている。
「ジークフリートさんってさー、思ったより、優しそうな感じだよね」
エミリーさんが、ジークフリートさんがいる方向を見ながらそう話しかけてきた。私もエミリーさんに釣られて、ジークフリートさんのパーティーがいる方を見る。
「確かに優しそうというか、何か人を安心させるような雰囲気を感じますね」
ステラさんの言葉に私は頷く。
そう、SS級の冒険者で英雄というと、いかにも強者というオーラを出しているというか、もっと厳しい顔つきの人を想像していたが、思っていたのとは全然違って何か懐かしい感じのする人だ。なぜ、私がそう感じるのかは分かっている。その30代半ばくらいの明るい茶色の髪を自然な感じに伸ばしている男の人は顔つきも年齢も全然違うのにもかかわらず、私の大好きな人とよく似た雰囲気を持っているからだ。
ジークフリートさんはSS級冒険者というだけあって落ち着いていて貫禄みたいなのがある。その辺は、いつもどこか自信なさげな様子だったハルとは全然違う。でも、偉ぶらないというか、慎重というのとはちょっと違うんだけど、決して自分を過大評価はしないというか・・・。ハルは思慮深くて決して自分を過大評価しない。でも魔法陣の中でクレアさんを押さえつけたように、ときには思い切った行動も取れる。私が大好きなハルはそんな人だ。なぜかジークフリートさんに、私はそんなハルと似た雰囲気を感じている。
ジークフリートさんのパーティーの周りには沢山の人が集まっている。せっかくの機会に英雄と言葉を交わしたい気持ちは分かる。ジークフリートさんも気さくに会話に応じているみたいだ。
「ジークフリートさんの奥さんたちも美人だよね」
ジークフリートさんの両隣には、30才前後くらいに見える金髪を肩にかかるくらいまで伸ばした女性と20代前半くらいの栗色の髪をボブカットにした女の人がいる。二人ともジークフリートさんの奥さんでパーティーメンバーでもある。なんでもジークフリートさんには3人の奥さんがいて、そのうち二人はジークフリートさんと一緒に冒険者をしているそうだ。
金髪の女性はエレノアさんといって品のいい優しそうな人だ。この人がジークフリートさんの最初の奥さんで魔術師だ。攻撃魔法だけでなく回復魔法も使えるらしい。私と同じで攻撃魔法と回復魔法の両方が使えるのでジークフリートさんのパーティーに魔術師はエレノアさん一人だ。もう一人は3番目の奥さんのライラさん。ライラさんは、目のクリッとした可愛らしい人で剣士らしい。
ハルもこの世界の英雄とかになったら、将来は3人くらいの奥さんを持ったりするのだろうか? それはちょっと困る。できたら私だけにしてほしい。
ジークフリートさんのパーティーは4人でジークフリートさんと二人の奥さんの他に、大柄な盾役の男の人がいる。確かデルガイヤさんとかいう名前だ。エレノアさんとデルガイヤさんがS級、ライラさんがA級の冒険者だ。エレノアさんとライラさんは英雄の奥さんであり大変な人気だ。エミリーさんが言った取通りで美人だし無理もない。
「私に言わせると、美人度ではユイさんのほうが上ですね。オスカーがユイさんを連れてきたときは勝ち目がないって思いましたもの」
ステラさんが私をちょっと睨んで、そう言った。本気で言ってるんじゃないのは分かる。からかっているのだ。
「わたしもだよー。オスカーの屋敷に住んでるっていうしさ、てっきり、いつの間にこんな可愛い子とそんな関係にって思って、ちょっと頭にきたもん。あのときはごめんね。ユイ」
「いえー」
「でも、ユイの探している婚約者の男の子、早く見つかるといいね」
「はい」
エミリーさんの言う通りだよ。
ハル、早く私を見つけてよ。
私はここにいるよ。
「わたしたちもさ、その婚約者が早く見つかってくれたほうが安心だしね」
「そうですね」
エミリーさんとステラさんはそう言って私に微笑んでくれた。
エミリーさんとステラさんは、オスカーさんから私が婚約者を探していると説明されている。どうして婚約者とはぐれたのかは、オスカーさんが適当に説明したみたい。私がルヴェリウス王国の王族かその関係者で道ならぬ恋の果てに婚約者とこんな遠くの国まで逃げてきてはぐれたとか、そんな感じに説明したらしい。 とにかく何か事情があって詳しいことは聞いてはいけないってことになっているみたいだ。実際には、オスカーさん本人にも詳しいことは話していない。話してもいいような気もしたんだけど、ルヴェリウス王国にいるクラスメイトにどんな影響があるか分からないから今のところ秘密にしている。
こんなときハルがいれば、正しい判断をしてくれるんだけど・・・。とにかく、私がオスカーさんの屋敷を出た上、婚約者を探していると聞いて、二人の態度はずいぶん和らいでこうして仲良くなれた。
「お前たち、何をしゃべってるんだ?」
ジークフリートさんたちのとこへ最後の確認にいってたらしいオスカーさんとデリクさんが私たちのところへ帰ってきた。
「ユイさんの婚約者が早く見つかるといいですねって話してたんですよ」
「お、おー、それは、そうだな。俺もそう祈ってるよ」
オスカーさんは、ステラさんとエミリーさんが本心を探るようにじっと見つめているのに気づいて目を逸らした。
「ジークフリートさんに作戦の確認に行ったついでに、ユイの婚約者のハルについて噂でもないかと探りを入れてみたけど、残念ながらなんの手がかりもなかった。ユイと同じ年で黒髪の冒険者なら目立つと思うんだけどな。ユイの言う通りの凄腕だとしたらなおさらだ」
「そう・・・ですか」
やっぱり手がかりなしか。私は、がっかりしたのが顔に出るのを抑えることができなかった。
「ユイ、まだ始まったばかりだし諦めるのは早い。こんなに冒険者が集まってるんだからな」
「そうですね」
私は、この合同討伐隊に加わることで、ハルの情報が何か得られるのではないかと期待している。
合同討伐隊にはギネリア王国中から名の知れた冒険者が集まっている。実はギネリア王国だけでなく神聖シズカイ教国からも神殿騎士団の人が参加している。
神聖シズカイ教国は初代勇者アレクの恋人にして大賢者のシズカイを信仰するシズカイ教の教皇が最高権力者である国だ。王様もいるらしいけど教皇のほうが王様より偉いのだ。神聖シズカイ教国は閉鎖的な国で、あまり他国とは付き合いがないのだが、唯一東側で国境を接しているギネリア王国とは友好関係にある。ベツレムは、ギネリア王国の南西に位置する神聖シズカイ教国との国境に近い。そして神聖シズカイ教国自体もイデラ大樹海に接している。ベツレムでの魔物の異常発生は、神聖シズカイ教国にとっても人事ではない。そのため神聖シズカイ教国も神殿騎士団を派遣し協力してくれているのだ。
そんな他国からの援軍までいる合同討伐隊に加われば、ハルの居場所について何か手がかりがつかめるのでは、私はそんな思いでいる。
ベツレムに来たときから集まった冒険者たちの噂話とかには気をつけている。怪しまれない程度に聞いて回ったりもした。
だけど、今のところハルについての手がかりは何もない。
最初からの私の考えは、私が見つけるというよりは、私が冒険者として名を上げハルに私を見つけてもらうというものだけど、私のほうでハルを見つけられればそれに越したことはない。
なんとかここでハルに関する情報が得られればいいんだけど・・・。




