3-14(壊滅された盗賊団).
すべてのオーガが戦闘不能になったので、後ろを確認すると、『リトルグレイセルズ』はさすがにB級パーティーだけあって、ジャイアントウルフ相手に遅れを取るようなことはなく、あと5匹まで討伐を進めていた。
「炎盾!」
「氷盾!」
ジャイアントウルフは、下級上位の魔物だが四つ足の獣系魔物の常としてなかなか素早い。だがマーブルさんの火属性防御魔法とヘイズドングさんの水属性防御魔法で近寄らせない。個としては他の冒険者たちと比べてクレアのほうが圧倒的に強い。しかしボロワットさんの指示は的確だ。防御魔法で分断しながらボロワットさんやアグロイドさんなどが個別撃破し確実に数を減らしている。
「クレア、僕たちは万一に備えて待機だ」
「はい」
僕は、むやみに参戦する必要はないと判断した。ボロワットさんの指示と彼らの連携は素晴らしい。
僕の予想通りそれからまもなくすべてのジャイアントウルフは討伐され戦闘は終了した。それを確認したあと、僕とクレアは戦闘不能にはなっているものの、まだ生きているオーガがいないか確認して回った。
『リトルグレイセルズ』の魔術師の女の人、確かアガーテさんだ、が負傷者に回復魔法をかけている。
「どうやら終わりだね、クレア」
「そのようです」
すべてのオーガの息の根を止めたことを確認した僕たちの近くに、ボロワットさんとヘイズドングさんがやって来た。
「いったいお前ら何者なんだ? 上級のキングオーガに率いられた30匹以上のオーガの群れを二人で討伐とかありえないぞ。S級? いや、この数だとS級でも二人じゃあきつそうだ。しかも俺たちが下級20匹を倒すより早いってなんなんだよ」
呆れたようにボロワットさんはそう尋ねてきた。
「オーガの群れとは二人で何度か戦ったことがありまして・・・ちょっと慣れていたおかげだと」
「いや、それにしてもクレアのあの動き。剣聖と言われても納得するぞ。それにハルの魔法だ。初めて見たけどあれが最上級魔法の炎超爆発ってやつなのか? それにしても最上級魔法なんて・・・」
黒炎爆発はちょっと黒っぽいけど最上級の炎属性魔法だと思われたようだ。そもそも最上級魔法を見たことがある人なんてほとんどいないはずだ。クラスメイトの中でさえカナさんしか使えなかった。
「ええ、まあ・・・」
「それにあの黒い金属のような弾を放つ魔法。あれはハルの固有魔法なんだろう? 発動速度も速いし。いや、本当に凄い!」
ボロワットさんは、バンバンと音がしそうな勢いで僕の背中を叩く。小さく凝縮した黒炎弾のほうはもともとの炎弾から見た目が変わリ過ぎて固有魔法だと思われたようだ。
「何にせよ、助かった。感謝する。お前たちがいなかったら全滅でもおかしくなかった。それに最初、お前らの実力を疑ったのも悪かった」
少し表情を引き締めたボロワットさんは、僕とクレアに頭を下げる。隣でヘイズドングさんたちも一緒に頭を下げている。
どうも人に感謝されるのは苦手だ。
しかもボロワットさんたちはかなり年上だ。彼らから見れば子供のような僕たちに頭を下げるのだから、ちゃんとした大人だ。それに戦闘での適格な指示と連携、やはりこの人たちはB級のパーティーだけのことはある。
冒険者もシモンズたちみたいなやつばかりじゃない。どの世界に良い人も悪い人もいる。
「いえ、たまたまオーガの群れには慣れていただけですし」
僕は異世界人で強さという面ではこの世界の人たちより恵まれている。それにエリル加護もある。でもそれらは実力とは言えない。ただ理由はどうあれ、ボロワットさんから見ても、僕たちがS級冒険者くらいの実力があるのは確認できた。特に今のクレアはルヴェリウス王国の剣聖であるギルバートさんより上じゃないかと見ていたのだが、それは的外れということはないみたいだ。イデラ大樹海での経験が僕たちを強くしたのだ。
「最上級魔法なんて、やっぱり、伝説級の素材が持ち込まれたって噂は・・・」アグロイドさんは、何か考え込んだ後「いや、ハル、クレアさん本当に凄かったよ」とボロワットさんたちと同じように感謝してくれた。
クレアは『リトルグレイセルズ』の他のメンバーやアグロイドさん、マーブルさんに囲まれて、「その剣術は飛心流ですよね?」、「誰に習ったの?」、「もしかしてクレアちゃんって剣聖とか? でもそれだとS級になってないとおかしいし」などと質問攻めに合っている。もともと人付き合いも少なく無口なクレアは、すごく困ったような表情で、うん、とか、いえー、とか答えている。
困ったクレアは、とうとう、僕のそばに来て、隠れるように僕の後ろに回りこんだ。 それを見たボロワットさんに、「愛されてるなー」とからかわれた。
「いや、僕とクレアは決してそのような・・・」
僕がしどろもどろになってしまったのを見て、「若いってのはいいなー」、「クレアちゃん美人だし、うらやましすぎるぜ」とか言われて、ますますみんなから、からかわれてしまった。
後ろのクレアを見ると、クレアも赤くなっている。お嬢様の格好をして、いつもより幼く見えるクレアが顔を赤くして上目使いで僕を見る。
これは反則だ。可愛すぎる。
それにしてもクレアの表情を見ると、最初に会った頃の冷たくて無表情な感じからすると柔らかくなったと思う。さっきだって揶揄われて困っていたけど、照れているだけでそこまで嫌そうではなかった。スパイにされて、いろいろ苦労してきたクレアだけど、ほんとは寂しがりやでお人好しな女の子なんじゃないかと思う。
「それで、盗賊団の討伐はどうするんだ?」
「中止して、トドスに帰るしかないだろう」
ボロワットさんとヘイズドングさんが、これからどうするか相談している。
とりあえず、盗賊団の討伐は中止してトドスに引き返すみたいだ。徒歩組の被害が分からないし、怪我人もいるこの状態で50人に規模の盗賊団を相手にするのは無理だから当然の判断だ。
ボロワットさんは『リトルグレイセルズ』のメンバーのうちヘイズドングさんを含む3人に徒歩組の確認に行かせた。
「ちょっとでも魔物の気配を感じたらすぐ引き返すんだ」
残りのみんなでオーガの角とジャイアントウルフの牙や爪、それに毛皮などの素材の回収にかかることになった。死体のまま馬車に乗せるのは無理だ。それにオーガのような人型の魔物はあまり素材になる部分がない。僕は、毛皮を剥ぐのはあまりやったことがないので、いい経験になる。クレアは慣れているようだ。そういえばフェンリルの毛皮も回収してくれていた。
僕たちが魔物の素材を回収していると近づいてくる人影があった。僕たちは、素材の回収を中断して警戒する。
近づいてきた男は「ボ、ボロワットさん!」と叫ぶとボロワットさんのもとへよろけるように倒れこんだ。どうやら徒歩組の冒険者の一人らしい。
「パトリック、大丈夫か」
「ボロワットさん、み、みんな魔物にやられて・・・すみません。俺だけ・・・」
「パトリック落ち着け。アガーテ、パトリックに回復魔法を」
アガーテさんの回復魔法で、だいぶ落ち着いたパトリックさんは、あらためて説明し始めた。
「俺たちは、計画通りに街道を外れて、かなり馬車からは離れて目立たないように追走してたんです。そしたら、突然、オーガの群れが襲ってきて、それにジャイアントウルフも現れて・・・」
僕たちが襲われたのと同じ状況だ。パトリックさんの話だと僕たちが魔物に襲われたとき徒歩組もまだ魔物と戦っていたのではないかと思う。
もしかして、まだ・・・。
「でもそれだけじゃないんです。俺、他の奴らと少し離れていたんです。ちょっと用足しにいってたんで、そ、それで、逃げられたんですけど・・・。そのとき、魔物の後ろに二人の魔族がいるのを見たんです」
魔族!
本当に魔族なのか・・・だとしたらなんでこんな場所に・・・。
「魔族だって!」
「何言ってんだ」
「ありえない」
みんな、口々に驚きの声を上げる。
「ほんとに魔族なのか? だいたいお前魔族なんて見たことないだろう」
ボロワットさんが確認する。
魔族が住むゴアギール地域とここはとても離れている。魔族を見たことがある者は少ないはずだ。それにエリルを見て分かる通り魔族はむしろ人族とかなり近い種族だ。角など一目で分かる違いがない者もいると言っていた。いや人族にだって少数だがダゲガロさんのように角がある者もいる。遠目で見たくらいで分かるものだろうか?
「ま、間違いないです。俺、目はいいんです。それが自慢で、一人は女で角があったし肌の色だって・・・絶対にあれは人間じゃないです。もうそれは見た瞬間只者じゃないっていうか、俺、怖くて・・・。もう一人は濃い鼠色のフード付きのガウンで全身を覆った不気味な奴です」
「確かに、そいつらが魔族で魔物を嗾けたとしたら、街道付近に大量の魔物が現れたのも納得できるが・・・。しかし魔族とは簡単には信じられんな」
「そうですね。ですが、最近、大樹海の浅層でも中級魔物の目撃例が増えていました。ギルドからも注意喚起されてましたし」とアガーテさんが指摘した。
「・・・」
ボロワットさんは魔族がキングオーガたちを操っていたなら筋は通ると考えている。一方こんなところに魔族が現れるというのも簡単には納得しがたいといったところか。
僕はエリルが言っていたことを思い出した。
エリルに反対している者の中でも・・・そうメイヴィス、再生の魔女メイヴィスには注意しろと、エリルはそう言っていた。確か人属や魔族など知性のある者さえ操れる魔法の使い手だ。人族の中に眷属を紛れ込ませることもできるから特に注意しろと、そう言っていた。
「ハル様、何かするとしたらメイヴィスだ。メイヴィスに注意しろ。確かエリル様がそう言ってましたね」
クレアが小声で僕に話しかけてきた。クレアも僕と同じことを考えていたみたいだ。
女魔族の特徴についてパトリックさんにもう一度確認してみる。
「青い髪で角が2本、青白い肌、あとは比較的若かった。今思い出してみると美人だったような。でも、かなり離れてたから・・・。そんなもんかな。でも、人間じゃないってのは間違いない」
パトリックさんは青ざめた顔でそう答えた。
青い髪、二本の角、若く美人の女魔族・・・。エリルが話してくれたメイヴィスの特徴と一致している。いや、エリルは年増とか言ってなかったか? うーん、分からない。それにメイヴィスだとしても他の魔族だとしても、ここまでどうやって来たのだろうか。
「とにかく急いで、パトリックたちが襲われた場所に行ってみよう」
ボロワットさんの言う通りだ。急がないと!
パトリックさんの案内で僕とクレアそれにボロワットさん、それに途中ヘイズドングさんたちも合流して徒歩組が襲われた場所に急いだ。
だけど・・・残念ながらパトリックさん以外の生存者はいなかった。
魔物に殺された50人近くの死体・・・平和な日本ではまず目にすることのない悲惨な光景だ。騎士と冒険者が入り混じって倒れている。手足がない死体や体の一部が原型を留めないほど潰されている死体もある。
人間の死体だけでなく20匹近くのオーガやジャイアントウルフの死体もある。この人たちが数を減らしてくれたおかげで僕たちは生き残れたのかもしれない。
僕は亡くなった人たちの冥福を祈る。
「酷いですね」
ヘイズドングさんの言葉にボロワットさんが頷く。
「あれだけの数の魔物に襲われたんだから、しかたないさ。俺たちは、ハルとクレアがいてラッキーだった。でなきゃ俺たちも同じ目に遭ってる」
この世界に来て、日本とは違う危険な場所だとは認識はしていた。大樹海でもいつ死んでもおかしくない状況を何度も経験した。でも、実際に魔物に殺された人の死体を見たのは初めてだ。人が死ぬのは、やっぱり怖いし、それに嫌だ。でも、これからもこの世界で生きていくなら覚悟が必要だ。やらなきゃいけないことだってある。
これがメイヴィスかもしれない魔族が魔物を嗾けた結果だとすると、人族と魔族の和解も簡単ではない。エリルはすごく困難なことに取り組もうとしている。地球でも民族の違いや宗教の違いなどで世界中で争っていた。
それでも誰かが始めなければ、行動しなければ争いが無くならないことも確かだ。
これからもこの世界で生きていくのなら人族や魔族の死体をいくつも見ることになるだろう。その中に僕の親しい人が含まれてほしくない。人の命の重さには変わりはない。だから・・・これは僕の我儘なのだろう。
「ハル様・・・」
気がついたらクレアが僕の腕をギュッと掴んでいた。クレアもじっと死体を見ている。クレアの両親も魔物に殺されたのだ。
ボロワットさんの指示で、死体から冒険者カードと何か形見になりそうな身に着けているものを回収して死体は火葬した。このあとこの場に埋めるのが、人が魔物に殺された場合のこの世界の一般的なやり方だが、死体が多すぎて今は時間がないので今日はここまでだ。
僕たちは、盗賊団の討伐を中止してトドスに戻り、グラッドさんに魔族の件も含めて事の顛末を報告した。魔族が現れた件は領主にも報告された。王都キャプロットにも急ぎ伝えられるそうだ。
盗賊団の討伐は中止になったが相応の報酬が支払われ、魔物の素材を換金したお金も分配された。僕たちに素材を換金したお金の半分以上を渡そうとするボロワットさんを説得して人数割にしてもらった。
僕とクレアは、ギルド依頼を適当にこなしつつ、ユイに関する情報収集と剣術や魔法の訓練を行う毎日に戻った。ギルドマスター会議が開かれ、グラッドさんにユイのことを聞いてもらうまではトドスに留まるつもりだ。
そして、その知らせは、あの日から一週間後にもたらされた。
魔物の盗伐を行っていた冒険者のパーティーが、トドスと王都キャプロットを結ぶ街道の東側、中央山脈の麓に広がる大森林の近くで盗賊団が拠点としていたらしい場所を発見した。そこで冒険者たちが見たものは、50人以上の盗賊たちの死体だ。魔物に食われたのか、ほとんど白骨化した死体もあった一方で、剣らしきもので斬られたのが確認できる死体や魔法で焼かれたと思われる死体もあったそうだ。
何者かにより盗賊団は討伐された。
おそらくパトリックさんが見た魔族の仕業だろう。剣を使う魔物はいない。魔族と魔族が操る魔物が盗賊団を討伐したというと一見奇妙だが、魔族にとっては盗賊団も人族には違いない。
ここまで、読んでいただいてありがとうございます。




