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3-13(盗賊退治のはずだったのに).


「クレア!」

「ハル様!」


 僕が馬車の中に声をかけると、白いドレス姿のクレアが大剣を持って飛び降りてきた。

 アグロイドさんとマーブルさんもそれに続く。アグロイドさんは剣を、マーブルさんは杖を持っている。 

 僕は意外と落ち着いていた。もちろん油断しているわけではない。強敵と認識した上、以前より冷静な自分に驚いていた。


 ここは、本来逃げるのが正解だ。可能なら・・・だけど。

 

「そういえば、未確認ながらキングオーガらしい魔物が目撃されたって・・・あれは本当だったのか・・・」


 僕の隣でアグロイドさんが何か呟いている。


「キングを含むオーガ30体は、この人数では無理だ。逃げるぞ!」


 ボロワットさんも僕と同じ考えのようだ。命を無駄にしてはいけない。でも、それは後ろに邪魔する敵がいない場合だ。


 前方には、オーガたちが僕たちを取り囲むように展開して迫ってきている。そして後方には、ジャイアントウルフの群れが現れた。


 20匹弱といったところか。あっという間の出来事だ。4つ足の獣系の魔物は移動速度が速いとの例に漏れずジャイアントウルフも速い。ジャイアントウルフはその名の通り、大きな狼の魔物である。フェンリルはもちろんブラックハウンドなどよりも脅威度は低く確か下級上位といってところだ。だが、僕たちを足止めするには十分だ。すでにオーガたちが目の前だ。


 最近、イデラ大樹海の浅層で中級魔物が目撃されることが増えていると、ギルドからも注意喚起されていた。しかし、イデラ大樹海とは反対方向の街道にまでなぜ・・・。


「な、なんでこんなに大量の魔物が街道付近に・・・。くそー、徒歩で追走しているやつらはどうなったんだ?」

「魔物たちにやられた可能性が高いです」


 ボロワットさんの疑問に答えのは、『リトルグレイセルズ』のメンバーで魔術師のヘイズドングさんだ。よく見るとオーガもジャイアントウルフも何匹かは傷ついて血を流している。すでに、他の冒険者と戦闘になったのだろう。そして今ここにいるってことは・・・。

 だとすると、『リトルグレイセルズ』の5人とアグロイドさんとマーブルさん、それに僕とクレアの9人でキングオーガを含む30匹以上のオーガの群れと20匹くらいのジャイアントウルフの群れを相手にするということだ。『リトルグレイセルズ』はB級のパーティーだが、全員がB級の冒険者というわけではない。

 アグロイドさんとマーブルさんはC級のはずだ。この中で最も強いのはクレアだ。クレアはS級以上の実力がある。


「クレア、ついてきて!」

「はい」


 僕とクレアは先頭まで走る。


「ボロワットさん。オーガの群れは僕とクレアで足止めします。その間にジャイアントウルフをお願いします」と声をかけると、そのままボロワットさんたちの横を通り抜けてオーガの群れに向かった。


 ジャイアントウルフは下級上位、オーガは中級、キングオーガは上級だ。ジャイアントウルフなら20匹以上いてもボロワットさんたちなら十分対処できる。


「お前たち、何を言って・・・。おい、二人でオーガ30匹って、キングオーガもいるんだぞ!」


 ボロワットさんの言う通りで、二人で相手をするのはきつい相手だ。ボロワットさんが、むちゃだとかなんとか喚いている。それを無視してオーガの群れに突っ込んだ僕たちの狙いはキングオーガだ。


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」


 僕は、次々と黒炎弾ヘルフレイムバレットをオーガたちに放つ。短時間に次々放っているので、威力は弱めである。それでも通常の炎弾フレイムバレットより威力の高い黒炎弾ヘルフレイムバレットだ。

 僕の目的はオーガを倒すことではなく、オーガをキングオーガやボロワットさんたちから引き離すように誘導することだ。僕の狙い通りオーガたちはぞろぞろと行列を作って僕を追いかけてくる。

 

 クレアは、僕がオーガたちを引き付けることによってできた道を通って一直線にキングオーガの前まで到達してジャンプした。クレア得意の風属性魔法の補助を使った跳躍だ。


クレアの白いドレスの裾がフワッと膨らむ。


 キングオーガは真上から斬り掛かったクレアを手で払い落とそうとするが、その手を蹴って地面に着地したクレアは、そのまま今度は大剣を下から上に斬り上げた。


 キングオーガの右足から血が噴出する。


「グゥオー!!」


 キングオーガが意味不明の叫び声を上げて、両手でクレアを叩き潰そうとするが、白いドレスの裾を翻して華麗にバックステップしたクレアはすでにそこにはいない。


 思いっきり両手で地面を叩いたキングオーガの頭上から、再びクレアが斬り掛かる。


 ズブッ


 クレアの大剣は、とっさに体を傾けて避けようとしたキングオーガの耳をそぎ落とし、そのまま肩から胸にも傷をつけた。大樹海最深部でキングオーガと戦ったときに較べて、クレアはまた強くなっている

 

「ギャウゥー!」


 キングオーガの顔は血まみれだがさすが上級魔物であり、そのままクレアを攻撃してくる。


 クレアはいったん下がって距離をとるが、そこにキングオーガを守ろうとして、僕を追うのを止めた数匹のオーガがキングオーガのそばに集まってきた。

 グラッドさんは、上級魔物を単独で倒せるがS級冒険者だと言っていた。僕はクレアはS級より上だと思っている。だが、ここにいるのは上級のキングオーガだけではない。周りには30体ものオーガがいる。


 僕は、黒炎弾ヘルフレイムバレットを次々に放ちながらオーガたちを引き連れ動き回っている。


 すでにかなりの数の黒炎弾ヘルフレイムバレットがオーガたちにヒットしているが、あまり魔力を溜めることができず連続して黒炎弾ヘルフレイムバレットを放っているので中級魔物のオーガを戦闘不能にするには威力が不足している。魔物も中級に分類されるようになると下級とは比べ物にならないくらい強いし防御力も高い。


 キングオーガを守ろうと集まってきたオーガのうち3匹はクレアの大剣の餌食になった。上手く誘導して個別に撃破している。さすがクレアだ。


 通常のオーガと1対1ならクレアの敵ではない。


 それを見たためか、僕を追いかけていたすべてのオーガが僕を追いかけるのやめて、次々とキングオーガの方へ向かっている。やっぱり人型の魔物は知恵が回るのが厄介だ。


 クレアが囲まれたら、まずい!


 僕は黒炎弾ヘルフレイムバレットを連発するのを止めて魔力を溜める。さらに、小さくする発動させ、その分威力を高めるようコントロールする。


 もっとだ!

 もっと小さく強くだ!


黒炎弾ヘルフレイムバレット!」

 

 僕を追いかけるのをは止めてキングオーガの方へ向かっているオーガたちの背中に向けて、これまでより魔力を溜め威力を高めた黒炎弾ヘルフレイムバレットを放った。凝縮して威力を高めた黒炎弾ヘルフレイムバレットの見た目は、もはや黒い鋼の弾丸だ。


「グォーーー!!」


 これまでより強力な黒炎弾ヘルフレイムバレット、黒い鋼のような弾は一匹のオーガを背中から貫き戦闘不能にした。

 クレアも近づいてくるオーガを個別撃破している。相変わらず、クレアは強い。でも残りはまだ20匹以上いる。

 

「クレア!」


 僕がクレアに声をかけると、クレアは黙って頷いた。大樹海で魔物の群れと出会ったときのいつもの作戦だ。


 数が多少減ったとはいえ、これだけのオーガを一人で殲滅するのはクレアでも無理だ。オーガは人型だけあって知恵がある。すでに1対1にならないように動いてクレアを囲もうとしている。オーガを個別に相手にするのであればクレアなら問題ないが囲まれて同時に攻撃されるのはまずい。


 ほとんどのオーガがキングオーガの周りに集まっている。これ以上個別に撃破するのは無理だ。


 クレアは、キングオーガを守るように集まったオーガたちから一旦離れて距離を取る。そのあとは、ヒットアンドアウェイの要領で牽制しながら時間をかける。今度は、倒すのではなく時間稼ぎをクレアはしてくれている。


 クレアが牽制している間に、僕は魔力を溜める。

 クレアが時間を稼ぐ・・・。僕はさらに魔力を溜める・・・。


 20匹以上のオーガを相手にこれ以上時間を稼ぐのは、クレアでも危険だ!


 ブラックハウンドの群れと戦ったときのことを忘れてはいない。オーガたちはすでに複数でクレアを取り囲もうと陣形を整えつつある。


 クレアとアイコンタクトを取る。

 クレアは頷くとオーガの包囲網を抜け出し全力で離れる。


黒炎爆発ヘルフレイムバースト!」


 キングオーガの頭上に、直径10メートル以上ある巨大な黒い炎の塊が出現した。クレアはすでにオーガたちから大きく距離を取っている。


 黒い炎の塊はゆっくり降りてくるとキングオーガを中心にオーガたちをドーム状に包み・・・爆発した。


 ドゴォォォーーン!!!

 

 一段階限界突破をした黒炎爆発ヘルフレイムバーストだ。僕は、しばらく前から魔法の二重発動を使って黒炎爆発ヘルフレイムバーストにも魔力を溜めていた。

 たくさんのオーガたちを巻き込むように広めの範囲で発動したのでその分威力は弱くなっているが、神話級のヒュドラにさえダメージを与えた魔法だ。


 やはり広範囲に発動した分威力が足りなかったのかキングオーガは、血まみれになりながらもフラフラと立ち上がってくる。その前にクレアの攻撃だって受けていたのにしぶとい・・・。だが、すでにクレアの相手ではない。


 クレアはキングオーガ周辺のオーガを踏み台にして一気に間を詰めると、大きくジャンプして大剣を振りかぶる。


 バシュッー!


「オゴォーーー!!!」


 やっと立ち上がったキングオーガはクレア一撃を頭にまともに受け・・・ドウっと地面に倒れ絶命した。


 黒炎弾爆発ヘルフレイムバーストの直撃を免れたオーガがまだ10匹以上残っているが、まともに戦えそうなのはもっと少なそうだ。直撃を免れたといっても爆発で飛ばされたり傷ついたりしている。


 僕は、剣を抜いてオーガに斬り掛かる。


 残りのオーガたちは爆風で飛ばされバラバラになっているので個別に攻撃する。クレアも同じことをしている。


 僕が剣で一匹に止めを刺している間に、クレアが二匹を片付ける。


 残りのオーガがまた一箇所に集まってきた。

 僕とクレアは、集まってきた5匹と対峙する。油断するのはまだ早い。


「クレア、いったん距離を取ろう!」

「はい!」


 僕は全力で走って距離を取ると、少し離れたところから黒炎弾ヘルフレイムバレットを次々放つ。オーガたちは避けようとしているが、全部は避けられない。このままでは、ダメだと思ったのか、黒炎弾ヘルフレイムバレットで傷つきながら5匹は僕の方に列をなして突進してきた。

 僕を庇うように前に躍り出たクレアが一番前のオーガを袈裟懸けに斬ると返す刀でオーガの腹を割いて倒した。

 次のオーガはそれを見て、クレアの前で立ち止まる。オーガの顔には怯えが見える。だがクレアの前で立ち止まるのは悪手だ。クレアの前で立ち止まるというミスを犯したオーガはあっという間にクレア斬られた。


 これで残りは3匹。


 僕が一匹を剣で相手にして倒している間に、クレアが残り2匹を相手にして倒した。


 こうして、すべてのオーガは戦闘不能になった。


 見るとクレアのドレスはボロボロで幾つか傷を負っている。それほど深い傷ではないようだが、僕が黒炎爆発ヘルフレイムバーストに魔力を溜め一段階限界突破するまでの間、20匹以上のオーガ相手に時間稼ぎをしていたときに負った傷だろう。


 これが同じ中級でも、もっと素早いブラックハウンドだったら・・・。僕はイデラ大樹海で死にかけたときのことを思い出した。


 今回もクレアに助けられた。


「クレア大丈夫?」

「大した傷ではありません。オーガごときに傷をつけられるとは申し訳ありません」

「いや、今回もクレアのおかげでなんとかなった。ありがとう」


  本当にクレアは頼りになる。クレアがいるから限界突破する時間を稼げる。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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