3-7(クレア騎士になる).
冒険者ギルドを出ると、クレアが行きたいとこがあるという。
そういえば、テンプレの絡まれイベントが終わって、僕が魔物素材の買い取り手続きをしている間、クレアは他の冒険者に何か聞いていた。
クレアに付いていく行くと、そこは奴隷商の店だった。店の1階と地下で奴隷が売られている。
ルヴェリウス王国で得た知識では、この世界のほとんどの国に奴隷制度がある。犯罪奴隷や借金奴隷などがあり、犯罪の度合や借金の額で奴隷期間が決まっている。理由なく奴隷にすることが許されているわけではなく、奴隷商を国が管理しているのが普通だ。だが、もちろん違法な業者というのはどこにでも存在する。
ヨルグルンド大陸の東には海洋を隔ててバイラル大陸と呼ばれる大陸がある。ヨルグルンド大陸の東の国ではバイラル大陸と交易をしている国もある。バイラル大陸には、第一次人魔対戦のとき人族に味方した獣人やドワーフ、エルフなどの血を引く人たちが多く住んでいるそうだ。
シデイア大陸やヨルグルンド大陸では・・・タイラ村を除いて・・・これまで僕は、そういった人たちをあまり見かけなかった。それでも、ときどき獣人などの血を引いていると思われる人がいる。中には魔族のように角がある人もいる。そして、そうした人たちは奴隷として人気がある。そのほとんどが国が認めていない違法業者によるものだ。
奴隷は別にしても、ヨルグルンド大陸の東側の国には比較的獣人やドワーフなどの血を引いている人が多いらしい。バイラル大陸と交易している国があるからだ。ユイを見つけてエリルとの約束を果たした後は、ヨルグルンド大陸東側の国や、さらにはバイラル大陸にも行ってみたい。
「それでクレア、なんでここへ?」
「はい。私はハル様の奴隷ですので、首輪を買って、正式にハル様と奴隷契約をしようと思います」
「奴隷契約?」
「はい。簡単に説明しますと、奴隷の首輪とハル様の魔力を使って正式な奴隷契約すると、ハル様以外には首輪を外せなくなってハル様に危害を加えることはできなくなります。奴隷の首輪は魔道具の一種なのです」
なるほど。
でも、僕はクレアと奴隷契約をする気はない。
「いや、クレアそれはダメだよ。クレアが僕にずっと仕えるって言ってくれるのはありがたいけど、奴隷契約とか魔道具でクレアを縛るなんて絶対にダメ」
「そうなのですか?」
「あのとき、クレアは自分で決めたって言ったよね? それまでは人に言われるままに行動してたって。でもこれは自分で決めたってそう言った。だからクレアの意志じゃなくちゃだめなんだよ。奴隷契約なんて必要ないよ」
「絶対にダメですか?」
「絶対にダメ」
クレアには何でも僕の言う通りなんていう人間にはなってほしくない。僕は未熟だし、これからもいっぱい間違う。イデラ大樹海で心が折れそうになっていた僕を叱咤してくれたクレアでいてほしい。
「分かりました。ハル様に仕えるという私の気持ちに変わりはありませんから、ハル様の言う通り奴隷契約は必要ないですね。ハル様ありがとうございます。なんだか、そう言ってもらえてうれしいです」
クレアはそう言って、僕に身を寄せてきた。僕はクレアの美しい横顔と、腕にふれているクレアの胸の感触にちょっとドキッとした。
「そうだ、奴隷契約がだめなら、私はハル様の騎士になります」
「クレア・・・」
「騎士なら問題ないですよね。私の意志ですることですし魔道具を使うわけでもありません」
僕の返事を待たずにクレアはその場に跪いた。
「私、クレアは創生の神イリスの名のもとに、騎士として生涯ハル様に忠誠を誓い、お守りします」
僕は唖然として僕の足元に跪いているクレアを眺めていた。
そうだ!
僕はアイテムボックスから火龍の大剣を取り出した。
「クレア、これを」
クレアはびっくりしたような表情をして躊躇している。
僕は黙って頷く。
すると、クレアは何かを決心したように、そしてその後、うれしそうな表情を浮かべて両手を前に差し出した。
僕はクレアの両手に火龍の大剣を乗せた。
「クレア、これからもよろしく頼むよ」
「はい!」
クレアは僕の前で跪き、僕からを受け取った火龍の大剣を両手で掲げるようにして持っている。
道行く人がチラチラとこちらを見ている。視線が痛い。
そのとき、遠くから軍楽隊のラッパの音が聞こえた。領主館のある方角からだろうか。ラッパの音が終わると通りのあちこちからパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「兄ちゃん、こんな美人な騎士に仕えてもらえて幸せだな」と知らない人から背中を叩かれた。
クレアは満面の笑みを浮かべている。
「ハル様にお仕えできて幸せです。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
クレアが火龍の大剣を持って立ち上がる。
「でもクレア、クレアはルヴェリウス王国で王様に騎士の誓いを立てたんでしょう?」
「はい。ガルディア帝国では皇帝にも誓いを立てました。今日のよりずっと大げさな儀式がありました。でも、あんなものはどちらも形だけです。今日の誓いとは比べられません」
「そ、そうなんだ」
ま、まあ奴隷よりはいいか。
「ク、クレア行こう」
周りの人たちの目に耐えられくなった僕はクレアと並んで足早に通りを歩き始めた。なんか照れくさくて何か話さずにはいられなかった僕は奴隷制度について聞いてみることにした。
「そうだ、クレアのこととは別に、ちょっと僕の奴隷に関する知識が間違っていないか確認しておきたいんだけどいいかな?」
「はい」
「えっと、まずこの世界では奴隷っていうのは一般的なんだよね?」
「そうですね。犯罪者奴隷といって犯罪を犯した罰として奴隷にされる場合や、悲しいことですけど貧しくて奴隷になってしまう場合など理由はいろいろありますが、貴族などお金のある人が奴隷を所有していることは多いです。ただ国によっては奴隷制度のない国もあると聞いています。私がこれまで住んだことのあるガルディア帝国とルヴェリウス王国では奴隷制度はありました。キュロス王国もこうして奴隷商が堂々と営業しているのですから奴隷制度があるようですね。ただ奴隷制度のある国でも、誘拐したりして無理に奴隷にするとかは重大な犯罪です。奴隷商になるにも登録とか資格が必要だと聞いています」
「資格のない人が奴隷の売買をすれば犯罪になるってことかー」
「そうですね。かなり重い罪になると思います」
「それと、奴隷の首輪ってどんなものなの?」
「奴隷の首輪は隷属の首輪のレプリカです」
「隷属の首輪のレプリカ? クレア、それはどういう意味なの?」
「隷属の首輪というのは失われた文明の遺物です。なのでこの世界にも数えるほどしか存在しないはずです」
またもや、なんでもありの失われた文明だ
「隷属の首輪は失われた文明の遺物の一つでいくつか発見されていると聞いています。その効果は主人となった人に危害を加えることはできないのはもちろん、その命令に絶対に逆らうことができず、逆らおうとするだけで死んでしまうと聞いています。外すことは主人以外できません」
「し、死んでしまう・・・。それはちょっと怖すぎる効果だね」
「はい。その隷属の首輪を研究して、その効果の一部を再現したのが、現在一般的に利用されている奴隷の首輪とか奴隷契約の首輪とか呼ばれているものです。奴隷の首輪には、主人に危害が加えることができないことと、主人以外に外せないという機能があるだけです。しかも主人以外に外せないという機能もオリジナルとは違い高位の魔導士などには外せると聞いています」
「なるほど。奴隷の首輪には元になった隷属の首輪ほどの力はないってことか。やっぱり隷属の首輪っていうのはちょっと怖いね」
「ハル様。心配しなくてもオリジナルである隷属の首輪は失われた文明の遺物ですから、発見されたものは国宝級の宝物です。普通には使うどころかまず見ることもありません」
「それはそうだよね。悪用とかされたら怖いし」
そんな話をしながら僕たちは、冒険者ギルドのある地域に戻って、買取窓口の巨乳美人さん・・・後から聞いた名前はナンネルさんだ・・・から紹介された宿に向かった。巨乳美人さんの説明が良かったのかその宿はすぐに見つかった。
宿に入ると、恰幅のいいおばさんが「いらっしゃいませー」と元気な声で出迎えてくれた。うん、いい挨拶だ。挨拶は客商売の基本だ。
「えっと、とりあえず1週間ほど滞在したいのですが」
「一部屋でいいのかい?」
「えっと部屋は・・・」
「部屋は一つで」
「え、クレア」
「私にはハル様を守る役目がありますから」
ク、クレア・・・。
「部屋は一つで、ベッドは二人用だね。分かったよ」
「いや・・・」
おばさんは、クレアの方を見て、任せとけという顔をして、ニッコリしている。これ、絶対、何か勘違いしてる。その後、なんとかベッドは二つにしてもらった。
「朝食だけお願いしたいのですが」
夕食は冒険者ギルドで取るつもりだ。僕たちの目的はユイを探すことなので、情報収集のためだ。朝食付きで二人で1泊銀貨6枚と銅貨8枚だったので、1週間で大銀貨4枚銀貨7枚銅貨6枚だ。とりあえず1週間分前払いでそれを払うと部屋に案内された。
宿について簡単な説明を聞いた後、お湯をもらって、まず体を清潔にした。クレアは、僕の前で堂々と裸になるので、僕は後ろを向いていたけど、ちょっと緊張した。まあ、大樹海の中でもそんな感じではあった。
クレアは「私はハル様の奴隷ですから気にしません」とかよく言っていた。でも、僕は堂々としているように見えて、実はクレアの顔が真っ赤になっているのを知っている。クレアは戦闘ではすごく強いけど、そういう方面では、すごく初心なんじゃないかと思う。
エリルの拠点を出てからは、大樹海ではずっと野宿だった。クレアが水属性と風属性、僕が火属性の生活魔法を使えるので、食用に狩った動物の肉を焼いたり、洗濯したりもできた。エリルの拠点から持ち出した戦闘用の服は耐久力が高い上、ある程度の再生能力まである優れたものだ。なので、僕たちは怪しまれない程度には清潔にしている。それでも、宿でお湯を使って体を拭くとさっぱりした。
風呂があるともっといいんだけど・・・。
そういえば、ルヴェリウス王国の僕たち異世界人のための建物には風呂があった。懐かしい。
僕たちは、宿に荷物を置いて、また街へ出た。これからの生活に必要なものをいくつか買い揃えるためだ。宿で着るための普通の服とかも必要だったからだ。
最初は遠慮していたクレアが「ハル様、これは似合うでしょうか?」と言ってうれしそうに服を選ぶのを見て、僕もうれしくなった。なんだかずいぶんと久しぶりに普通の生活が戻ってきたような気がした。
夜は予定通り、冒険者ギルドで夕食を取った。冒険者の会話に耳をすませたが、ユイらしい噂は聞けなかった。「僕と同じくらいの年で、僕と同じ黒い髪の女魔術師のことを知りませんか」と、何人かの冒険者には直接聞いてみたりしたが、やはり成果はなかった。
ちなみにこの辺りでは魔導士ではなく魔術師と呼ぶことが多い。この世界で黒髪は割と珍しいし、僕と同じくらい若い魔術師でユイほどの能力なら結構目立つと思うのだが・・・。
ユイは冒険者になっていないのだろうか?
でも、一人でこの辺りに転移したとしたら、僕ならとりあえず生活するには冒険者になるだろう。ユイも同じだと思うんだけど・・・。訓練くらいしかしてない僕たち異世界人にとって、お金を稼ぐ手段として第一候補になるのは冒険者なることだと思う。おまけに、実践訓練で冒険者ランクも取得している。
うん、冒険者になる。やっぱり、それしかないと思う。
トドスは結構大きな街だ。もう少し滞在して情報収集しよう。
こうしてトドスに到着した初日は、ユイに関しては何の成果も得られないまま、宿に帰って、クレアと一つ部屋で眠った。クレアが二つのベッドを密着させたので、僕たちは背中合わせで眠った。
大樹海でもいつもそうしていたように・・・。
朝起きるとクレアが僕に抱きついて眠っていた。これもいつもと同じだ。
でも大丈夫、ここはもう大樹海じゃない・・・。
僕は、安心したように眠るクレアの頭をそっと撫でた。僕は、クレアがほんとはすごく寂しがり屋なのを知っている。
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