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3-5(ユイ).

 私がテルツで冒険者になって、3ヶ月が過ぎた。


 私はオスカーさんの屋敷を出て長期滞在が可能な冒険者向けの宿に住処を移した。

 オスカーさんにかなり反対されたけど、私は引かなかった。オスカーさんの屋敷に住んでいることで、将来オスカーさんの第三の妻か側室になるのが当たり前みたいに、オスカーさんの家族も含めてみんなにそう思われてる気がした。

  特に当主であるクラウディオがそう思っていたことは間違いない。あの私を値踏みするような、私の正体を探るような視線は正直嫌だった。あの粘着質な視線はもしかしたらオスカーさんの妻にならないなら自分の側室か愛人にでもと思っていたのかもしれない。考えすぎかもしれないけど、この世界の貴族の常識とかは分からない。


 エミリーさんとステラさんに相談すると「まかせといて!」、「ユイさんがそう言うのなら、できるだけ協力しますわ」とのことで、結局、エミリーさんの家の知り合いがやっている宿を紹介してもらった。私は転移したとき、お金を持っていなかったので、二人の貴族令嬢からの紹介ということで長期逗留の際の前払金を免除してもらえたのは助かった。

 オスカーさんの屋敷を出て、もう1ヶ月くらいになるけど、屋敷を出たことでエミリーさんやステラさんのライバル認定が外れたのか、二人とは前より上手くやれるようになった。


 冒険者としても生活自体にも問題はない。ずいぶんと慣れた。自分で言うのもなんだけど、私の戦闘力は高い。オスカーさんのパーティーは、私が参加するまではC級かD級相当の依頼を地道にこなすスタイルでやっていた。最近はB級向けの依頼も少しずつ受けるようになりパーティーの実績も伸びている。私も一人暮らしできるお金を稼げている。


 うん、順調だ!


 B級の依頼とは主に中級魔物の討伐だ。この調子でいけば、もう少しでB級の昇級試験を受けることができそうだ。Bへの昇級試験では、B級向けの魔物討伐に冒険者ギルドから依頼を受けた試験官役の冒険者が同行し昇級の可否を判断するんだとか。


 ハルに見つけてもらうためにも冒険者として名を上げようと思ってたから、確実に目標に近づいているような気がして少しうれしい。

 本音を言えば、ハルになかなか会えなくて不安だけど、今は前向きなことを考えるようにしている。そうでなければ、平常心を保つのが難しいからだ。


 ハル、どこにいるの? 


「試験を受けさせてもらえばオスカーとユイは確実にB級ね」


 今日の魔物討伐も順調でエミリーさんも上機嫌だ。オスカーさんのアイテムボックスには一日の成果としては十分以上の魔物の素材が入っている。オスカーさんは貴族だけあってアイテムボックスを所持しているので私たちは荷物持ちを雇っていない。

 普通はアイテムボックスを持っているのはA級以上の限られた冒険者だ。さすがに有力貴族の三男だ。ただし、容量の関係でアイテムボックスには魔物の死体まるごとは収納できない。私以外はそれほどお金が必要というわけもないので問題ない。私がアイテムボックスを持っていることは秘密にしている。


「俺はともかくユイは確実だろう」

「これで聖属性魔法が使えれば、まるで聖女様ね」

「ステラさん、聖女様って?」

「隣の神聖シズカイ教国ではね、聖女シズカイ様は神のお使いとされているの」

「ユイ、シズカイ様って初代勇者アレクの恋人なんだよ。それで攻撃魔法も使えて回復魔法もすごかったんだって。それで恋人のアレクを守って死んじゃったんだよ!」


 エミリーさんが乙女の目をしている。


「神聖シズカイ教国では大賢者シズカイは黒髪の聖女と呼ばれていて信仰されているの。この大陸のほとんどの国が創生の神であるイリス様を信仰しているでしょう。でも神聖シズカイ教国だけはちょっと違ってるの。シズカイ教を信仰していて国を治めているのも教会なのよ」

「そうなんですか」

「一応王様もいるらしいけど、王様より教皇様のほうが偉いらしいわ。詳しくは知らないけど」


 神聖シズカイ教国は閉鎖された国だ。隣国であるここギネリア王国とだけ多少の交易があるが他の国とは付き合いがないらしい。


「そういえば、ユイも黒髪だよね」

「そういえばそうですね」


 デリクさんがエミリーさん言葉に頷く。


「ユイ惜しかったね。これで聖属性魔法が使えれば」

「エミリー、シズカイ様は、ただ聖属性魔法が使えただけじゃなくて最上級まで使えたのよ。聖属性魔法の最上級は聖女様しか使えない神の御業のような魔法よ。いえ、神聖シズカイ教国ではシズカイ様は本当に神のお使いだとされてるんだったわ」


 黒髪の聖女シズカイ・・・たぶん私と同じ日本人で私の先輩の賢者だ。


「それにしても、思ったより早くB級試験に挑戦できそうだ。やっぱりユイを誘って正解だった」


 オスカーさんはうれしそうだ。


 私以外が全員貴族であるこのパーティーは、もともと有名だ。その上最近は実績も上がり、私とオスカーさんはB級に昇級してもおかしくないって噂になっている。B級といえば一握りの上位の冒険者への入口だ。B級とC級の間には大きな壁がある。まだ10代の私がB級になれば、ほとんど例がないくらいすごいことだ。

 目立つのは好きじゃないけど、ハルに見つけてもらうのには目立ったほうがいい。でも、この3ヶ月間ハルは私を見つけてはくれなかった。私もハルの噂を耳にしなかった。3ヶ月は短いようで長い。


 ハルもクラスメイトもいない中での3ヶ月はとても苦しかった。ハルは、今どこにいるんだろう?


 会いたい・・・。


 そもそも生きているのかさえ分からない。考えたくないけど、あのクレアさんと一緒に転移したのだから、もう殺されていてもおかしくない。いや、ハルは生きている。絶対にだ。ハルが私を置いて死ぬはずはないよね。


 ハルは、ずっとそばにいるって・・・そう言ってくれた。


 でもそれならどこにいるの?


 何も分からないから探しにも行けないよ。ルヴェリウス王国へ帰ったほうがいいのかとも思ったけど、ここからルヴェリウス王国は果てしなく遠い。ハルが一緒ならともかく、この世界に詳しくない私が、多くの国を経てルヴェリウス王国まで一人で旅をするのは無理だ。そんな勇気はない。


 最近の私は感情に波があって、フッとした瞬間に心が折れそうになる。


 どこにいるとも、生きているのかも分からないハルを待つより、オスカーさんの妻にしてもらったほうがいいのかもって考えが浮かんできたことさえあった。


 ハル、ごめんなさい。


「な、みんなもそう思うだろ?」


 私は、話を続けているオスカーさんを見る。


 そもそもオスカーさんは私のタイプではない。貴族にしては気さくだし優しい。それでいて、やっぱり貴族のせいか普段から自信に満ち溢れている。ステラさんやエミリーさんがオスカーさんを狙っているのもよく分かる。客観的に見て地位もあって性格も悪くない。でも、ハルとは全然違うタイプだ。ハルは頭もいいし体力だって結構あるのに、いつも自信なさげだった。


 私のタイプではないオスカーさんにさえ頼ってしまいそうになる自分が怖かった。オスカーさんの屋敷を出たのは、それもあったからだ。心が折れて誘惑に負けたりしないためだ。


 ハルはあのとき、私を助けるために魔法陣の中でクレアさんを押さえつけた。それで、魔法陣の外で動揺している私を見て安心したように微笑んだ。自分がこれからどうなるのか分からないのに、私が無事でいるのを見て微笑んだのだ。


 それとも、私を安心させようとして微笑んだの? ねえ、ハル?


 それを見た私は、ハルが私だけでも助けようとしたのは分ってたけど、それでもハルのところへ飛び込んでしまった。どうしてもハルと離れたくなかった。自然に体が動いた。


 でも、私の手は、あと一歩のところで・・・ハルに届かなかった。


 そう、あと一歩で・・・。


 私は、いつになったらまたハルに会えるんだろうか? ずっとそばにいるって約束したばっかりなのに。 約束を破っちゃダメだよ、ハル。私はここにいるよ。


 ・・・早く私を見つけてよ。

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