3-4(ユイ~冒険者になる).
私、香坂唯はルヴェリウス王国の魔導技術研究所でハルと一緒にクレアさんに殺されそうになって、いろいろあって2度目の転移に巻き込まれた。転移といっても今度は全く違う世界に転移したわけじゃない。
今いるのはギネリア王国のテルツという街だ。私はテルツの南東のイデラ大樹海に近い草原のような場所でハルを探して辺りをさまよっていたところを、テルツの貴族の息子であるオスカーさんに拾われた。
オスカーさんはテルツの貴族シュタイアー家の三男だ。シュタイアー家はテルツを領都とするギネリア王国南西部領主である辺境伯家に仕える貴族だ。ギネリア王国南西部にはテルツのほか、その西に鉱山で賑わうベツレムという大きな街もあって南西部領主はギネリア王国の中でも有数の貴族だ。その領主に側近として仕えるシュタイアー家もかなりの名門貴族みたい。
オスカーさんが私と出会ったのは、テルツから東に行ったところにある街ラワドを領都とする隣の領主にお父さんの名代で会いに行った帰りだったみたいだ。
オスカーさんはシュタイアー家の三男だが、冒険者をしている。私はシュタイナー家に居候したまま、オスカーさんに誘われてオスカーさんのパーティーの加入し冒険者として活動することになった。この世界では冒険者は尊敬されているので、家を継がない貴族が冒険者をするのは、それなりにあることらしい。
私の体調も回復したので、冒険者ギルドでオスカーさんが他のパーティーメンバーたちを紹介してくれた。
「エミリーとステラだ。デリクのことはもう知っているな」
オスカーさんのパーティーは、リーダーで剣士のオスカーさん、オスカーさんの従者でやはり剣士であるデリクさん、攻撃魔法の得意なエミリーさん、初級の回復魔法が使えるステラさんの4人だ。オスカーさんが一番年上に見えるが、それでもオスカーさんを含めて全員20代だろう。
「ユイって、すごい魔法が使えるって聞いたけど」
エミリーさんは栗色の髪をショートカットにした活発そうな小柄な女の人だ。
「いえ、大したことは」
「ふーん、でもなんか風属性と火属性を合わせたようなすごい魔法を使ってたってオスカーが言ってたよ。固有魔法なの?」
「いえ、あれは、見た目通り火と風の混合魔法で・・・」
「魔法の混合なんってもんがあるのか! いや、最初見たときデリクと火属性と風属性を合わせたような魔法だなって話してたんだよ。な、デリク」
「ええ、正直あれには驚きました。10匹以上のオークを一度に倒してましたから」
「そんなすごい魔法を・・・」
いかにもお嬢様って感じのステラさんが目をまるくして私を見た。
「た、たまたまです」
相手がオークだったのでかなり加減して使った。下級ならもっとたくさんでもいける。最初の魔物討伐であの魔法を威力過多だって注意してくれたのはクレアさんだ。なのに・・・。
とにかくハルを早くみつけたい。
気がついたらエミリーさんがじっと私を見ている。
パーティーの魔法攻撃役であるエミリーさんはどうやら私のことを警戒しているみたいだ。
「エミリー。すごい魔法を使える人が入ってくれればエミリーの負担も軽くなるし、パーティーのためにもなるんだから」
「ステラは回復魔法が使えるからいいよね。どんなパーティーでもひっぱりだこだしさ」
エミリーさんが、ちょっとすねたような顔してステラさんを見た。
ステラさんは少しくすんだ金髪の髪を長く伸ばしたいかにも貴族って感じの人だ。初級とはいえ回復魔法が使える人は貴重だ。ステラさんもそのせいか余裕がある。
オスカーさんは魔術師を探していたと言って私を勧誘した。でもそれが嘘だっていうのはすぐに分かった。パーティーにはエミリーさんとステラさんと二人も魔術師がいる。そうそう、この辺りでは魔導士ではなく魔術師と呼ぶのが一般的なんだって。
冒険者を剣士タイプと魔術師タイプに分ければ圧倒的に剣士タイプのほうが多い。なのにオスカーさんのパーティーには私が入る前からすでに二人も魔術師がいた。私を勧誘したのは、初めて私と会ったときに私が使っていた魔法に興味持ったからだろう。
もしかしたら、私の容姿も興味を引いた原因の一つなのかも・・・。
「俺たちは全員C級だ。ユイが入ればB級になるのも早まるだろう」
私はルヴェリウス王国にいたときにC級になっている。メンバー全員が20代と若いこのパーティーで、みんなC級ならかなり優秀だ。実際、ここテルツでも気鋭のパーティーとして期待されているんだと、オスカーさんは誇らしげに説明してくれた。
「だが、ここからが大変なのは間違いない。ユイの加入は大きな力になるだろう」
オスカーさんの説明では冒険者のランクはC級まではパーティーの実績によりメンバー全員同じように上がっていく場合が多い。だけどB級からは個々の実績や実力がより厳しく審査され昇級試験もあるそうだ。B級は一握りの上位冒険者への入り口だ。B級とC級の間には高い壁がある。
エミリーさんとステラさんはシュタイアー家に仕える下級貴族の出だ。オスカーさんと同じくエミリーさやステラさんも家督を継ぐとかとは無縁の立場らしい。だから冒険者をやっているのだ。従者のデリクさんも下級貴族の出らしいので、私が入る前は全員が貴族だったということになる。さすがに全員貴族のパーティーは珍しいらしく、このパーティ―はこの辺りでは有名だ。全員が貴族だからこそ魔術師が二人もいたのかもしれない。この世界では支配者層ほど魔力が高い傾向にある。
ハルに見つけてもらいたい私にとっては、有名なパーティーの一員になれるのはありがたいんだけど・・・。
★★★
パーティーに入ってしばらくするといろんなことが分かってきた。
エミリーさんとステラさんは、どうやらオスカーさんの妻の座を狙っている。オスカーさんは三男なので家督は継がないがシュタイアー家ほどの家柄であれば将来独立して下級貴族になる可能性が高い。
下級貴族家出身で家も継がないエミリーさんとステラさんにとってオスカーさんは優良物件だ。しかも、日本人の私には理解し難いんだけど、二人とも奥さんになるつもりみたいで、どうやらオスカーさん自身もそう考えているようだ。
この世界の貴族が複数の妻を持つのは珍しくない。どうもライバルが増えたと思われたみたいで二人の私を見る目はちょっと厳しい。私が三人目になるつもりなのか、見極めようとしているのかも。
最初に婚約者を探していると伝えたはずなのに・・・。
「もう大樹海も近い。みんな気を抜くなよ」
オスカーさんの声に、私も杖を握る手に力が入る。
今日は私がメンバーに加わって、初めての本格的な魔物狩りだ。これまで訓練を兼ねて簡単な低級の魔物を狩って連携の確認をしたけど、本格的な活動は今日が初めてだ。
テルツから南に行けば、イデラ大樹海なので魔物討伐の依頼にはことかかない。というかテルツ近辺に多い種類の魔物の討伐は、いわゆる常設依頼なのでいつでも受けることができる。ハル以外の人と組んで、本格的に魔物を討伐するのは初めてだ。
世界で最も危険で伝説的な場所であるイデラ大樹海の話は、ルヴェリウス王国の書庫でハルと一緒によく読んだ。もちろんイデラ大樹海といっても奥深くまで行くわけではない。だけどやっぱり緊張する。
私が最初に目を覚ましたときにいたのも、おそらくイデラ大樹海の浅層なのだと思う。思うというのは、あまりに気が動転してハルを探し回ったのでよく覚えてないからだ。
早く冒険者として名を上げてハルに見つけてもらわないと・・・。
しばらく進むと、人型の魔物が数体見える。ゴブリンよりは大きいのでオークだろう。10匹以上はいる。ハルを探してさまよっていたときにもよく見かけた。この辺に多い魔物なのだろう。
「炎弾!」
エミリーさんは、ハルと同じで火属性の魔法が使える。しかもハルと同じで中級までだ。ハルは中級までしか使えないのを悩んでいた。だけど逆に、エミリーさんは中級まで使えることを誇りに思っている。
中級まで使えれば一般的には十分優秀なのだ。やはり異世界から召喚された私たちは特別なのだろう。
私が見たところ、同じ種類の魔法でもエミリーさんの魔法よりハルの魔法のほうが効果が高い。ハルは魔法の威力や効果範囲を状況に応じて自由に変化させていた。私たちの中でも魔法を精密にコントロールする技術ではハルが一番だった。
やっぱり私のハルはすごい!
エミリーさんの魔法で攻撃を受けたオークの足が止まる。足が止まったところを、すかさずオスカーさんが斬り掛かる。デリクさんは盾を構えて後衛の女性3人を守るように動いている。良い連携だ。ステラさんは回復役なので戦闘には参加しない。
「岩石弾!」
私は岩石弾でオークを狙ったが、オスカーさんが動き回って戦っているためうまく当たらない。ハルと一緒のときのようには連携が取れない。オスカーさんに当てないようにするのが、なかなか大変だ。
「氷弾!」
「ギャウゥゥー!!」
それでも、続けて放った氷弾がオークの顔面を捉えた。動きの鈍ったオークにオスカーさんが剣で止めを刺す。
よかった。上手く行ったみたいだ。
デリクさんは、盾を使って残ったオークの攻撃を受け流している。ただ、3人の後衛を守りながら複数のオークを相手にしているので大変そうだ。そういえば、ハルは前衛として剣で攻撃しながら魔法で私を守ってくれたりしてた。
「岩盾!」
私は防御魔法でデリクさんをフォローする。チラっと私を見たデリクさんがアイコンコンタクトで感謝を伝えてきた。後衛を守るデリクさんが安定すると、すぐにオスカーさんが次のオークに斬り掛かった。
「炎弾!」
エミリーさんも魔法で攻撃する。今度はエミリーさんが魔法で止めを刺した。
その後も、私は防御魔法でデリクさんをフォローしつつ、たまに攻撃もするというスタイルで戦闘に参加した。とりあえず、新参者の私は他のパーティーメンバーの動きをフォローするのを優先したほうがいいだろう。
結局、大した苦戦もせず、すべてのオークを倒して戦闘は終了した。
「終わったかー。みんなご苦労さん」
「ユイの魔法って発動が速いよね。最初も岩石弾の後、すぐに氷弾を撃ってたし」
うーん、そうなのだろうか。ハルに比べるとだいぶ遅いと思うんだけど。まあ、今日は威力とかよりスピードを重視してフォローに回っていたからそうなのかな。
「ユイさんの防御魔法でのフォロー、助かりました」
盾役のデリクさんも褒めてくれた。
「わたしって、防御魔法が使えないんだよね。炎盾は覚えているんだけどね」
「覚えているのにですか?」
「うん。魔導書を買って貰って覚えたんだけど、まだコントールが甘くて実践では使えないんだよね」
「そうなんですね」
「よければ、こんどコツとかを教えてよね」
「はい、私で良ければ」
「ん? そういえば、ユイってさっきは土属性と水属性の魔法を使ってたよね」
エミリーさんがそう確認する。
「それで、ユイが最初にオスカーたちに会ったときに使ってたのが、炎属性と風属性の混合した魔法だって話で・・・ってことは、ユイって基本四属性全部使えるんだ!」
エミリーさんの指摘に、みんな驚いて静かになってしまった。
「四属性全部・・・」ステラさんは小声で何か呟いている。
四属性全部使えるのは相当すごいことなのは私も知っていたけど、特に隠すつもりはなかった。ハルに見つけてもらうためには冒険者として有名になったほうがいい。
でもこの感じだと・・・。
聖属性魔法を使えることは当面は秘密にしておこう。
ルヴェリウス王国での知識によれば最上級の聖属性魔法を使える人は賢者である私とマツリさんしかいない。上級ですら使える人はほとんどいないと聞いている。実際、ルヴェリウス王国では上級以上の聖属性魔法を使える人を私とマツリさん以外見かけなかった。どうしてもって場合には、とても高価な上級回復薬に頼っていると言っていた。
ただ、話した感じだと、オスカーさんたちが異世界人のことやそれに伴う勇者や賢者についての知識をそれほど持っているようには思えない。ここは、ルヴェリウス王国やゴアギールから遠く離れている。
この辺りでは勇者とか魔王なんておとぎ話に近いのかも・・・。
それに、聖属性魔法を使えることを秘密にしといたほうがいい理由は、ほかにもある。ステラさんのパーティー内での立場だ。回復魔法は、傷を負ってすぐに使ったほうが効果が高い。時間が経つほど効果が薄れてしまう。一番いいのは、パーティー内に聖属性魔法を使えるメンバーがいて、その場で回復魔法をかけてもらうことだ。聖属性魔法は使える人が少ないからパーティーに聖属性魔法を使える人がいるのは、それだけで有利だ。ステラさんはそのことに、とても誇りを持っている。
そうでなくても私はオスカーさんの第三のお嫁さん候補かもって疑われていて、ステラさんやエミリーさんから、ちょっと警戒されている。
うーん、人間関係って難しい。
「まあ、とにかくすごい戦力が俺たちのパーティに加わったってことだ。ユイ、これからもよろしく頼む」
オスカーさんがその場を収めるように発言した。
「はい。こちらこそです」
その後、ステラさんがオスカーさんやデリクさんの傷を回復魔法で治療して、私たちは次の魔物討伐に向かった。
こうして、私のテルツでの冒険者としての日々は始まった。
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