2-27(タイラ村その1).
気がついたとき、僕はベッドのようなものに寝かされていた。首だけ動かして確認すると隣にクレアも寝かされている。胸のあたりが上下しているのを見て安堵する。
まだ神様に見放されてなかった。
安心したらまた眠くなってきた。クレアの無事を確認した僕は再び目を閉じた。
次に目が覚めた時、最初に目に入ったのはクレアの顔だ。
「ハル様、良かったです」
クレアは涙ぐんでいる。そのクレアの顔がぼやけてきた。
「うん。良かった」
「気がついたか?」
声の聞こえた方に顔を動かすと、クレアの隣に柔らかそうな白っぽい生地でできた服を着ている40才くらいの男の人が立っていた。
「ここは?」
僕は上半身を起こして尋ねた。
「ここはタイラ村だ」
「タイラ・・・村」
「そうだ。イデラ大樹海の中にある」
「大樹海の中・・・そんな危険な場所に村が・・・」
「私たちは強いから問題ない。怪我の方はどうだ?」
男と同じような白い生地でできた服を着せられた自分自身を見る。外見上の傷はすべて治っているようだ。ただ、体全体に痛みがまだ残っているし、まだ全身がだるい。
「クレア、回復薬を使ってくれたの?」
僕は死にかけていた。僕だけじゃない。クレアだって普通の回復薬で治るような傷じゃなかった。エリルの拠点から持ち出した回復薬も上級は使い切っていた。中級で治るような傷だっただろうか? 思ったより軽症だったのか。
「違います」
「セリアが回復魔法を使った」
セリア?
回復魔法?
僕は瀕死だったはず。手足などの欠損こそなかったが、特殊個体の攻撃を受け頭から肩に傷を受け大量に出血した。そのあと自分の魔法でクレアと一緒に地面に激しく叩きつけられた。内臓にダメージがあってもおかしくない状態だった。あれを短期間で完全に治そうとすれば少なくとも上級の回復魔法を使わないと無理だ。これまでユイとマツリさん以外に上級以上の聖属性魔法を使える人を見たことはない。
「上級の聖属性魔法を使える人がここに?」
「そうだ。俺たちは特別なんだ。それよりお前たちは日本人なのか?」
「・・・!」
「どうなんだ。違うのか?」
「なぜ、それを?」
「やはりそうか。俺の祖父は日本人だ。私だけでなくここの住人の多くは日本人の血を引いている。年は違うがお前は爺さんとよく似た雰囲気を持っている」
「えっと、名前を聞いても?」
「ソウタ・サカグチだ」
ソウタ・・・サカグチ。・・・坂口なのか?
「サカグチが家名だ。ソウタっていうのは爺さんが好きだったボードゲームのチャンピオンの名前からとってつけてくれたらしい」
ボードゲーム・・・チェス、いやソウタっていうんだから碁か将棋あたりか。
「そう・・・なんですか」
それにしても、この人が日本人の血を・・・。そういえば自然すぎて違和感も感じなかったが髪も黒い。ルヴェリウス王国の人たちに黒髪は少なかった。名前もサカグチだ・・・。だけど、こんなところに日本人の血を引いた人が。ここはこの世界でも最も危険な場所。イデラ大樹海の中だ。
「そんなことが・・・」それ以上言葉が続かない。
「信じれないって顔だな」
サカグチさんは、ちょっと待ってろ、と言って部屋を出ていった。
しばらくして戻ってきたサカグチさんが、手に持っていたものを見せてくれた。
「これは」
サカグチさんが手にもっているのは薄い金属の板のような・・・おそらく電子機器だ。
「爺さんが日本からこの世界に来たときに持っていたものだと聞いている。遠く離れた人と連絡をとったり、目にしているものを一瞬で精密な絵にしたりできる魔道具らしい。他にもいろんなことができたって言ってたな」
携帯電話なのか? だが僕の知っているものとは違う。僕の知っているものよりずっと洗練されたデザインに見える。サカグチさんのお爺さんは僕の知っている日本とは違う日本から来たのだろうか? しかもサカグチさんのお爺さんだというのだからずいぶん昔の話だ。
それなのに・・・。
まさか、僕の知っている日本より科学が進んだ日本から・・・未来から来たとでもいうのだろうか? ただ、その板がすごく便利なものだったとしても、この世界では電子機器は使えない。ヤスヒコが持っていた携帯電話も使えなかった。その金属製の薄い板をよく観察すると僕の良く知っている家電メーカーのロゴを発見した。
「これで信じたか?」
僕は曖昧に頷く。
サカグチさんは、それを肯定と受け取ったのか「とにかく、お前たちが爺さんと同郷の者だと分かった以上殺すわけにもいかないなー」と物騒なことを言った。
「えっと、僕は日本人ですがクレアは違います」
サカグチさんはクレアを見ると「もしかして魔族なのか?」と訊いてきた。
「違います」
「そうか。すまなかった。ここで生き残るくらいだからもしかしたらと」
「いえ、子供の頃にもそう言われたことがありましたから」
エリルもクレアの髪の色は自分よりも魔族らしいと言っていた。
「とにかくお前たちは上から来た。そうだな?」
「上?」
「大樹海の深層からだ」
「はい」
「この村にはときどき、大樹海の奥から人が流れ着く。俺たちは御使様と呼んでいる。御使様は日本人だ。この村は1000年以上前に御使様たちが作った。お前たちが現れるまで俺の爺さんが最後の御使様だった。クレアは初めての日本人じゃない御使様ってことになるな」
ここは、1000年以上前に日本人が作った村・・・なのか。
「お前たち、この村の住人になるか? ブッラクハウンドの惨状を見るに、お前たちにはこの村の住人にふさわしい力がありそうだ」
「すみません。僕たちはこの村の住人になるわけにはいきません。やらなきゃいけないことがあるんです」
僕は即答した。
「やらなきゃいけないこと?」
「人を探しているんです」
「人を? もしかして」
「はい。その人も日本人です」
「当てはあるのか?」
「えっと、キュロス王国かそうでなければギネリア王国にいる可能性があります」
「ここを真っすぐ下ればキュロス王国だ」
方向は間違ってなかった。
「だが王国にはこの村のことは秘密にしている。秘密を知ったものは秘密を漏らせないようにしている」
漏らせないようにって・・・殺すってこと?
「もっともキュロス王国の者がここまで来ることは滅多にない。高位の冒険者でも生きてここまで来るのは難しい。私たちくらいの力があれば問題ないがな」とサカグチさんは少し誇らしげに言った。
「日本人が作った村・・・。もしかしてこの村の成り立ちに転移魔法陣が関係しているのでは?」
サカグチさんは何も答えない。
「ハル様」
それまで黙ってたクレアが小声で僕に話しかけてきた。
「初代勇者アレクは魔王討伐の後、なぜかゴアギール地域と正反対の場所にあるヨルグルンド大陸の南に隠遁したと伝わっています」
確かにルヴェリウス王国でそんな話を聞いた。もしかすると僕たちがルヴェリウス王国からこのイデラ大樹海へ転移したのは偶然じゃないのかもしれない。エリルの魔法陣のこともある。案外イデラ大樹海とシデイア大陸の関係は深いのかもしれない。
「僕たちはこの村のことを知った。でもこの村の住人になる気はない。僕たちはどうなりますか?」
「正直困ったな。だが、お前たちが決してこの地のことを漏らさないと約束するなら、好きにすればいい」
さっきまでの話と180度異なるその言葉に僕は驚いた。拍子抜けしたと言っていい。
「約束します。でも、いいんですか?」
「殺してほしいのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「本当のところ、御使様を、爺さんと同郷の日本人を殺すわけには行かない。しかも日本人を探しているって言うんだからな」
やはりこの人は何かを知っている。日本人のことを知っている以上、異世界召喚魔法ことも知っているだろう。だが僕たちがここタイラ村の住人にならない限りこれ以上のことを教える気はないみたいだ。
「まあ、キュロス王国がこの村の事を知ったところで何もできない。ここまで辿り着ける者さえそうはいないだろう。すでに1000年以上この村は存続してきた」
「この村の人たちはキュロス王国と交流があるのですか?」
「ある。向こうは知らないがな。生活に必要なものを仕入れたりしてる。偽装のため、あっちにも家があったりするな。隣のギネリア王国へ行くこともある。実はこの村にはキュロス王国やギネリア王国の出身者もいる。別に攫ってきたわけじゃないぞ」
「そうですか」
ここからキュロス王国へ行くことはできそうだ。僕とクレアはもう少しでイデラ大樹海を脱出することに成功しそうなとこまで来ているのだ。思い返せば奇跡のようだ。ハクタク討伐からヒュドラの出現、エリルとの出会い、火龍との戦闘。ここまで来る間にも特殊個体のフェンリルやブラックハウンドなど多くの危険な魔物と戦った。タイラ村の人が見つけてくれなかったら死んでいた。
「ありがとうございました」
「急にどうした」
「いえ、まだ助けてもらったお礼を言ってないことに気がつきました。本当にありがとうございました。命の恩人です」
「御使様を助けるのは当たり前のことだ。それにあの特殊個体はいずれ討伐するつもりだった。この辺りには普段現れないレベルの魔物だったからな。俺たちとしても助かったんだ」
照れているのだろうか?
「とにかくもう少し休んで、体力が戻ったら好きにすればいい。ただし、この村の秘密は守れ」
「はい」
「分かりました」
他にもいろいろ知りたいことはあるが、この村の住人になるのを断った僕たちが、これ以上詮索するわけにはいかない。彼らは命の恩人なのだ。
その後、サカグチさんの奥さんだというセイラさんにも会った。サカグチさんと同じ年だそうだが小柄でよく笑うなんだか小動物のような可愛らしい人だ。サカグチさんと違い、見た目に日本人らしいとこはない。でもこの人が僕たちを上級回復魔法で治療してくれたのだ。上級以上の聖属性魔法を使える人をユイとマツリさん以外で初めて見た。見かけと違いセイラさんも普通の人ではない。いや、こんな危険な場所にあるこの村の人たちが普通であるはずがない。
ところで、ここはサカグチさんの家だそうで、僕たちは体調が戻るまで暫くここでお世話になることになった。ありがたい。
「あの人はお爺さんに日本の話を聞くのが大好きでしたから。ハルさんには失礼かもしれませんが、少しお爺さんに似たハルさんとお話するのがうれしいんですよ」
あれから僕はサカグチさんから日本のことをあれこれ聞かれた。
サカグチさんは僕の答えを聞くたびに「うんうん」とか「聞いたのとちょっと違うな」などと、ちょっと失礼かもしれないけど、子供のような反応を示した。
そんなサカグチさんとそれを見守っているセイラさんを見て、この人たちに対する警戒心は薄れていった。この人たちは悪い人ではない。実際サカグチさんはこの村の秘密を僕たちに話せないことを申し訳なく思っている節がある。
連載の息抜きに短編「善人の星」を書いてみました。
SFなのですがちょっと気取って文芸ものっぽく仕上げたつもりなのですが、成功しているでしょうか?
一応「善人の星」は文芸部のハルが文化祭のために書いた短編という裏設定があります。
とっても短い話なので良かったら読んでみて下さいね。




