2-23(また会おう!).
エリルに旦那様と呼ばれた僕は固まっていた。
だ、旦那様・・・エリルの、魔王の旦那様・・・。
「いやー、クレア聞いてくれ。昨日の夜、ハルがな、私のことを魅力的で、大好きで、ずーっと好きでいるって言ってきたんだ」
あれは夢・・・じゃなかったのか。いや、でもあれは・・・そういう意味じゃなくて・・・。
「ハル様! 本当に、そんなことを言ったのですか?」
クレアの目がなんか冷たい。
「ハル様、どうして黙っているのですか? やっぱり、言ったんですね。ユイ様がいるのに見損ないました!」
「いきなり永遠の愛を誓われるとか、自分で自分の魅力が怖くなったぞ」
あ、あれが永遠の愛を誓ったことになるのか?
「ハルがあんなに情熱的だとは、いやー、私もうれしかったぞ」
エリルの顔がほんのり赤い。
僕が口をパクパクさせていると「ハル様、これはいったいどういうことなのですか!」とクレアが僕を責める。なんだかクレアの顔まで赤い。
「いや、すでに心に決めた女がいるって、ちゃんと言ったんだよ。クレア」
「まあ、ハルもクレアも落ち着け」
エリルは、さっきより真剣な顔になると「私の夫になるのは不満なのか?」と頬を染めて上目遣いに僕を見る。エリルずるいぞ! そんな顔をして。
「ハルがずっと好きでいると言ってくれて、私もうれしかったのは本当だ。それにハルにこの加護を授けることができて良かったと思っている」
「いや、だから何度も言っているように僕にはユイが、すでに心に決めた女がいるんですって」
「なるほど、そういうことですか。エリル様はハル様のことが好きなのですね。そしてハル様も満更でもないと・・・。でもユイ様にどう説明すれば・・・」
クレアは何かを納得したあと、今度は考え込んでいる。いや、クレア僕の言うことも聞けって。
「ユイとやらのことは心配するな、私は心が広い。側室の一人や二人はぜんぜん気にしないぞ!」
そ、側室って・・・僕が気にするし、第一、ユイにはなんて言えばいいんだ。もしユイに側室になって下さいって言ったとしたら・・・。ユイって、ああ見えて開き直ると、何するか分からないとこがあるし・・・。
こ、怖い!
ああー。なんてことに・・・。
「クレア、ハルを頼むぞ! それからクレアも側室の一人として認めてやるぞ!」
「はい、ありがとうございます! ハル様のことはお任せ下さい。命にかえてもお守りします」
クレアなんでお礼なんか言ってるんだ!
★★★
結局、僕がエリルの夫になったのかどうかうやむやのままだ。
エリルは、そろそろ魔王城に帰らなければならない。
「ハル、異世界人のお前が魔族と人族の融和の鍵を握っていると私は思っている」
僕は魔王を倒すために召喚された異世界人の一人だ。
「でも僕は勇者じゃない」
「そうだな。ハルは勇者ではない。だが異世界人たるハルが私と、魔王と出会ったのは何かの運命なのかもしれない」
「魔王と勇者。個としては人族より強い魔族と数の多い人族。これはなんなんだろうな?」
エリルの言う通りだ。まるで誰かがバランスを調整しているようだ。
「ルヴェリウス王国が異世界召喚魔法を実行しても、魔王がいない時代には異世界人の中に勇者は現れない。少なくとも、これまではそうだった」
異世界召喚をしても魔王がいないときには勇者も召喚されない・・・のか。ルヴェリウス王国は勇者と賢者はセットみたいなことを言っていたから、賢者もそうなのだろうか?
「結局、力は拮抗し勝ったり負けたりだ」
「そして数千年の時を経て互いの血は交り、だんだんその違いも少なくなってきている。そういうことですよね」
「その通りだ」
確かにこの争いに意味があるとは思えない。しかし、それなら魔王と勇者の存在とはなんなのだろう。神は何を意図して・・・。
「魔王とはなんなのですか?」
「混沌の神バラスの加護を受け闇魔法を使える者だ。闇魔法を使えるものは魔王ただ一人だ。そして勇者とは」
「創生の神イリスの加護を受け光魔法が使える者ですね」
「そうだ」
まるでイリスとバラスの間になんらかの約束があるみたいだ。
しばらくの沈黙の後、エリルが話題を変えた。
「ハル、私の意見に反対している四天王が二人いると言ったが、そのうちの一人、メイヴィスには注意しろ。私の命令を無視して、人族に何かしてくるとすればメイヴィスだ。本当はもっとやばそうなのがいるんだが、とりあえず注意すべきはメイヴィスだろう」
「そのメイヴィスって、どんな魔族なんですか?」
「メイヴィスは、常に四天王の一角を占める由緒ある一族の出で、再生を司っている。自分に対しても他者に対してもその再生能力はすさまじい」
超級の回復魔法って感じなんだろうか?
「それは、やっかいですね。でも、四天王の能力を僕に教えてもいいんですか? まあ、サリアナさんのことも聞きましたけど」
「ハルは私の夫だから教えてもいいに決まっている」エリルは、呆れたような顔でそう言うと「それとメイヴィスの恐ろしいのは、それだけじゃない」と続けた。
「メイヴィスは死者の蘇生が出来る」
「え! それこそまるで神では」
「さすがに死者蘇生には条件がある。蘇生に耐えうる死体があること、そして死んでから数時間以内に死者蘇生の魔法を使うことが蘇生の条件だ。蘇生可能な時間については私も正確には知らない。そしてメイヴィスに蘇生されたものはメイヴィスに隷属し眷属となる。使役魔法では支配することができない知性のある人族や魔族でさえもメイヴィスの魔法なら眷属とすることができる。極めて強力な魔法だが、眷属となれるのは人間だろうが魔族だろうが魔物だろうが3体までという制限がある」
「3体もしくは3人まで。制限があるとはいえ、かなりの能力ですね。それでその眷属っていうのは人でもなれると・・・やっかいですね」
「そうだ。だから注意しろと言っている。何しろ人族の中に眷属を紛れ込ませることができるんだからな」
「その眷属っていうのは殺してもまた再生するとかなんですか?」
「それはない。眷属は死ねば塵になって消えるはずだ。私も見たことはないがな」
「なるほど。眷属は二度目の死と迎えると塵になって消える。そういうことですね。逆にメイヴィスが死んだ場合、眷属はどうなるでしょう」
「同じように消えてしまうだろうな。彼らは本来は死者なのだから。とにかくあの魔法はやっかいだ。だからハルには注意してもらいたいのだ。私に反対の魔族は多いが、中でもメイヴィスの一族は人族に対して好戦的だ」
「わかりました。注意します」
「うむ。メイヴィスは魔族らしい青い髪で2本の角がある女魔族だ。まあ、私ほどじゃないが美人といってもいいだろう。結構な年増だがな。とにかくメイヴィスには注意しろ。まあ、ここはゴアギールから離れている。念のためだ」
エリルは、僕たちを見て頷くと「そろそろ時間だ」と言って、魔法陣がある場所まで移動した。僕とクレアも付いていって、エリルが魔法陣を起動させるのを眺めていた。
「エリル、僕がエリルの夫なのかどうかはともかく、また会いたいよ。エリルは命の恩人だし、ユイを探しに行くためのアドヴァイスもしてもらった。本当にありがとう」
エリル、まだ偉そうに絶対できるとは言えないけど、ユイを見つけたら人族と魔族の和解に僕も協力するよ。他にもいろいろ言いたいことはあったが、僕は、エリルにもう一度「ありがとう」とだけ言って頭を下げた。
「ハル、クレア、普通に考えれば二人でこの大樹海を生きて出るなんてことは不可能だ。だが、私は今のお前たち二人なら、なんとかなるんじゃないかと思っている。私もこの若さで未亡人にはなりたくないからな」
いや、だから、それはまだ・・・。
「できるだけのことはした。お前たちは二人で伝説級の魔物を倒してみせた」
僕とクレアは黙って頷く。
「だが、もし・・・もし火龍やヒュドラのような神話級の存在に遭遇したときは迷わず逃げろ。もちろん、伝説級でも逃げられるときは逃げるんだ」
「はい」
「魔族と人族が和解して、ハルを私の夫として魔王城に迎えるまでの間しばしの別れだ。あ、それから側室は3人くらいまでにしてもらえると私としてもうれしい。それでは、また会おう!」
転移魔法陣が怪しく光る。
こうして、燃えるような赤い髪の美少女にして修行中の魔王であり、僕を夫と呼ぶエリルは、魔法陣を使って颯爽と魔王城に去っていった。
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