2-20(火龍その1).
明日は、エリルが魔王城に帰還する予定の日だ。
エリルが魔王城へ転移したら、僕とクレアもいよいよ大樹海を脱出する旅にでる。エリルには本当に世話になった。今日で3人での魔物討伐は最後となる。僕は少し寂しい気持ちになっている。
ここまでの魔物討伐は順調だ。
最近では、クレアが魔物の注意を引き付けている間に、僕が魔力を溜めて限界突破した炎爆発を放つのを基本戦術の一つとしている。 僕の限界突破した炎爆発はかなり威力が高く、この辺りの強力な魔物に対しても効果がある。
もう一つの戦術は、僕が発動速度を速めた炎弾を連発して魔物の注意を引きつけている間に、クレアが大剣で止めを刺すというものだ。
あとは必要に応じて、僕が魔法の二重発動も駆使して防御魔法でクレアを援護するって感じだ。
ヒュドラ戦で会得した炎爆発の限界突破と魔法の二重発動、この二つは僕の大きな武器になった。
それに、僕とクレアの連携もずいぶんスムーズになった。お互いに、いちいち言わなくてもやりたいことが分かってきた感じだ。ただ、相変わらずクレアが急に突っ込んでいって、ときどき僕を慌てさせる。
だが油断は禁物だ。今日の討伐が順調なのはこれまで討伐したことのある魔物ばかりだったからだ。イデラ大樹海は危険だ。エリルがいない中、ヒュドラのような神話級の魔物が出たら、いくら強くなったといっても僕とクレアで討伐するのは無理だ。いや、神話級どころか伝説級の魔物でも危険だ。
伝説級の魔物でクレアと二人だけで倒したのは、僕の魔法が不意をついた最初のハクタクとエリルのアドヴァイスで何とか倒したサイクロプスの2体だけだ。タラスクのときは結局エリルに助けてもらった。
それでも、僕とクレアはずいぶん強くなったし連携も良くなった。エリルの協力のおかげだ。まあ、神話級は滅多に見ることのない魔物だ。伝説級も含めて遭遇しないように祈るしかない。
なんとしてもイデラ大樹海を出てユイに会う!
絶体にやり遂げる!
「エリル、いろいろありがとう。明日でお別れだと思うと、寂しいよ」
「フフッ、人間に、そんなことを言ってもらえるとはな」
たった3ヶ月だったけど、本当に寂しいよ。エリル。
エリルは魔王なのに・・・こんな気持ちになるなんて不思議だ。
エリルは、角が生えているとか、ちょっと肌の色が青白いとかはあるけど人族とたいした違いはない。それどころか、かなり可愛い女の子にしか見えない。
「私も寂しいです。エリル様」
「ハル、クレア、魔族と人族が和解できればまた会えるぞ」
ほんとにそうなれば良い。
僕が、そんなことを考えていると、急にエリルの顔が強張った。
「ハル!、クレア! 拠点まで、逃げるぞ。 全力で走れ!」
エリルが空中に浮いたまま、すごいスピードで拠点の方に移動し始めた。エリルのただならぬ様子に、僕とクレアも全力でエリルを追いかけた。
いったいどうしたんだ。エリルは、ヒュドラを前にしてさえ余裕だったのに・・・。
急に辺りが暗くなった。
見上げると空を大きな影が覆っていた。
もしかして、ファンタジーの世界で最強って言われてる、あれなのか?
「ハル、クレア! 全力だ! 全力で逃げろ!」
拠点のある方向へ走っていた僕とクレアを遮るように、そのどう見てもドラゴンにしか見えない巨大な魔物が降り立った。全体的に赤い色をして背中には大きな羽がある。
エリルは言っていた。本物のドラゴンには、この付近に住む火龍、中央山脈に住むと言われる地龍、ギディア山脈に住む氷龍などがいると。そして、そいつらはヒュドラより上で神話級の中でも最上位だと。こいつはたぶん火龍なんだろう。色からして火山の火口にでも住んでいて炎のブレスでも吐きそうな感じだ。それに威圧感すごい。
確かに・・・これは魔物の王だ。
「ハル様!」
クレアは僕を守るように前に出ると、火龍に向かって飛び掛かる。
同時に僕は、炎弾を放つ。
火龍の鱗は硬く、ほとんどダメージは与えられていない。
火龍は、飛び掛かってきたクレアに向かって炎のブレスを吐いた。
「炎盾!」
僕は炎盾でクレアを守る。炎と炎が激突して膨れ上がる。
僕の炎盾では火龍のブレスを完全には防げず、クレアは地面に叩きつけられゴロゴロと転がっている。
「クレアーー!」
僕はクレアに駆け寄るが、そこにまた炎のブレスが襲って来た。
僕はクレアを抱えて、間一髪でそれを避ける。
今度は火龍が僕たちを踏みつぶそうと迫る。
だめだ! ぜんぜん相手にならない。
と、火龍がその動きを止め、後ろを振り返る。
見ると、ヒュドラの首を次々と落とした黒いカッターが後ろから火龍を襲っている。
「ハル!、クレア!、大丈夫か? まさか火龍が現れるとは」
「本物のドラゴンに遭遇するって、やっぱり珍しいんですか」
「見るだけなら神話級の魔物の中では多いほうかもしれないな。飛べるから行動範囲が広い。それでも何十年に1回目撃される程度だがな」
「それに私たちを、わざわざ襲いにきたようにも思える。ヒュドラが目を覚ましたこともそうだが、ハルたちが転移してきた影響かもしれないな」
クレアを見ると、さっきの火龍のブレスで相当ダメージを負っている。
エリルは、火龍の攻撃を避けつつ黒いカッターで攻撃する。エリルの攻撃は、ドラゴンを傷つけているものの、大したダメージには至っていない。あの黒いカッターはヒュドラの首をあっと言う間に切り落としたのに・・・。やっぱり神話級でも最上位と言うだけのことはある。
「エリル、僕は大丈夫ですけど、クレアが・・・」
クレアはかなりの火傷を負っているみたいで、立っているのがやっとのように見える。
「私も大丈夫です」
クレアはエリルが攻撃している間に自分で回復魔法をかける。僕はエリルの拠点から持ち出している回復薬をクレアに渡す。数少ない上級だ。
ドラゴンがエリルに気を取られている隙に、上級回復薬と自身の回復魔法で再び動けるようになったクレアを連れて拠点のある方向へ移動する。上級回復薬を使ってもすぐに完全に回復するわけじゃないし傷が治っても疲労だってある。それに回復薬は連続して使うと効果がうすくなる。これ以上ダメージを受けないようにしないといけない。当たり前だが回復薬や回復魔法とて万能ではないのだ。
しかし、火龍は僕とクレアに気がついて、また炎のブレスを吐いてきた。火龍のブレスは範囲が広く避けるのが難しい。
「炎盾!」
僕は、炎盾を発動させ火龍のブレスを防ぐ。
炎のブレスと炎盾がぶつかる。さっきと同じだ。火龍のブレスの圧倒的な力の前に僕とクレアは吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた。
「うー」
「ぐぅー」
猛烈な痛みが体を襲う。
それでも炎盾が少しは火龍のブレスを弱めたのと、地面に叩きつけられたときにクレアが風属性魔法をクッションとして使ってくれたみたいで、なんとかまだ動けそうだ。
火龍が僕たちに止めを刺そうとブレスで追い打ちかける。
と、エリルが僕たちの横に降りてきて両手を前に出す。
「闇盾!」
僕たちとブレスの間に黒い盾のようなものが現れ、火龍のブレスを防いでいる。エリルの魔法もすごい。
「エ、エリル、ありがとう」
「ハル、クレアを連れて今のうちに、拠点まで逃げろ!」
「でも・・・」
「私は、大丈夫だ」
僕は頷くと、クレアと拠点を目指して移動し始めた。
火龍はブレスでの攻撃を諦め、羽ばたくとエリルに向かって飛び掛かった。
エリルは空中に浮いてそれを避ける。
火龍はその巨体にもかかわらず、すごいスピードで空を飛び回り、エリルに襲い掛かる。さらに、時折、ブレスでも攻撃している。
対して、エリルもそれを避けながら黒いカッターで応戦する。
魔王対魔物の王・・・すごい戦いだ。
でも、火龍の鱗は本当に硬くて黒いカッターでもあまりダメージを受けていない。
明らかにエリルが押されている。




