2-18(伝説級の魔物その1).
あれから僕とクレアは、僕が魔王の別荘と呼んでいる場所を拠点として、エリルと一緒に魔物討伐の訓練をしている。エリルがいること、安全な拠点があることで訓練は順調だ。
僕たちの装備も一新された。武器以外はすべて交換した。以前の装備も良いものではあったが、さすがにこの半年でボロボロになっていた。エリルから譲り受けた装備は高レベルの魔物の皮や鱗、魔王が治めるゴアギール地域で飼育されている蜘蛛型の魔物アラクネアの吐く糸で織られた布などが使われている。耐久力が高い上、ある程度の再生力もあるという逸品だ。
魔物は高位のものほど単に防御力が高いだけでなく高い再生力を持っている。その素材もその性質を受け継いでいる。さすがに魔王の所持品だ。
僕が譲り受けたのは黒っぽい冒険者風の服だが素材のおかげで見かけ以上の防御力を持っている。クレアはホットパンツ風の装備に上は黒っぽいシンプルなシャツのような防具だが、肘や膝、それに胸などは皮よりも硬い魔物の鱗できている。足は魔物の皮でできた長めのブーツを履いて、ひざ上まで黒っぽいストッキングみたいな防具で覆われている。
二人ともシンプルな服装だが全体的に黒っぽいのでまさに魔王の配下のようだ。クレアの服に覆われていないところの白い肌が黒っぽい服との対比で際立つので、見ていてちょっとドキッとする。
エリルのおかげでこの辺にいる魔物との戦闘についてはずいぶん慣れてきた。
そして僕とクレアの個々の実力も上がったし連携も一層良くなった。二人が強くなればなるほど生きてイデラ大樹海を脱出しユイを探し出せる可能性も上がるのだから、僕たちも真剣だ。
ここまで僕たちの訓練に付き合ってくれたエリルには感謝しかない。
そして、エリルが魔王城に帰る予定の日まであと二日となった今日は、思い切って伝説級の魔物を相手にしてみることにした。
伝説級の魔物に会ったときは逃げる方針だ。しかし逃げ帰る安全地帯が無い状態では、戦わなければならない可能性もゼロではない。この大樹海を生きて脱出するのには必要な訓練だ。
「エリル、あの一つ目の巨人、サイクロプスだっけ、弱点はあるの?」
なぜか僕は、エリルのことを呼び捨てにさせられている。エリルの命令でだ。クレアは相変わらず、エリル様って呼んでるのに・・・。これ魔族が聞いたら、不敬だとか言って殺されるんじゃ・・・四天王とか怖そうだし・・・。
腕を組んで空中に浮いているエリルは「サイクロプスの弱点は角だ。角を狙え!」と指示した。
エリルがそう言った瞬間、黒い影が飛び出してきてジャンプした。
クレアだ!
クレアは、その天性の身体能力強化に加えて風属性魔法も利用して高く飛んでいる。クレアの得意技の一つだ。最初に見たときよりはるかに高くジャンプしその動きは洗練されている。
優に5メートルはありそうなサイクロプスより、さらに高く飛んだクレアは真上から、額に1本生えている大きな角に向かって大剣を振り下ろすが、サイクロプスが両手をクロスさせるようにしてそれを防ぐ。クレアは筋肉の鎧に跳ね返されて飛ばされるが、ヒラリと空中で回転して地面に降り立ち、再び巨人と対峙する。
着地するときも風属性魔法を使って衝撃を緩和している。格好いい!
「ハルが魔法で注意を引き付けろ。そこをクレアが攻撃だ」
エリルの指示が飛ぶ。
「炎弾!」
僕はエリルの指示通りサイクロプス足を狙って、炎弾を次々に放つ。なるべく小さな弾丸をイメージして威力の方を高めている。それを間髪いれずに次々と放つ。魔法の発動の速さと精密なコントロールはもともと僕の得意とするところだが、自分で言うのもなんだけど、ここ数ヶ月でその技術はさらに上がっている。
サイクロプスは足にダメージを受け少しよろけたが、いくら威力を高めているといっても伝説級の魔物に初級魔法がたいして効くはずもない。それでもサイクロプスは僕の方に向き直ると近づいて僕を踏み潰そうとする。
僕は慌てて僕と巨人の足の間に炎盾を発生させた。僕は炎弾とあわせて炎盾を展開していた。魔法のニ重発動、ヒュドラ戦で会得した技の一つだ。
バリッ!
炎盾は、巨人に踏まれて砕け散ったが、僅かな時間を稼ぎ、僕はなんとか横に回転して避けることができた。
ふー、危うく踏み潰されるとこだった。
サイクロプスは、炎盾を踏み潰したものの、炎弾が足に多少のダメージを与えていたおかげだろうか、ちょっと体勢を崩している。
そこへクレアが飛び掛って見事サイクロプスの角に一太刀浴びせた。角は硬く一度では切断ができないがサイクロプスは角にダメージを与えられて顔を歪めている。
サイクロプスは闇雲に両手を振り回すがクレアを捉えることはできない。僕の炎弾による足の傷はもう再生している。上位の魔物はどいつもこいつも再生能力が高い。
クレアは暴れているサイクロプスの攻撃を避けながら巨人に斬り掛かかっては離れるを繰り返す。巨人の攻撃力はすさまじく、サイクロプスの闇雲パンチで、あたりの樹木が折れ曲がっている。一発でも食らったらまずい。
クレアも、ダメージを与えるよりは注意を引き付けるために慎重に近づいては離れるを繰り返している。
クレアの意図を察した僕は、クレアが時間を稼いでいる隙に炎弾に魔力を溜め巨人の角を狙って放つ。連発するのではなく十分に魔力を溜めた上で小さく発動して威力に特化している。
くそーっ、外した。
サイクロプスも僕たちが角を狙っているのに気がついて角を守るように動いている。角は硬く相手は伝説級の魔物だ。
だが根気よくそれを繰り返す。角にはなかなか当たらない。だけど、僕とクレアの両方が角を狙っているのでサイクロプスもなかなか避けるのが大変そうだ。
「グォッ!」
僕の炎弾が角をはずしてサイクロプスの頬の辺りに当たった。ダメージは与えたが、あれくらいではすぐに再生してしまうだろう。
しかし、その瞬間クレアが、サイクロプスの角を狙ってジャンプし斬りつける。サイクロプスが顔の前を両手でガードしてクレアを弾き飛ばそうとする。
クレアはそれを予想していたのか、空中でクルっと回転して、クロスしたサイクロプスの両腕に着地すると、それを足場にしてサイクロプスの後方ジャンプしながら、サイクロプスの背中を斬った。
「ガハッ!」
クレアの身軽さというか身体能力はすごい。
その後もクレアがサイクロプスの注意を引き付けるように動き回る。
僕はすぐには魔法を放たずに魔力を溜めている。
クレアの動きに釣られたサイクロプスが後ろを振り返り僕から完全に注意が逸れた。
「炎弾!」
ついに僕の威力に特化した炎弾が巨人の角を捉えた。それも最初にクレアが一撃を与えたのと同じ場所だ。角に与えた傷だけはすぐには再生しないみたいだ。
「グギャオゥー!!!」
巨人がこれまでで一番大きな叫び声をあげた。エリルの言う通り角が弱点らしい。
普通なら初級魔法など効かないだろうが、威力に特化していたし弱点かつもともとダメージを受けていた場所に命中したのが良かったのだろう。
巨人は苦しそうな表情を浮かべ動きも鈍ってきた。
そこで僕は、剣を抜いて巨人に斬り掛かる。今度は剣で僕が巨人の注意を引き付ける。前より巨人の動きが鈍っているので、僕の剣でも囮くらいにはなれるだろう。
今度は僕が注意を引いているところに、クレアが高くジャンプして大剣で角を狙う。
サイクロプスは、クレアを叩き落そうと手を伸ばしてきた。
クレアはサイクロプスが伸ばしてきた手を蹴って地面に着地する。
その瞬間、今度は僕がサイクロプスに斬りかかるが、たいしたダメージは与えられない。
しかし、すでにクレアがもう1回ジャンプしてサイクロプスに攻撃を仕掛けている。僕に気を取られたサイクロプスは、さっきまでより動きが鈍っているせいもあり、クレアの攻撃を手で防ぐことはできず頭をずらして角を狙ったクレアの攻撃を避けた。
しかし、クレアはサイクロプスの肩のあたりを蹴って、さらにもう1回空中に浮くと、そのままサイクロプスの角に斬り掛かった。
ガリッ!
クレアの大剣は見事にサイクロプスの角を捉えた。しかも正確にこれまでダメージを与えたのと同じ場所だ!
そして、今度は見事にそれを切断した。
「グォォォー!!」
角を切断されたサイクロプスは咆哮し苦しんでいる。
そして、これまでよりさらに動きが鈍って攻撃も単調なものとなった。
その後は一方的な展開となり、僕とクレアで無事倒すことができた。
サイクロプスは伝説級の魔物で前にクレアと二人で遭遇したときは命からがら逃げた相手だ。それをクレアと二人で倒せた。
うれしい。
僕は、クレアが切断したサイクロプスの大きな角を眺めて勝利の喜びに浸る。だが反省点もある。ヒュドラに止めを刺した限界突破した炎爆発、あれを使う事ができなかった。クレアと二人だけでは素速いサイクロプスに対してあれを使う時間を稼ぐのは無理だった。
「ハル、クレア、上出来だ!」
「エリルの言う通り角が弱点だったよ。エリルのおかげだ。ありがとう」
「エリル様のご指示のおかげです」
僕はエリルにお礼をいうとサイクロプスの大きな角とクレアが取り出してきた魔石をアイテムボックスに回収した。
「うむ、ハルとクレアの連携も、ずいぶん良くなってきたな。だが、大樹海を二人で抜けるにはまだ不安がある・・・」
エリルが魔王城に帰還したら、僕とクレアはすぐに大樹海脱出を図るつもりだ。
エリルの説明によると、大樹海を抜けるためには、最初の一週間は、睡眠も最小限にして、とにかく急いで移動した方が良いとのことだ。大樹海のすべてで、この辺のように強力な魔物が出現するわけではない。最初の一週間で最も危険な場所を抜ければ、そのあとは人間の住む場所に近づけば近づくほど魔物は弱くなるので、今の僕たちの実力なら大丈夫とのことだ。だが、その最初の一週間が問題だ。
僕とクレアは確実に強くなっている。でもエリルはまだ不安だと言う。だけど、これ以上ぐずぐずしているわけにはいかない。
時間が経てば経つほどユイを見つけ難くなる。




