2-16(タツヤと魔族たち).
魔王城から自分の屋敷に戻ったメイヴィスは「相変わらずね。あの小娘は、妙に肝だけは据わっている」と忌々しそうに言った。
「それは褒めているんですか?」
「褒めているように聞こえる?」
「いえ、ただ魔王様の言うことには一理ありますね。何か常に魔族と人族の間でバランスが保たれているというか、神に掌の上で踊らされているというか」
「タツヤ、あなたは誰の味方なの?」
「もちろんメイヴィスのです。俺の目的は人族への復讐ですから」
「ならいいけど、確かに神の掌というのはそうかもしれない。なんせ3000年以上争って決着がつかないんだから。それでも奴らを滅ぼすまで戦いを止めるわけにはいかないのよ」メイヴィスの美しい顔に興奮のためか朱が差す。
「そういえばメイヴィス、魔王様はどこで修行するんですか?」
俺はちょっと話題を変えようと思ってメイヴィスに尋ねた。
「ああ、それはね、とても危険な場所よ。代々の魔王がそこで修行しているの。魔法陣で行くんだけど、その魔法陣は魔王城の中にあって魔王しか使えない」
「なるほど。そんな場所があるんですね」
「そうだ、タツヤ、行ってみる」突然いいことを思いついたといった表情でメイヴィスが言った。
「え? 俺がですか? でもさっき魔法陣は魔王しか使えないって」
「それが私には行けるのよ。私の一族は四天王の中でも最も古い。いろいろ情報がある。その場所と繋がっている魔法陣は実はもう一つあって、それが我が一族に伝わっているの。一族って言っても、現状私しか知らないけどね」
「そんなものがあるんですね」
「ええ、ここシデイア大陸は案外その場所と縁がある。魔王城の魔法陣、我が一族が管理している場所にある魔法陣、この2つのほかにもシデイア大陸とその場所を繋ぐ魔法陣があるかもしれないわね」
「いったいどこに?」
「例えばルヴェリウス王国とか」
「ルヴェリウス王国に・・・」
「もしかしたら初代勇者アレクは知っていたかもね」
「勇者アレクは知っていた・・・どうしてメイヴィスがそれを?」
「まあ、この話はお終い。ちょっと浮かれすぎちゃったわ」
メイヴィスはそれ以上は言いたくないようだ。
「俺もこの辺りと縁があるというその場所に、ちょっと興味が沸いてきました。メイヴィスが行くならお供しますよ」
「ふふ、ありがとうタツヤ。その場所は本当に危険なのよ。魔王が修行するのにぴったりの場所。タツヤ、あなたの修行にもぴったりよ。あなたにはもっともっと強くなってもらわないと困るわ。そうと決まれば、ジーヴァスに私たちもしばらく留守にするって伝えなくちゃね。いえ、なるべく早く行きたいけど、さすがにあの小娘がいるときは避けたほうがいいわね。残念だけど半年後にしましょう。魔法陣が使える間隔からして、あの小娘が留守にするのは半年くらいだと思う。まあ、焦る必要はないわ」
半年も魔王が留守にして、さらに入れ替わりで四天王であるメイヴィスが不在になるのはどうなのかと思うが。魔族は人族よりかなり長生きなので、人族とは時間の感覚がやや異なっている。メイヴィスの中では特におかしなことではないのだろう。
メイヴィスは、本当はあの小娘がいるときに行って修行の邪魔をしたいとか、修行の途中で魔王が死んだりしたら面白いとか、喜々として恐ろしいことを呟いている。
どうやらメイヴィスの機嫌は直ったようだ。なんだか今日は疲れた。体が重い。まあ、あのメンツの会議に同席すればそれも当然だ。俺は思った以上に緊張していたのだろう。
★★★
「ふー」
「魔王様、お疲れ様です」
エリルは魔族の中で特別名門の一族の出というわけではない。魔王は血筋ではなく神バラスの加護で決まるからだ。バラスの加護を得ると闇魔法が使えるようになり、闇魔法が使える者が魔王だ。
エリルが魔王に選ばれるまで200年以上魔王はいなかった。エリルの前の魔王ドラゴが勇者たちに倒されて以降、魔王は現れていなかった。そして魔王ドラゴを倒したルヴェリウス王国の勇者たちは寿命でその生を終え、しばらくは魔王も勇者もいない時代が続いていた。
エリルが突然闇魔法に開眼し魔王となったとき、エリルが最初に思ったのは、めんどくさいことになったな、だった。特に名家の出でもないエリルにとって毎日が平和に過ぎれば文句はなかった。混沌の神バラスの加護を得たからといって、突然魔王としての使命に目覚めるかといえば、そんなことはなかった。魔王になって以降、それまでよりも人族との関係について勉強したが、やはり無意味な戦いにしか思えなかった。無意味どころか、神バラスと神イリスの間でどっちかを勝たしてはならないとの協定でもあるみたいだと思った。
なら止めだ。神の思い通りになんかなってやるもんか。エリルが思ったのはそういうことだ。
「全くなんで人族との無意味な戦いにこだわるのか分からん」
「理屈ではないのでしょう。メイヴィスの言う通り、我々はこれまで多くの同胞を人族との戦いで失っております」
「それはそうなのだが、メイヴィスはともかくジーヴァスは何は考えているのか。あいつはメイヴィスと違い、単なる感情で動いているわけではないだろう?」
「確かにそうですが・・・。それはそうとエリル様、半年後には必ず戻ってきてくださいね。それ以上ジーヴァスに任せっぱなしにするは危険です。わたしの身にもなってください」
「サリアナ、分かっている」
エリルが思うに、メイヴィスならエリルのいない間に「一部の者が暴走してしまいまして」とかなんとか言って人族と小競り合いを起こしたとしても驚かない。まあ、これまでもルヴェリウス王国辺りで多少魔物を嗾けるくらいのことはしてるだろう。それにジーヴァスだって油断ならない。サリアナも見張ってはくれるだろうが、あまり長く留守にするわけにはいかない。
「それとあの場所はとても危険です。本当はわたしもついて行きたいのですが。エリル様のいない間、ジーヴァスやメイヴィスから目を離すわけにもいきませんし」
「心配ない。危険な場所だがこれまでの魔王も修行した場所だ。私とて初めて行くわけじゃない。安全地帯だってあるんだ。無理はしないと約束する。焦っても仕方がないからな。そもそも歴代の魔王があそこで修行し力をつけている。私にそれができなければますます舐められる」
「そうですね。我々魔族は強い者に従う傾向がありますから、エリル様が強くなることは良いことではあります」
確かに強くなる必要があるとエリルは思う。
今のエリルでは四天王の誰一人にも勝てる気がしない。特にジーヴァスだ。あいつは何を考えているのか分からないし、その強さの底がしれない。
人族との関係でいえばメイヴィスが一番厄介だ。暴走するならメイヴィスだろう。最近は新しい側近にべったりな様子だ。おそらくメイヴィスの死者蘇生魔法で眷属にしたのだろうが、どう見ても人族だ。
「とにかく強くなる必要がある」エリルは思わず口に出していた。四天王を完全に掌握しようとすれば誰よりも強くなる必要がある。幸い今は時間もあるし、強くなるための方法だってある。焦りは禁物だ。エリルは自分にそう言い聞かせた。
「とにかく留守の間を頼むぞ、サリアナ」
★★★
ジーヴァスはさっきまでの会議での魔王の様子を思い出していた。最初は御しやすそうな娘だと思っていたが、思ったより油断ならない。ジーヴァスは魔族最強は自分だと思っている。いや人族を含めても最強だろう。別に自惚れているわけではない。事実だ。だが魔王は混沌の神バラスの加護を受け闇魔法が使える魔族のことであって最強の魔族のことではない。
「ルドギスはこれまで通りルヴェリウス王国を見張れ。アグオスもいつもの任務に戻れ。インガスティ、お前は我と共にあれ」
まあ、会議でも言ったようにしばらくは様子見だ。
魔王エリルが歴代魔王と同じような力を得るには、もう少し時間を必要とするだろう。
他の四天王も何もできまい。
もちろん、ジーヴァスは魔王が力をつけるのをおとなしく待っているつもりはない。
その間に・・・。




