2-10(ヒュドラその2).
伝説級をも超える神話級の魔物ヒュドラ、僕とクレアの絶望的な戦いは続いている。
どうすればいい?
考えろ!
「炎爆発でヒュドラを焼いてみるから、クレアは、魔力が溜まるまでにできるだけたくさん首を落として!」
「はい!」
僕の知っている伝説では、ヒュドラの首は切り口を焼けば復活しないはずだ。
僕は炎盾でクレアを援護しつつ、一方で炎爆発を放つための魔力を溜める。僕は限られた魔法しか使えない代わりに魔法を精密にコントロールするのは多少自信がある。でも同時に2つの魔法を扱うのは初めてだ。
できるのか?
いや、やるしかない。
そうでないと、僕もクレアも死ぬ!
とにかく集中だ。クレアの援護を優先しつつ・・・。
「クレア、危ない! 炎盾!」
「ありがとうございます」
危うくクレアが毒のブレスに触れるとこだったが、なんとか炎盾が間に合った。
その代わり、炎爆発が初期化されてしまった。炎爆発のためにイメージしていた魔法陣はいったん解除され、せっかく溜めてた魔力もゼロに戻ってしまったのだ。
もう1回最初からやり直しだ。
ヒュドラの巨体を包むように炎爆発を発動するためには、最大限の魔力を溜める必要がある。それには時間がかかる。
クレアに氷のブレスが迫る!
「炎盾!」
くそー! また炎爆発の方は初期化されてしまった。
やっぱり、炎盾でクレアを守りながら、一方で炎爆発の魔法陣をイメージして魔力を溜めるのは無理なのだろうか。
いや、やるしかない!
とにかく集中だ!
クレアの、動きに慣れてきたのか、ヒュドラの攻撃が、クレアに当たり始めている。致命的なダメージは、僕が炎盾で援護していることもあり、食らってはいない。だけど、その代わりに、僕は炎爆発を使うことができていない。このままでは・・・。
くそー! クレアと二人生き残って、この森を出るんだ!
クレア、危ない!
「炎盾!」
「ハル様、助かりました!」
できた!
炎盾を発動しても炎爆発の魔法陣は維持できている。さっきまでのように初期化されてない。
火事場の馬鹿力とはこういうことを言うのだろうか。魔法の二重発動、二種類の魔法陣を同時に維持して魔力を溜めるという新たな魔法コントロール技術を習得することができた。
よし、このまま魔力を溜めるんだ。
ヒュドラを包み込めるような巨大な炎を塊をイメージする。
僕の魔法でそんな巨大な炎の塊を作れるのか?
いや、やるんだ!
僕は魔力を溜め続ける。
すると、魔力を溜めようとしても魔法陣に魔力が入っていかない、そう何か押し返されるような感覚を覚えた。
限界か・・・。
セイシェル師匠は個々の魔法には魔力を溜めることのできる最大値が決まっていると教えてくれた。
炎爆発は僕の使える最強の魔法ではあるが、あくまで中級魔法だ。最大限魔力を溜めたとしても中級の魔法で神話級の魔物にダメージを与えられるものなのだろうか?
しかもヒュドラの巨大さもあり効果範囲を広げて発動する必要がある。そうすると威力が犠牲になってしまう。
いや、迷っている暇はない。
これが僕の最大限の火力なんだからやるしかない!
クレアと二人ここを出て、ユイを見つけるんだ!
ん?
今、何か・・・。
これ以上は溜められないとばかりに押し返されていた魔力が、すっと魔法陣に吸い込まれるような感触があった。限界と思われていたところからさらに魔力が入っていったような気がする。それに、頭の中の炎爆発の魔法陣がこれまでになく強い光を放っている。
と、とにかく、もう少し魔法陣に魔力を溜めてみよう。
まだ、クレアがヒュドラの相手をして注意を逸らしてくれている。クレア頼む。もう少し頑張ってくれ。
僕は炎爆発の魔法陣にさらに魔力を押し込むように流す。魔力はどんどん魔法陣に吸い込まれている。さらに魔力を流す。魔法陣はその輝きをますます強くする。
しばらくすると、これ以上魔力を溜めようとしても再び押し返される感覚がやってきた。二度目の限界とでも呼べばいいのだろうか。
さすがにこれ以上は無理そうだ。それに時間も無い。クレアも満身創痍だ。
頼む。効いてくれ!
「炎爆発!」
ヒュドラの頭上に巨大な炎の塊が出現した。それは明らかに以前の炎爆発より濃く強い光を放っている。
クレアがギリギリまでヒュドラを斬り刻んだ結果、5つの首が落とされた。
クレアが素早くヒュドラから離れると同時に、炎の塊がドーム状にヒュドラを包み込む。
そして・・・ヒュドラを包んだ炎のドームは、辺りを揺らすような轟音を立てて爆発した。
ドォォォーーーーン!!!
「グギャァァァーーーー!!!」
ヒュドラは咆哮のような悲鳴と共に炎に包まれた。す、すごい威力だ。僕は思わず爆風で後ずさる。
炎に包まれたヒュドラは、どうっとその巨体を地面に横たえた。
「やった・・・のか?」
しまった。これはフラグだ!
「ハル様。まだのようです」
クレアが斬り落としていなかった、4つの首がゆっくりと鎌首を持ち上げるように動きだすのに合わせて、再びヒュドラは、立ち上がってきた。よく見るとクレアが斬り落とした首もすでに再生し始めている。
ああ、これでもダメなのか?
焼いても再生するのか・・・話が違うぞ!
絶望が僕を襲う。
「ハル様、やはり逃げて下さい」
確かに、もう逃げるしかない・・・。
でも・・・。
「可愛い女の子を置いて逃げるなんて、そんなことできないよ」
「ハル様・・・ちょっと格好つけ過ぎですよ」クレアが呆れたような顔で言う。
ハハ、ちょっと、カッコつけ過ぎかー。
でも、死ぬ前くらいはいいよね。
ユイごめん。ずっとそばにいるって言ったのに・・・。
「フフッ、なかなか良い男だな」
え? 今誰が喋ったの?
クレアの声じゃないよね?
なんか上の方から声がしたような。
上を見ると燃えるような赤い髪の少女が空中に浮いていた。額から角のようなものが一本生えている。気の強そうな目をしているけど、恐ろしく顔立ちが整っている。
顔立ちだけならは天使といっていいくらいだが雰囲気はむしろ悪魔だ。
僕より少し年下に見えるその悪魔的美少女は、こっちを見ると、まったく慌てる様子もなく「ヒュドラは全部の首を落とした状態で焼かないと再生するぞ」と教えてくれた。
「ハル、さっきの魔法なかなかの威力だったが、もう1回打てるか?」
なんで僕の名前を知っているのだろう?
いや、今はそんなことより優先すべきことがある。
さっきの炎爆発は、たぶん限界を突破して魔力を溜めることができたんじゃないかと思う。同じようにやるとして、うん、特に魔力が枯渇した感じもないし多分いけるだろう。
「やってみます」
「そうか。で、どのくらい時間がいる?」
えっと・・・さっきと同じように限界突破するとして・・・。
まず普通に最大威力で炎爆発を打つのに感覚的には1分以上は魔力を溜める必要がある。そこから限界突破して・・・コツはつかんだ気がするけど・・・さらに魔力を溜めて・・・。
「うーん。3分、いや5分くらいは欲しいです」
「よし、やってみるか。クレア、ハルの魔法が準備できたら、できるだけ素早く首を3つ落とせ!」
なぜかクレアの名前も知っているみたいだ。
「はい!」とクレアが返事をする。
「私が6つ落とそう」
赤髪の少女がそう言うと同時に、クレアがヒュドラに飛びかかり、僕は炎爆発に魔力を溜め始めた。
クレアが、ヒュドラのブレスを避けながら攻撃して、僕からヒュドラの意識を逸らす。
僕は魔力を溜める。どんどん溜める。
赤髪の少女がヒュドラの注意を引くように空中を動き回ってくれているので、クレアも安全に攻撃できている。
二人がヒュドラの注意を逸らしている間に、僕は炎爆発の魔法陣に魔力を溜める。クレアを援護する必要もないので魔力を溜めるのもさっきより楽だ。
しばらく魔力を溜めていると予想通り限界に達した。ここからさらに魔法陣に魔力を注入しようと粘る。しばらくすると、さっきと同じで限界を突破して魔法陣に魔力が吸い込まれ始めた。さっきよりスムーズにできた。まだ3分も経っていないだろう。さらに魔力を流し込む。
赤髪の少女とクレアは動き回ってヒュドラの注意を引いてくれている。
なんとか二人の期待に応えたい。
諦めるな。ユイに会うんだ!
魔力を溜める。
溜める・・・。
すると、ついに2度目の限界とでもいうべき状態に達した。さっきと同じだ。その後も少し頑張ってみたが、やっぱりそれ以上魔力を溜めることはできそうになかった。
赤髪の少女が僕の方を見る。
僕は黙って頷く。
「クレア行くぞ!」
赤髪の少女の合図で、クレアがヒュドラの首を狙って攻撃し始めた。首を落とすには3回以上同じところを斬らないと無理だ。しかしクレアの攻撃は正確だ。
クレアが首を一つ落とす。落とした首は、まだ再生しない。
クレアが、二つ目の首を落とす。
「炎爆発!」
ヒュドラの頭上に巨大な炎の塊が現れ、ゆっくりとヒュドラに向かって降りてくる。
それを見た赤髪の少女は、空中に浮いたまま両手を挙げた。
すると黒い霧のようなものが現れ、それが集まってまるで巨大なカッターのような形になる。赤髪の少女が巨大な黒いカッターを放つ。
1つ、2つ・・・・6つの首が、黒いカッターによりあっという間に切り落とされた。
巨大な炎の塊がドーム状に広がり、さっきと同じようにヒュドラを包み込む。
クレアは、最後の首を斬り落とすとヒュドラから離れ、僕の隣に立つ。
いつの間にか反対側の隣には赤髪の少女が立っている。
ドゴゴォーーーン!!!
地鳴りのような音と共に炎のドームが爆発した。
爆風が二人の少女の髪を揺らす。
「グギャァァァーーーー!!!」
ヒュドラは炎に包まれ、その巨体を地面に横たえた。ここまではさっきと同じだ。だけど今度は、さっきとは違って二度と立ち上がることはなかった。赤髪の少女の言った通りだ。
どうやら僕たちは助かったらしい。
「ハル様、いつから最上級の魔法を使えるように・・・」
「い、いや今のは中級の炎爆発で・・・」
「でも・・・」
伝説級の魔物でさえ出会えば逃げるようにしていた。最初に倒したハクタクは運が良かっただけだ。なのにそれより上の神話級の魔物と戦って生き残ることができた。
「お前たちが神話級と呼んでいる魔物の中ではヒュドラは防御力が高いほうではない。ヒュドラの怖いところはその異常な再生力だ」
「それで僕の魔法が通用したんですね」
「いや、そうはいっても神話級の魔物だ。いくら弱点をついたとしても中級魔法では絶対に倒せない。さっきのハルの魔法は少なくとも上級以上の威力があった」
炎爆発は中級魔法だけど限界突破して魔力を溜めたことにより上級魔法を通り越して最上級魔法に近い威力を得たのだろうか。
だとすると、ヒュドラとの命がけの戦いで、僕は魔法の二重発動と限界突破という新たな武器を2つも手に入れたことになる。
それでもこの赤髪の少女がいなければ僕もクレアも間違いなく死んでいた。この赤髪の少女はいったい何者なんだろうか?




