2-8(奴隷になります!).
クレアさんはこれまでのこと、そして僕とユイを殺そうとした理由を淡々と僕に話してくれた。淡々とした語り口がかえって僕の心に突き刺さった。これは感情を殺して事実だけを淡々と語らなければ決して受け入れられない話だと分かったからだ。
聞きながら、僕は・・・気がついたら・・・涙を流していた。
「ハル様、なんで泣いているのですか?」
「だって、5才で両親を亡くして、その後も、スパイにされて、知らない国に・・・一人で送り込まれて、人殺しを命じられて・・・。まだ僕と年も変わらないのに、もし僕だったらと思ったら・・・」
「ハル様とユイ様を殺そうとした私のために泣いてくれるのですか?」
確かにクレアさんは、僕とユイを殺そうとした。
でも、ここに転移して最初にハクタクと戦っているクレアさんを見たときから、なぜか、あまり憎む気になれなかった。そして今、クレアさんの話を聞いて僕は自然と涙を流していた。
「両親を亡くしてから、私は自分で考えることを止め、周りの人の言われるままに騎士養成学校に、そして帝国白騎士団に入りました。帝国白騎士団に入ってからは、あの人の・・・レオの言うままに行動していました。私は常に誰かに言われるまま行動していたのです」
僕はクレアさんの独白を鼻をすすりながら聞いている。
「レオは、私を引き取った帝国白騎士団幹部の息子で、レオ自身は幹部候補でした。レオが私をスパイに推薦して・・・わ、私は、レオのためにスパイになりハル様とユイ様を・・・」
唯一人クレアさんに優しかったらしいレオとかいう人は帝国白騎士団の幹部候補だった・・・。もしかして、その人もクレアさんを・・・。
いつも冷静なクレアさんの目にも涙が浮かんでいる。
「今考えると、レオも、結局、私を利用しようとする者の一人だったんだと思います。私がスパイの任務に成功すれば推薦したレオは・・・」
やっぱりクレアさんは、その人のことが好きだったのかな。だから好きな人のためにスパイになったのだろうか?
でも、その人はクレアさんのことをどう思っていたのだろうか?
もし大切に思っていたら、スパイに推薦したりするだろうか?
今考えればとか言ってるけど、クレアさんも最初から分かってたのかもしれない。分かっていて、その人のためにスパイになって僕たちを殺そうとしたのかも・・・。
「ハル様は、自分を殺そうとした私を助け、私を可愛い女の子と言ってくれて、そして今、私のために泣いてくれています」
そこで、いったん言葉を区切ると、真っすぐに僕の目を見て、クレアは言った。
「今日から私は、帝国のスパイをやめます!」クレアさんは僕の目を見てそう言うと「こんな場所でスパイも何もあったもんじゃないですしね」と少し表情を緩めて付け加えた。
「ほんとは、だいぶ前から、ハル様を殺す気はなくなってましたけど・・・」
クレアさんは穏やかな笑みを浮かべている。
クレアさんがもう僕を殺す気はないんだろうなとは感じていた。この過酷な環境の中で二人で生き抜いてきた。お互いに連帯感や信頼感、いやもしかするとそれ以上の感情を抱いている。
「クレアさん・・・いや、アデレイドさんって呼んだほうがいいのかな?」
「いえ、帝国のスパイであるアデレイドはもういません。これまで通りクレアと呼んでください」クレアさんは晴れ晴れとした顔で、そう言うと、「それとこれからは、一生ハル様を、命を懸けてお守りします!」と続けた。
「え!? 一生って?」
「はい、ハル様に一生お仕えします。ハル様とユイ様をこんな目に合わせた私ができることは、それしかありません」
「クレアさんは、ずーっとユイを探すの手伝ってくれてますし、それで十分ですよ。僕とユイを殺そうとした理由も話してくれましたし、もうクレアさんを恨んではいません。それに、あのときクレアさんは僕とユイを殺すのを躊躇ってましたよね? クレアさんの実力ならもっと簡単に僕たちを殺せたはずです。だいたい、魔物討伐訓練のときとかもっと簡単に殺せるチャンスがあったのでは?」
そうだ、クレアさんなら、もっと簡単に僕とユイを殺せたはずだ。今なら分かる。たぶんクレアさんは迷っていたのだ。だから、僕はこうして生き残っている。
「例えそうだったとしても、それで私が許されるわけではありません。それに、両親が死んでから、私は何一つ自分では決められなかったのです。でも、これは自分で決めたことなのです。だから・・・迷惑かもしれませんがそうさせて下さい」
「め、迷惑とかはないですけど・・・やっぱり一生仕えるって言うのは・・・」
「そうだ。一生仕えるんすから、私・・・ハル様の奴隷になります!」
クレアさん! 何を言ってるんだ。
この世界には奴隷制度があると聞いたことはある。なんでもそのための奴隷の首輪なんて魔道具があるらしい。でもクレアさんが僕の奴隷だなんて。
クレアさんは奴隷制度や奴隷の首輪について何か説明してくれているが全く耳に入ってこない。
「奴隷はダメです!」
「どうしてですか? 奴隷を所有している人はいっぱいいますよ。私のしたことからすれば罰として奴隷になるのは何もおかしなことではありません。私は、ハル様のためならなんでもする覚悟です。それに・・・」
「それに・・・なんですか?」
「それに、ハル様は毎朝私に抱きついてますし」
クレアさんの顔が少し赤い。
「いや、あれはクレアさんのほうから・・・」
クレアさんはフフッと微笑むと「心配する必要はありません。私はハル様の奴隷ですから、毎朝、私を抱きしめても問題ありません。何なら最初のときのように胸を揉んだりしてもかまいません」と言った。
「いや、前にも揉んでません」
「なんなら、ユイ様が見つかるまでの間、私がそ、その・・・」
クレアさん、全然聞いてないな。
勝手に真っ赤になってるし・・・。
まあ、さっきまでの深刻な表情に比べるとこのほうがいいし、今の状態では僕としても少しでも明るく振る舞いたいとこではある。
でも、奴隷はダメだし、それに少し確認したいこともある。
「でもクレアさん、僕の奴隷になるのでは、これまでと同じで、今度は僕の言う通りに行動するだけになりませんか?」
「ハル様の言いたいことは分かります。私は長い間、自分で考えて行動することは放棄してました。誰かに依存して生きてきたのです。今回のハル様に仕えたいという気持ちもその表れなのかもしれません。それでも少なくともそうしたいと思ったのは、私の本当の気持ちです」
「そうですか。でも、これからも僕の言うままに行動するのではなく、ユイが見つからなくて心が折れそうになった僕を叱咤してくれたみたいな、そんなクレアさんでいてほしいのです」
「ハル様・・・」
クレアさんが、今度は僕に依存しようとするのなら、もしかしたら少しの間そうしてもいいのかもしれない。人はそんなに簡単に変われるものではないだろう。ただ、僕はクレアさんに依存されるような立派な人間ではない。むしろ僕がクレアさんに立ち直らせてもらった。お互いに依存するのではなく、自分の足で立ちながら協力できるような関係をゆっくりとでもいいから目指すべきだろう。
結局、クレアさんは奴隷なると言って聞かず、一方僕は、僕に仕えたい気持ちはとりあえず受け取るが、奴隷はダメだと言って譲らず話しは平行線になった。これは文化的背景に違いもあるからお互いに相手を納得させるのは難しい。とりあえず、クレアさんを、クレアと呼び捨てにすることだけは約束した。
まあ、クレアさんなりに、いやクレアなりに僕とユイをこんな目に合わせてしまったことのけじめをつけたかった意味もあるのかもしれない。それで、クレアの心が少しでも軽くなるのなら・・・。
少なくとも今は・・・。
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