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2-7(クレアの話).

 僕とクレアさんは、この森でユイを探すことを諦め・・・ユイの生存を諦めたわけではない・・・まずは、ここからの脱出を目指すことにした。


「森を出るにはどっちの方向へ移動したらいいかを知る必要があります」

「はい。そのためにはどこか全体を見渡せるような、高い場所があるといいですね」


 ということで、付近のできるだけ高い木を見つけては登って辺りを見回してみた。

 身体能力強化をすれば、木に登るのはそれほど難しくはない。

 しかし、結論から言うと、移動すべき方向は分からなかった。周りは山また山で、森を抜ける正しい方向を見極めることはできなかった。すごく高い山が連なっている山脈の方向は分かったが、その方向は違うと分かっただけだ。


 とりあえず、あの山脈から離れるように移動すべきだろうか?

 それともあの山脈に登って、全体を見回してみるべきだろうか?


「ん?」

「ハル様、なにか?」


 僕は辺りを魔力探知で検索する。


「ゴメン気のせいだったみたい」


 クレアさんも辺りを探っている。


「特に何も感じませんね」


 僕たちは脱出ルートを探るべく探索を再開した。

 この場所はルヴェリウス王国に比べるとずいぶん暖かい。そもそもルヴェリウス王国は人族の国家としては最北端にある。それより北は魔族の支配するゴアギールだ。この場所がルヴェリウス王国より南だとすると北を目指すのが正解だろうか? 

 

 僕の思い付きからしばらく北へ進んで、一際大きな木に登って周りを観察してみた。

 と、そのとき黒い影が僕を襲ってきた。

 上からの襲撃に油断していた。ワイバーンだ! さっき感じた気配もワイバーンだったのだろうか。僕は、ワイバーンの攻撃を間一髪避けたが、その反動で木から落下してしまった。

 

「ハル様ーーー!」


 落下した僕をクレアさんが受け止めてくれた。

 助かった。


 この辺りは樹木が多い茂っているので、ワイバーンもそれ以上は攻撃することができず、どこかに飛び去った。


「クレアさん大丈夫ですか?」


 クレアさんに抱っこされたまま僕が聞くと、「身体能力強化してましたので、大丈夫です。でも、次は私の方が、お姫様抱っこで受け止めてもらえばうれしいかもです」とニッコリされてしまった。


 クレアさんでも冗談を言うんだ。

 なんか少しうれしかった。





★★★





 森からの脱出ルートを求めて探索を始めてから1週間は経過した。正直、なんの成果もない。


 でも・・・そろそろ決断しなくてはならない・・・


「クレアさん、明日から、見える範囲で一番高い山を含む山脈がある方向の反対へ移動しようと思います。北側にもあたりますし」

「はい」

「それで森の出られるかは分かりません。拠点を離れて移動すれば、もう逃げる場所もありません。正直、死ぬ可能性はかなり高いです」


 全く根拠がないわけでもないが、はっきり言って周りは山に囲まれているので賭けのようなものだ。

 これまで生きてこれたのは、なぜか魔物が寄ってこない拠点があったからだ。伝説級の魔物や群れている魔物など、僕とクレアさんではとても相手をできそうにない魔物に遭遇したら、全力で拠点に逃げ帰っていた。拠点から離れれば、それができなくなり死ぬ可能性が高まる。


「かまいません。私の命は、すでにハル様にお預けしています」

「ありがとうございます。永久に、ここにいるわけにはいきません。そろそろ決断するべきだと思います」


 その後、クレアさんはしばらく何かを考えていたが、「ハル様、いつかの質問にお答えしようと思います」と言った。


「いつかの質問?」

「はい、私がどうしてハル様やユイ様を殺そうとしたのか・・・その理由です」


 クレアさんは、思いつめたような表情で僕をじっと見つめていた。

 その瞳をなぜかとても美しいと感じた。


「ハル様、聞いてくださいますか?」

「はい」


 クレアさんは、僕とユイを殺そうとした理由、これまでの自分のことを、僕に話してくれた。


 それは・・・とても悲しい物語だった。


 クレアさんはガルディア帝国の魔物の被害の多い小さな村の出身で、クレアさんの本当の名前は、アデレイドなのだそうだ。

 クレアさんは、5才のときに、両親を魔物に殺され孤児になった。

 ブラックハウンドの牙に無残に噛み砕かれ原型を留めない両親の死体を見たときから、クレアさんの心は閉ざされた。

 この世界では魔物に家族を殺されるのは珍しいことではない。珍しいことではないが・・・だからと言って、それで人が救われるわけでもないし、それが悲しい出来事であることには変わりがない。

 孤児院に引き取られたクレアさんは、そこでも誰とも打ち解けることはなかった。

 一方、クレアさんの身体能力強化は子供の頃から非常に優れていた。それを知った帝国騎士団の幹部がクレアさんを孤児院から引き取った。クレアさんが9才の時だ。

 そしてクレアさんは騎士養成学校へ入れられた。帝国の騎士養成学校は少数精鋭かつ訓練が厳しいことで知られている。9才というのは幼いようで養成所に入る年齢としてはむしろ遅かった。しかしクレアさんはそこでも才能を発揮し過酷な訓練の末、13才で帝国騎士団に入団した。13才での入団は異例のことであり天才と呼ばれた。しかし、帝国騎士団でも、クレアさんの周りには、一人の男を除いて、その才能を嫉妬する者か恐れる者しかいなかった。

 その男は、いくらクレアさんが無視しても話しかけてきたらしい。そして、その男だけがクレアさんに優しかった。いつしかクレアさんはその男だけに心を許し、その男の言う通りに行動するようになっていたそうだ。


「私は世界でただ一人、その人だけを信じていたのです」


 クレアさんは、もしかして、その男の人が好きだったのだろうか?

 それについては、クレアさんは何も話さない。

 そして、その男は、クレアさんをルヴェリウス王国に潜入するスパイとして推薦した。女で若いことが有利だと判断されたのか、それは認められ、クレアさんは本当の名前であるアデレイドからクレアと名を変えルヴェリウス王国に潜入した。


 クレアさんが15才の時のことだ。


 15才の少女がたった一人でスパイとして見知らぬ国に送り込まれた。僕も日本から転移してきたけどクラスメイトたちがいた。なんといってもユイがいた。それに日本にいたときも家族には恵まれていたと思う。


 でもクレアさんは・・・。


 クレアさんがルヴェリウス王国で冒険者として活動していると、程なくしてルヴェリウス王国の騎士団に勧誘された。狙い通りだ。


 そして2年以上騎士団で働き信用を得た頃、クレアさんは異世界から召喚された僕たちの講師としての仕事を与えられた。

 帝国から与えられていた任務の中に、もしルヴェリウス王国が異世界召還に成功した場合、その情報収集と召還された者たちが力をつける前に殺すというものがあった。帝国はルヴェリウス王国を魔族に対する盾にする一方、必要以上に力をつけることを望んでいなかった。そしてクレアさんは、その任務のためにこれ以上ない立場を手に入れたのだ。

 だが、僕たち異世界人を殺してしまったら、誰が魔王と戦うのだろうか? 一定の戦力を削げばいいと考えていたのか、それとも僕たちがいなくても魔王を倒す自信があったのか。まだ魔王は出現していないと考えていたのか。帝国がそのあたりをどう考えていたのか疑問は残る。

 クレアさんは帝国から言われるままに行動していたようで、クレアさんからも疑問の答えは得られなかった。

 とにかくクレアさんは異世界から9人が召還されたので、そのうち誰かを殺し戦力を削いだ上逃げようと考えていた。


 そして選ばれたのが僕とユイの二人である。

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