2-6(僕は心が折れそうになる).
すでにこの森に転移してきてから、2ヵ月以上は経過したと思う。
朝起きると、いつものようにクレアさんに抱きしめられていた。そしていつものようにクレアさんに殴られた!
これまで僕とクレアさんはユイの捜索を続けてきた。
最初に転移された場所を中心に、今日は南、今日は東といった感じで範囲を広げて・・・・捜索を続けた。
もう同じ場所を何度も探したような気がする。たくさんの魔物を倒した。あのまま王国で訓練しているより、はるかに強くなったんじゃないだろうか。
毎日死と隣合わせで、たった二人で中級や上級の魔物と戦っている。ときには、ハクタクのような伝説級の魔物と遭遇する場合だってある。この世界は日本に比べれば危険が多く命が軽い。でもそれは比較しての話であって、決して命が大切じゃないわけではない。
僕とクレアさんはこの世界の基準でいえば、短期間でかなりの強者といえる存在になったと思う。相手が上級でも1体であればだいぶ安定して戦えるようになった。もちろん、この世界には僕たち以上の強者も存在する。でも、僕たちのように毎日のようにたった二人で上級の魔物と戦う者はいない。
上級の魔物と対峙するならB級や、場合によってはA級以上の冒険者を含むパーティーで挑むだろう。確かS級冒険者の基準は単独で上級魔物を倒せることだと聞いたことがある。クレアさんはもうその域にかなり近づいている気がする。
とにかく僕たちは二人しかいないのだ。好むと好まざるにかかわらす二人でここで生き抜いて、しかもユイを見つけ出さなければならない。これ以上の実践訓練はない。そしてこんな訓練をする人は僕たち以外に誰もいない。そもそもこの場所に辿り着ける人なんているんだろうか。
最初に戦ったハクタクの他にも伝説級の魔物に遭遇した。それは一つ目の巨人サイクロプスだ。同じ伝説級の魔物であるハクタクは倒すことができた。でもサイクロプスは無理だった。やっぱりハクタクのときは運が良かっただけだ。
もともと伝説級の魔物に遭遇したら逃げるという方針だった。それなのにサイクロプスに遭遇する前に植物系の魔物と戦っていたため逃げ遅れて戦闘になってしまったのだ。
サイクロプスは腕を振り回したり、足で踏みつぶそうとしたりして攻撃してくる。その攻撃は巨人の癖に恐ろしく素早く、躱すのが精いっぱいだ。その上、さすがに人型というべきなのか獣型の魔物より頭が良く僕とクレアさんの攻撃パターンを読んでくる。
なかなか有効なダメージを与えられず時間だけが過ぎ体力の限界が近づいた。結局、僕とクレアさんは当初の方針通り逃げることにした。
僕とクレアさんは、戦いながらジリジリと拠点の方へ移動した。気の遠くなるような時間が経ちもうダメだと諦めかかったとき、サイクロプスは突然追ってくるのを止めた。僕たちはなんとか拠点に辿り着いたのだ。サイクロプスは他の魔物同様、拠点に近づこうとはしなかった。
この経験から、僕たちは改めて伝説級の魔物に出会ったら逃げるという方針を徹底することにした。
その後、伝説級の魔物としてラノベやアニメでもお馴染みのフェンリルの、灰色の巨大な狼のような姿を遠くから視認した。フェンリルは素早い魔物で本来逃げるのは難しいのだが、運よく比較的拠点に近い場所だったので慌てて逃げ帰った。
こんな危険な場所で、これまで生き延びてこれたのは、第一には僕よりはるかに強いクレアさんがいたからだが、第二にはなぜか伝説級の魔物すら寄ってこない場所を見つけて拠点とすることができたからだ。いざとなれば逃げ帰る場所があるのは助かる。そうでなければ、ここは、どんなにクレアさんが強かったとしても二人で生きていけるような場所ではない。
ああ、こんな場所でユイは一人で・・・。
★★★
霧がかかったようになって周りが良く見えない。
一体ここはどこなんだ。
あれ、あの公園は、学校と家の間にある児童公園じゃないか。小さいころによくユイちゃんと遊んだ場所だろうか。
そうだ、早く学校に行かないと遅刻しちゃうよ。
「急ごうユイちゃん」
隣を歩くユイちゃんから返事がない。
「・・・? ユイ・・・ちゃん」
いつの間にか霧が晴れている。でも辺りは暗い。街頭の灯りが、ぼんやりと辺りを照らしている。
あれ、いつの間に夜に・・・。
なんで僕は夜に学校に行かなきゃなんて思ったんだろう?
僕は夜空を見上げる。
ああ・・・。
夜空には月が、3つの月が輝いていた。
ここは・・・。
思わず隣にいるユイちゃんの手を握ろうとしたけど、隣には誰もいなかった。
「ユイちゃん! どこにいるの? ここはどこ?」
早く探さないと、早く見つけないと・・・。
夢中で辺りを走り回りユイちゃんを探す。
でも、ユイちゃんはどこにもいない。
なんで、なんで・・・こんなことに・・・。
「ユイちゃん、ユイ! ユイ!」
「ハル様! ハル様!」
気がつくとクレアさんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
今のは夢・・・か。
「クレアさん・・・」
「ハル様、大丈夫ですか?」
「ああ、なんか夢を見ていたみたいで・・・」
この場所に転移してから、すでに3か月は経過しただろうか。いやもっとかもしれない。少し時間の経過が曖昧になってきた。
伝説級の魔物がいれば拠点まで逃げ、それ以外はなんとかクレアさんと討伐してという毎日が続いている。でも、いくら魔物を倒しても、魔物の討伐に慣れてきても、ユイは見つからない。
同じ魔法陣で転移したのだ。近くにユイはいる。そう思って探してきた。
でもユイはどこにもいない・・・。
毎日、魔物だけでなく絶望とも戦っている。
この森は深く、脱出する方法も分からない。
ユイを見つけられないまま、僕は死ぬんだろうか?
僕は、重い腰を上げ、今日もクレアさんと一緒にユイを探しに拠点を出た・・・。
★★★
この場所に転移してから・・・はっきりとは分からないけど・・・もう・・・半年近くは経過したのではないだろうか?
すでに毎日のユイの捜索はルーティーンと化し、心の中で今日も見つからないだろうと思いながら機械的に体を動かしている。そんな状況だ。
ユイは近くにはいない。もう死んでいる。ただ・・・それを認められない。
そして、僕はいつものように捜索に行くことができなくなった。
ユイを探さなきゃと思うのに、体が動かない。
分かっている。体の問題じゃない。心が折れそうになっている。
そして、ついに、それをクレアさんが口に出した。
「ハル様、この近くにユイ様はいません。もし、いたとしたら、もう死んでいます」
ユイが・・・死んでいる・・・。
何度も頭に浮かび、そのたびに振り払い・・・考えないようにしていたこと。
ユイは・・・もう・・・死んでいる・・・。
「勝手なことを言うな! ユイがユイが僕を置いて死ぬはずがない! 死ぬ・・・はずが・・・」
クレアさんのせいで、クレアさんが僕たちを殺そうとしたから・・・。
こんな、こんなことに・・・。
気がついたら、僕はクレアさんに、後ろから抱きしめられていた。
「申し訳ありません。こんなことになったのは、私のせいです。私を殺したいのなら、いつでも殺して下さい」
違う、僕はクレアさんを殺したいわけじゃない。ユイをユイを見つけたい。ただ、それだけだ。クレアさんはそれに協力してくれている。僕は何度も死に掛けた。この森の魔物は強い。クレアさんがいなかったら、もう100回は死んでいる。
「ハル様、私は、この辺りにユイ様が転移していたら、すでに死んでいると言っただけです。ユイ様は、この森の中じゃないどこかに転移したかもしれません」
そうなのだろうか? まだ希望はあると言うのか? 同じ魔法陣で転移したから近くにいると決めてかかっていたけど・・・。
「でもそれじゃあどこに・・・。違う世界にでも転移していたら・・・もう・・・二度と・・・」
「ハル様、私は魔法陣での転移には詳しくありません。でも、ユイ様が全然違う場所に転移したとは思えないというハル様の意見には賛成です」
「だから、この付近を探したのに、こんなに探したのに・・・ユイは、いない」
「ハル様は異世界から来たんですよね? 魔法陣で召喚されて?」
「それが・・・なんの関係が?」
「魔法陣を使えば、別の世界に転移することすらできるんです。その感覚からいうとユイ様が比較的近くに転移したといっても、その比較的近くっていうのは私たちの感覚より、かなり広くてもおかしくないのではないでしょうか?」
「それじゃあ、結局どこにいるか分からない。気休めじゃないか!」
「ハル様! ハル様がユイ様が生きているって信じる限り、私は、ユイ様を探すのを手伝います。私のせいでこんなことになって、それが私のハル様のためにできる唯一のことです」
「僕が、信じる限り・・・」
「そうです! ハル様が、ユイ様が生きてると信じる限りです!」
僕は意地になっていた。この場所でユイを探すのを諦めたら、ユイが死んでいることを認めることになると思っていた。だから何か月もこの場所でユイを探し続けていた。
でも本当は分かっていた。この付近に一人でいて生きているはずはない。僕だって分かっていた。クレアさんは、それを認めた上で、まだ諦めるなと言っているのか?
そうだ、クレアさんの言う通りだ。僕が信じて探さないと、誰が探すんだ!
ユイは生きている。
ユイは生きている。
ユイは生きている。
そうだ、ユイは生きている。僕を待ってる。
落ち着いて考えるんだ。
まずユイは生きている。これは絶対だ。とすると何処にいるのか?
この付近にはいない。もう半年は探した。
この付近に一人で転移していれば、いくらユイが強く最上級の回復魔法を使えるとしても、あくまで後衛職であるユイが半年間一人で生き残ることはできない。
そこまで考えたところで、また胸が苦しくなる。
くそー! 負けちゃだめだ。
考えるんだ!
同じ魔法陣で転移したんだから、違う世界とか全然違う場所に転移したっていう可能性も低い。とりあえず、そう信じよう。とすれば、この森から比較的近いが人間が生きていける場所に転移した。
そうだ、ユイが生きているとすれば、それしかない。ここから、比較的近いが、もっと人間の住んでいるところに近くて、ここまで魔物が強くない場所、もしくはこの森に近い人間の住んでいる場所に転移したとすれば・・・。
それなら・・・。
ユイは賢者で、訓練中とはいえ普通の人よりはずっと強い。ここまで強い魔物が住んでいる森の奥深くでなければ生きている可能性は高い。そうだ、まだ諦めるのは早い。
やっと少し落ち着いてきた。
そういえば、まだクレアさんに抱きしめられたままだ・・・。
「ク、クレアさん・・・ ありがとうございます。クレアさんのおかげで、少し冷静になることができました」
クレアさんは少し顔を赤らめて僕を抱いていた手をそっと離した。
「クレアさん、今日からは、この森から脱出する方法を考えてみたいと思います。クレアさんの言う通りで、ユイが生きているとすれば、ここではなく、この森の近くの村とか町を探すべきだと思います」
「私もそれがいいと思います。大森林とか大樹海とかは、奥深く入れば入るほど魔物は強くなります。逆に言えば、ユイ様がここまで奥深くでない場所に転移してれば、ユイ様なら生きている可能性は十分あります」
「はい。僕もやっとそこに思い至りました。ありがとうございます。クレアさんのおかげです。まだまだ、諦めるわけにはいきません」
クレアさんは黙って頷くと僕を真っすぐに見た。
考えてみると僕は自分のことしか考えてなかった。確かにクレアさんと協力してこの森を捜索し魔物とも戦った。でも、その間僕の考えていたことは、ユイを見つけてここを脱出したい、そのためにはどうすればいいのか、ただそれだけだった。
こんな場所に転移して、クレアさんだって不安でないはずがない。クレアさんは僕とあまり年も変わらない少女なのだ。
クレアさんと一緒に試練を乗り越えている間に、僕とクレアさんの間には連帯感や信頼感が生まれた。それは間違いない。だからこそクレアさんはこうして僕を励ましてくれている。なのに僕はクレアさんが何を考えているのか、不安じゃないのかなど、ほとんど気にしてなかったのだ。それにもう恨んではいないが、僕とユイを殺そうとしたクレアさんには当然それだけの理由があったはずだ。
なのに・・・僕は自分のことしか考えていなかった。
本当に未熟だ。
「クレアさん。すみませんでした」
僕はクレアさんに頭を下げた。
「ハ、ハル様、いったいどうしたのですか?」
「いえ、とにかく明日から二人でここから脱出する方法を考えましょう」
「はい」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ハルとクレアの思いが伝わるように書けていればいいのですが。
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