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2-5(捜索その3).

 この森に転移してきてから1ヶ月が経過した。

 ユイは相変わらず見つからない。


 朝、目が覚めたらクレアさんに抱きしめられていた。すごくよく寝てる。本当に魔物が近づいてきたら分かるのだろうか? ちょっと心配だ。 無防備な顔をみると、可愛らしい少女にしか見えない。普段からこんな顔をしてればいいのに・・・。こんな少女がなぜ僕とユイを殺そうとしたのだろう? 相変わらずその理由は教えてくれない。


 夢の中で、僕を誰かと勘違いしてるんだろうか? 何か小さく、呟いている。僕を抱きしめる力が強くなる。その感触に僕は少しドキっとする。


 クレアさんはとても強いけど、こんなとこに転移してクレアさんだって不安なはずだ。まあ、その原因をつくったのはクレアさん自身だけど。昨日、僕が寝た後も警戒してくれてたのかもしれない。しばらくこのままにしとくか。

 

「・・レ・・・オ・・・ん?」

「おはよう、クレアさん」


 しばらくして状況を理解したクレアさんに、いきなり殴られた。


「抱きついてきたのはクレアさんのほうなのに、なんで僕が・・・」

「私が、ハル様に抱きつくなんて、ありえません!」

「・・・」


 そういうことにしといたほうがいいんだろうか?


 今日から、拠点の西側を捜索する予定だ。方向は太陽の位置から勝手に判断した。この世界でも太陽は東から上ることは確認済みなので大きくは間違っていないと思う。ちなみに最初に転移した場所は拠点の南側だ。


 僕とクレアさんは、拠点から西側へ慎重に進む。

 探索から3時間くらい経過し日差しが鬱蒼とした木々の真上から森を薄暗く照らしている頃だった。

 最初、大木が倒れているかと思ったそれは、ズルズルと地面を這っていた。


 蛇系の魔物か!


 ズルズルと動いていた先にあるものが方向を変えこちら側に向かって来た。

 さっきのは尻尾だったのだ!

 蛇というにはあまりにも巨大な魔物だ。

 上体をコブラのように上げて、舌をチロチロさせながら、2本の牙からはだらだらと涎のようなものを垂らしている。


 絶対に毒があるだろ、こいつ! 


 ズルズル動いていた尻尾に比べると、胴体は太い。蛇というよりトカゲのようにも見える。

 全体を視界に収めるのが困難な程でかい! 

 その目はというと、緑色にランランと・・・。


「ハル様! 目を見てはダメです! バジリスクです!!」

「え!」


 クレアさん・・・遅いです。

 か、体が動かない・・・。


 僕は体が硬直して動けなくなってしまった。

 確か僕の知っている伝説ではバジリスクの目を見ると石化するんだったと思う。この世界では、バジリスクの目を見ると石化こそしないが動けなくなってしまうようだ。


 石にはなってないけど動けない!

 喋ることもできない!

 魔法の一種なのだろう。


 バジリスクの牙が僕に迫ってくる。

 ク、クレアさんは? いない・・・。というか首も動かせないので視野が狭い。

 丸呑みにされるのか。


「ハル様、動けなくても魔法は使えます!」


 え! そうなのか。確かに、別に声に出さなくても魔法は使える。


炎盾フレイムシールド!)


 使えた!


 魔力を溜める間もなく発動したので炎盾フレイムシールドの強度は低い。バジリスクの牙は、炎盾フレイムシールドを霧消させると、そのまま僕に迫ってきた。


(ダメか・・・)


 ガギッ!


 と、クレアさんの大剣が、バジリスクの頭を斬った。というか叩いた。バジリスクの頭部はすごく硬いみたいで、少し傷をつけた程度だ。

 目を見ないように後ろに回り込んでいたクレアさんがバジリスクを攻撃したのだ。

 バジリスクは、クレアさんの方へ振り向くが、もうそこにはクレアさんはいない。

 クレアさんは、今度は僕の前に立って、バジリスクの胴体を横に斬ろうとしたが、やはりちょっと傷をつけたくらいだ。

 その後もクレアさんはバジリスクの目を見ないように移動しながら攻撃する。でもバジリスクは硬い。すごく硬い鱗みたいなので覆われている。

 僕も、炎弾フレイムバレットのできるだけ強化したやつでときどき攻撃する、そこそこダメージはあるが、致命傷には程遠い。まあ、初級魔法だからこんなものだ。

 クレアさんは、動けない僕が餌食にならないよう誘導しつつ、目を見ないよう動きまわりながら、戦っている。もうずいぶんこんな感じで時間が経過している。バジリスクは小山のように巨大な蛇で動きは遅い。僕が目を見なけれ逃げることはできただろう。それにバジリスクにもっと知恵があって動けない僕に攻撃を集中していれば、今頃僕は生きていない。


 膠着状態が続く。とはいえ、このままではクレアさんも、いずれ疲れてやられてしまう。


 そうだ! 目を狙ってみよう。

 僕はもうすでに硬直している。目を見ても問題ない。

 僕は、炎弾フレイムバレットをバジリスクを目を狙って放つ。動き回るのでなかなか当たらない。

 クレアさんは、僕のやろうとしていることに気がついたみたいで、なるべく、バジリスクの顔が僕に近づいてから、攻撃する。


 あぁー、クレアさん! 今のはギリギリ過ぎます。食べられたかと思った・・・。


 少し漏らしてしまったかも・・・。


 さすがに目に当たればダメージはあると思うが相手は上級魔物だ。僕はできるだけ魔力を溜めて、さらに大きさを小さく、文字通り凝縮してその分威力を高めるようにして炎弾フレイムバレットを放つ。


 そんなことを繰り返していたら、ついに僕の炎弾フレイムバレットがバジリスクの目を捉えた。

 

「グギィィーーー!!」


 片目を潰された、バジリスクが暴れまわる。暴れまわるバジリスクの体がクレアさんに当たり、クレアさんは地面に叩きつけられた。でも、クレアさんはすぐに立ち上がると、またバジリスクの目を見ないように後方に回り込んでは攻撃する。


 そして、どのくらい時間が経ったのだろうか。もうこれ以上集中力が続かないと思った頃、ついに僕の炎弾フレイムバレットがバジリスクのもう一方の目を捉えた。


「シジャャーー!!!」


 これで両目を潰すことに成功した。


 クレアさんは、バジリスクの正面に立つ。

 もう正面に立っても平気だ。

 バジリスクの2本の牙が光る。

 クレアさんは、バジリスクの大きく開けた口に向かって飛び込んで行った。


 (ク、クレアさん!)


 クレアさんは、バジリスクの大きく開いた口の中へ大剣を突き刺し引き抜くと、今度は開いた口の中を上顎から頭に向かって大剣で貫いた!

 同時にバジリスクは、クレアさんを飲み込もうとしたが、クレアさんは、バジリスクの口から間一髪脱出した。刺さった大剣がじゃまして、飲み込めなかったみたいだ。


炎爆発フレイムバースト!)


 僕は、炎爆発フレイムバーストを、大剣が刺さって大きく開いたバジリスクの口の中に発現させた。ちょうど口の中に納まる大きさに留め、あとは威力をできるだけ高めた炎爆発フレイムバーストだ。バジリスクの両目を潰してからは、僕の使える最も威力の高い魔法である炎爆発フレイムバーストに魔力を溜めていた。


 ドゴォーーーン!

 

 バジリスクの口の中で炎爆発フレイムバーストが爆発した。

 や、やっと終わった・・・。


 見るとクレアさんの顔が青い。もしかして毒か。クレアさんは自分に回復魔法をかける。クレアさんの回復魔法は初級だ。大丈夫なのだろうか。しばらくするとクレアさんの顔に赤みがさしてきた。効いたようだ。


 良かった。


 それはそうとバジリスクを倒しても僕の硬直は解除されなかった。毒から回復したクレアさんはしばらく僕の回りを回って観察したり触ったりしていた。ズボンのシミをちょっとの間眺めていたが何も言わなかった。なんだこの羞恥プレーは・・・。


 そうこうしていると、やっと僕の硬直が解けた。


「クレアさん! バジリスクの毒にクレアさんの回復魔法が効かなかったからどうするつもりだったんですか!」

「効いたから、問題ないです!」

「死んでたかもしれないんですよ」


 バジリスクは毒を持っている。なのにクレアさんはバジリスクの口に飛び込んだのだ。

 

「そもそもバジリスクの毒はたいしたことないんです。厄介なのは硬直魔法です。それをハル様が魔法で潰してくれたので勝てました。最初に硬直したので遠慮なく目を狙えたのが良かったですね」


 最初に硬直したのが良かった・・・。ちょっと複雑だ。


「でも・・・。ま、まあ・・・とにかくクレアさん、ありがとうございます」

「な、なんですか急に・・・」

「だって、僕が硬直したとき、そのまま見捨てて逃げても良かったですよね? バジリスクはそれほど素早くはなさそうでしたし」

「一人になると、戦力が少なくなって困りますから・・・」


 クレアさんはプイと顔逸らす。照れてるみたいだ。


「それにしても、こんなに巨大なバジリスクがいるとは・・・」


 クレアさんが話題を変える。改めて死体を見ても本当に大きい。


「バジリスクって普通はもっと小さいんですか?」

「前に見たのの3倍、いえ、もっと大きいかもしれないです」

 

 クレアさんが言うには、バジリスクは上級の魔物で、硬直の魔法があるし厄介な相手ではあるが、普通はこれほど大きくはないそうだ。B級以上の冒険者を含む複数で倒す魔物であり、クレアさんは、冒険者時代にパーティーでの討伐に参加して、他のパーティーメンバーが早々と戦闘不能になってしまったため、実質一人で倒したことがあるそうだ。さすがクレアさんだ。そのときのと比べてはるかに大きいのでクレアさんも驚いている様子だ。こうして死んでいるのを見ても小山のようだ。この森は魔物の成長に適しているのかもしれない。


 僕たちはバジリスクの魔石と2本の牙、それに頭部の硬い鱗を数枚回収した。まだユイも見つからない上、ここから出られるのかすら分からない。でもこの先のことを考えると・・・この世界でルヴェリウス王国から離れ生きていこうと思ったらお金はいくら有ってもいい。アイテムボックスを持っていて良かった。


 その後もユイの捜索を続けた。

 魔物は現れたがバジリスクほどの強敵はいなかった。

 そのほとんどは上級魔物だから油断できるような相手ではなかったが、なぜかすべて単体で現れたのでなんとかなった。強者は群れないのかもしれない。  

 

 そして、残念ながら今日もユイを見つけることはできなかった。

 まだ、諦めるわけにはいかない。


 クレアさんが、水属性と風属性、僕が火属性の魔法を使えることは、ここで生活していくには、とてもありがたい。水を持ち運ばなくてもいいし、獣の肉を焼いて食べれる。それに着るものを水で洗って火と風で乾かせる。そうそう毒まみれのバジリスクの牙だってきれいにできた。とにかく、生活魔法は便利で、ここでの生活にも役立つ。


 ユイは、全属性使えるから大丈夫だと信じている。


 ユイ、生きていてくれ!


 拠点で、いつものようにクレアさんと隣あって眠る。

 相変わらず、ここには魔物が近寄ってこない。

 助かる。

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